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第29話 学長からの呼び出し

 世界3大国家の一つとされるアリナゼル共和国。


 国を東西に貫く鉄道は、人や資源のインフラとして欠かせない存在になっている。

 

 数少ない個室がついた車両で、その男は乗務員から手渡された地方紙に目を向けた。


 --グローリア鉱山、イドラ鉱石輸送に遅延。


 記事には、昨夜もいくつかの街がシニガミに襲撃され、寝ている間に多数の死者が出たことと、グローリア鉱山の復旧ができていないことに対する不満の声が記されている。


「奴らは、口を開けて餌を待っているだけの雛鳥共だ。

 何もしないくせに、餌が足りなくなるとうるさく騒ぐ」


 その男は記事を確認し、吐き捨てるように呟いた。


「……人は与えられることが当たり前と感じてしまうものです」


 男の近くに立っている従者の女が答える。

 従者にも関わらず、首には白金色のチャージリングが光っている。


 紺の礼服を身につけたその従者は続けた。


「そういえば、例の生き残ったダストの彼、シニガミを倒すと宣言したらしいですよ」


 その男は彼女の言葉に一瞬反応し、苛立ちを露にする。


「口だけで何もしていない奴が、また適当なことを……」




『--間もなく終着駅のキステリに到着します』


 ノイズと共に車両の拡声器が目的地への到着を告げた。

 西の国境から東の前線であるキステリの街まで、数日かけた移動がようやく終わる。


「……まあいい。もうすぐ会うことができる」


 オレンジ色のやや長い長髪を束ね、紅く光る装飾がついた軍服を着るその男。


 世界で三人しかいない、真紅ルビーの力を持つ人物。

『クリスフォード・サンストーン』は、窓の外に見えてきたキステリの街に目を向けて、静かに呟いた。



----


 

 危険体を倒して数日後、俺はオーウェン学長から呼び出しを受けた。


 教育棟4階にある学長室へと向かう。


 教育棟は木造で古ぼけているが、学長室付近は絨毯が敷かれており、そこそこ立派な作りになっている。

 

 きっと来客用も兼ねているんだろう。


「ここに来るのは、未踏領域から帰って呼び出されて以来だな……」


 あの時も連れてこられたけど、なんだか緊張してきたぞ。


 学長室の前にたどり着き、アルの顔を見るが、

 無言で『さっさと開けろ』という仕草をされた。


「--失礼します」


 俺は声をかけ、学長室の扉を開ける。


 中を覗き込むとオーウェン学長と、もう一人、白金パールレベルの人物が見えた。


 以前未踏領域から帰ってきた時は、奥の執務用の椅子にオーウェン学長が座っていた。

 だが今回は手前の応接用の椅子に、高級そうな机を挟んで二人が座っている。


「来たか。こっちに座ってくれ」


「えっ……」


 思わず声を出してしまった。

 まさかダストの身で、同じ席に着くとは思わないだろう。


「……失礼します」


 恐る恐る、指示された場所に座る。

 机を挟んで座る二人から直角となる、中央の位置だ。


 なんだか、尋問を受けるみたいだな。


 右手側にいる白金パールの人は、アルと同じくらいの年齢だ。

 優しそうな見た目で、風が吹いてきそうな爽やかさを感じる。

 上半身に纏っている真っ白な服は汚れがなく、とても清潔感がある。

 どこかで見たことがある気がするけど……思い出せないな。


「君がヒツギ君だね? 初めまして。

 僕はエアハルト・ディクロアイト。次の鉱脈探索では、隊長を務めることになっている」


 名前を言われて戦慄する。


 エアハルトって……真紅ルビーに最も近い男じゃないか!!


 世界でも、片手で数えられる順位に入る実力者だ。


「流石に名前は知っているだろう。

 今回、君を呼んだのは彼なんだ」


 驚いている俺に、オーウェン学長が告げた。

 

「君はあの伝統で生き残ったんだろう?

 未踏領域はどうだった?」


 人が良さそうな爽やかな笑みを浮かべて、興味深そうに尋ねられた。


「隠れていただけなんで、運が良かったんですよ」


「あの場所は、隠れているだけで30日も生き残れないだろう。エーテル燃焼体に遭遇しなかったのか?」


 とりあえず、いつもの返しをしてみたが、即座に否定された。

 まあ、そうだよな。

 この人レベルなら何度も危険な地域に入っているから分かるはずだ。


「あまり遭遇しなかったですね。気配を探るのが得意みたいで……」


 それとなく、鉱脈探索に連れて行けとアピールしてみた。


 俺はシニガミを倒すための情報を見つけないと行けないからな。

 未踏領域でアルが出会ったエーテル燃焼体を探すためには、鉱脈探索に参加した方が都合がいい。


「ふむ。気配か……

 よし、単刀直入に言うが、次の鉱脈探索の部隊に参加してもらえないかな?

 せっかく生き残った君には酷かもしれないが、どうだろう」


 エアハルトさんは少し考えた後、真面目な表情でこちらを見て、確信を告げた。


 やっぱり今日の目的はこれか。

 それなら、こちらも予定通りだ。


 この人なら、灰塵ダストの俺にも極端な嫌がらせはしてこないだろうし、ちょうど良い。


「はい、わかりました。前回成果も出ていないですし、参加します」


「…………怖くないのか?」


 あっさりと承諾した俺に、エアハルトさんは無言で少し考えた後、確認をする。


「知っていると思うが、斥候役のメンバーの死亡率は7割を超える。かなりの確率で死ぬことになるぞ」


 確かに、普通は参加しないよな。

 なんだか逆にエアハルトさんの気持ちがすごくわかるぞ。


 どうしようか。ちょっと返答に困る。


 アルに視線を向けてみるが、何も言わない。


「もちろん怖いですけど、生き残ればイドラ鉱石をもらえるチャンスなので……」


 とりあえず無難な回答をしてみた。


 エアハルトさんは少し考え、オーウェン学長に視線を向けた。


「理由はともかく、参加してくれるのであればいいだろう。こちらで手配をしておく」


 オーウェン学長はエアハルトさんに答え、頷いた。


「当日の準備に関してはまた連絡するから、今日は戻って良いよ」


「わかりました。よろしくお願いします」


 頭を下げて、席を立つ。


 ふう。問題なく目的を達成できた。

 拍子抜けするくらい上手く行ったな。


「あ、ちょっと聞きたいんだけど、危険体の死体が見つかった日があっただろう? その日の朝、君はどこにいたんだい?」


 気を抜いたタイミングで、エアハルトさんに尋ねられた。

 

 くっ……完全に油断した。このタイミングで聞かれると思わなかった。


 宿舎棟にずっといたと答えるべきか? 

 いや、エリカが外で俺に会ったと伝えている可能性がある。


 どうしよう……アルの顔をチラッとみる。


『テメェ。動揺してんじゃねえぞクソガキが』


 アルから容赦ない言葉が飛んできた。

 ……こいつ、なんでいつもそんな冷静なんだよ。


 だけど、冷静に対応した方がいいのは確かだな。

 少し落ち着いた。淡々と返せばいいか。


「……宿舎棟の近くで訓練をしていました。危険体が怖かったですが、エーテル燃焼の訓練はしたかったので」


「危険体が出ていたのに、わざわざ屋外でかい?」


 正直に答えたが、最もなことを聞かれた。

 完全に疑われている気がする。


「はい。樹々が切り倒されているエリアがあって、見通しがいいところなら大丈夫かと考え……」


「なるほど、あの場所か。他に誰かに会わなかったかい?」


「えーと……今年、白金パールになったエリカさんに会いました。他は覚えていません。」


「ふむ……」


 エアハルトさんとオーウェン学長は視線を合わせ、何かを考えていた。

 うまく答えられたと思うが、何か矛盾があっただろうか?


「引き止めて悪かった。行きなさい」


 少しの沈黙の後、オーウェン学長から退出許可が出た。

 

 表情からは、何を考えているのかあまり分からない。

 とりあえず、納得はしていない気がするが、とりあえず誤魔化せたようだ。


 俺は再度一礼して、部屋を出た。



----


「どうだ? 彼の印象は」


 ヒツギが部屋を出た後、オーウェンは正面に座るエアハルトに尋ねた。


 あらかじめヒツギのことを話していたが、実際に初めて会ったエアハルトがどう感じたのか興味があった。


「ただの愚か者か、それとも何かを隠しているのか……

 まだ判断はつかないですね。怪しいですが」


エアハルトは首を振って答える。


「そうか……」


 オーウェンは答えながらも、なぜ自分がヒツギに対して深く追求しなかったのかを考えていた。

 

 自身がヒツギに対して、うまく言い表せない興味を持っていることは自覚している。

 だが、なぜかここで無理に聞き出すものではないと感じたのだ。


 本来は徴用校の学長として、深く追求しなければならないと理解していたが、それを拒む何かがあった。


 もっとも、それがオーウェン自身の中にあるのか、ヒツギにあるのかはわからなかった。


 彼は一見年相応の教育生に見える。

 しかし、対峙していると最下位の灰燼ダストとは思えない空気を感じることがあった。


 それは伝統から初めて生き残った者として当然なのかもしれないが、彼の話す内容とは関係ない本能的なものだとオーウェンは感じていた。


「ただ……また彼は生き残る気がします」


 エアハルトがつぶやいた言葉は、不思議とオーウェンも感じていることだった。


「それはお得意の勘と言うやつか?」


「はい。私の勘はよく当たるので」


 エアハルトは苦笑し、窓の外に目を向けながら答えた。


 エアハルトの勘を信じるのであれば、また会う機会はある。

 そう考え、オーウェンは今回の鉱脈探索をエアハルトに託して結果を待つことにした。

 

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