第26話 見られた力
「止まれ!! 後ろから来ている!!」
集団のリーダーと思われる男が声を上げた。
同時に皆こちらを向いて身構え、エーテル燃焼の出力を上げる。
ほとんどは灰塵レベル。だが、声を上げたリーダー格は黒い影に、黄色い粒子を纏っていた。
報告されていた黒硫黄下位レベルだ。
そのリーダー格の男は背が高く、威圧感がある。
顔は見えないが、声から判断すると、アルと同じくらいの年齢だろうか?
俺は速度を落として、少し距離をあけたまま集団に向かい合った。
この距離なら、なんとか逃げられるかもしれない。
「……灰色のエーテル光、灰塵レベルか?
真っ先に追いつくのは白金か黒硫黄上位だと思ったが」
リーダー格の男が俺を見ながら警戒した声を上げる。
「それにお前、その右目の傷は見覚えがあるぞ。
あの伝統を生き残った灰塵か?」
クソッ流石に目立つか。
なんか顔を隠せばよかった。
だけど、今更そんな事を言ってもしょうがない。
意を決して、俺は気になっている事を口にした。
「白金が来る事を望んでいたように聞こえるけど、なぜだ?」
「ふふ。真っ先に聞くことがそれとは。
気になるのか?
おい。お前らは先に行け」
リーダー格の男は、周囲の仲間にそう告げた。
「えっ、大丈夫ですか?」
「ああ、灰塵レベルなら抑えられる。すぐに追いつくから、先に行け」
その言葉を受けて、他の仲間達が進行を再開する。
!!まずい。何か企んでいるのなら……
だけど、ここで全員に力を見られるのは……
急いでこのリーダー格から話を聞き出すしかないか。
「なぜこんな事をしたんだ。どうせ逃げきることはできないのはわかっているだろう?」
俺は焦っている事を隠しながら、もう一度質問を投げかける。
するとその男はマスクを取り、俺に向かい合った。
年齢は俺の親と同じくらい、おそらく50代の顎髭が生えた素顔があらわになる。
そして、俺をまっすぐ見つめながら話し出した。
「お前は理不尽だと思わないか?」
なんだ? なぜ顔を明かしたんだ?
動揺する俺をそのままに、その男は続ける。
「生まれた環境と、エーテル燃焼の才能だけで評価されるこの世界が。
自己責任の一言で片付けられる世の中が」
!!思わずハッとする。
それはまるで俺がアルに出会う前、最下位で伝統に選ばれた時に感じたことだったはずだ。
「それは……」
「お前、仲間にならないか?」
「えっ……?」
完全に不意をつかれた。
思わず思考が止まる。
「お前はこの世界で役立たず、不要な存在として殺されたそうになったはずだ。
お前なら、俺たちの気持ちもわかるだろう?」
その言葉に、俺はアルに出会う前の気持ちが蘇ってきた。
そうだ。
俺は役に立たず、貢献できていない存在として捨てられたんだ。
正直、この男が言っていることがとてもよく理解できる。
「俺も理不尽だと思っている。
だから現状を打破したいと……」
「できるのか? 力のない俺たちだけで?
何もできねえのは分かってるだろ」
俺が苦々しく出した言葉は、即座に否定された。
「……だからといって、こんなやり方をしてもすぐに捕まるだけだ」
「イドラ鉱石を奪えるとは思ってないさ。
だが、石には爆薬を混ぜてある。
追いついた白金共は木っ端微塵だ」
!!その言葉で全てが繋がった。
確かにアルに出会う前の俺なら、環境や才能に恵まれた奴らに何とかして苦しみを味合わせてやりたいと思っただろう。
こいつらは、それを実行しようとしているのか!
まずい。追跡部隊にはセドがいる。
もしも先に行った集団に接敵したら……
「今でも石は枯渇しているんだ。
どうせ俺たち、燃焼レベルが低いやつは、将来配給量も減って長生きできない。
それなら、俺たちを好き放題見捨ててきやがった奴らが、復讐されても文句はねえはずだろ?
思い知らせてやればいいさ。俺たちを切り捨ててきた奴らに」
あの日の記憶が蘇る。
伝統に選ばれ、名前が呼ばれた時、皆に笑顔で拍手された。
そのあと、嫌な笑みを浮かべたトールになす術なく吹き飛ばされ、地面に這いつくばる俺を誰も助けてくれなかった。
そして、銃で後ろから撃たれながら未踏領域に捨てられた……
あいつらに、苦しみを味合わせる。
それは確かに魅力的な話にも思えた。
「さあ、選べ。
俺たちの仲間になるか、ここで敵になるか」
その男が俺に告げた。
左胸の燃焼器官が、音が聞こえそうなほど激しく鼓動している。
俺は……俺を切り捨てた奴らは許せない。
確かに憎しみの感情がよみがえっている。
だけど……だけど、俺は何で頷かないんだ?
アルがいるからか?
シニガミを倒すと約束したからか?
「どちらだ。早く選べ!」
その男が、再度俺に告げた。
これが最後通告である事を察した。
俺は、どうしたいか。
アルが言っていた事を思い出す。
俺は……
「………………………断る」
俺が長い沈黙の後に口にしたのは、拒絶の言葉だった。
「……そうか、残念だ」
『気をつけろ。迷いがねえ』
アルの言葉にハッとして前を見る。
次の瞬間、その男は隠し持っていた銃を俺に向け、躊躇なく引き金を引いた。
っ!!
俺がかわすことかできない、完璧なタイミングで放たれた銃弾が、俺の眼前に迫る。
だが、その銃弾は真紅の光に阻まれ、俺の目の前で消滅した。
アルが真紅の力を発動して防いでいた。
「まさか…………その色は……」
目の前の男は驚愕し、後ずさる。
だが、次第に笑顔になり、大きな声で笑い出した。
「ふふ、ふはははははっ!
流石に、ラッキーで生き残っただけじゃなかったか。
これは!これは予想していなかった。
お前は俺たちと同類だと思ってたんだがな」
まずい、力を見られた!
どうする!?
「だがまあ、これはこれでいいかもしれないな」
とりあえず、こいつは消さないと……!
俺は思考がまとまらないまま、その男との距離を詰めていた。
「先に行くぜ。後のことは任せたぞ」
次の瞬間、その男は俺の目の前で光に包まれる。
!!しまっ……
やばいと思った瞬間、目の前で爆発が起きる。
目の前が真紅の光に包まれ、耳は何も聞こえなくなった。
俺は吹き飛ばされたということだけ、かろうじて認識した。




