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第23話 イドラ鉱石の補給日


 

『おい、次を開け』


「……まだやるの?」


 アルに言われて、俺は机に積んである本を手に取った。


 今日は一日中休みなので、鉱脈探索の前にイドラ鉱石の補給をする予定だ。


 だが、早朝の訓練を終えた後、俺たちは教育棟の資料室で本を片っ端から読むあさっていた。


 隙間時間があると、時々資料室に行くようアルに言われるからだ。

 この数十年の変化を把握する必要があると言うのが理由らしい。


『石の配給は、予想通り悪くなってやがる』


 アルがイドラ鉱石の配給量に関して示した資料を見ながら、つぶやいた。


「それは、まあイドラ鉱石が枯渇してきたから……」


 イドラ鉱石の配給量は年々減ってきているのは常識だ。


 シニガミから唯一身を守る手段であるイドラ鉱石は、国から一定の量が支給される。


 シニガミに襲われるようになる一定の年齢から、徴用校三年目の研修期間終了までは、全員に一律で決まった量が支給される。


 だが、その後は業務の内容で鉱石の配給量が変わってくる。

 その結果、俺のような灰塵ダストは石が足りず、シニガミに殺される確率が上がってしまうのだ。


 だから灰塵ダスト黒硫黄サルファの下位は、シニガミが最大の死因となっている。


『次』


 アルに言われて、ページを捲る。


 高齢になってからの支給量を示すページだ。


 記事には、イドラ鉱石の産出量の低下と比べると、配給量が維持されていることが問題だと記されている。


「今は歳をとって引退してからも、ある程度は石が配給されるけど、俺たちの年代はどうなることやら……」


『ハッ、灰塵ダストはそれまでにほとんど死ぬだろうが』


「そりゃそうだけどさ、このままじゃジリ貧じゃないか」


『じゃあ、テメェらでどうにかしろ。ジリ貧なのわかってんだろ』


「別にちょっと愚痴るくらいいいだろ……っ!」


 アルの言葉にイラついて、思わず強めの声を出してしまった。

 一人で声を出した俺に、周囲からは怪訝な視線を向けられる。


 クソッ、アルのせいで変な目で見られた。


「……あ、やばい。そろそろ配給に行かないと」


 今日がイドラ鉱石の配給日だったことを思い出し、俺は足早に資料室を出る。


 黒硫黄サルファ以下は約3ヶ月に1度一定量のイドラ鉱石が国から支給される。


 もちろん、受ける仕事によっては功績に応じて追加支給を受けるため個人差はある。

 だが、概ねエーテル燃焼レベルに比例した量になっている。


 石はバンクと呼ばれる各支部で本人の証明ができれば、いつでもどこの支部でも受け取ることがで切るから便利だ。

 ここからだとキステリの街のバンクが一番近い。


 急いで徴用校のすぐ外にある、専用駅に向かう。


 徴用校とキステリの街を結ぶためだけに存在する小さな駅だ。


「よかった。ギリギリ列車に間に合った」


 こじんまりとした木造の屋根がついた駅には、もうまもなく出発する列車が止まっていた。


 徴用校はキステリの街の東側にあり、歩いていけない距離ではない。

 だけど、定期的に列車が出ているのでそれを使って街に出るのが一般的だ。


 強い日差しから隠れるように駅に入る。

 助かった。危うくキステリの街にたどり着くまでに汗だくになるところだった。


 3両編成の小さな車両に入ると、まばらに人はいたが、席は空いていたので座ることはできそうだ。


 俺が席に座ると同時に、まるで獣がうめくようなエネルギーの出力音が聞こえ出し、滑るように列車が動き出す。


「アルの知っている列車からだいぶ変わったかな?」


『……内装以外、ほとんど変わらねえな。動力はエーテル結晶か?』


「そのはず。ここは辺境だけど、中央の鉄道は大きくてかなり速度も出るぞ」


『エーテル結晶へのチャージは、相変わらず人力か?』


「ん? ああ、エーテル結晶へのエネルギー補給はかなり人気の業務だよ。黒硫黄サルファ上位に近くないと厳しいみたいだけど」


 鉄道車両など、多くの動力として利用されているエーテル結晶は、エーテル燃焼の力を貯めておくことができる結晶だ。


 これにエネルギーをチャージして大量に集めて動力にするのは、昔から変わらないらしい。


「俺も徴用校に入る前、親に少し期待されたな。

 中央鉄道に入れるくらいになればいいなって言われたから……

 まあ、エーテル燃焼レベルが灰塵ダストだから、夢のまた夢になったけど」


 もう今は見る影もないけど、徴用校に入る前は俺も期待されてたんだよな。

 もう忘れかけてた思い出をふと思い出した。


『よかったじゃねえか。お前、エーテルを燃やすだけのつまらねえ時間に人生の何分の一を使う気だ?』


 アルは笑顔で吐き捨てた。

 変わらず悪巧みをしている子供のような笑顔だな。


「これだから真紅ルビーは……」


 俺は思わず呆れたような表情になった。


「そりゃあアルみたいな真紅ルビー白金パールの人から見たらそうだけどさ、地方の鉱山の労働に比べたらとてもいい待遇なんだって!

 それに、毎日必死に石を集めている一般の人は現実的なんだよ。

 安定して石を集める必要があるから、大きなリスクを取ることができないだろ?」


 イドラ鉱石が不足すると、シニガミに殺される確率が上がるからな。


『ハッ、じゃあシニガミが倒されさえすれば解決するんだな?』


「え……? それは……まあそうだと思うけど」


 アルの言葉に煮え切らない答えを返す。


 何だろう……シニガミを倒すと言っておきながら、具体的に想像できなかった。


 確かにシニガミに怯える必要がなくなれば、世界の常識が大きく変わるはずだけど……


 今のあたりまえが変わることが、あまり想像できなかった。


 まあいいか。

 どっちにしろ、今の俺は生き残ってシニガミを倒すことを考えないと。


 窓の外に目を向けると、樹々が多かった景色から、次第に開けて建物が目につくようになってきた。


 そろそろ着きそうだな。


「シュウヤ! 何だこの列車だったのか。

 探したけどいなかったから、先に行ったのかと思ったぜ!」


 立ち上がってドアの前に立つと、セドが声をかけてきた。

 隣の車両に座っていたけど、俺を見つけて移動してきたみたいだ。


「悪い。資料室にいたんだ」


「資料室? ああ、シニガミを倒すヒントとか探してたのか」


「いや、まあそんなところかな」


 セドと話をしながら列車を降りて、キステリ駅の出口へと向かう。


 高い天井から陽の光が降り注ぎ、硬い鉱石を使って作られた地面や壁は高級感がある。


 エーテル結晶からエネルギーが放出される音が、至る所から聞こえて来た。


 今は人がそこまで多くないが、列車が5本以上止まっている大きな駅だ。


 鉱山から採掘した鉱石を中央の都市に輸送するから、ここは地方にしては駅が大きいらしい。


「やっぱり、街に出ると気分が上がるよな。

 ああ、こんな義務期間さっさと終えて、早く中央の都会に行きてえなー……」


 お前がするのはナンパぐらいだろ?

 と思ったが、確かに気持ちはわかる。


 この3年間、長期の休暇以外は徴用校に缶詰だったからな。

 何もないあの場所にうんざりするのはあたりまえだ。

 俺は伝統に選ばれないことに必死で、それどころじゃなかったけど……


白金パールになれば、今年からでも中央の任務が増えるって聞くけどな。

 俺は周りから聞こえてきた事しか知らないけど、セドは軽くこなして黒硫黄サルファの上位なんだろ?

 本気で目指せば白金パールにたどり着く可能性もあるんじゃないか?」


 俺は灰塵ダストだから噂程度でしか知らないが、こいつはいつも試験を軽くこなしているように見えると聞いた。


「いやー……まあ、俺はこんなもんかな」


 セドが、ははっと笑いながら答えた。


 なんかもったいない気がするけど、俺はまだセドのことをよく知らないからな。

 深く追求するのも気が引ける。


「さて、まずは石を補給して、それからなんか買って帰ろうぜ!」


 セドが駅の外に見えている一際立派な建物を指差す。


 その建物、通称「バンク」は大抵街の一等地に位置している。


 まるで巨大な四角い石のような建物だ。

 無機質な灰色の塊で直角な角が目立ち、見るからな硬そうな印象を受ける。


 周囲には、専用の制服を着た警備の人員が囲むように立ち並んでいる。


 俺たちは中に入り、右手側に位置する窓口に向かった。

 そして、持ってきた通帳を受付に出す。


「名前と個人番号の提示をお願いします」


 担当の女性が慣れた様子で淡々と声を発した。


「ヒツギ・シュウヤです。確認をお願いします」


 俺は受付の女性に従って、首のチャージリング回し、側面の個人番号が刻印されている部分を向ける。


 受付の女性は、手元の機械に番号と名前を打ち込む。

 そしてバンッと力を入れて機械を押し込み、手元の紙に印字した。

 切り離された2枚の紙のうち一枚を手にすると、何も言わずに裏へと向かう。


 隣のセドの担当は、柔らかな笑顔を浮かべて少々お待ちください、と言ってから席を立った。


 これが普通の対応だ。

 灰塵ダストは貢献度が低いとみなされるから、冷たく対応されることも多い。


 周りを気にせず俺と仲良くしてくれるセドはすごいな……ちょっとバカだけど。


 そんなことを考えていると、担当の女性が裏から戻ってきた。


「問題なければ、記帳をお願いします」


 俺の目の前に半透明な包みが置かれる。


 中に密閉されているのは真っ白で四角い石、イドラ鉱石だ。


 俺は色が濁っていないことを確認して、提示された紙に名前と拇印を押した。


「以上です」


 淡々と発せられた声に従い、イドラ鉱石と返却された通帳を持って、受付を離れる。


 俺はすぐそばの仕切りがある机に移動し、包みを置いた。

 そしてイドラ鉱石を取り出し、一つずつチャージリングにはめていく。


『この状態で保存期間はどれくらいだ?』


 アルが半透明の包みを指さして聞いてきた。


「1年くらい劣化なしで保存できるって聞いたけど」


『俺が生きている時は3ヶ月だったが……技術が進んだようだな』


「確か20年くらい前に新しい保管方法が発見されたらしい。かなり話題になったって聞いたことがある」


 イドラ鉱石は効力を発揮させるために工場で加工する必要があるが、そのままだと灰色に濁って劣化してしまう。


 必要な量を常に確保しておくことができないから、バンクでは特殊な方法で保管しているらしい。


 その状態だと、シニガミに襲われた際に効力は発揮しないが、長期間劣化を防ぐことができると聞いた。


 この方法を使うことで無駄にしてしまっていたイドラ鉱石がほとんどなくなったので、大きな革新だったようだ。


「でもシニガミから身を守るためには、包みを開けて身につけるしかないんだよな。

 この状態で劣化を防ぐ方法は、今も世界中で研究されてるって聞くけど」


 効力を発揮した状態て劣化が防げるようになれば大幅に石が節約できるはずだ。

 でも、なかなか研究が進んでいないようなので難しいのだろう。


 現状は、たとえシニガミに触れられなくても、定期的にイドラ鉱石を補給する必要がある。


 さっきまで俺のチャージリングには4割程度しか石が残っていなかった。

 濁って劣化した石は、細かいチリになってチャージリングの隙間からこぼれ落ちてしまう。


「よし、これでしばらく安心だな!」


 イドラ鉱石のチャージを終えたセドが、こっちにやってきた。


 セドは最大値の8割程度まで石が補給されていた。


 俺は補給して6割程度なので、すでに灰塵ダスト黒硫黄サルファの配給量の差が感じられる。


 これはなんとかしないと、シニガミを倒す前に俺がシニガミに殺されてしまう。

 できるだけ力は隠しつつ、少しは功績をあげておかないとまずいぞ……


 

『おい、外が揉めてやがる。注意しろ』


 えっ……?

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