第22話 力を疑われるヒツギ
----
「これは……ヒト型系に近い。白金Ⅲ相当でしたか……」
エアハルト・ディクロアイトは、下半身が消えたエーテル燃焼体の死体を見ながら呟いた。
隣では学長であるオーウェンが同じく複雑な顔をして死体を眺めている。
今回の危険体出現に伴い、オーウェンは白金の精鋭に助けを求めていた。
報告では、キメラ型で白金Ⅰレベルとされていたが、目撃者の死亡率から不安を覚えたからだ。
やはり、自分の不安は当たっていた。
オーウェンは目の前の死体を見て実感する。
遊撃隊には、白金レベルでも数人で行動するよう強く伝えていたが、それでも全滅する可能性があった。
「急いで来てもらったのに、すまないな」
エアハルトは最も真紅に近い存在であると、誰もが認めている人物だ。
多忙な中、オーウェンの頼みで駆けつけたが、危険体はすでに死体となっていた。
「いえ……。ただ、この死に方は圧倒的な力量差のエーテル放出能力によるもの。
こんなことができるのは……」
放出能力で白金を倒すことができる人物は限られる。
国で唯一の真紅であるクリスフォードは不在であり、そもそも放出能力に特化したタイプでもない。
オーウェンには、思い当たる人物がいなかった。
「他国……ラッドメイドかベルドラの精鋭か……他にもエーテル燃焼体が潜んでいるという線もゼロではないですが」
エアハルトの言葉に、オーウェンは頷きながら答える。
「国を超えてここまで侵入するのは現実的ではないな。
他にも白金レベル以上のエーテル燃焼体が潜んでいる可能性を考えるべきだろうが、この死体は綺麗すぎる」
エネルギーの放出で倒されたこの死体はほぼ確実に人間が倒したものだろう。
エーテル燃焼体同士で争った場合は、こんな死に方はほぼあり得ないことを、オーウェンは知っている。
もちろん、未踏領域の奥地に生息する精霊系やレベルが未知数のものであれば可能性として考えられるが、この地域に現れる可能性は低い。
通常であれば、誰かが倒したと考えるのが妥当だ。
だが、この死体を見た時にオーウェンの脳裏に浮かんだのは、かつての同期であり、今は亡き真紅の姿だった。
馬鹿な……なぜ今さら彼を思い出すのか。
アルバート・ハートリードはすでに死んだはずだ。
オーウェンは自身でさえ馬鹿らしく思うが、防ぐ間も無く消された半身を見て、どうしても彼の姿が頭から離れなかった。
オーウェンは頭を軽く振って、思考を切り替える。
白金レベルの肉体をたやすく消し去るほどの存在が近くにいるのは確かだ。
より警戒して、情報を集めなくては。
「失礼します! 第一発見者をお連れしました!」
オーウェンが部下の声に振り向くと、今年白金に到達して表彰された人物が立っていた。
「君だったのか……」
「遊撃隊に所属している、エリカ・セレスタイトです。
今朝、たまたまこの辺りを散策していたところ、この死体を発見しました」
オーウェンはエリカのことをよく知っていた。
昨年度の成績優秀者である彼女には、近いうちに予定されている鉱脈探索にも参加するかどうか、意思を尋ねていたのだ。
もっとも、その日はヒツギが生きて未踏領域から帰ってくるというとんでもない事態が重なったため、ほとんどの時間をヒツギに使うことになったのだが。
「君が見つけた時には、既に死体だったと聞いている。何か変わったことはなかったか?」
「私が見つけた時には、今と同じ状況でした。
しかし、死体はまだ暖かかったので、殺された直後だったのではないかと思います」
エリカの言葉で、オーウェンとエアハルトは少しの間考えていた。
「君は、一人で動いていたのか?」
エアハルトが、ふと疑問に思ったことを尋ねる。
危険体の出現でほとんどの教育生は屋外での自主訓練を控えている。
白金レベルのエリカも、複数人で固まるように指示が出ていたはずだ。
「それは……申し訳ありません。
業務の前に、少し一人になりたかったので……」
エリカが申し訳なさそうに答えた。
タイミングが悪ければ、死んでいたことをわかっているので、何も言うことができない。
まさか白金Ⅲレベルのエーテル燃焼体だとは思っていなかったのだ。
だが、オーウェン達も白金Ⅰレベルと推定していたので、強くは咎められなかった。
「今は自主訓練をしている教育生もほとんどいないだろう。
近くに人影は見えなかったか?」
エリカは少し考えた後、首を振った。
「いえ、散策していた遊撃隊は居ましたが、ほかは特に誰も……」
「ふむ。手がかりなしか」
エアハルトがため息をつきながら、空を見上げてつぶやいた。
「あ、強いて言うなら……」
エリカが言いづらそうにしているのを見て、無言で
オーウェンが頷き、先を促す。
「いえ、強いて言うなら、あの有名になった彼……ヒツギ君とすれ違いました。
一人で自主訓練をしていたとのことでしたが」
ヒツギの名前が出た瞬間、オーウェンとエアハルトが反応した。
二人は無言で視線を交わす。
「……そうか、彼に会ったのか」
「はい。会ったのは彼だけです。
あの、彼が関係しているとは思えませんが……」
エリカは念のため伝えたつもりだったが、二人が思ったよりも反応したことに戸惑った。
「いや、ありがとう。あとはこちらで対応するから、業務に戻ってくれ」
エリカはオーウェンの言葉に戸惑いながらも頷いて、一礼した後業務に戻っていった。
「……偶然だと思うか?」
オーウェンは、エアハルトに尋ねる。
ヒツギ・シュウヤ
あの伝統の業務から、ただ一人生還した男。
オーウェンは帰還した彼と会った時、普通ではない何かを感じたのを覚えている。
今回も、何らかの関係がある気がしてならなかった。
「普通ならただの偶然でしょうが……
ますます、興味が出てきましたね」
「次の鉱脈探索、声をかけるのか?」
オーウェンの言葉に、エアハルトは頷く。
次回の鉱脈探索でエアハルトは隊長を務める。
これから彼と関わることが増えるだろうという確信があった。
「ええ、世間は彼がまだ義務を果たしたとはみなさないでしょうし、しばらく一緒に過ごすことになりそうだ」
今回のことが偶然だとしても、未踏領域を一人で生き残った経験は馬鹿にできない。
ぜひ次の探索隊の顔合わせには参加してもらおう。
エアハルトは、ヒツギをチームに入れることを心に決めた。
----
危険体の死体が発見されたと知らされた教育生たちには、いつもの空気が戻っていた。
まだ未知の危険体が潜んでいる可能性かあると告げられたが、今日一日襲撃はなかったため皆安堵したのだ。
食堂では、緊張から解放された教育生が笑顔を見せていた。
「あー残念だ。
本当は俺が倒してやるつもりだったんだけどな!」
「いやお前、昨日までどうやって逃げるか悩んでたじゃねえか!」
所々で軽口が聞こえるほど、雰囲気は和らいでいる。
エリカは端の席で一人夕食をとりながら、昨日のことを思い返していた。
--あの危険体、おそらく自分が遭遇したら死んでいた。
エリカは自身が白金であることに油断はしていないつもりだった。
しかし、あの危険体は白金一人では抑えることができないレベルであり、彼女も勝つことはできなかっただろう。
それよりもエリカが気になっていたのは、誰があの危険体を倒したのかだった。
個人で白金Ⅲレベルのエーテル燃焼体を倒すことができる人物は限られる。
オーウェン学長とエアハルトの反応を見る限り、見当がついていない様子だった。
--いや、だがあの男……
エリカはヒツギの名前を出したときの、二人の反応を覚えていた。
あのとき、まるで学長たちが何かを察したかのようにエリカは感じた。
普通に考えるなら、彼が関係していることを疑っていたように見える。
あの伝統から一人生還したことで調子に乗り、無謀にもシニガミを倒すと宣言した馬鹿。
それがエリカのヒツギに対しての評価であった。
エリカは離れた席でお調子者の金髪と夕食を取っているヒツギに目を向けた。
「一番かっこいいのは双剣だって!
エーテルに反応して、二本が違う色に光るのとか良くないか?」
「えー……光るにしても、それなりの意味がいるんじないか?技と連動するとか……」
彼らの会話に耳を立てると、どんな武器がかっこいいか、というよく分からない不毛な会話をしていた。
……そんなわけないか。
エリカは自分の考えていることがバカらしくなり、小さく苦笑する。
そして、もうすぐ始まる未踏領域での鉱脈探索のことを考えながら、残りの夕食を食べ始めた。




