第21話 すれ違ったエリカ
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俺は人の気配を避けながら、宿舎の方向へと戻る。
そろそろ皆業務に向かうための準備をする時間だ。
「げっ……やばい」
思わず声に出す。
歩いていると、宿舎の方向からエリカが向かってくるのが見えた。
なぜかこの辺りは、樹々が大量に切り倒されているエリアだった。
そのせいで、かなり遠い距離だったがエリカもこちらに気がついたようだ。
エリカは見た目だけなら、見惚れてしまいそうな美人だ。蒼い髪飾りが陽の光に反射してキラキラ輝いている。
だけど、俺は裏の顔を知っているので関わりたくない……
向こうもわざわざ声はかけて来ないだろう。
「ちょっと待ちなさい」
「はい……」
俺の淡い希望は打ち砕かれ、声をかけられてしまった。
やばい、周りに誰もいない。
となると、コイツは優しいキャラを演じる必要がないぞ。
「こんなところで何をしているの?
危険体が出ているのは知っているでしょう?」
案の定、優しさのかけらもない声で尋ねられた。
今はこの時間に一人で外にいるだけで不審だったか……
しょうがないので、素直に答えることにしよう。
「いや、ただの訓練だよ。
灰塵の俺は孤立しているし、危険体が出ていてもサボってられないからな」
自重気味に演技して答える。
『ハッ、悲しいくらい上手い演技だな』
……なんかアルの挑発がむかつくな。
だが、違和感なく答えることができたと思う。
「あなたバカなの?もう何人も死んでるのわかってる? それに……」
呆れたように答えられた後、キッと睨みつけられた。
斜め下から睨みつけられた圧力で、さすがに数歩、後ろへと下がった。
「やっぱりあなたバカなの? シニガミを倒すとか……
それよりも、せっかく生き残ったのに私たちの鉱脈探索に同行するつもり?」
この前の食堂での件を問いただされた。シニガミよりも、鉱脈探索に同行する方がお気に召さないらしい。
「えーと……まあそうなるんじゃないか? 隠れてただけで成果もないし」
青い髪飾りが綺麗だな……なんて考える暇もなく、俺は何とか答える。
「ダストは斥候、生贄扱いだって知っているでしょう!?
撤退時の速さにも差が出る! ほとんどの人は死ぬのよ!?」
そう。鉱脈探索隊で希少価値の高い白金は比較的安全だが、それは斥候や万が一の時の「おとり」がいるからでもある。
そのおとりは、一発逆転を狙うダストや、下位の黒硫黄になるわけで……
「つまり、俺を心配してくれてるのか? 意外と優しいんだな」
そういった瞬間、怒りが爆発した様子のエリカに、胸ぐらを掴まれた。
「白金でも、皆自分のことで精いっばいなの!! 私は助けないから、勝手に死んで!!」
エリカは俺を突き放し、そのまま去っていった。
「っぷは、何なんだよ、アイツ!」
掴まれていた胸を押さえ、俺は声を上げた。
灰塵として生きていると、まるで人権がないかのように扱われることも多々ある。
だがエリカの反応は、それとは少し違うような気がした。
というか、一人で行動していて危険なのはエリカも一緒だろ。
今回の危険体はエリカでも一人ではやられていたはずだ。
「次の鉱脈探索では、俺はエリカ達と一緒に行くことになるんだよな……。
なんだか、うまく立ち回れるか不安になってきた」
アルの力を隠したまま、探索に参加することはできるのだろうか。
俺のことを生贄扱いしている奴らでも、見殺しにするのはちょっと違うきがする。
『そう思うなら、よく見とけよ。早死にするかもしれねえぞ』
「……え?」
アルが不穏なことを言っているが、俺にはエリカが何を考えているのか、よく理解できていない。
まあ、いきなりキレさせている時点で、エリカのことがわかっていないんだろうな。
最近はセドと話すようになったが、しばらく一人だった俺は、他人のことをほとんど考えてこなかった。
今まで俺を蔑んで来た奴らのことを知ろうとは思わなかったけど、俺には理解できない考えや悩みがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は去っていくエリカを見送った。




