第19話 危険体
俺たちが鉄道警備の任務について、数週間が過ぎた。
あれから何度かエーテル燃焼体の襲撃があったようだが、俺たちの区域からは怪我人が出ていない。
鉄道警備の任務は、区域ごとにリーダーが取りまとめている。
大抵は、徴用5年目か6年目の黒硫黄中位レベルの先輩がリーダーとなるが、複数のエーテル燃焼体に太刀打ちするのは難しい。
そこで、白金と黒硫黄の上位が中心となって組織された遊撃隊の役割が重要になる。
彼らは各地を周り、襲撃があると真っ先に駆けつけ、エーテル燃焼体を駆除しているのだ。
もちろん、ただ警備をしている俺たちとは、得られる成績が段違いだ。
イドラ鉱石の分配や、将来得られる待遇にも影響してくる。
今も俺たちの区域のリーダーが、白金色のチャージリングを首につけたエリカと、神妙な顔で話をしていた。
年上のリーダーが、何度もエリカに頭を下げている。
エーテル燃焼レベルの格差は、それだけ大きい。
「はー、遊撃部隊は頑張るねぇ……」
俺の近くに寄ってきたセドが、気楽に話し出す。
俺が数年ぶりに他の誰かと飯を食べたあの日から、度々話をするようになった。
他のメンバーは、当然なぜダストと仲良くするのかわからないという反応をしていた。
だか、セドは気にしない様子である。
とりあえず、今までアルとしか話をしていなかった俺は、圧倒的に会話をすることが増えた。
「あーエリカ様可愛いよな……」
幹部扱いで俺たちの区域のリーダーと話をするエリカを見て、セドが口にする。
「まあ、オレはそこそこの美人を手に入れられればいいんだけどな。はっはっは」
こいつは女のことになるとよく喋るな……
だけど、燃焼レベルも黒硫黄の上位で、座学の成績もいいのだ。
金髪の尖った髪型も、中性的な顔立ちと合っていてモテそうではある。
将来、女には困らないかもしれない。
……余計な発言を聞かれなければだけど。
ふと、何かに気がついたように、セドが真剣になった。
「それにしても、なんだか深刻そうな顔で話してないか?」
確かに、頭を下げるリーダーとエリカの表情は暗い。
「またエーテル燃焼体に襲われた区域があるんじゃないか?」
お前みたいに、とセドに返す。
「オレはただ襲われたやつとは違うんだよ! ちゃんと一矢報いただろ!」
「……なんか無くして半べそだったけど」
「なっ泣いてねえし!」
俺たちがそんな会話をしていると、リーダーに睨みつけられた。
「おい! お前らサボってんじゃねえ! 決めた配置にさっさと戻れ!」
「げ、シュウヤがうるさいから見つかったじゃないか。 ちゃんと警備しろよ」
そう言って、セドが離れていった。
おい、うるさかったのはお前だろ!
この日も、アルとエーテル燃焼訓練の反省をしながら残りの時間を過ごすことになった。
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宿舎に帰ると、所々に泣いている教育生がいた。
「何があったんだろう?」
『まあ碌なことじゃねえだろうな』
周りの状況からただならぬ事が起こったと悟る。
情報を集めたセドが近くに寄ってきた。
「たぶん、白金レベルの危険体が出た。何人か死人が出ているらしい」
「白金? もう倒されたのか?」
白金レベルのエーテル燃焼体が出現したのなら、被害が広がるばかりだ。
上層部は駆除を急ぐはずだが……
「それが、まだ倒されていないらしいんだよな。それで……」
「おい、お前らそこをどけ!」
俺たちの会話を遮り、教官が大きな紙を持って来た。
掲示板に貼り付ける連絡用のものだ。
教官は俺たちの近くの掲示板にその紙を貼り出す。
「討伐指定、危険体……
白金Ⅰレベルか。
やっぱり、討伐指定になったみたいだな」
セドが掲示された内容を確認した。
特に危険なエーテル燃焼体が見つかった場合は、危険体として個別に指定される。
今回の個体は危険体として指定されたようだ。
「当たり前だけど、キメラ型か。
出来るだけ固まって動いた方がいいな。
あ……シュウヤも離れすぎるなよ」
あたりまえの対策を考えたセドだが、
俺が周りからハブられていることを思い出し、気まずそうに付け加えた。
「大丈夫だ。かっこよく助けてくれる奴がいるらしいからな」
「うーむ。女ならやる気が出るんだが……」
こいつのかっこいいの基準は何なんだ……
「はー……まあ大変なことは白金の人たちに任せて、オレたちはのんびり行こうや」
セドは気楽な感じで話すが、周りは別の意味で沸き上がっていた。
危険体を倒すことが出来れば、功績として記録される。
そうなれば、徴用期間後の進路やイドラ鉱石の配給量にも影響するだろう。
同期の皆は、チャンスとばかりに仲間と捜索の計画を話し合っていた。
「お前ら、白金の危険体を舐めるなよ。
黒硫黄10人以上で挑んで全滅することもある。逃げることに専念しろ」
掲示板に紙を貼り終えた教官は、浮かれる周囲の同期を静かに威圧した。
教官のチャージリングの色は黄色だが、実践経験豊富なはずだ。
きっと白金レベルに遭遇したこともあるのだろう。
その言葉には重みがあった。
未踏領域で白金レベルのエーテル燃焼体と戦ってきた俺は理解できる。
黒硫黄レベルが何人集まっても、相手にならない奴らがごろごろしていた。
一般的に黒硫黄30人で白金1人に匹敵すると言われるが、皆甘く見ている。
白金の本気を見る機会は少ない。
それがエーテル燃焼体であればなおさらだ。
心のどこかで、自分たちでも対抗できると考えているところがあるのだろう。
だが、実際はエーテル燃焼レベルの差は残酷なまでに大きい。
子供と大人の力の差よりも、遥かに大きいのだ。
徴用4年目で死人が多いのも、エーテル燃焼体を甘く見ているからだ。
黒硫黄の上級生たちは、今回の危険体討伐も逃げに徹するだろう。
『ハッ、まだ死人は出そうだな』
アルが吐き捨てるように呟くのを聞きながら、俺は部屋に戻った。
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「八人チームが全滅したらしい……」
危険体が公表された翌日、被害はあっという間に広がっていた。
俺たちの担当区域からは離れているが、討伐を試みた黒硫黄の部隊が全滅しているのが発見されたのだ。
その中には、上位の黒硫黄も含まれていた。
「さすがにヤバいな……」
昨日と比べて静かな雰囲気に変わった宿舎の廊下で、セドが呟いた。
「さすがに黒硫黄で討伐を考えるやつはいなくなったんじゃないか?」
俺は沈んだ周囲の空気を感じていた。
だが、これで白金の遊撃隊以外は逃げに徹するはずだ。
「チクショウ!
明日も怯えながら警備しなくちゃなんねえのかよ!
倒されるまで休みでもいいだろ!」
周囲では、危険体が討伐されていないことに対する苛立ちが出始めていた。
昨日まで自分たちで討伐しようとしていたのに、調子が良すぎる……
皆ちらちらと遊撃隊の白金メンバーに視線を向けるていた。
何とかしてくれと、無理な願いを送っているようだ。
その視線に気がついた白金の一人、フエゴが苛立ったように言い放つ。
「……散れ、クズ野郎共。お前らの泣き言に付き合っている暇はない」
フエゴは立ち上がり、冷たい視線で声の主を睨みつけた。
白金色のエネルギーが体から微かに放たれている。
「あ、あんたに文句を言ったわけじゃない!
本当だ!」
途端に、周囲でフエゴに視線を向けていた同期達は、怯えて後退る。
中には尻餅をつくやつもいた。
イドラ鉱石の輸送を止めることはできない。
輸送路に影響が出た場合も、即座に修理が行われる。
たとえ今回のように死人が出ても、イドラ鉱石の輸送だけは途絶えさせることは許されないのだろう。
フエゴは尻餅をついた同期を鼻で笑って、去っていった。
フエゴが見えなくなるまで、皆無言になる。
「……クソ!! 白金になれたら、俺も……!」
先程フエゴに怯えていた同期が、廊下に座り込んだまま、悔しさを露わにしている。
『ハッ、相変わらず残酷な格差だな』
エーテル燃焼レベルで大きな格差がうまれるのは、アルが生きていた頃と変わらないらいしい。
多分、みんなアルと同じ気持ちだ。
だから時間を見つけてはエーテル燃焼レベルを上げるための訓練を行う。
「……さて、明日に備えてもう寝ないとな」
セドの声に頷いて、俺たちは各部屋に戻り出した。




