第18話 始めての友人
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「お前、どこに行っていたんだ!」
自分の警備区域に戻ったのは、その日の業務が終わる頃だった。
戻ると同時に、徴用五年目の隊長から大きな声で責められる。
ちくしょう。予想通り、同期の奴らは俺のことを伝えてはくれなかったらしい。
「いや、腹痛で……その後迷ってしまい…」
「言い訳するんじゃねえ!」
……言い終わらないうちに、頭を叩かれた。
「ただでさえ灰塵は役に立たねえんだ。
面倒をかけるな!」
「すみません……」
近くで、同期の奴らがニヤニヤしている。
正直、気にもならないが、めんどくさいな。
はぁ……寮に戻るか。
と、その前にコイツを返さないと。
昼間より、少し元気がなさそうにしているやつが、一人立っているのを見つけた。
肩に包帯を巻いているが、動くことはできるようだ。
確か……セドとか呼ばれてたな。
俺はゆっくりと向かっていき、布に包んでおいた、短剣をとり出した。
「ッ!それは……!
セドは短剣を目にした瞬間、目を見開いて反応した。
「これ、落ちてたぞ」
そう言って、俺は短剣を差し出す。
「何で……」
「いや、なんか大切な物のような気がしたから……」
俺が差し出す短剣を、黙って受け取る。
少しの間、沈黙が降りた。
「なんでだ? 俺があからさまにお前を避けていたのを、知っていただろ?」
白い手袋で握った短剣を見ながら、セドが静かに聞いてきた。
「まあ、俺は灰塵だから。なんか成果が欲しかったんだよ。自分のためだ」
結局、それを見つけただけだったけどな。
俺はそう言って、視線をそらした。
「……お前、かっこいい奴だな」
ボソッとそんなことを言いながら、セドは離れていった。
これでよかったのだろうか。
そんなことを考えながら、
俺は街に戻るための鉄道車両へ向かっていった。
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「はー、今日は久しぶりに戦った気がする」
『ハッ、訓練不足だな。さっさと飯食って、エーテルを燃やしやがれ』
キステリの宿舎に帰った後、少し時間をおいて食堂へと向かう。
アルと話をしながら、食堂へと続く廊下を進んでいた。
灰塵の俺は仲間がいないので、基本一人だ。
さすがにもう、伝統を生き残った俺を訪ねてくる人は少なくなったけど、数日前まではすごい騒ぎだった。
今でも徴用校の外からは、俺を取材したいという依頼が絶えないらしい。
「いい訓練になったよ。
自分でも真紅をつかえるようにしておきたいし」
『当たり前だ。さっさと使えるようになれ』
「わかってるよ」
これからのことを話しながら、廊下を歩く。
「やっぱり未踏領域は、白金レベルからじゃないと生き残れないな」
今日の戦いを見て、改めて実感した。
結局、フエゴとエリカしか、エーテル燃焼体を倒せなかった。
あれは黒硫黄のⅠ〜Ⅱ程度の獣だ。
白金レベルのエーテル燃焼体に毎日遭遇するあの領域では、ただのエサ扱いだろう。
『前線近くの奴なら、黒硫黄レベルでも倒せたはずだ。
今日の雑魚共は、明らかに戦い慣れしていなかった』
確かに、アルの言う通り、黒硫黄でも戦闘の経験が豊富な隊員なら、勝てたはずだ。
それでも、白金レベルのエーテル燃焼体と戦うのは、おそらく厳しい。
エーテル燃焼レベルには、それだけの差がある。
『次の鉱脈探索で、精鋭を見せてもらうとするか』
そうだな。
鉱脈調査に同行できれば、より戦いになれた精鋭に会えるはずだ。
アルの評価も聞いてみたい。
『それより、テメェは今日あの金髪を助けようとした。それはなぜだ?』
確かに、俺の秘密がバレる可能性はあった。まずかっただろうか……
『テメェは周りから使えない奴だと散々見捨てられてきたんだろう?』
……なぜだろう。
アルに言われて、改めて考えてみる。
あの時、俺の頭に浮かんだのは、未踏領域で最初に襲われた絶望的な状況だった。
助けを求めても、誰も来てくれない心細さと悲しさは、身をもって経験している。
「俺は、助けを求めても誰も来ない絶望を知っているから……
あの救難信号を打ち上げたやつの、絶望感は理解できたんだ」
『ハッ、それだけで助けたのか?
テメェは見捨てられたのに、理不尽に思わねえのか?』
「うーん…………あの頃の、未踏領域に入る前の俺だったら、たとえ力があっても助けなかっだかもしれないな。あの頃と違うのは……」
あの頃と違うのは、きっと……
「たぶん、今は余裕があるんだ」
そう言ってアルを見て少し笑った。
「今日も他のやつらに嫌がらせを受けただろ?
でも、不思議と悔しさとかは感じなかったんだ」
昼間に、同期のやつらに色々言われたことを思い出す。
昔だったら、悔しくて手を堅く握りしめて耐えていたはずだ。
「誰かさんのおかげで、あの頃と色々変わったから。
余裕があれば、少し嫌っている奴らを助けるくらいのことはできる……ってことかな?」
なんだかんだ、アルには感謝するしかない。
ちょっと気に食わないが、苦笑するしかなかった。
「だから今日のことも、小さなことだけどそれが行動に出ていただけだと思う」
『……ハッ、実はお前が考えているよりも、大きなことをしたのかもしれねえな』
何のことだろう?
ニヤリと笑うアルの視線の先を見ると、食堂の入り口にあの同期……セドが立っているのが見えた。
こちらに気がつくと、照れたような表情で口を開いた。
「おい、待ってたぞ。飯……食おうぜ!」
--ああ、確かに俺は、思ったよりも大きなことをしたのかもしれない。
思いもよらない出来事に動揺しつつも、俺は嬉しさで心が震えるのを感じた。




