第15話 鉄道警備
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切り開かれた道が、視線の遥か先まで続いている。
外周と呼ばれる未踏領域近くのエリアに存在する鉱山から、イドラ鉱石を街に輸送するための道だ。
周りは広大な森林地帯。
未踏領域から帰還して数日後、俺はイドラ鉱石を輸送する鉄道警備についていた。
この数日、伝統を生き残ったダストを一目見ようと、昼夜問わずうんざりするほどの人が集まってきた。
その度にどんなエーテル燃焼体に遭遇したのか、何を食べていたのかなどを尋ねられる。
まあ、俺がずっと隠れていたと答えると、情けないやつだとバカにする奴が多かったのだが。
あの日の食堂での出来事は、瞬く間に拡散されたようだ。
尋ねてきた人たちには、シニガミを倒すと宣言したのは本当かと、何回も聞かれている。
答えた後に、頭がおかしいやつだと笑われることにも慣れてしまった。
周囲はまだ俺への関心が収まっていないようだが、気がつけば休みが明け、俺たちは徴用期間の4年目に入った。
伝統で「間引き」がされなかったのは、初めてのことだったらしい。
俺がどういう扱いをされるのか、正直不安ではあったが、他の多くの同期と同じく、警備業務に着くように指示された。
そもそも俺が生きて帰ってくることは想定していなかったはずなので、急に配置できるポストがなかったのだろう。
そんなわけで、昼間は鉄道警備を行いつつ、早朝はエーテル燃焼の訓練を行う日々が始まったわけだ。
年度末の休み期間中、俺は未踏領域で必死に戦っていたが、皆は実家に帰ったり、街で遊びを楽しんでいたらしい。
同じ区画の警備を割り当てられた同期たちからは、そんな話が聞こえてきた。
まあ、詳しいことは聞いていたない。
灰塵は警備でも役に立たないと思われているので、いわゆるハブられている状態だからな……
最初の数日は未踏領域のことを興味津々に聞かれたが、すでに興味を失ったのか、話しかけてくることはなくたった。
「あーあ。せっかく任務に配属されたのに、何もないじゃないか」
「白金のやつらは、もう遊撃隊としてエーテル燃焼体と戦っているらしいぜ」
「クソっ。俺も危険なエーテル燃焼体を倒して功績をあげたかったのに……これじゃあ俺たちは成績を上げられないじゃないか!」
同じ区画を警備する同期たちから、不満の声が聞こえてくる。
初めて業務に配属されたので皆最初はやる気を持っていたようだが、数日で飽きてしまったみたいだ。
支給されている刀剣をふざけて構えながら、
退屈そうに話をしている。
……隊長や先輩たちが見ていないので、だらけているな。
そういう俺も、アルと朝の訓練の反省をしながら、周囲のエーテル燃焼の気配を探っていた。
外周とはいえ、エーテル燃焼体に遭遇しやすいのは前線エリアだ。
徴用四年目の新人が配属されるのは、比較的安全なエリアになる。
もっとも、周囲を覆う広大な森林地帯を全て把握することはできないため危険はあるが、未踏領域近くの前線に比べれば、全然マシだ。
「おい。そんなことよりも、後方エリアなのに女が誰もいないのは許されないだろ!
俺が守ってやろうと思っていたのに」
調子のいいやつが、軽口をたたいている。
「このエリアで会う可能性があるのは遊撃隊くらいか?
お前エリカさんを守るつもりかよ」
「あったりまえだろ! たとえ自分より強い白金でも守ってやるよ。その方がカッコイイからな」
あのやばい女は遊撃隊だったか。
白金だもんな。
機動力を生かしてエーテル燃焼体と戦う方が、効率がいい。
確かにこの区画でエーテル燃焼体と接敵したら助けに来るかもしれないけど、俺は会いたくない……
『ハッ、アイツなかなか面白いじゃねえか』
意外とあの同期は、アルに好かれたらしい。
何が面白いんだか……
「おい! 隣の区画で体調を崩している奴がいる。代わりに誰か来てくれ!」
チームの隊長である、五年目の徴用生の声が聞こえた。
この区域の隊長は、黄色いチャージリングをつける、黒硫黄中位レベルの上級生だ。
「ハイ! 俺が行きます!!」
誰よりも早く、さっきの女好きが向かっていった。
あれは確実に女目当てだな。
『……気がついたか?』
「二時の方向に三体、ここまで五分くらいだろ?」
皆は気がついていないだろうが、こちらにエーテル燃焼体が近づいて来ている。
『ハッ、さすがに気がつくか』
「そりゃあれだけ酷い目にあったら気がつく。ほんと、何度叩き起こされたか……」
未踏領域で寝てるときも気配を探り続けた、俺の能力を舐めてもらっては困る。
アルには及ばないが、かなり自信を持ってエーテル燃焼の気配を察知できるようになった。
近くで話をしている奴らは、気がついていない。
そもそもエーテル燃焼の気配なんて察知できる人は、俺の知る限り誰もいなかったしな。
俺はさりげなく同期たちの方を見る。
「あー、早く俺もエーテル燃焼体を倒して、成績をあげたいぜ。
どっかのダストたちみたいに、鉱山で死ぬまでスコップを動かすのはごめんだな」
俺の方に視線を向けながら、一人が聞こえるように話している。
……おい喜べ、もうすぐ戦えるぞ。
思わずそう答えたくなる。
露骨な挑発にイラッとするが、彼らの発言は概ね事実だ。
エーテル燃焼能力が低い灰は、労働環境が悪く、人気のない業務に就かざるを得なくなる。
だから黒硫黄レベルのやつらも、徴用期間中に功績を上げて、良い待遇を獲得しようと必死なわけだ。
どちらにせよ、エーテル能力が劣っているダストは、ひどい労働環境で働くしかない。
何らかの職に就き、イドラ鉱石の支給を受けられなければ、シニガミに殺されるしかないのだから。
……あれ、少し向きを変えたか?
このままだと、さっき隣の区画に向かったヤツが先に接敵しそうだ。
どうするか……向かってくるエーテル燃焼体はおそらく黒硫黄Ⅰ~Ⅱ程度。
これは、一般的な黒硫黄中位が二人いれば、何とか耐えることができるレベルだ。
それが三体となると、さっきのヤツが危ないな。
助ける義理はないが、どうも落ち着かない。
これが俺をぶっ飛ばしたトールとかなら、容赦なく見捨てたかもしれないけど。
「……助けた方がいいかな?』
少し迷い、アルに声をかけた。
『クソガキが。テメェが決めろ』
「だからガキじゃないって言ってるだろ!
……一応見てこようかな」
『だったらさっさと行け。
他のやつらの戦いを見るチャンスだろうが』
まあ、そうか。
アルの言葉に納得して、同期たちへ近づく。
何て声をかけようか迷うな。
「腹が痛いから、ちょっと離れる。
何か隊長に言われたら、そう言っておいてくれ」
俺は無難にここを離れる理由を伝えてみる。
「は? 知らねえな。自分で言えば?」
「どうせ、居てもいなくても気付かれないだろ? いいなお前は」
クソッ、ニヤニヤしながら答える同期達は、多分何も言ってくれない。
だけど、どうせダストは役に立たないと思われているのだ。勝手に離れてもいいだろう。
後ろでゲラゲラと笑われながら、俺は茂みに入っていった。
未踏領域と比べると、樹々は一般的な大きさだが、切り開かれた道を離れれば、深い森が広がっている。
エーテル燃焼の気配を感じる方へと向かおうとしたが、急激に気配が加速した。
あいつ、気付かれたか!
ここからだとまだ少し距離がある。
俺は白金のエネルギーを体に纏って走り出した。
白金色の粒子を振り撒き、森の中を走り続ける。
『おい、テメェ。これからどうすんだ? アイツの前で倒すつもりか?』
確かに……俺はこの力を、あの同期の前で使うのか?
もし使わずにアイツが死んだら、俺はどう思う?
俺は話をしたこともほとんどない。
ダストの俺をハブって、他の同期とつるんでいたやつだ。
何も感じないんじゃないか?
だけど……
「そんなことわからねえよ!
とりあえず追いついてから決めるしかないだろ!」
俺はアルに叫ぶように答え、走り続けた。
その時、遠くで黒黄色のエネルギーが上空に放たれたのが見えた。
接触したか! だけど、エーテル燃焼の気配が増えている。おそらく、隣の区画の援軍だろう。
そっちの救援が間に合うかもしれない。
俺はエネルギーの上がった方向へ向けて、白金色の光を纏いながら速度を上げた。




