第14話 シニガミを倒すという宣言
----
徴用校の食堂は宿舎棟の1階にある。
休日でも街に出ることなく食事を済ませられるので、そこそこ便利だ。
そのため実地任務が本格化する徴用4年目までは、ほとんどの教育生はここに集まる。
今日はまだ年度終わりの休み期間ではあるが、多くの人が集まっているだろう。
……まあやっぱり騒ぎになるよな。
オーウェンの学長室がある教育棟から宿舎までの道のりを歩くと、すでに周囲はざわめいていた。
いろいろなところで、俺の名前が聞こえてくる。
すれ違った半分以上の人が、俺の姿を振り返って二度見してきた。
そんな周囲の反応を無視して、俺は早足であるいた。
早く飯が食べたい……
古ぼけた木の宿舎は、歩くごとに木が軋む音がきこえる。
なんとか食堂にたどり着いたが、入った瞬間音が消えた。
あ、これやばいな。
そう感じたが、とりあえず夕飯をもらいに進む。
「……もらえますか?」
目の前で固まっている、支給係の人に声をかけた。
「あ、ああ……」
意識がフリーズしたような反応をして、銀のトレーに入った食事を渡された。
周りを見渡し、空いている席を探す。
げ……さっきキレられたエリカや、他にめんどくさそうな奴らもいる。
俺は近くの席に着くなり、急いでシチューを食べ始めるが……
すぐに肩を掴まれ、話しかけられた。
「おい、なんでお前が生きてるんだよ!?
不正でもしたのか!?」
トールと、その取り巻きたちが並んでいた。
あきらかに戸惑っている。
あの日、叩き飛ばされた嫌な記憶がよみがえった。
「いや……たまたま狭い洞窟があったから、ずっとそこで隠れていたんだ。
雨水が溜まってたし、近くに食べられそうな
植物やエーテル燃焼体の死骸があったから、奇跡的に生き延びられたよ」
俺は淡々と用意していた説明をすると、すかさずトールが声を上げる。
「鉱脈の探索はどうしたんだ?」
「隠れていただけだから、何も役に立ちそうなものは見つからなかったと思う」
俺がそう答えると、周囲の奴らが困惑しつつもバカにしたように笑った。
「ハハッ……なんだお前。
結局何も貢献できてないじゃないか。
隠れてただけって、恥ずかしくないのか?」
「なんでこんな役に立たないやつにも、石を渡すんだよ。ほんと帰ってくんなよ」
周囲もざわざわと話し始める。
その多くは、俺のことをあざけるように笑う声だった。
一部の人たちは俺の話した内容に疑いを持っているようだが、他の多くは俺の情けなさや、ダストの価値のなさのことを話しているようだ。
「お前、何も鉱脈の手がかりを見つけていないんだろ?
じゃあ、また探してくるんだよな?
なあ、そうだろ?」
トールが俺の肩に手を置に、あの時と同じ、嫌な笑顔で聞いてきた。
……相変わらず、嫌なやつだ。
皆の注目が俺に集まる。
「……まあ、そうだな」
俺がそう答えると、トールの取り巻きたちがヒューと、はやし立てた。
「皆聞いたか!? 史上初めて! 伝統を生き残った優秀なヒツギ・シュウヤ君は! また鉱脈を探しに行ってくれるらしい!」
トールは演説をするように手を広げ、芝居がかった口調で盛り上げた。
「きっと彼なら、また生き残れることだろう! 皆、楽しみにしようじゃないか!」
ワッと、食堂が盛り上がる。
わかるぞ、お前らの考えていることは。
ニヤニヤと笑っている奴らは、俺がいつ弱音をはいて、鉱脈探索に行かないための言い訳をするのか待っているんだろ?
……部屋で食べるか。
食べかけの夕飯を持って、席を立とうとした瞬間、小さな声が聞こえた。
「運が良かっただけだろ……バカなやつだ」
俺の右後ろ、同じ灰色のチャージリングをつけている男が、一人つぶやいていた。
確か……名前はネヒロだったか?
俺と同じく、最下位を争ったダストだ。
「どうせ、俺たちには何もできないのに」
ボソッとつぶやいた声だったが、不思議と俺にはよく聞こえた。
未踏領域に放り込まれた頃の自分を思い出す。
確かに、俺もそう思っていた。
未踏領域に放り込まれて、死にかけた時に見た走馬灯。
今まで悪態をつくだけで、何もしてこなかった自分を思い出す。
反射的に、俺は勢いよく席から立ち上がっていた。
ほんの一瞬、場が静まる。
あの日、アルとシニガミを倒すことを約束した時に感じた「変わりたい」という気持ちが湧き上がってきた。
だけど同時に、今までの人生で何もしてこなかったという事実を思い出していた。
……ああ、きっと俺は弱い人間なんだ。
すぐに言い訳をして、やめてしまう。
それが怖い。だから……っ!
「みんな……満足か?」
俯いたまま、呟くように声を出す。
「……は?」
近くにいたトールが、よく聞こえなかったようで声を上げた。
俺は顔を上げ、食堂全体に聞こえるよう、周囲を見渡しながらもう一度声を出した。
「みんな……満足か?」
は? 何を言ってるんだコイツ?
と、いう視線が周囲から突き刺さる。
やばい、手が震えている。
「俺が生きて伝統から帰ってくるなんて、思ってもいなかっただろう?」
いきなり話し出した俺に、周囲は呆気に取られているようだ。
「俺は次の鉱脈探索でも、部隊に参加して未踏領域に入ることになると思う。だけど、みんなそれだけで満足なのか?」
--そうだ、周りに悪態をつくだけの日々はもう終わりにすると、あの時決めたんだ。
「みんなエーテル燃焼レベルを上げることに命かけて、シニガミに怯えて、石を集め続ける毎日」
--悪態をついているうちに、何もできずに、人生はあっけなく終わることを知った。
「石を集める能力に劣った人間は、自己責任として切り捨てられるこの世界」
--切り捨てられて、俺は初めて実感したんだ。
「俺は成績が悪くて、未踏領域に放り込まれた。確かに自己責任だ。
だけど、エーテル燃焼レベルで全てが判断されて、ダストが犠牲になる毎日を納得したくはない」
は? 役に立ってないんだから当然だろ?
石はお前らより貴重なんだよ。
と、周囲からキツい言葉が飛んでくる。
それらを強引に遮り、俺は続けた。
「だからっ! 俺は目標として決めたことがある……
そのためなら、未踏領域くらい何度でも入ってやるよ」
チラッとアルの方を見る。
--俺は約束をした。
だけど、それだけが全てじゃない。
--アルがシニガミを倒したいと考えている理由とは違うかもしれない。
けど、俺もこの全てがエーテル燃焼能力で判断される世界を変えるために、自分自身を変えるために、本当に変わりたいと思ったんだ。
--だから、だから……!
「俺は----シニガミを倒す」
空気が凍るとは、こういうことを言うのだろう。
俺が宣言した瞬間、食堂は静まり返った。
皆呆然として、俺が何を言ったのか理解しようとしている。
その一瞬後に、食堂が喧騒に包まれた。
「はっ!!?
バカかコイツ、今何言った!!?」
「たまたま隠れて生き残っただけで、調子に乗ってやがる!!」
皆口々に、怒りを含んだ言葉を俺に向ける。
ネヒロが唖然として俺を見上げている。
エリカは信じられないようなものを見る目で、俺を見ていた。
「……ブハハッ、お前、本当にバカか!?
今まで沢山の天才たちが挑んで、手がかりすら掴めていないのに?
ダストのお前ができるわけないだろ!!」
トールが俺に詰め寄り、大声で笑いながら罵ってきた。しかし、さすがに顔がひきつっている。
周囲もそれにつられて笑い出す。
「よりによって、シニガミを倒すとか……ブハッ、お前、本当に現実を見ろよ」
周りを見渡すと、ほとんどのやつらが俺を笑っていた。
『ハッ、いい感じに笑われてるじゃねえか』
アルがニヤつきながら、俺に声をかける。
そして真面目な表情で続けた。
『俺たちはまだ何もしていない、口だけだ。
だが腹を括ったか』
はは……もう引き返せない。
バカなことしたかな。
足がガクガク震えてる……
だけど、今よりもバカにされることはないだろう。
バカにされているのに、なぜか清々しい気持ちだ。
これが今の現実だ。
なにか言っても、俺のことを信じている人は誰一人いない。
でもこれでいい気がした。
まだ何もできていないのだから。
自己責任? 上等だよ。
俺がシニガミを倒してやる。
両胸の燃焼器官が、熱く鼓動を打つのを感じる。
俺は嘲笑が渦巻く周囲をゆっくりと見渡した。
きっとこの風景は一生忘れないだろうな。
そんな気がしながら、俺は笑われている光景を目に焼き付けた。
もし、もしも面白そうだと思ったら、ブックマークや評価で応援いただけると嬉しいです!




