第13話 完璧な美人
「はぁ……あれで大丈夫かな?」
オーウェン学長の執務室から解放された俺は、思わずため息をつく。
今日は朝から慌ただしかった……
やっと未踏領域から戻ったかと思えば、シャワーもそこそこに、丸一日歩かされ、そこから軍用の車両を乗り継いで街に移送された。
『ハッ、あれで誤魔化せたとは思えねえがな』
アルが横から口を出してきた。
予想通り、アルの姿は他の人には見えないようだ。
「だけど、次回の鉱脈探索に同行できるなら、とりあえずは第一段階クリアだろ?」
そう。今回の報告は、シニガミを倒すための作戦を練る上で、重要なポイントだった。
このまま何事もなかったかのように、他のダストと同じ業務へ回されたら、未踏領域へ入ることも難しくなる。
成果がないことで、これからも危険な鉱脈探索するという方向に持っていきたかったのだ。
『……あの野郎、無駄に偉くなりやがった』
「オーウェン学長のことか? アルの知り合いだったのか!?」
アルがつぶやいた言葉にハッとする。
確かに、アルが生きていれば同じくらいの年齢のはずだ。
アルの姿は20歳くらいなので、すっかり忘れていた。
『ただの同期だ。
責任感の塊みてえな、融通が効かないやつだったが……』
アルは懐かしそうにオーウェン学長のことを話す。
「えーと、話したかった?」
俺は思わず、アルに尋ねた。
そうだよな……俺としか話ができないのは、きっと想像以上に孤独なはずだ。
昔の知り合いがいれば、話したいと思うだろう。
『別に話すことはねえ。
アイツがどんなヤツになったのか、見せてもらうだけだ』
アルはそう言うが、本心とは思えない。
せめてアルが他の人と話せるようにしてあげたいが……
『おい、クソガキ。余計なこと考えんなよ。お前はどうやってシニガミを倒すかを考えやがれ』
俺がそんなことを考えていると、アルは見透かしたように俺に釘をさした。
「わかってるよ。
それにまだ今日は長そうだし……」
俺はアルに小声で答え、廊下の角で待ち構えている存在に意識を向けた。
「それで、俺になんの用ですか?」
待ち構えていた人物に声をかける。
オーウェン学長と話をしている時、近くで待っている人間がいることはわかっていた。
俺は未踏領域では寝る間を惜しんでエーテル燃焼の気配察知をさせられていたんだ。
相手が本格的にエーテル燃焼を行っていない状態でも、距離が近ければ大体の気配はわかる。
微量のエーテルの気配から察するに、恐らく白金レベル。
「えっ……なんでわかったの?」
その人は驚いたように声を上げ、姿を現した。
「……エリカさん?」
そこにいたのは同期の白金第二位、エリカ・セレスタイト。
俺が伝統に選ばれたあの日、壇上で輝いていたあのさわやかな美人だった。
誰にでも優しく対応する、性格的にもパーフェクトな美人として有名だ。
「あの……ヒツギ君は伝統で未踏領域に入ったんでしょ? よく生き残ったね。……目、大丈夫?」
エリカさんは、切り裂かれた俺の右目を心配するように聞いた。
やっぱり、この傷は目立つのか?
まあ、しょうがないか。
人格者としても名高いエリカ様。
直接話したのは初めてだが、誰にでも優しいと評判なのは知っている。
普通はうわべでも灰塵の心配なんてしない。
やっぱり全てを持ってる人は違うな……
「大丈夫じゃない。見ての通り、ぼろぼろだよ」
「突然ごめんね。私は白金レベルでしょ? だから、もうすぐ鉱脈探索の任務があるの。
もしよければ、またどこかで話を聞かせてくれないかな?」
なるほど、そういうことか。
白金レベルに到達すると、ほぼ全員が、鉱脈探索の部隊に同行して未踏領域へと向かう。
一回でも鉱脈探索に参加すれば、白金として様々な特権を得られるようになるからだ。
白金に到達しているエリカさんは、次の鉱脈探索に参加するのだろう。
まあ、俺と違って比較的安全なエリアで、身代わり扱いの灰塵や黒硫黄下位に守られて大切にされるのだろうが……
「エリカさんは次の鉱脈探索に参加するのか」
「うん。やっぱり、白金になったからには、それを活かして貢献しないと。役目を果たさないといけないからね」
笑顔で立派なことをいうエリカさん。
「うーん……」
話と言われても、正直に答えられることがどれだけあるかわからない。
チラッとアルを見るが、何も言わずに壁に背を預け、佇んでいる。
こいつ、ただ立っているだけで強者の雰囲気あるな……
「どうかな? 少しでいいんだけど……」
エリカさんがもう一度聞いてきた。
なんとかして情報を引き出したいようだ。
「俺は灰塵だからね。色々とあって……」
「何か悩みとかあるの?」
何とか断れないか曖昧に返したけど、引き下がらない。
「悩み? 灰塵だよ?
不安も悩みもあるに決まってるでしょ」
疲れていたこともあり、ついイライラして答えてしまった。
どうせ、白金の人にはわからないんだろうな。
「そりゃエリカさんみたいに悩みなんてなくて、全てを手に入れてる人にはわからないだろうけど、俺は……っ!?」
勢いに任せて答えている途中で衝撃を受けて驚く。
ギョッとして視線を下げると、エリカさんに胸ぐらを掴まれていた。
「……っ!」
驚いてエリカさんを見ると、下からキッと睨まれいた。
「……何それ」
エリカさんのキャラに合わない、怒りを含んだ声と共に、手が俺の胸ぐらから離された。
思わず、数歩後ずさる。
「あ、あの……エリカさん?」
え、あのエリカさんが……?
知っているキャラと違いすぎて、恐る恐る声をかけることしかできない。
「あなた、人のことなんだと思ってるの?」
「……え?」
「……はあ。もういいわ」
エリカさんは疲れたように呟いた。
「念のため、話が聞ければ良いくらいに思ってたけど、アンタみたいなダストに聞いても意味ないしね」
そう言って、俺に背を向けて去っていくが、俺は呆然と見つめることしかできない。
「あと、この事誰かに言ったら殺すから」
一瞬振り返り、本当に殺されるのではないかと思うほどの目つきで睨まれる。
俺はあまりの衝撃に、何も言えず去っていくエリカさんを見送った。
エリカさんが見えなくなった瞬間、俺は床に崩れ落ち、悪態をついた。
「……っ!何だあれ!! どこが優しいパーフェクトだよ! ふざけんなよ!!」
『裏の顔ってやつだな。秘密を知れてよかったじゃねえか』
「どこがだよ! というより、次の鉱脈探索に俺が参加したら、アレと一緒に行くのか!? 後ろから殺されるぞ!」
アルの言葉に、頭を抱えて座り込みながら答えた。
というより、何でアルは余裕の表情なんだ……。
「疲れて多少イラついてたのはあるけどさ、あそこまで怒る必要なくないか!?」
『ったく、めんどくせぇなテメェは。直接そう言えばいいだろ』
「言えるわけないだろ!!」
……はあ、今日はもう疲れた。
でも、腹が減っているし、ちょっと遅いけど食堂へ行くしかないか。
俺は疲れた体を引きずりながら、食堂へと足を進めた。




