第103話 青空が映える笑顔
俺はどうしたいのか考え、ゆっくりと口を開いた。
「キルシュさん」
俺の呼びかけに、キルシュさんが怯えが混じった視線を向けた。
「自分の意思を示せていなかった。そうさっき言ってましたけど、今は……できているように思えます。
今のあなたの意思を挫いて、俺にハイジを殺すことができるとは、とても思えないですよ」
俺が苦笑しながら言うと、キルシュさんは目を見開いた。
俺は両手に視線を落とす。
「俺は……まあ、灰塵ってことになっているんですけど、それでもこの半年間で、友人と言える人達ができたんです。
自分でも、信じられなかった。
そんな変わり者も、この世の中にはいるんで、その……
嫌なことをしっかり断ったり、自分の意見を言うキルシュさんを、好きになってくれる人もきっといますよ。
というか、今のあなたの方が、俺は好きです」
俺がそう言うと、キルシュさんは驚いた様子だったが、少ししてクスリと笑った。
「あと……俺はある人との約束で、シニガミを倒す必要があるんですが、助けが必要で……」
俺がそう言うと、ハイジがバカにしたように笑った。
「ヒヒッ……本気なのかよ。バカなやつだ」
「やめなさい!
でも……正気とは思えません。全ての攻撃、私たちの真紅の力でさえ、全く影響を与えられないシニガミを倒すなんて……」
キルシュさんは申し訳なさそうに告げた。
「ほしいのは、情報と力です」
「情報?」
「かつて、真紅の力を打ち消し、シニガミすら弾くエネルギーを出した存在がいたと、俺は聞いたんです」
「それは、よくある伝説や根拠のない噂では?」
「はい。でも、その情報元のレベルがちょっと他とは違ってて……かなり信憑性が高い。そのエネルギーの情報や、研究してくれる仲間を俺は求めています」
「なるほど。力は?」
「東の未到領域、クロードヒル渓谷の向こう側……」
「っ!? 完全未踏領域ですか!?」
キルシュさんは息を呑む。
「はい。そこは、いわゆる真の未踏領域。
数多の生物や、真紅のエーテル燃焼体が生息するその場所に、手がかりがあると考えています。
あの場所を進むには、最低複数人の真紅と、白金のチームが必要です」
「あの場所……その様子だと、知っているのですね?
あの伝説の渓谷が実在すると」
その言葉に俺は黙って頷く。
「なるほど……国籍は関係ないということですか」
「はい。シニガミを倒せれば、なんでもいいので。その時に協力してくれたら嬉しいです」
「……アホなやつだ。誰がそんなとこ行くかよ」
今度はキルシュさんも何も言わなかった。
難しそうな表情を浮かべているだけだ。
「それとも今回の責任を取らせて、脅して連れて行く気か?」
ハイジの言葉に俺が詰まると、キルシュさんは俯いて口を開いた。
「鋼王の被害は未知数です。私たちはそれだけの罪を犯してしまった……償いは必要でしょう」
「アレはこいつにも気づかれずに俺が落とした。お前らを脅すのに、あの真紅が邪魔だと思ったからな。責任は俺だけだ」
「違います……今まで貴方に甘えていた私の責任です」
二人は諦めたように、力無く言葉を続けた。
俺も鋼王の件は、正直どうしたらいいかわからない。
クリスフォードさんが向かったけど、間に合わなかったら、街や建物にどれだけの被害が出るのだろう……
その償いとして、連れて行くことはできそうだ。
けど、なぜか……なぜかこのまま連れて行ってもシニガミは倒すことができない。
そんな予感がした。
根拠は何もない。
だけど……
迷った俺はアルに視線を向けた。
『ハッ、いつも通り、テメェが必要だと思ったことをやるだけだろうが。この粘着ヤロウを本気で動かすためにな』
俺の気持ちを察したのか、アルはそう答えた。
必要だと思うこと?
脅すのは……やはり何か違う気がする。
その方法じゃシニガミは倒せないと、なぜか本能的に感じた。
何か……何かないのか?
俯いて考えているなかで、ふと一つの考えが頭に浮かぶ。
キルシュさんがしてくれたハイジの話と、今までのハイジの行動……
俺は立ち上がり、二人の正面に立った。
二人に緊張が走るのを感じる。
そして……俺はゆっくりと膝をついて、地面に両手をつけた。
「なっ、なにを……」
キルシュさんの焦った声が聞こえた。
「どうか…………シニガミを倒すため、俺に力を貸してください。お願いします」
俺はその言葉と共に、頭を地面につけるまで下げた。
不思議だ。
初めてハイジに遭遇し、土下座させられそうになった時、俺は悔しさを感じたはずだ。
でもなぜか、自分から頭を下げるのは全く悔しくなかった。
俺は無言で頭を地面につけ続ける。
何でこんな行動を取ったのか、自分でもよく分かっていない。
けど、なぜかこれがハイジにとって大切な何かだと感じたのだ。
ハイジは何も言わない。
ダメか? そう思ったとき、チッと舌打ちする音が聞こえた。
「……俺だけだ」
その声に、俺は顔を上げる。
ハイジは俺から視線をそらし、ぶっきらぼうに答えた。
「やっぱり、てめえはぶっ殺してぇと改めて感じたが……俺だけは参加してやる」
「えっ……本当か!?」
自分でも信じられず、思わず聞いてしまった。
「……こいつは見逃してくれ。頼む……」
その言葉にキルシュさんを助けたい想いが本物だったと言うことを実感する。
あのアルの記憶で見た場所へ行くなら、キルシュさんもいてくれた方がいい。
けど、この状況じゃあ難しいだろうな。
一人だけでも真紅の協力が取り付けられたなら、大成功だ。
「ありがとう! 一人だけでも……「待ってください!」
俺が言いかけたところで、キルシュさんがそれを遮った。
キルシュさんの力強い声に、俺は顔を歪めた。
ハイジを危険な目に合わせることは許さない。そういう意味だと感じたからだ。
ハイジもそれを察したのか、口を開いた。
「ヒヒッ、何心配してんだ? 俺は……」
「違います!」
だが、再びキルシュさんの声に遮られる。
俺とハイジは、怪訝な顔でキルシュさんを見る。
両手を握りしめ、なんだか緊張しているようにも見えた。
「……いつも貴方は、私を守ってくれますね。けど、それはなぜですか?」
キルシュさんは力強い視線をハイジに向け、問いかけた。
「……あっ? んなもんてめぇには関係ねぇだろ」
「貴方が……お父さんの言いつけを守り、お母さんや私を守ろうとしてくれていたのは知っています。
それに私は女なので、エーテル燃焼を使わないと、力強さは男の人には及ばないでしょう。けれど……」
そこまで言うと、キルシュさんは一息ついて言葉をつづけた。
「私は、貴方と対等な一人の人間です」
その言葉に、ハイジが目を見開く。
「貴方が私を大切に思ってくれているのは知っています。
けれど……無意識に私を下に見ているのではないかとも感じてしまっているんです。
私は真紅の力を持つ、一人の大人なんです。
だから……私も参加します。
対等に、貴方を支えたいと思っていますから」
その言葉にはキルシュさんの決意がこもっていた。
ハイジは何度か口を開こうとしたが、言葉が見つからないのか、何も言えないようだ。
「……勝手にしろ」
ハイジは視線を逸らすと、それだけ口にした。
キルシュさんは、少し寂しそうだったが、ゆっくりと頷いた。
少しの間、沈黙が降りる。
これは……キルシュさんも協力してくれるってことか?
俺にとっては願ってもない状況だ。
俺がお礼を言おうとしたところで、ハイジが再び口を開いた。
「おい…………悪かったな」
その言葉に、キルシュさんは驚き、涙を流す。
けれど、とても嬉しそうに頷いた。
「はい……!」
涙を拭うと、キルシュさんは俺に向き直った。
「ありがとうございます。あなたのおかげです」
「えっ? 俺ですか? 俺は何も……」
俺が答えようとすると、背後から誰かが走ってくる気配がした。
「キルシュ様!」
声に振り向くと、女の人がこっちに走ってくるのが見えた。あれは、キルシュさんについていた護衛の人だ。
おいおい、なんでエリカも一緒なんだよ……。
「こんなボロボロで……何があったのですか!?
まさか、ハイジ様に!?」
その護衛の人は、涙で顔を腫らしたキルシュさんを見て、悲痛な声を上げた。
そして覚悟を決めたように剣を抜き、ハイジへと向き直る。羽状の鍔を、白金色の燃焼光が伝っていく。
「ハイジ様! いくら貴方でも、もう許しません!
いつも何も言えない情けない私ですが、今日こそは! たとえ死んでも……」
それを見て、キルシュさんはぷっと吹き出した。
ハイジは疲れたように頭を抑えている。
「ふふっ、大丈夫ですよ、ミチル」
「……えっ?」
その言葉に、ミチルと呼ばれた従者がエーテル燃を止める。
白く輝くエネルギーを纏っていた剣からは光が消え、幅広い剣の表面が青空を映し出した。
キルシュさんが笑い、俺に改めて向き直る。
「ありがとうございます。
あなたのおかげで、一番言わなけばならないことを、さっそく言うことができました」
キルシュさんの顔は、今まで見たことがない、まるでつきものが取れたような微笑みだった。
「え……? 何でこんな灰塵なんかに……?
私にもそんな笑顔を見せたことないのに……」
護衛の人が、今度は絶望した表情に変わった。
俺は、ははっ……と苦笑するしかない。
「でも……よかったです。
笑えるようになったんですね」
なぜか泣き始めたミチルさんの頭を、キルシュさんは撫でている。賑やかな人だな。
「私もあなたに協力します。いえ、どうか協力させてください」
そう言うとキルシュさんは立ち上がり、深々と俺に頭を下げた。
ちよっ、他の人が見てる前で……!
俺が焦っていると、やっぱりミチルさんが唖然として口を開けていた。
ああ、これはなんか厄介なことになるかもな……
でも、鋼王の問題はまずいけど、とりあえず俺の目的は何とかなった。
一時はどうなることかと思ったけど、なんとか落ち着いてよかった。
俺が一息ついていると、背後から不穏な足音が忍び寄ってきた。
「……ねえ、感動的なところ悪いけど、後で全部話してもらうから」
エリカが俺の肩に手を置き、凍えるような声を笑顔で呟いた。
やっ、やばい……ぜんぜん落ち着いてなかった。
言い訳どうしよう……
俺は笑顔を引き攣らせながら、この後の地獄を想像するしかなかった。
第四章はここまでです。
面白いと感じる作品、誰かの心に残る作品になっていれば幸いです。




