第100話 ハイジとの戦い
この気配は……間違いない。ハイジだ!
俺はハイジの下に走りながら、確証を強めていた。
俺は急いでエーテル燃焼を停止し、真紅の気配を消す。
そして少し走り続けた先に、フードを被った男が一人、座り込んでいた。
倒した木の幹にダルそうに座る姿はまるで不良のようだ。
だが、溢れ出るドロドロと波打った真紅の光が、他とは一線を画す実力者であることを告げている。
「ヒヒッ、そろそろあいつが来ると思ったが……お前、なんで来たんだ?」
フードの隙間からニヤニヤとした表情がのぞいていた。
相変わらず、寒気を感じさせるような笑みだ。
下手に出るのももう面倒なので、俺は普通に要件を伝えることにした。
「これ、止めてくれ。街の人たちは関係ないだろう?」
「ヒヒ。嫌だね」
ニヤニヤとした表情で即答された。
まあ、そうだよな。
ハイジは興味深そうに俺に視線を向けながら口を開く。
「ここに来たやつは殺されるって聞いてただろ?
お前を切り捨てた他の奴らが憎たらしいはずだ。
なんでそんな奴らのために、律儀にここまで来たんだ?」
ハイジの言うことはわかる。
ロープウェイ乗り場に俺が来た時、周囲の人々は安堵していたからな。
誰もが俺なら死んでもしょうがないって思ってたはすだ。
「……確かに灰塵を差別してくる奴らはムカつくけど、今の状況でぐだぐだ言ってもしょうがないだろ」
「ヒヒッ……人生諦めてんな」
何が面白いのかわからないが、ハイジは相変わらずニヤニヤとしていた。
すぐに戦闘になるかと思ったが、意外と話ができそうだ。
今度は逆に俺が気になっていることを聞いてみようかな。
「お前は何でこんなことをするんだ?
世界でたった3人しかいない真紅が。
なんでもできる立場なのに、なぜ皆に恨まれることをして、たくさんの人を無駄に傷つける」
「あ? なんでもできる立場だと?
知ったような口をきくなよ?」
まずい。
明らかにハイジの気配が変わった。
「……おら。避けないと死ぬぜ?」
ハイジの言葉と共に、禍々しい紅いエネルギーの矛先が俺の方向に向く。
地面を伝って俺の足元に一直線に伸びてきた。
あぶねぇっ!!
俺は急いで避けたが、エーテル燃焼は使わなかった。
「ヒヒッ、まだまだあるぜ?踊れよ」
今度は数本の紅い線が、地面を伝って俺に迫る。
街でハイジに遭遇した時、警備部隊の人はこれに触れただけで、腕を失っていた。
クソッ、どうする!?
真紅の力を使うしかないのか?
俺の背後にあった木が、紅い光に触れた瞬間一気に全体が侵食され、一瞬で灰になった。
侵食する力が半端じゃない!!
ゾッとするような光景に俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
だが、ハイジは待ってくれない。
紅い光の線は、次々に俺へと殺到している。
そのうちの数本が、俺を挟み込むようにして迫っていた。
俺の足元で紅い光が輝いた。
やばいっ触れ……
俺が思った時、アルの声が聞こえた。
『相変わらず粘着してくるやつだな』
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爆発したかのような轟音と、火花のような光に俺は思わず目をつぶった。
だが、体が何ともないことに気がつき、恐る恐る目を開ける。
俺が地面を走る紅い光に触れてしまったと感じた時、アルが右胸で燃焼を開始して防いだみたいだ。
た、たすかった。
「……あ?」
ハイジが呆然としたような声を発した。
状況がよくわかっていないみたいだ。
「……なんで生きてやがる。死ねよ」
再び複数の方向から、紅いエネルギーが俺に走り出す。
さっきより速度が速い!
これはかわしきれない!!
「アル! 防いでくれ!!」
『テメェ、この程度で死にかけてんじゃねーぞ』
直後、右胸の熱が上がった。
俺の足元へ一瞬で放出されの真紅エネルギーが、ハイジの出すエネルギーに直撃する。
紅い光が周囲に舞い散り、耳に響くような大きな音と共に、ハイジのエネルギーが消滅した。
「お、お前……なんなんだよ。
真紅だと!?」
ハイジが驚愕の表情と共に立ち上がった。
クソッ、ハイジにもバレたか。
どうする!?
「おい。あいつは……キルシュはどうした?」
ハイジが明確な焦りを見せる。
こいつでも、姉が無事かは気になるのか?
予想外の反応だ。
「……さあ?」
俺はあえてはぐらかした。
「クソがっ!!」
ハイジが一瞬で俺の視界から消えた。
そして、気がついた時にはハイジの手が俺の顔を掴もうとしていた。
ッ速い!
目で追えなかった!
だが、俺にダメージはない。
アルが放出したエネルギーが、ハイジの手を弾き飛ばした。
「てめえ! 真紅だと……
隠してやがったのか!!」
手を押さえながら、ハイジが吠える。
俺が何か言い返す前に、またハイジが視界から消えた。
目にも留まらぬ速さで動き、あらゆる方向から俺に触れようと襲いかかってきた。
あの侵食する力に特化したエネルギーと、このスピード……強い!
俺一人じゃ勝てなかったはずだ。
アルの放出で全て防いでるけど、普通はこんなこできない。
全身からこの精密さでエーテル燃焼のエネルギーを出すことができるのは、俺の知る限りアルだけだ。
「このっ!! ふざけやがって!!」
ハイジの攻撃が大振りになった瞬間、アルの零秒点火が火を吹いた。
一瞬で真紅のエネルギーがハイジに叩きつけられる。
「グッッアアアアアァァ!!!」
ハイジは吹き飛び、苦しみながら地面を転がって行った。
「お、おい、アル!?」
地面を転がるハイジを見て、俺は焦った。
キルシュさんの時みたいに寸止めではない。
『殺しちゃいねーよ。腐っても真紅だ。ある程度は防げる』
アルがめんどくさそうに答えた。
その言葉通り、ハイジはふらふらと立ち上がった。
生きてる……さすが真紅。
キルシュさんへの攻撃は、まるで槍のように一直線に真紅のエネルギーを放出していたが、今回はハイジの体全体を包むほどの大きさだった。
威力が拡散しているとはいえ、その速度は人間の反応速度では避けられないほどだ。
普通は即死だろう。
「ハァッ、ハァッ……ヒッヒヒ……
お前さっき言ったな?
何でも自由にできるだと?」
ふらつきながらも、ハイジは言葉を絞り出す。
「ふざけやがって……
ふははっ……自由ってなんだよ。
なあ? 教えてくれよ」
ハイジはニヤつきいているが、なぜかゾッとするような表情だった。
っ!
ハイジが再び俺の視界から消える。
と同時に、また吹き飛んでいった。
一瞬すぎて何もできなかったが、俺に襲いかかったが、アルの燃焼で弾き飛ばされたみたいだ。
右胸のエーテル燃焼温度が上がったので、俺も理解することができたが……すさまじいレベルの戦いだ……
だけど、さすがにこれでもう立ち上がれないだろう。
俺はそう感じた。だが……
「クッ、ヒヒッ……」
全身ボロボロになりながらも、ハイジは再び立ち上がった。
なんでだろう。
ハイジのニヤついた顔を見て、さっきはゾッとしたが、今度はなぜか……悲しく感じたのだ。




