lament? なり損ないの優等生
美しい少女が大理石の石畳をカツカツと鋭い足音が聞こえてくる。
まだ生まれて13年の少女は几帳面に三つ編みを纏めた後ろ髪。白を基調として、所々金の刺繍を施されたケープ付きの「決して汚れることがない」純白の制服を翻しながら歩いていた。
元々淡麗な顔立ちをしていると言われるが、本日の彼女は眉間に深いシワを浮かべながら、唇を噛み殺し、誰がどう見ても不機嫌MAXな状態だ。
普段彼女に厄介に絡む者も、その鋭い眼光に当てられて「ひっ……」と情けない顔をして逃げてしまった。
「もう、モシュネ。睨まないの」
そう声をかけ、隣にいるのはミタニエ。モシュネとはこの学級に入学して以来の友人である。彼女といると呼吸がしやすく、いつも静かに寄り添ってくれる為、モシュネは彼女に頭が上がらない。
ミタニエははやれやれと首を傾けながら宥めていたが、どうやら効果はいまいちのようだ。
咄嗟に出そうになった舌打ちを飲み込み、だがその足は僅かに焦燥を帯びており、その歩幅は淑女にしてはやや広めだ。
「それにしても、昨日の騒動の話聞いた?夜中に「あの転校生の妖精さん」と純血主義のあの人が決闘したって……」
ふいに、ミタニエがそう口にした瞬間、モシュネの心臓が大いに波打った。
まるで何かから逃げるように。
「みつけた!素敵な貴女!」
終わった。終わりだ。いや、気がつかないふりをして逃げてしまおう。
構っていては埒があかない。
「あら、噂の妖精さんじゃない?モシュネ知り合いだったの?」
――「例の転校生」に捕まると厄介なことになる。
それは彼女の最近得た教訓だ。
そう思って歩幅を広げてさっさと退散しようとすると、「素敵な貴女」と無垢を含んだ大きな声が、宮殿のような渡り廊下に響き渡った。
「……じゃあ、私は先に教室で席とっておくわぁ」
「ちょっと一緒にいてくれても」
「また授業で会いましょう〜」
穏やかに、しかし動きは俊敏に。
そう言ってさっさと友人は退散してしまい、引き留めようと隣を見たら、すでに彼女はいなかった。
(逃げ足早すぎよ。まったくもう)
視界の端に映る灰色の銀髪を下手くそな三つ編みにしたおさげの少女なんか見えていないと信じ込み、今度は少々駆け足で廊下を進む。
「……聞こえてない?リベルテ学級王国6等生のモシュネ・クラークさーーーーーーん!」
流石に聞こえないふりをするのは無理だった。
本名を呼ばれて無視をすれば、大体こちらが悪いことになる。悪いことになれば、さらに「不純な血」への印象だって下がってしまうと危惧したから、渋々そちらに視線を向ける。
(あぁ、鬱陶しい……)
「うるさいわね。聞こえているわよ」
「わぁぁ!やっと振り返った!目があったね!素敵なお目目!」
リベルテ学級王国に響き渡る二つの歓声と怒声。
妖精と人間が共存するリベール王国での平凡譚。
「不純の血」の優等生ことモシュネ・クラーク。
「完全妖精」の劣等生のリアリー・ローズブレイド。
学級王国の片隅で、2人の奇妙な伝説が静かに幕を開けた。
✴︎✴︎✴︎
「リベルテ学級王国」
そこは、常に学ぶ者には学問のとびらが開かれている場所。白と金を基調としたさっぱりとした宮殿のような建物で、床は全て大理石で統一されている。
建物はこの王国「リベール王国」のシンボルである宮殿に似せられた作りとなっている。
さらに、魔法塔、歴史塔、平和塔と三つの塔に分散されていて、魔法、魔法薬学、歴史、遺跡、数字と、学問や魔法の授業など、様々に使い分けられている。
此処「リベール王国」で一番大きく高尚な学校であるものの、生徒の質はピンキリだったりもする。
格式の高い血筋、そうでない血筋、妖精から人間まで幅広い生徒が通っている。
リベルテ学級王国の学年は少し特徴的であり、10歳から仮入学が可能で、1年生・2年生。
2年生から次の年に正式に進級、12歳から入学すると、数え方が変わり6等生となる。そこからは6等生、5等生、4等星、3等生、2等生、1等生と、数字がどんどん減っていく。
朝一番、そんな崇高な王国の歴史塔と平和塔の渡り廊下を6等生のモシュネは歩いていた。
「……ついてこないで」
「えぇ?!素敵な貴女をほっぽって回れ右しろって?そんなの無理。それなら片足も、もぎ取った方がマシ!……ねぇね、こんな朝っぱらからどこ行くの?いつも朝は教室にいないよね?」
やや突きはなすように接しているモシュネを、喧しい御託を述べながら駆け足で追いかけるリアリー。
忙しないリアリーは、駆け足に合わせておさげがふわふわと宙を舞っているが、その目障りな髪が視界にちらつくたび、モシュネの苛立ちは更に増えていく一方だった。
「答える義理はないでしょう。あなたには関係ないことなのだし」
つっけんどん、とはまさにこの事だろう。
しかし、普段ならそこでさらに捲し立てるリアリーが、今日は黙りこくってしまっていた。
「……」
珍しく返事が来ないことに、モシュネは違和感を覚えてリアリーをチラリと一瞥した。
その視線に気がついた彼女はは眉を下げてへらりと笑っていた。
やってしまった、とモシュネは後悔する。普段はどんなに冷たくしてものらりくらりとしているのに、そうやって時々哀しそうな表情を浮かべるのは、なんとも居心地が悪いというか。
仕方がないので良心が痛むので話くらいは聞いてやろう。
(本当に仕方なく――仕方なく聞くだけ)
「ね、モシュネは今日のお昼は何食べるの?私はシチューにしようかな。お野菜たくさん、栄養満点でお味もいいし。でも食堂のシチューって意外と当たり外れがあるのよね?……朝からお昼を考えるのは早いかしら?それから昨日の帰り道に出会った獣にね――」
「――ってなって大変らしいの!この学級王国では普通なの?毎月一回は戦いに挑むなんて非効率!被人道的!」
前言撤回、同情は気のせい。本当に耳障りだった。
かれこれモシュネを置いて1人で5分は話し続けている。
(もう!もう!なんなのよ!)
モシュネの眉間にさらに深い皺が浮かんだのを見兼ねたリアリーは、何かを察したのか長話を切り上げた。
「またね!素敵な貴女に、瞬きの素敵なことが起こりますよーに!」
「またはないわよ」
黙りこくってしまったモシュネに気を使ったのか、はたまた満足したのか。リアリーは元気のいい声を張り上げて、何やら祝福を述べて踵を返した。
なんだか下手くそなスキップのような無様な走りを見送った後、モシュネ自身も目的地へと歩き出した。
「――うちの食堂のシチューにハズレなんてあったかしら?」
「……そこ気になる?」
あまりにも戻ってこないので、心配した友人がいつのまにか様子を見にきていたらしい。
✴︎✴︎✴︎
扉を開けると、ざわついていた教室が一斉に静かになった。
騒ぎ立てていた輩の視線がモシュネに向き、気まずそうに目を彷徨わせ、すぐにそれぞれの会話に戻り無関心を装っている。
「モシュネ……」
「気にするだけ無駄よぉ。早くいきましょ」
モシュネが一歩教室に入り、席を目指して歩けば、通り過ぎる生徒達がチラリとこちらに視線を向けるのを感じた。
(わかってるのよ。全部)
――視線を向けられるのも、ヒソヒソ何か言ってるのも、全部。
それでも背を伸ばし、いつも通りに振る舞うのだ。
友人がとっておいてくれた席につき、いつも通り教科書を開き予習をする。
……しようとして、教科書を目の前にしていたものを一旦机に置いたその時。
「ねぇ、どこいってたの?素敵な貴女!あ、お友達もおはよう!」
驚いたモシュネの友人が声を上げた。
「――っ!いやぁ!」
「わ、わ、びっくりしちゃった……?」
机の向かい側からひょっこりと顔を覗かせるリアリーが、戸惑いの表情を浮かべていた。
「ご、ごめんね。そんなつもりはなかったの」
しかし、本当に悪気が無かったようで、寧ろ驚いているモシュネの友人に驚いていたようだ。机に両手をつき、目をぱちぱちさせていた。
「こ、今度からは後ろから話しかけてちょうだい」
「うん、わかった」
リアリーは素直に頷くと、無邪気な笑顔で笑いかけた。
「……私、ちょっと出てくる」
居心地の悪くなったモシュネは、勢いそのままに教室を出た。