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最終話

 僕は桜の木の下に立った。


 降り注ぐ桜の花びらの中で、空に向かって手を伸ばす。



『ほら、世界はこんなにもきれいなんだよ』

「……っ!」



 後ろから君の声が聞こえた気がして振り返るけれど、そこにはやっぱり誰もいない。


 いつのまにか頬を伝っていた涙はあたたかくて、けれどすぐに冷えていく。

 君がいるのかもと期待してしまった自分に現実を見せつけるような、そんな冷たい涙を僕はぐいっとぬぐった。



「……たしかに、きれいだ」



 舞い散る花びらが世界を桜色に染め上げる中、僕の手の甲にふわりと落ちてきたそれを何気なくつまみあげる。

 しばらく指先でくるくると弄んで、地面に落とそうとして、やっぱりやめた。


 僕は君の日記を開く。


 後ろから数えて何ページか、一箇所だけページとページの間に何かが挟まっているような隙間がある。


 そこを開くと、散りかけた桜の樹の下で僕と君が並んでいる写真と、その上に一枚、桜の花びらが貼ってあった。




『君と最後に行ったお花見の時に撮った写真と、花びらを貼っておくね』



 そんな言葉とともに貼られていたその写真は、花びらは、君を失ったことで色をなくした僕の世界に再び色を取り戻した。



 今でも日記を開くと、あの時の桜の香りがふわっと香ってくる気がする。


 花びらはしばらくしたら捨ててね、と君は書いていたけれど、僕はそれをドライフラワーにして保存してある。

 大切な君との思い出は、そのままとっておきたかったから。



 花びらを日記に挟んで、もう片方の手でスマホを持ち写真を撮る。


 散っていく桜色の花びらが、澄んだ青色の空によく映える。



『桜って、きれいだよね。一番きれいな時に自分から散っていく気高さが、とってもかっこいい』



 最初のお花見の時、そう言って散りゆく桜を眺めていた君の心の中は、もう分からない。


 切なげに瞳を細めて、空に手をかざしていた君の、心の中は。



 自分の運命を知って、そうありたいと願ったのか、そうあれないと諦めたのか、分からないけれど。



「僕は、君のことが好きだよ」



 君がいなくなってから日記を見るまでの間、何度も後悔した。



 もっと早く気付けていれば。


 もっと君に、好きと言えて、ありがとうと言えていれば。



 何度だって悔やんで、苦しんで、不甲斐なさに負けそうになって。


 もうこの世界から消えてしまいたいと願って。



 だけどその度に、君の言葉が胸に突き刺さって離れなかった。


 まるでこの世界と僕をつなぎとめる鎖のように、突き刺さって離れなかった。



 それは今も変わらないけれど。



『ほら、世界はこんなにもきれいなんだよ』



 今だって、まぶたを閉じれば、桜が舞う中こちらを振り返って微笑んだ君がいる。


 その言葉は魔法のように僕の世界に色を灯す。



 ピンク色の―――桜色の日記を手に、僕は踵を返した。

次回、歌詞です

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