4. Care.
「出来ました」
「正解」
「やった」
「お前、飲み込み早いよな」
「先生の教え方が良いんですよ。同じ問題でも授業の説明じゃ意味不明なんですって」
「…なあ。その先生っての、止めない?」
「え。何で」
「柄じゃないし。普通に、呼んでくれれば良いし」
「普通…じゃあ、俺も来年はK大入るつもりだし、先輩って呼びます」
「その方が良い」
そして、微笑み合う俺達。
…可愛い。そうだ、年下はこうでなくては。
可愛いのは容姿ではない。性格だ。素直な事。これが一番だと俺は思う。
K大生で勉強を教えてくれる人は居ないか、って人がもう一人居るんだけど、と友人に声を掛けられた。
K大に入るにはK大生に教えて貰うのが一番だと思われているらしいが、実際はどうなんだろう。その選択が正しいとは思えないのだけど、
「お前、塾の講師とか向いてそうだから、丁度良いじゃん」
と言われてしまった。
経済学部に所属する俺が、二人の生徒を受け持つのは気が重いと言ってみたのだけれど、
「俺、向いてないんだよな。数学苦手だし」
などと教育学部に所属する友人に返されてしまうと、俺がやらねば誰がやる、と思ってしまったのだ。
受け持つもう一人の「生徒」は、いかにもママに大事にされてそうなぽっちゃり系の少年だったが、俺は普通に可愛いと思った。
小遣いに不自由はしてなさそうだけど、無駄に瞳の色を変える事もない。たかが二つと言えども年上を年上と認識し、普通に敬う態度を見せる。
そして、素直だ。
二年離れているので、俺が高校三年生の時彼らは一年生だったはずだ。その時はその二年の差をそれ程強く意識した覚えはない。「後輩だ」というだけで、小さいとか可愛いとかいう感情を持った記憶はない。
けれど高校を卒業してしまうと高校生と触れ合う機会はぐんと減る。日々制服を着るか着ないかで、俺自身「高校生」を子供扱いしていたと再認識する。
子供扱いというよりも、自分は彼らと違って大人であると思っていたのだ。
智と出会って、改めてそう思った。
智は、一筋縄ではいかない。
今までの様に、高校生は子供だ、と。
そう思い続けて居られたら、彼の言動は大人に対する反抗の表れで、はいはいと軽く受け流しておけば済む事だった様に思う。
でも智は子供じゃない。
バイク雑誌を読む仕草も、練習問題に取り組む姿も、俺を揶いながら絡めて来る視線も。決して俺より下ではなく、同じ高さに立っている存在なんだと認識させられる。
その日部屋に入ると智の瞳は赤かった。俺を揶う材料だとすぐ解る。
「パパ活モードかよ」
「そ。オジサン専用」
そして微笑う。
智は、初めて会った時に俺に向かって「オジサン」と言った事を、覚えているのだろうか。
「オジサン」に人気のある赤い瞳の智。
俺がその赤い瞳を見て、どきりとした事は、彼の計算の内なのだろうか。
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