3. Third contact.
俺が彼の名前を知ったのは、二度目の訪問をした時。
「トモ君、先生がお見えよ~」
彼の母親が階段下から、階上に向かって声を掛けた時に初めて耳にした。
最初は彼の名前よりも、母親までもが俺の事を「先生」と呼んでいる事が気になったわけだが。
母親に促されて階段を上がり、右手の彼の部屋にノックをしてから入る。彼は既に机に向かっていて、やる気満々かと思いきや、雑誌をぱらぱらと捲っている。
そんな彼に、トモヒコ? トモユキ? トモノリ? とバリエーション豊かに呼びかけると、
「ジャスト、トモ」
という返答があった。
智。
どことなく女性っぽい響きがあると思ってしまったが、整った名前だと思う。
アンタは? と訊かれて「マイネームイズ先生」と答えると、彼は「センセ」と呼んで俺を揶わなければならなかった事をその時初めて思い出した様で、「そうだったそうだった」と妙に納得の態度を示した。
設置されたパイプ椅子に腰掛ける。
机に広げられた雑誌を見ると、やっぱり彼が好む様には思えないバイク雑誌。
まさかなあと心で思ったのが顔に出たのか。
「ちゃんと買ったよ」
雑誌を閉じながら、智が言う。乗りたいとは思わないけど、見るのは好きなんだ、と。
捻くれた印象なのに、素直に趣味を語る可愛いところがあるんだと意外に思う。
微笑ましく思ってしまった所為だろうか。
「何ニヤけてんの」
嫌そうな顔をされてしまった。
素直に「可愛いところがある」と言えばきっと智は絶句し、俺は彼から一本取れたかもしれない。でもその時はそんな気が回らず、
「いや、今日は紫じゃないんだなと思って」
と思わず話題を避けてしまった。一瞬でも「可愛い」等と思ってしまった自分を信じられなかったかもしれない。
前回もだけどさ、と言う俺を黒い瞳が見る。気持ちを見透かされそうで、どきりとする視線。
「瞳の色だよ。カラーコンタクトだろ?」
ああと小さく頷き、智は口元に笑みを浮かべる。勿論目は笑っていない様に思う。
「あれは万引きモード」
「…あのなあ」
常習犯じゃないだろうなと睨む俺に、初犯で捕まったからもう止めたよと智は言う。
「実は赤いのも持っているんだよね」
頬杖を付き、両手で頬を挟み首を傾げて俺を見る。
「何だよ」
数センチ顔を退く。その瞳に怯んでしまうのが情けない。
「パパ活モード」
「は?」
「赤の使い道」
「……」
「俺、人気あるんだよ」
「だ、誰にだよ」
「オ・ジ・サ・ン」
絶句。
言葉を発せず口をぱくぱくと動かしていると、冗談に決まってるだろと言った後、智は両手で顔を覆い小刻みに震えた。
笑ってやがる。
無駄な金の遣い方しやがってと呟くと、両手で覆われた口から、センセって可愛いというくぐもった声がした。
くそう。
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