2. Second contact.
万引きが見付かった店になんてもう二度と来ないと思ったし、ああいうタイプの人間とは馴れ合う事はまずないと思っていたので、まさか再会する羽目になるとは思ってもみなかった。
それも、妙な偶然で。
迎え入れられた玄関先で、無言で俺を見詰める黒い瞳。
目元が似ている母親がその傍で、本当にお世話になりますと何度も頭を下げている。
母親に促されて、彼は俺の前に立ち階段を上る。背中に、後でお茶を持って行きますねという声が掛けられた。お構いなく、という言葉を返して軽く会釈してから、彼に続く。
階段を上ったすぐ右手の部屋に入る。
本棚、ベッド、机。意外にすっきりした室内を一通り見渡し、彼に視線を戻すと、こちらには全く無関心な様子で机に向かう。
その横に、この日の為にわざわざ購入したのであろう簡易なパイプ椅子が置かれている。
近所の人が息子に勉強を教えてくれるK大生を探している、と友人に紹介をされたのはつい三日程前。
勉強と言っても主に俺の得意な数学だし、そんなに時給は高くないけど、人に勉強を教えるのも勉強になるだろうと快く引き受けたのだが、まさかあの高校生と、二週間も空かずに再会する事になるとは思わなかった。
彼の背中を見詰めながら溜息を一つ吐き、パイプ椅子に腰を下ろす。
自己紹介もナシかよ、と心の中で呟く。
机の上には数学の教科書と真新しいノート。
黙って教科書を手に取り、ぱらぱらと目を通す。
そこに、「ねえ」と声が掛かる。
教科書から目を離し彼を見ると、黒い瞳が真っ直ぐに俺を見詰めている。強い視線に少々怯む。
「アンタ、苦学生?」
「は?」
苦学生という単語はもう、疾うの昔に廃れたと思っていたので、自分を形容する単語になるとは思わず、戸惑う。
「本屋で働いてさ。大した金にもならない、知り合いの知り合いの子供の家庭教師やってさ。もう少し効率の良いアルバイトはないの?」
口許に笑みを浮かべているのを確認する。けれどやっぱり目は射る様にこちらを見ている。
失礼な奴だなと思い、返す言葉もついつい嫌味を帯びる。
「慈善事業だよ」
彼は肩を竦める。
「それはどうも」
「金を貰うからには、少しは成績を上げて貰うぞ」
「それはどうかな」
「少なくとも四十三点なんて情けない点数はやめて貰う」
「そう簡単に攻略出来るような俺じゃないよ」
「攻略するのは公式だろ」
「先生が俺をやる気にさせるのが先」
言われてハタと止まる。何だよ、その。
「先生って」
「違うの?」
黒い瞳が俺を見詰める。違わないけど、と口篭ってしまう。
「柄じゃないだろ」
「じゃあ何て呼ぶ?」
「何てって…普通に呼べよ」
普通ねえ…と彼は目を宙に走らせ、視線を俺に戻す。
あ。口だけじゃない。目も笑っている。
彼は頬杖を付き、首を傾げる様にして俺を見据えて、
「しっかり俺の成績を上げてよね、センセ」
と小悪魔的な微笑をしたのだった。
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