表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

10. Other side 2

 

 母親が書いたメモの住所を頼りに、先生の家を見付ける。

 年季の入った三階建ての小ぢんまりしたマンションの三階、角部屋。

 階段を上り、緊張しながら部屋の前に立ち、大きく深呼吸をした後、気合を入れてチャイムを鳴らす。


 押してから一秒遅れて、キンコン、という音が室内で響くのが解った。

 はいはい、と中で返事をするのも聞こえる。

 思わず微笑んでしまう。


「はい、誰」

 がちゃりとドアが開き、先生が顔を出す。

「え」

 …と。

 俺と先生の口から同時に声が漏れた。

「何だよそれ」

 お互いがお互いを指差し、声がユニゾンする。


 先生はあろうことか、その口にタバコを咥えているのだ。

 冗談じゃない。タバコは大嫌いだ。

 間違ってもその口でキスなんてするなよ、という言葉が喉元まで出掛けて、慌てて飲み込む。

 先生が顔を寄せて来てキスをするよりも、帰りかける先生の腕を引いてキスをせがむ回数の方が多い、と瞬間に気付いたからだ。

 その情景を思い出して、頬が熱くなる。


 先生の方は「又無駄遣いを」と呟いて苦笑している。

 紫色の使い捨てのカラーコンタクトレンズを先日使い切ったので、今度は緑色を買ってみたのだ。

 今日がそのお披露目だった。


「センセ、タバコ吸うの?」

「いや、止めた」

「ホントに?」

「タバコはハタチ迄」

 真面目な顔をして返すので、思わず吹き出す。

「何、その名言」

「中学三年の担任の言葉」

 トイレで隠れて吸ってたのが見付かって、拳で殴られた後に言われた言葉がコレだぞ? じゃあ何で殴るんだよってその時は思ったよな、と先生は一人思い出し笑いをする。

「俺、タバコは嫌いだから」

 一応主張してみると、だから止めたってと笑う。

 たまたま部屋の端に落ちているのがさっき見付かったのだと。

 何と無く咥えてみたけど、吸いたい気持ちはないと言う。


「それにこのマンション、古そうに見えてオール電化なんだよ」

「だから?」

「火がない」

 タバコが転がっているのだから、ライターだって一つくらい持っているだろうが、と思った俺の気持ちを読み取ったのか。

「一回友達の家で火がなかった時、ガス台で火を点けようとして前髪を焦がした事があってさ。それ以来ライターかマッチでしかタバコに火は点けない。つまり今はハタチになったしライターもないから、タバコは吸わない。OK?」

 先生はニコヤカに俺に言う。

 どきりとしてしまったのが隠せなかったように思う。



「で?」

「え?」

「どうした?」

「何が?」

 先生は苦笑して、何か用事があったんじゃないデスカ? と丁寧に訊く。

 初めて手の中に紙袋があった事を思い出す。

「あっ。そうそう、ケーキ」

 差し出すと先生は、覚えててくれたんだとと嬉しそうな顔をする。

 母親と先生の二人の秘密を見せつけられた様で、やっぱりちょっともやっとした。


「智は?」

「え」

「食べたか? ケーキ」

 まだと答えると、インスタントで良ければコーヒーが入るよ、と言われる。

「え、センセの部屋、入って良いの?」

 瞳が輝いたのを自覚した。

 意味もなく入れて貰えないような気がしていたのだ。

 一人暮らしなのだ。足の踏み場もない程荒れている事もあるだろうし、自分の城に他人は入れないという場合もあるだろうし。

 俺の瞳の輝きに先生は三度目の苦笑を漏らして、どうぞとドアを大きく開ける。


 が。

 そうだ俺、と呟き、その手が途中で止まる。


「生徒は部屋に入れない事にしてるんだった。問題があった時困るだろ」

 ニヤニヤした先生は、「じゃあそういう事で」とドアを閉めてしまう。

 言葉を一言も発せないままそれを見て、呆然とする俺。


 ドアを一枚隔てた向こうで、声を押し殺して笑っている先生の姿がハッキリと見える様だ。

 振り回されてる、と感じる。

 今までの仕返しなのかもしれない。

 けれどそれに応えたいと思う自分が居る。



 チャイムを押す。

 一秒遅れて室内で響く音。

 ドアが薄く開き、笑いを噛み殺した先生の顔が覗く。


「入れてよ、康平」

「どうぞ」

 ドアが大きく開き、俺はお邪魔しますと呟く。

 一歩進んだ時に腕を取られ、引き擦り込まれた。

 足元でケーキが潰れる音を聞きながら、頭の中で考えたのは、タバコは咥えるのも禁止、という事。


 いつもと違う苦いキスに半ば酔いつつも、いつもの甘いキスの方が良い、と思った所為だ。




 完


最終話まで掲載出来て良かったです。

ちなみにこの話は部分的に体験談も入ってますが、フィクションです。

タバコは20歳になってから、が法律ですので、その辺りよろしくお願いします。


また次の作品もお読み頂けると嬉しいです。

有難うございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ