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1. First contact.

 

 目が、離せなかった。その瞳に釘付けになってしまった。

 掴んだ肩が華奢であるとか、掴み方が乱暴だったかもしれないとか、そんな思考は一瞬にして吹き飛んだ。

 見上げているのに見下す様な、強い眼差し。

 紫の瞳。

 真っ直ぐに視線を絡めてくる。焦りや罪悪感は全く見られない。その落ち着き具合に言葉が出ない。


 整った容姿、柔らかそうな前髪、一年前に卒業した母校の制服。

 不意にソイツは左手を挙げ、肩に置いたままの俺の右手をやんわりと退けた。そのまま階段を数段下り、踊場の壁に背を預けて、改めて視線を絡めて来る。

 鞄の下からおよそ彼が好むとは思えないコミック本を取り出し、俺に差し出す。


「払えば良いんだろ?」

 第一声。

 その言葉が引き金になり、硬直していた全身の力がやっと弛んだ。

「何言って」

「警察、呼ぶ?」

 口元に笑みが浮かぶが目は笑っていない。

 カチン、という音が頭の中でした様な気がした。



 書店でのアルバイト歴は半年。

 日々の接客と商品の補充。まあそれなりに向いているのではないか、と思いながら講義がない日は昼間からのシフトに入っていた。


 今日はたまたま新刊の入荷処理も客も少ない為、欠伸を噛み殺しながら店内をぼんやりと眺めていた。万引きが居るだろうか。しそうな奴は居るだろうか、と。別にそこまで警戒して見ていたわけではなかった。

 ただカウンターから一番遠い本棚の間を擦り抜け、足早に出て行く高校生に、一瞬あれ? と思っただけだった。

 でもそう思った瞬間、何故か体はカウンターを飛び出し、高校生の後を追って、ガラスのドアを開けていた。

 ドアを開けてすぐの階段を五段程下りた所で、その左肩を掴んだ。万引きした瞬間を見たわけでもないのに、妙な確信が心を占めていたのだ。


「警察は呼ばない」

 他の店員に言えば必ず警察を呼ぶだろう事は解っていた。でも思わず口から出てしまった言葉だった。

 その高校生は上着のポケットを探り、千円札を一枚差し出す。その時も真っ直ぐに視線を向けて来た。

 お釣りは要らない、と言う口をつねってやりたくなるのを我慢して、

「釣りは渡す。待ってろ」

 店内へ取って返す。

 突然飛び出したので、相方が驚いていたが、無視して精算し釣りを持って又戻る。さすがに帰っただろうと思っていたので、律儀に待っていたのには少々呆れた。


「ほら」

 差し出された手にレシートと小銭を落とす。

 それをぎゅっと握り締めて少し肩を竦めた後、そのまま行こうとする彼を見て、頭の中で又カチンいう音がする。

 さっきと同じ様に左肩を掴み、ぐいと振り向かせた。

「何か言う事はないのか」

 万引きをしたんだぞ。それだけでも充分悪い事なのに、見付かっても平然としているその態度はなんだ。

 そう言おうと口を開きかけた時、高校生はやっとそのことに気が付いたという風に「ああ」と声を発する。

 そして挑戦的な視線を向け、

「見逃してくれて有難う、オジサン」

 とのたまった。


 呆気に取られた俺を見て、又口元だけで笑い、印象的な紫の視線を絡ませて、階段を下りて行く。

「おいちょっと」

 我に返った時には、階段を下り切り、そのまま何事もなかったかの様に歩いて行く高校生の背中が見えただけだった。



 全く何という事だろう。悪いという気持ちは皆無なのだろうか。「ごめんなさい」の一言も言えないとは。あの落ち着きは初犯ではないのだろうか。


 俺は脱力する。

 何よりも力が抜けたのは、高校生の一言だ。


 ……俺はまだハタチだっつーの。



数年前に書いたコピー本を加筆・修正して

ぼちぼちと掲載させて頂くことにしました。

よろしくお願いします。


お読み頂き有難うございました。


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