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神田川が真っ白な灰になる瞬間、目撃す



「よーし、これでいいぞ。おーい、弓月さーーん、テレビのアンテナ繋がったよ! アマチュア無線部に感謝だねえ」


僕、長谷部(この時点ではまだ平社員)が、サークル室の窓際に置いてある古いテレビの前に、座布団を二枚、横に並べた。


(えっと……座布団の距離はこんなもんかな……)


座布団二枚の間は、握り拳3個分。微妙な距離だが、これ以上くっつけようものなら、弓月さんが「長谷部くん、新聞紙って、パーテーションにもなるんだよ」なんて言い出しかねない。


「地方のケーブルテレビが、こうして観られるなんて、ラッキーもラッキーだね」


「ほんと、ダメ元で頼んでみて良かったね!」


「あの人たち、いつもは頼みごとしても速攻で断ってくるけど、今回は弓月さんたっての頼みってことで、すぐに取り掛かってくれたね。弓月さんの功績だよ!」


「そんなことない。きっと、いつも新聞紙を貸してあげてる、お礼だと思うよ?」


アマチュア無線部が、新聞紙をなにに使っているか、グレーな部分はあるが、まあいいだろう。


弓月さんが、僕の用意した座布団の上に座る。両足を揃えたお姉さん座りで、スカートのすそから、ちらりと生足が見え隠れしている。


その肌の白さに、僕は少しだけドキッとした。


慌てて、見ていないフリをする。溢れてきそうになる、弓月さんへの想い。どうしようもない気持ちになり、僕は少しだけ映りの悪いテレビをバンバンと叩いた。


おっといけない。このテレビは、古いと言っても一応薄型だ。昭和のように力任せに叩いたら、バリンバリンに割れてしまうだろう。気をつけねば。


「はは、ちょっと映りが悪いかな? でもまあ、これだけ観れるならいっか〜。あ! もうすぐ神田川先輩が出るよ」


音量や画質などを調整してから、僕は弓月さんの隣に陣取った。


誰もいないサークル室。弓月さんと二人きり。テレビは恋愛ドラマや歌番組ではないけれど。雰囲気はバラ色だ。


テレビの画面には、イケメンだが残念なスイマー兼残念なサークル長、神田川先輩の晴れの舞台。これさえなければ、な。


「神田川先輩なら、予選会は楽勝っぽいよね」


「うん。私もそう思う。神田川先輩、すごく筋トレ頑張ってたもんね」


「ほんとそれ。腹筋なんて、途中でカウントがおかしくなってたりしてたけど、軽く千回を越えてたもんね。特に腹筋への執着がハンパなかったけど、ノラロウを背中に乗っけながら腕立ても頑張ってたよ」


「それねえ、私もノラロウみたいに、背中に乗っていいよって言われたの」


「えっっっ! なにそれっっっ! 聞いてないよ! 完全にセクハラじゃんっっ」


神田川の野郎、どういうつもりだ! 先輩の暴挙に、僕は完全に頭に血がのぼってしまった。


「訴えよう。すぐに大学の倫理委員会に直訴しにいこうよっ」


すると、弓月さんは慌てて、両手をホールドアップした。まあまあ、というていだ。


「大丈夫だよ、長谷部くん。心配してくれてありがとう。確かに神田川先輩に、弓月、おいでって言われた時には、それなりに虫酸が走ったし、さすがに汗でテカテカの背中の上に直接座るのも、正直ご勘弁って思って、新聞紙1ヶ月分を敷いてから、上に乗ったから」


……笑点の座布団か。山田くーん! 新聞紙1枚持ってきてー!


おさすがです。ご覧の通り、弓月さんには、誰に対しても塩対応なところがあるから、セクハラ野郎の相手もチョチョイのチョイ塩ぱっぱって感じなのかな。それにしても……僕も調子に乗らないよう気をつけねば。


「あ、神田川先輩がコールされたよ」


弓月さんの可愛らしい声に、振り向いてテレビを見る。すると、神田川先輩が、今、まさにジャージを脱ごうとチャックを下ろす所だった。その姿を見て、僕は声を上げた。


「え! なにあれ? ジャージの下になんかもう一枚、着てるよね? え? あれ、もしかして新聞紙?」


すると、弓月氏。


「あ、私があげた新聞紙かなあ。えっとね、神田川先輩に頼まれたの。下痢になった時用に、弓月の新聞紙が欲しいって」


キモッッッ。


「……そうなんだ。弓月さんは、なんだかんだ言って、優しいんだなあ」


「そんなことないけど。でも、下痢った時にはお腹をあっためるのが一番だしね。神田川先輩、今、下痢なのかなあ? 私の新聞が役に立って良かった」


弓月さんをちらっと見ると、口では下痢下痢連呼しているが、新聞紙が人の役に立っていることが嬉しいのか、この上なく幸せそうな顔をしている。


弓月さんは、心から新聞紙を愛している。


(以下ご参照ください。弓月さんの新聞愛が感じられます)


①『ひ弱な読サーの僕が富士山に登ってご来光を拝もうってことになったんだけど、大好きな弓月さんと接近できたしご来光も拝めたのに、同時になんか虚しい気持ちにもなったって話、聞いて?』

②『僕の所属する読サーが今度はヨルドラニウスヤミナベニウスを開催することとなり、弓月さんとも良い感じに距離も近づいたってのに、結局また虚しくなったっていう虚しい話、聞いて?』

③『読サー最初で最後の「学祭」に参加して優勝商品、空気清浄機を狙っていこうってことになったんだけど、弓月さんが意外とカオスだもんだから結局、虚しいを通り越して最大級に虚しくなっちゃったって話、聞いて?』

④読サーほにゃらりにおけるヨモヤマ話

『今宵、明かされる‼︎ や、まだ明かされない‼︎ 弓月さんと新聞紙との出会い編』の回

『ようやく明かされる‼︎ 弓月さんと新聞紙の出会いとその蜜月編 』の回


(番宣終わり)



下痢だろうがシモネタだろうが、とにかく『弓月さんの人生は新聞紙とともにある』的なものがある。僕が、逆立ちしても敵わない立ち位置に、新聞の存在があるってこと。


僕は時々、そんな風に弓月さんからの絶大なる信頼を寄せられている『新聞紙』に、軽く嫉妬してしまうのだ。


神田川コールで盛り上がっている観客席に向かって、手を振る神田川先輩の腹に巻かれている新聞紙。


わかってる。これはヤキモチだ。僕は新聞紙になりたい。いや、神田川先輩の腹に巻かれるのは絶対に嫌だけど、弓月さんのポケットの中の新聞紙にはなりたい。(←切実なる限定)


そんな風に、ぼんやりと思っていると、突然!


「えっ、うそっ、やだっ」


弓月さんの可愛ういスタッカート調の声につられ、改めてテレビを見る。


すでに先輩の腹には、新聞紙はない。ジャージと一緒に後ろへと投げ捨てられている。


「えええ、なにあれ?」


よくよく目を細めて見てみると。


神田川先輩の見事な腹筋(シックスパック)に、なにかが描かれている!


「えええ! ほんとなにあれぇ! よく見えないけど……あ、カメラが寄ってくれたっっ」


「反転してるけど、「い」「ろ」「は」? 」


そしてここで、僕と弓月さんの声が揃う。


「「あれ、アミダくじだっっ!!!!!」」


そうなのだ!


神田川先輩の腹に巻かれた新聞紙。大量の汗によってインクがにじみ、先輩のシックスパックに、転字されてしまったのだ!


新聞紙の文字や線、広告のイラストなどがうまい具合に重なり合って、そして、先輩の完璧すぎる彫りの深いシックスパックも手伝って、奇跡的に『いろはアミダくじ』になってる。



『えーっと、第2レーンの神田川くん? あなたぁ……失格ですぅー』



……でしょうね。







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