侵食
「アイツはこの埠頭を少し弄くったと言っていたな」
アイツというのは【ボーダーライン】の世界で、俺と同じ声で語りかけてきた奴だ。まるで、もう一人の俺であるかのような振る舞いだったが……
コンテナの位置はあの時とは違って、無造作に置かれている事はない。綺麗に並び、積み重ねられている。
他には男達が平和そうに釣りを楽しんでいたりもするのだが、そこに違和感が一つ。ドラム缶が階段のように並び、そこに男達がもたれたり、腰をかけて座っている。
「どうです。釣れますか?」
「ん? 今のところ全然だね」
俺は釣り人達に笑顔で声をかけた。探偵の仕事柄、人に話し掛けるのはお手の物だ。というのも、隠見と一緒に出た時は見てなかったが、昨日まではドラム缶の階段は無かった。
「ドラム缶が階段みたいになってますけど、座るのは熱くなったりするのではありません?」
「タオルを置けば大丈夫だよ。近くにあったドラム缶を、ここにいるメンバーで動かして椅子にしたんだ。山にすれば丸くても重みで動かないから」
このドラム缶は自然に動いたのではなく、男達の椅子代わりとした移動された。置いてあった場所も違い、無理に関連付けようと疑心暗鬼な自分がいるのかもしれない。
「貴方は釣竿を持ってないようだが、何しにこんな埠頭に?」
話を切り上げるつもりだったが、釣人は会話を続けてきた。釣れる気配がなく、暇を潰したいんだろう。こちらが質問した以上、少しは相手をするのが礼儀だろう。
「散歩といえばいいのか……仕事場が近くにあるので」
「倉庫仕事か、運送系かい? 仕事場が近いなら知ってると思うが、ここらは物騒だから。特に夜は迷惑な人間達が集まってくるらしいよ」
釣り人は俺の事を心配してくれてるようだ。そういう奴等がいたのは勿論知ってる。
「それでも最近は現れ」
「誰がやったんだろうね。犬の死骸があったんだよ。何かで殴れた感じで泡を吹いてさ。今日は犬の姿をよく目にするけど……犬じゃなく、人を襲う奴かもしれない。十分気をつけないと」
「……そうなんですか。ご忠告感謝します。その死んだ犬は何処にいますかね?」
「あそこの倉庫の入口だよ。誰かが片付けているかもしれないけど」
「ありがとうございます」
埠頭に多数の犬が存在するだけじゃなく、その死体もある。ここまで【ボーダーライン】と似た状態になっていると、全てが偶然だとしてもゾッとする。
俺は釣り人達から離れ、犬の死体がある倉庫前に向かった。
「あった……まだ片付けてられてないか」
倉庫前に犬の死体を置くのは、まるで誰かに見せつけるようだとも考えられるが……俺があのゲームで最初に殴った犬に似ていた。数多くの犬がいたが、やはり最初に襲ってきた犬は印象が残っている。
「VIPの誰かが俺を驚かすために? いや、それでも行動が早すぎる」
この埠頭の場所を見つける事もそうだが、犬の死体を用意する事も一、二時間では無理だ。全てが気のせい……で済ませられなら、怪異に何かに関わっていない。
「今日は埠頭の全体を見て回ろう。体験版の中の攻略のヒントがあるかもしれない」
スタートがどの場所か把握していれば、近道を使えるかもしれない。それに次が同じ場所から始まるとも限らないからだ。失敗したとはいえ、更に難度を上げてくる。もしくは、【送り犬】とは別の怪異、殺人鬼を出現させる可能性もある。
ふと視線を感じた。後ろを振り返るが誰もいない。だが、犬の遠吠えが聞こえたようなした。




