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羆と人間

第一章 羆の痕跡



川縁の石に腰掛けタバコに火をつける、澄んだ川に冷やされた空気が歩いて熱を帯びた身体を包み込む、時折風を受けて揺れる葉音は心地良く、普段は感じられないゆっくりとした時間の流れを感じさせる。



此処に来た目的は、シラカバ ダケカンバなどに寄生する(カバノアナタケ)を採取するためで、乾燥させた物を煎じて飲むと…免疫力のアップ・糖尿病・癌・アトピー性皮膚炎・便秘・エイズ・胃潰瘍…にも効くと言われ、成分に含まれる(βグルガン)はアガリクスの10倍とも言われています、研究者の間では、その成分に着目し、免疫療法(アダプトゲン療法)に適した食材だと注目されているようです、北海道の先人アイヌの人々も食に取り入れていたらしく 北海道ではわりと知られている存在です。


水分を補給して立ち上がると迷う事なく目的地を目指し歩き始めた、この一帯は過去に何度も訪れている場所で かなりの収穫を得ている、一度や二度では持ち帰れないほどのアナタケ密集地で今回は取り残しを採取しに来たわけだ、季節は秋 前に来た頃とくらべて山の色合いは深い緑から黄色や赤に変化はしているものの 背丈ほどもある笹は枯れる事なく行く手を阻むよう密集している、それでも通い慣れた場所だけに道など無い深い笹の中でも迷う事なく足を進めた、歩き始めて数十分 目印となるダケカンバの老木が遠くに確認できる、懐かしさから自然と歩みも早くなり老木に近付くにつれ特徴のある枝ぶりや荒々しい表皮が鮮明に目の前に現れた、



小高い丘の上にあるこの場所は笹の深さも腰までとなり見通しが良い、ダケカンバの老木に何度となく触れて無言の挨拶を交わすと休む事なくまた歩き出し沢の中に足を踏み入れた、僅かな水の流れと深緑のコケを着飾り滑りやすくなった石に気を配りながら上流へ向かう このすり鉢状の沢の両斜面に根を張るシラカバやダケカンバに目的のアナタケが寄生している、木の根元や幹に真っ黒な塊が内側から湧き出るように隆起してへばり付いている光景は何度見ても頬が緩む瞬間なのです。


アナタケを採取するには高い木に登らなければならない事が多い、登るにはまず腰に安全帯を装着する その安全帯も特殊な物で、木の幹に合わせて付属のロープの長さを自由に長さを調整できる優れもので値段も高い、次に昇柱機を足に装着する、足首の内側 踝辺りに獣の爪を想像させるような鋭く尖った部分があり それを木の幹に一足一足 右 左 右 左 と刺し込みながら上がっていく 安全帯に付属されているロープも上に移動させながら 10m以上登る事も珍しくありません、 根元に寄生しているアナタケは何の苦労もなく回収できます、採取の方法は、特殊な幅の広いのみをアナタケの根部に当ててハンマーで叩き 深く差し込んだところであおってやると大概は原型のままポコッと木から剥がれ落ちます、アナタケの大きさは (握り拳)程度の物から(人間の頭)くらいの物が多く、これまで私が採った最大の物は 10Kgの米袋ほどの面積で厚さも20cmはありました、原型のまま持ち帰りたかったのですが、リュックに入らないため、仕方なく現地で4個に割り持ち帰ったほどです、



話を戻しますが… この日も沢を上がりながら、両側を見落とす事なく順調に採取していき前回の取り残しは全て回収しました、体力的に余裕があったので、次回のために新たなアナタケを見つけておこうと沢を登りきってから、シラカバ ダケカンバの密集地を求めて歩き出す事数十分 針葉樹と広葉樹の入り交じる場所に辿り着きました、笹も膝くらいと浅く 休憩するにはピッタリの場所である その場に座り荷物を下ろしてリュックのポケットからジュースとタバコ 携帯灰皿を取り出して身体を休めていた。



景色と新鮮な空気に癒やされながら辺りをみわたす ふと視界にアナタケらしき黒い塊が目についた。

近くにアナタケを奪い合う競争相手がいる訳でもない、視線を元に戻すと焦る訳でもなくジュースを飲みタバコを消して山の景色と澄んだ空気に浸っていた、しばらくしてゆっくりと立ち上がると 荷物もその場に置いたまま アナタケらしき物を確認した方向に歩き出した、近づくとアナタケではなく 木の幹にコブ状の物が浮き出している、コブや枝が折れて黒く風化した物との見間違いはよくある事なので落胆もせず その付近のシラカバ、ダケカンバを一本一本確認して歩く事にした そうして5分も探しただろか、目の前にある直径40〜50cmのシラカバの木に不自然な痕跡がある事に気づいた、木の表皮には無数の引っ掻き傷がついている、よく見ると樹上4m程の高さまで達していた、登る時に付いたような規則正しい間隔で穴だけあいた痕 木から下りる時に付いた縦に数十センチの長さで残る引きずったような痕… (羆)ヒグマだ! 幾度か羆関連の書物で読んだり知人から聞いてはいたが、今こうして自分の目の前に現れた羆の痕跡に感動してしまった。

不思議と恐怖心は全く無く ただその光景を見ながらシラカバに残る傷痕を手でなぞっていた、その付近を歩ってみると他にも羆だと確証できる痕跡が見つかる。 オレンジ色の糞が数ヶ所に点在していた 1ヶ所にこんもりと山になっている糞 移動しながら排泄したのか少量が移動方向に点在したような糞 大きさが異なる足跡が最低2つ確認できた。


書物で読んだ事があるが、オレンジ色の糞とは ナナカマドの実を食べた場合に完全に消化されず、そのナナカマドの色合いを残しているらしく、秋の羆はこうした糞をよく排泄するようだ、


私が実際目の前で羆の痕跡を目の当たりにした感覚は、日時の差こそあれ、広い山の中のこの場所に羆も訪れていた事を意味する 訪れたと言うより羆の生活圏に私が勝手にお邪魔したとの言い方が正しいであろう、書物や新聞 動物園 テレビなど 間接的な情報として得た情報とは違い、羆から直接存在感を与えられた感覚は新鮮な物であった。この日を境にして、私は羆に対する興味が一気に高まる事となりました。




第2章 羆を求めて



前回、羆の痕跡を見てからは 山へ足を向ける事が以前より多くなった、その目的もアナタケを採取する事より羆に遭いたいとゆう感情が大きく 羆の怖さを知る猟師の方や林業、農業に携わる人 羆の研究者や羆の生活圏と隣接して暮らす人々には不愉快に感じるかもしれません、山菜を採りに山に入る人々の多くは羆避けの鈴を携帯したり複数の人数で向かうだろうし、単独でも細心の注意を欠かす事はない、好んで羆に遭いたいなど思う人は内地からの観光客くらいである。



私の住む町の北には標高600m〜1000m級の山が肩を寄せ合うように連なっている 斜里国道を挟んで知床の先まで続く山々には無数の林道が存在しています、頻繁に利用され状態の良い道が多いのですが、中には長い間利用されずに草木が車の高さまで伸び、周りの景色と同化して車から降りて確認しないと、ここが道であった事など気付かない状態の廃道も数多く点在する。過去にアナタケ探しや釣りで何度も来た事がある林道に車で向かう、徐行しながら走ると林道の入り口付近から僅か100mほど進んだ所で羆の痕跡を発見した、林道脇のトドマツに羆の爪痕がくっきり浮かび上がっている、しかし爪痕は古い物で幾筋もの爪痕は黒ずんでいた、過去に何度も往復した道であるにも関わらず今日まで全く気付く事はなかった、羆を意識して痕跡を探しているから即座に発見できたのであろう しかしこの場所は国道から僅か100m 羆は山深い場所にひっそりと暮らしているのだと勝手に想像していたが この日の発見以来 あらゆる場所で数多くの爪痕や糞 足跡を見る事になる、羆は山深い場所より人間の活動圏内と重なり合った山の麓を行き来し 人目を避けて控えめに生活している事を実感した。



全てを書く事はできませんが 羆の存在感を示す痕跡を目にした時の様々をいくつか書き記します。


(1)中標津町 武佐


クテクンベツ川に寄り添うように林道が続いているこの道では、春から初夏にかけて林道沿いのフキの食痕 繊維質を多く含んだ大量の糞を確認した、棒を使って糞を崩して見ると植物の繊維に混ざり昆虫の死骸が含まれていた、排泄してさほど時間が経過してない真新しい物から かなり時間が経過した物など林道のど真ん中に排泄した糞は案外多く見かけられ、秋にはナナカマドを含んだオレンジ色の糞を数多く見ている、林道の入り口付近には武佐岳登山道に通じる林道と分かれているが その林道でも同様の食痕や糞が見られます。




(2)標津町 川北


川北交差点を北に向け走り農家さんの脇を通り過ぎた先にある林道を走り、枝分かれてした道を何度か曲がって着いた場所ではナナカマドを含む糞がドッシリと原型を残したまま存在していた、不思議な事に 何日かして同じ場所を訪れてみると前回のナナカマドの糞の真上に黒い別の糞が乗っていた、




(3)標津町 金山付近



金山付近の林道では林道沿いのシラカバや松の幹に広範囲にわたって爪痕が刻まれている、林道では糞も確認している他 人間が不法投棄したゴミの中にあるジュースの空き缶(スチール缶)の中に牙が突き刺さったような缶が数個確認できた、匂いに反応した羆が空き缶を噛んだ時に牙が刺さった痕である、固いスチール缶は強烈な力が加えられ無数の穴が開いていた。




(4)斜里町 岩尾別



ここは羆と人間の共有活動圏内で世界遺産に登録される以前から何度も足を運び 数多くの痕跡を見ている、岩尾別川を遡るように舗装された道路が数キロ続き、終着にはホテル地の涯がひっそりと姿を表す、この場所は実際に羆を何度も見ているが詳細は後で述べる事にして痕跡に話をもどします。



羆の密集地 生活圏内なので至る所に痕跡は見られる、ある日、地の涯に続く道路脇に車を停めて付近の森の中を歩いた時は 爪痕 糞 空き缶の噛み痕 木の表皮にへばり付いた羆の体毛(背こすり痕)等 短時間にそれも狭い範囲で多くの痕跡を確認できた、


車に戻ろうと森から出ると1人の男性が近付いてきた、その時に興味深い話を聞いたので 男性と交わした会話を再現します。




「お兄さん、危ないから奥に入らない方がいいよ。」そう言って話し掛けてきた男性は見覚えがある、私はこの岩尾別とゆう自然に囲まれた場所がが気に入り、暇さえあれば車を走らせてこの場所に訪れていた、岩尾別温泉(地の涯)に続く川沿いの道路には多くのカメラマンが訪れる、羆の冬眠期間以外は日常的にこの近辺は羆が徘徊する、秋になるとこの川には羆が鮭を求めて姿を見せる、その姿をカメラマンが狙うわけだ、ここ数日 同じ場所に車を駐車して川を眺めている男性を私は見ていた。



「こんにちは…」まさかわざわざ羆の痕跡を探していたとは言えず 一言返すと軽く頭を下げた、

「お兄さんが奥に入って行ったから気になって待ってたんだけど、あそこはヤバイから、もう入らない方がいいですよ。」

「そうですね…… 何度か見掛けてますが羆の撮影ですか?」


「そうそう、今日も朝早い時間に子連れが来てたよ、」


「そうですか、いい写真撮れましたか?」



そう訪ねると、男性は思い出したように話を戻した。


「この前、お兄さんがさっき入って行った場所で羆に付かれて大変だったんだよ!」



「付かれたって追いかけてられたんですか!?」


「そう!ずっと着いてくるから持っていたカメラ置いてみたらクマが興味示してたから何とか助かったけどヤバかったよ。」


そんな事があったとも知らずに その現場をウロウロ歩き回っていた事を考えたら、自分の軽はずみな行動が恥ずかしく思えた。



「危なかったですね、威嚇とか突進とかされなかったんですか?」



「それはないけど 一定の距離感でずっと着けられたよ、何日かしてカメラ置いてきた場所に行ってみたらガチャガチャに壊されてたね、」



「教えてくれて助かりました、聞かなかったらまた同じ場所に行ってたかもしれないですから…」


「うん あの辺は入らない方がいいよ、」



その日 家に向かう車中ハンドルを握りながら自分の行動を反省した、羆に遭遇した場合、背中を見せ走って逃げ出す事は自殺行為だとされている、あのカメラマンの男性は羆に遭遇しても冷静に対処し焦らず、走らず、難を逃れているが、もし自分の目の前にいきなり羆が現れ、それが至近距離だった場合、冷静でいられるか考えたら自信がなかった、

深く反省した貴重な1日だった。



この岩尾別では他にも驚いた事がある、川から100m以上離れた場所で羆が食べた鮭の残骸が散乱していた、その場所は温泉に続く道路を横断し広葉樹 針葉樹が入り混じる少し暗い感じの所で羆がこの場所まで運んで食べていた事におどろかされた。




(5)根室市 道の駅付近




国道44号線 道の駅付近 ここでは国道からわずか30mしか離れていない針葉樹林の中に足跡と糞を確認している、根室市郊外には高い山は見られないため冬眠が不可欠な羆はどういった経路で行動して、どこで冬眠を迎えるのか疑問ですが、痕跡は意外と多い 私は他にも、別当賀 温根沼の奥林道 落石の林道などで食痕や糞を見つけている。



(6)別海町 尾岱沼付近


尾岱沼から中春別に向かう舗装道路上に糞を見つけた大胆な気もするが この近辺は(羆出没注意!)の看板が立てられる事も珍しくない地域で牧草地を歩く姿や道路を横断する姿が見られるようだ。




(7)羅臼町 全域



羅臼町の羆の目撃件数はかなり多く 痕跡は至る所に点在しています、標津町 古多糠〜羅臼町までの区間は国道で交通量も多いが、その国道の両側には爪痕の残るシラカバは数え切れないほどで、注意して見ると必ず見つける事ができる筈です、羅臼の入り口 スノーシェルター付近は数も多いので見たい方は是非行って見て下さい、しかしカーブが多く見通しが悪いので路上駐車は事故の原因となるので厳禁です、




第3章 羆との遭遇




私が初めて羆と遭遇したのは、武佐岳の登山口 トイレや入山者名簿が設置されている場所から登山道とは別に延びる林道を走っていた時でした、この日の目的はアナタケで季節は初夏、林道沿いの草木も伸びてアナタケを探しすには木々の葉も多くて見通しも悪く 徒歩に切り換えても足元の雑草や笹も成長しているため歩く事も困難な季節です、徐行しながら奥へ奥へと車を走らる、枝に抱えきれないほど葉を付けた山はやはり見通しが悪い、何の発見もなく時間だけが過ぎていく、枝道を何度か曲がりながら徐行を続けた緩く大きなカーブを曲がりきった先に真っ黒い影が突如として現れた!慌ててブレーキを踏み込んだ、徐行していたので速度は人間の駆け足程度のスピードだったが、砂利道なのでザーッと大きな音を残して停止した、その音を聞き 黒い塊は一瞬全身に力を込めたように体を固めたが、すぐに力を抜いた、ジーッとこちらを見ている、私もフロントガラスに顔が付くまで身を乗り出し監視する その距離は約30〜40m初めて目にする自然界の羆だ!躰は全体的に黒いが頭の部分は明るい茶褐色 顔を見ると穏やかな表情に見えた、間もなくして羆が動き出した 視線はこちらに向けながらも林道沿いのフキを食べている 時折静止してこちらを眺め、またフキを食す 次に静止した時に視線はこちらに向けうつむきながら首を左右に何度か振った、そしてまたフキを食している、私は急に恐怖感に襲われた。



書物や知人、テレビなどで得た知識では 羆は臆病な動物で人間との接触を避ける傾向にあり 自然界では優れた嗅覚 聴覚で大概は羆の方が人間との接近を察知して、人間に気づかれる事なく身を隠したり遠ざかる筈だ、羆はかなり前から車の音にも気づいていた事は間違いないし 車を確認してからも平然としている… 怯えたり逃げ出そうとする気配も全くないのだ!急に怖くなって車をバックさせ逃げる事も考えたが、動き出した車を見て羆が突進してくる最悪の事態を想像したら怖くて動かす事ができない、羆はまだフキをかじっている… 表情は穏やかなままで敵意が感じられない、勇気を出してクラクションを鳴らしてみる事にした、最悪の場合を考えて羆から目線を離さずにゆっくりブレーキから足を離した、平坦な道なので車は動かない ゆっくりクラッチを踏み込むとギアをバックに入れる、微かにガチっと音がした… クラクションに手を添えるが、その手に力を加える事ができない、


深呼吸して気持ちを静めてついに手に力を込めた! 静かな山奥にクラクションが鳴り響く、自分で押したのに自分自身が驚き手をはなした!




それと同時に羆は一瞬で草むらに姿を消した、


羆が姿を消してからもすぐには車を動かす事ができなかった、ついさっきまで羆がいた場合や逃げ込んだ草むらを監視して数分経った後 ようやくニュートラルにギアを戻しクラッチを踏み込んだままの不自然な体制を解いた、


昨年の秋に羆の痕跡を見つけてから 単独で山に入り臆する事なく羆のマーキング探しに精を出していたが、考えが一変した。この日以来、山に入る時は鳴り物を身に付けるようになり 生々しい糞や食痕を偶然見つけた時には長居をせずに立ち去る事にしている それ以来、今日まで何度も羆を目撃しているが 武佐で遭遇した羆の印象は強烈で、一番緊張して恐怖感を感じた遭遇であった。




岩尾別での目撃



ここは気に入った場所なので何度も訪れている事は前にも触れたが 羆の目撃回数も多い、川で鮭を追う姿や道路を横断する姿、山の中腹で昼寝をする姿は望遠鏡で見ると足の裏の肉球を見せ、なんとも愛らしい姿である、岩尾別意外にも知床五湖へ向かう途中、見通しの良い離農跡地を歩く姿や道路を横断する姿はよく見られた、カムイワッカの滝へ向かう林道でも何度も目撃しています、この知床 斜里町で目撃する羆は威風堂々で人間を見ても感心がないように平然としている、岩尾別川で鮭を追う羆などは、カメラを構える人々や土手に腰掛ける人間を気にしながらも鮭を探しながら羆の方から近付いて20m程まで接近するが不思議と恐怖感は感じられなかった、そのせいか、知床では羆を目撃したり接近したりしても、武佐で恐怖感を味わった感覚とは違い油断してしまいがちである、前に書きましたが、1人で森に入り、出てきたところをカメラマンの男性から注意され 羆に付けられた話を聞かされ時は改めて反省させられた、武佐で怖い思いをした筈なのに (知床の羆は人間との接触も多く人間に無関心だから安全だろう) そういった考えは危険だと言う事だ。





羅臼町での目撃




私は仕事でよく羅臼町は訪れてる、この羅臼町で感じた事は人間の生活圏内にも当たり前のように羆の痕跡が見受けられる事だ、麻布の〇〇歯科の裏 民家から数十メートルと離れていない場所に羆の爪痕が刻まれた木々が何本も見て取れる、仕事に向かう途中羅臼から相泊にかけての区間は目撃通報を受けて出動するハンターの姿を度々見かけた 温泉に入浴中 人間を恐れる事なく露天風呂に姿を現した羆までいる、



ここで、私の作業現場で起きた羆に関する話を紹介します。



羅臼から相泊に向かう、海岸線から数十メートルには切り立った崖や傾斜のきつい森林が壁のように存在し その波打ち際から崖までの僅かな土地に一本の道路が付らけれその脇の限られた場所に民家や番屋が点在しています、途中からは民家は姿を消し番屋のみとなり相泊で終点となる。


治山工事のため相泊の手前 数キロの場所で仕事をしていた時の事です、この地に羆が多く生息している事は誰もが知る事で気にする事もなく毎日仕事をしていました、工事に使用する道具や資材を会社で積み込んで現場に到着、地元羅臼の作業員は通常通り朝早くから現場で作業をしていた、資材を下ろし地元作業員と合流したところ、羆を見たと言う… いつ見たのか聞いて見ると今朝通常通り作業を開始して間もなく現場内で見たと答えた、この現場はかなり急勾配で岩盤がむき出しになり、所々薄い表土をわずかに抱えている、土が薄い箇所は僅か数センチ、土が厚い箇所でも1メール程で 木々は生えてはいるが、地下深くに根を張る事ができないため横へ横へと根を伸ばしている、そんな険しい現場内での目撃だった、斜面の延長は100mほどで、崖の根元部分と頂上とに分かれて作業をしていたところ 斜面の中間付近を羆がのんきに横断したとの事だ、上下に数人の作業員が仕事をしている中、その中間をゆっくりと横断したと聞いて正直驚いたが、背骨のような知床連山を境にして南北に羅臼町 斜里町が存在する この地域は羆の生活圏で年々個体数を増やしており 冬眠期間を除いては連日のようにどこかで目撃されている、人間との遭遇を頻繁に繰り返し、それが当たり前のように育った羆は他の地域と比べ警戒心が薄い、人間を警戒する事なく育った羆が成長して繁殖期を迎え新しい羆が誕生する、親となった羆自体が人間に対して警戒心が乏しいため幼い子熊も小さな頃から人間と遭遇する事に慣れてしまい その子熊が成長した後、親離れしてまた新しい命を誕生させる…結果的に人間を恐れない新世代の羆が増える事は当たり前の事のように感じられます、同僚の目撃談を聞いて驚きはしたが、さほど恐怖感は無く その後は数日間、羆は現場に姿を表す事はなかった。


子熊が滑り落ちてきた!



羆の出没など忘れかけたある日 またしても現場に突然羆が現れた、現場は広いため いつものように何組かに分かれて仕事を分担し、それぞれの持ち場で作業してました、自分の持ち場をやり終えて斜面中間で作業する仲間の所へ向かう 合流した同僚に羆の出没を聞かされる、同僚の話によれば作業中に背後でガサガサっと物音がしたのでそこにいた作業員全員が驚いて振り返ったところ、僅か30メートル後方に子熊が滑り落ちてきたと言う!子熊は体制を立て直し上に向かって歩き始めたが、その進行方向の上部に目を向けると大きな親熊が堂々と四肢を踏み込んで立っており子熊が上がって来るのを待っていた、子熊を迎えると何事もなかったかのようにゆっくり方向転換して姿を消したと聞かされた、


目撃したのは前回と同様に地元作業員達で 特に興奮している様子もなく普通に作業を続行していた、羆の出没が多い地域に暮らし 今回の羆も全く人間に対して害や威嚇行動をする事がないため特に気にしてはいないようだ、よほどの事がない限り 訳もなく人間に害を与える事は滅多にない…その事を羆が証明してくれたように私は思えた、


工事現場内で作業員は通常通り仕事をこなしており 話し声や作業音は途切れる事なく続いているので羆はそれに気付かない訳がない、生活圏に突然入り込んだ人間に不満を抱きながらも 威嚇行動や実力行使に出る事なく、人間が現れる前まではこの場所が羆の通り道として日常的に使われていたが、突然入り込んだ人間に進路を奪われた形だ… それでも羆は人間に対して排除行動をする事もなく控えめに自ら距離を置いている、自分の生活圏で大きな音を出し、跡形もなく地形を変え木を倒している人間の様子をこっそり見に来た所をたまたま発見されただけなのかもしれない。




ハンターへの出動要請




羆の目撃が相次ぐと その話題も多くなり、必然的に対策案が検討される、サイレン付きの拡声器が数台用意され現場に向かう際に鳴らしながら入る事が決定し 爆竹なども用意された、それに関して私は賛成である、風向き強風など気象条件によっては 人間も羆も相手に気付かずに急接近する可能性がある、いくら人間の比ではない嗅覚や聴覚を持つ羆でも強風下や雨天時には草木が絶え間なく音を発し 風向きによっては人間の匂いを感知できない場合があるだろう…不意に起こる至近距離での遭遇は危険度が増す、 人間は冷静さを保つ事が出来ずに反射的に逃げ出す可能性がある、羆と遭遇した際に背中を見せ走り出す行動は自殺行為と言われている、羆も不意に人間が突然目の前に現れた場合 普段は見慣れた人間に対しても、恐怖感や自己防衛のために排除行動を取る可能性がある、子供を連れた親熊なら小熊を守るために突然襲いかかってくる危険性が高い、そのような不意の急接近を回避するには人間が近くに居る事を羆に伝える手段としてサイレンや爆竹などは有効な対策だと言える。



小熊が滑り落ちてきた一件以来、しばらく羆は姿を現さなかった… 工事が進むにつれ地形も変わり 簡単に羆が横断できるような状態ではなくなっていたし 大きな騒音を絶え間なく発し、多くの人間が右往左往するこの場所は羆にとっては安心して昼寝もできないだろうし 人目に付く可能性も高いからだと思える、しかし 羆が住み慣れた場所を簡単に後にする事は考えにくい、季節毎に行動圏を変えるだろうが、そう遠くには移動していないだろうと私は予想していました、そうして何日か過ぎた頃、やはり羆が姿をあらわした、遠くには移動せずに人知れず密かに過ごしていたのだろう…

それは昼食を済ませ午後からの仕事を開始してしばらくしてからの事だった、現場近くにある休憩所で上司と話しをしていたところ、外で同僚の悲鳴とも怒鳴り声ともつかぬ声を耳にした、その同僚は電気工具を使用していたため 間違えて怪我でもしたのかと慌てて外に飛び出した。




こちらに気付いた同僚は私と上司に向かい… 「熊!熊!アソコに羆いる!」と斜面を指差した、その方向に目を移すと悠然と歩く羆がいる 私達との距離は道路を挟んで30〜40m程だろう、真っ黒の個体で全く慌てた様子はないが、人間が騒ぎ出したので少しだけ歩みを早めた、その前方には小熊が歩いている、小熊も突然人間が騒ぎ出したので進路を変えて斜面を登りだした、


親熊も小熊を追うように進路を変えた、時折こちらに視線を向けるが表情は穏やかだ、小熊の姿は木々の中に消え 親熊の姿も林の中に消えかけたその瞬間 近くに居た上司が慌てて現場に向かい走り出す! その理由は会話など交わさなくとも私には理解できた、私も後を追って走りだす! 羆が進路を変えて向かった先には、まだ羆の存在に気付かない数人の作業員が仕事を続けているのだ!下では人間が騒ぎ立て羆はそれを嫌い林の中に姿を消したが、その進行方向の先にも人間が作業をしている、普段は穏やかな表情しか見せず 控えめに行動していた羆も人間の間に挟まれて突然野生の激しさを見せる可能性がある、ましてや小熊も一緒のため親熊は自ら闘いは望まないがやむを得ず攻撃してくる事は否定できない、


現場事務所や休憩室付近で羆を目撃した私達は、現場全体がほぼ一面見渡せる場所まで駆け寄り声を張り上げ必死で上で作業する人達に呼び掛ける、

「羆がそっちに向かったぞ!」


「早く下に降りて来い!」


「熊がでたぞ!」



「気をつけろ!」



「慌てるな!」



下で心配する者の声が多少すり鉢状になった現場全体に響き渡って反響している、遠く離れた場所に居る作業員の動きが止まり、周りを見渡している状況が確認できた、私達の声が届いたのだ、そのうち下に向かって歩き始める姿を確認しつつも羆が入り込んだ林の周辺も目を凝らして監視する、下へ向かう作業員の一人が立ち止まった… 身振り手振りで羆が消えた林の方向を指さし、全員その方向を凝視している、恐らく羆の姿を確認したのだろう、下から見た感じでは、羆を近距離で見ている作業員達に慌てた様子が感じられない、指差す方向も徐々に上へ上へとと向けられて行く、羆は人間の騒ぎとは対照的に威嚇行動も排除行動も取らずにただ上を目指して登っているようだ、下からの更なる呼び掛けに反応した作業員達は、下に向かって歩き始め無事に合流した。




そのうち近くで仕事をしていてこの状況を見ていた地元の漁師たちが全く別の方向を指さして声を上げた、


「羆だ!」



移動距離と移動時間を考えると先ほど見た親子連れの羆とは全く別の個体である事は確実だ! 間もなくしてその個体は姿を消したらしいが、今度は先ほど見た親子連れの羆が斜面の頂上付近に再度姿を現し、ゆっくりとした足取りで羅臼方向に向かって歩き林の中に姿を消した。





羆の出没は不意を突かれて驚きはしたものの、人間に危害を加えたり脅かしたりする素振りは全くなく悪意が感じられなかった… しかし人間を恐れずに度々姿を見せる羆は、時として危険な状況を作りかねない、作業を長時間放棄する事もできないと判断した現場責任者はハンターを要請した、間もなくして地元のハンターが駆けつけ、目撃現場や移動場所など説明した後、ハンターはゆっくり身支度を開始した 私は一人のハンターに近付き話しかけた…



「実弾で撃つのかい?」


「いや…威嚇して遠ざけるだけだよ。」



それを聞いた私は正直安心した、人間を恐れずに姿を表す羆は確かに必要以上の急接近とゆう危険な事態を招く恐れがある… しかし悪意なく健気に生きている羆を、人間側の都合だけで簡単に殺してしまう事は私には耐えられない事だ、ここ羅臼町や斜里町は羆出没でのハンター出動要請がかなり多い地域だ 安易に殺傷する事はなく 空砲やゴム弾などで、羆と人間… 両者の距離感を保ち互いの身の安全を維持している、(羆)= 凶暴・猛獣・とのイメージは強いが 実際の羆達は人間に気を遣い ひっそりと暮らす個体がほとんどだと思える、年間数百件の目撃件数が報告されているにも関わらず、羆との軋轢による人身事故がほとんど無い事からも、羆はむやみに人間に危害を加える 凶暴・猛獣ではないと私は言い切れる、しかし農業 農家の作物被害や羆の生活圏と隣接する地域の方々にとっては決して歓迎される事がないのも現実だ、以前 恥ずかしながら私がそうだったように自らすすんで鳴り物も身に付けない状態で羆の生活圏に入り込む行動は完全なルール違反だろう 興味本位で羆の生活圏に入り込まない・鳴り物を身に付ける・羆の姿を見つけて近付く行為(観光客)・羆に食べ物を与える・ゴミは必ず持ち帰る… このような簡単な事に気をつけるだけで 無意味な軋轢や人身事故は大体回避できる気がします、作物被害や羆の生活圏に隣接する方々の悩みは深刻で完璧な改善策を見つける事は相当難しい課題ですが… 無駄な捕殺や軋轢が無くなり共存できる事が理想ですが 完璧な解決策は存在しないのが現状でしょう…





ハンター要請 その後…



ハンターを要請し現場周辺をパトロールしてもらった事は前に記載しました、時折空砲が響き渡ったが それは羆を発見して威嚇射撃した物なのか 姿は見えないがハンターの存在を示すためなのか海岸線より遠くを眺める工事関係者には判断が付かない、何十分か経過しハンター達が下に降りてくる様子を確認して腰を上げた、


「今日はこのあと仕事を再開して大丈夫かい?」


責任者が声を掛けた、



「大丈夫でしょう すぐ戻ってきて姿を見せる事はまずないと思うけど、」


その後、雑談がしばらく続いた。



「また出てくるようなら連絡下さい。」



そう言ってハンター達は羅臼方向へ車を向けて帰っていった、



ハンターが言う通りその日は羆が現場周辺に姿を表す事はなかった、しかし翌日 作業員により現場周辺を歩く羆が目撃される、当然またハンターが来る事となり 昨日と同様に空砲を響かせて数十分のパトロールを済ませ帰っていった、


その日を境に現場に羆が姿を現す事はなかった…




2日間連続で羆が現れた時に面白い事があったので報告します、



よく耳にする言葉で…



「鹿が居るから羆が近くに居る事はないよ、」



「鹿が警戒してないから羆の心配はない、」



こんな言葉を何度となく聞いていたが、そんな常識?を覆す事だ…現場には毎日訪れて、作業員を全く気にする様子もなく現場周辺で食事や昼寝を欠かさない牝のエゾ鹿がいる、羆が現れ人間が大騒ぎしている中 その牝鹿は、いつも通り涼しい顔をして草を食べ続けていた、人間の騒ぎ声に反応せず近くを歩く羆すら全く気にしてない、鹿本人は草を食べる事が忙しいらしく、騒ぎとは無関係とゆう顔でキョトンとしていた、愛嬌のある可愛い牝鹿で、後日現場付近で小鹿を生み ヨチヨチ歩きのバンビを連れてほとんど毎日のように姿を見せた、その光景は仕事で張りつめた緊張感や疲れに癒やしを与えてくれた。





羆による人身被害




昨年 私の住む町と隣接する標津町で羆による人身事故が起きた、2008年9月 地元の新聞やニュースで報道されていたこの事件は近隣に住む私には衝撃的な事であった、被害に遭った男性は川で鮭や鱒を穫りに人目につかない夜を待ち川へと向かったようだ、簡単に説明すると密漁である、しかし人目を避けてこの川に訪れていたのは人間だけではなかった、羆だ… 普段は人間との接近を嫌い大概は羆が人間から遠ざかる事がほとんどだが、そんな大人しい羆でも危険な習性がある、それは食に対しての執着心で、厳しい自然環境の中 数ヶ月にも及ぶ冬眠に備えて脂肪を貯えておく必要があるため羆にとって食の確保は命がけの行動となる、冬眠前に限った事ではないが 自然の中に暮らす生き物は環境や天候によって日々大きな影響を受けて過ごさなけならない、餌場として環境の整った場所では生きるために縄張り争いが起こる、その争いに勝った者は恵まれた環境での行動を維持し 敗れた者は他の場所を求めてさまよい歩き、その先でまた戦いが繰り返される、羆にとって食を維持する事は命がけのため 自分の餌や餌場に侵入した者に対して排除行動に出るのだろう、羆にとっては生きるために当然の行動だが、年々羆と人間の行動圏内の重複幅が広がりつつある現在は、本来なら羆対羆の餌場争いから 羆対人間の争いが増える可能性は今後高まるかもしれない…




中標津町 荒川上流にて



荒川は標津岳とサマッケヌプリ山との間より地下水や雪解けを水を起点とし、下流に向け川幅を広げ無数の沢から流れを受け 水量は多く流れも激しい川である、山の栄養分を豊富に含んだ流れは標津川と合流し海へと流れ込む。


その荒川沿いに西竹山近くまで長く延びる林道があり、私はアナタケを求めて何度もこの林道を利用していた、林道の終点近くまで行きその周辺をくまなく歩き、かなり多くのアナタケを発見してますが、羆の痕跡も数多く見ている、山へはほとんど単独で向かい 最初の頃は鳴り物も身に付けずに行動していた、今は鳴り物は必ず身に付け山に向かうが、過去を思い起こせば無謀で恥じるべき行動である、ここでは羆の生々しい糞を何度も見ていたし無数に存在する沢の中では、かなり巨大な足跡を何度となく見ている、川が大きく曲がり流れが緩やかな砂地でも巨大な足跡を発見した、小さな足跡も見つけいるが 巨大な足跡は他の足跡など比較にならないほど大きな物だ、当時は週に1度くらいのペースでこの場所に来ていた 来る度に以前に見た古い足跡は川の流れで消されたり時間の経過で形を崩していたが、新しい足跡が高い確率で発見できる、


今までに羆の足跡は色々な場所で何度も見ています、根室市落石・標津町の標津川築堤近く・標津町古道遺跡付近・釧勝峠・羅臼町・岩尾別・根北峠・他… 雪の上に残された足跡は解け始めると実際の足跡より一回りも二回りも大きくなるため参考にしませんが、荒川で見た足跡の大きさは他の物と比べてもダントツで大きな物だと断言できる、


その荒川の奥深くに根室に住む友達を連れて来た事があった、当日は風がかなり強く寒い日であったが、以前から日取りを決めて約束していた事もあり山へ向かう事にした、目的はアナタケで その当時は根室でもアナタケがブームが起こり中標津の山を見たいと言う友達の希望で実現した、既に私が通い詰めて採取していたので、新しいアナタケはなかなか簡単には見つからない…1時間ほど歩き何個か採取したころ、風が更に強くなってきたため車に戻る事になった、地形はある程度熟知していたので最短距離で戻ろうと背丈ほどもある笹をかき分け前へ進む、友達が少し遅れ始めた、根室市内は背丈ほどもある笹がほとんどないため茎が硬く高密度で生い茂るこの笹密集地に悪戦苦闘する事は無理もない… 見かねて進路を変える事にした、少し遠くなるが比較的歩き易い沢に向かう 平泳ぎのよう笹をかき分け笹に頭を突っ込むように前傾姿勢で前に進む、姿勢を低くして歩くと笹密集地でも比較的楽に前進できるからだ、友達を励ましながらようやく沢に入り込んだ、


その沢は軟草が主なので笹密集地と比べて格段に歩き易い…少し休憩した後、なだらかな傾斜をくだりながら足を進めた、しばらくすると何か様子がおかしい… 前方の草が不自然なのだ…人間が歩いあとのように草が完全に倒れてる訳ではないが何か嫌な予感がした、風が強いため前方の草は絶え間なく不規則に荒れ動いている 「羆かな…」 一瞬そんな事が頭をよぎって足元を確認した、しかし沢の中とはいえ足場は固く足跡は確認できない、歩く速度を抑えて再び歩き始めた、目線は…足元・前方・左右・後方とせわしなく動かし 時折立ち止まっては耳を澄ませるが風が強いため草木が擦れ合う音と風鳴りしか聞こえない… そんな行動を繰り返しながら斜面を下る 少しずつ地面が緩みだした 沢の下方のため水分を含み徐々に柔らかくなってきたのだ、改めて足元を見たが羆の足跡らしき物は確認できなかった 人間の何倍もある体重でここを歩いたなら確実に足跡が残るはずだ、嫌な予感は気のせいだったのか… そう思いながらも慎重に下って行くと視界の向こうは草が途切れ途切れとなり土が姿を見せ始めた、その先を抜けたら歩き慣れた場所に出られる筈である、緊張感も緩み少し安堵感がこみ上げた、ホッとして歩くスピードをあげて水分を多く含み抜かり易い谷地に入り掛けた瞬間突然目の前に羆の足跡が飛び込んできた、




その足跡は過去にこの周辺で何度か見ていたあの巨大な足跡だった! 普段なら足跡を見つけた所でさほど気にする事はない、しかし今日に限っては先ほどから目に見えない不思議な感覚に包まれ、嫌な予感と胸騒ぎを覚えながら歩いていたので足跡を見た瞬間から異常な恐怖感に襲われのだ、友達に慌てて声をかけた…



「羆だ!足跡がある!」



「え〜っまさかよ!ヤバいべさ!」



「うん ヤバいかも…」


そんな短い会話のあと2人とも周囲を見渡して羆の気配を探した、荒々しくざわめく草木の音と風鳴り意外何も聞こえない…視界の中にも強風で激しく動く木の枝や風の動きに合わせて軟草や笹が踊らされているだけであった、そしてゆっくりと足跡に近づきしゃがみ込んで足跡を見た…



「マジでヤバいかも…」


「通過したばかりの足跡だわ!」



そう友達に声をかけた、


「見てわかるのかい?」


「うん足跡から泡出てるから多分間違いない…」




その場所はぬかるみで歩いた後には水溜まりができる、踏み込まれた泥は空気と一緒に押し込まれ、それと同時に水が溜まるので歩いたばかりのぬかるみは泡がプクプクと発生する…



足跡は人間に追われるように下に向かっていた、私達2人が沢に入り込み私が嫌な感覚に襲われ慎重に歩き始めた地点から足跡の残るこの場所まで約100メートル程の距離だ、羆は早い段階で2人に気づいて姿を隠していたと思われる、私が前方の草に違和感を覚えたのは羆が通過した後だったからであろう、羆はガサガサと音が出やすい乾燥した笹原を歩いた場合でも音を出さずに移動できると聞いた事がある、 あの大きな巨体をどのように操り移動するの不明だが、音すら出さない技を持つならなるべく痕跡を残さずに歩く方法も身に付けているのかもしれない… 羆の後を追ったつもりは全くないが、結果的に羆を追うような状況を狭い沢の中で知らず知らずに行っていたのだ、


「一服してから来た道戻るか…」



そう友達に言うとタバコに火を点けた、



「おう、そうするか…」


風が強いため、山火事に注意しながらぬかるみの水溜まり部分でタバコを味わった、いまは何故か恐怖感が感じられない、


[突然ドカドカと生活圏に入り込み 羆にとっては迷惑な侵入者でしかない、足跡の大きさから相当大きな雄の羆と判断できる その巨体なら人間を排除する事など簡単な筈であるが この足跡の主の大きな羆は邪魔者を排除するどころか 人間から遠ざかろうと姿を隠してくれた… 過去に何度もこの付近を歩き回っていた私の姿を羆は見ていたに違いない 大きな足跡を何度も見ていた事実もある 、私が気付かないだけで羆はどころかに潜んでいたのだろう、そう考えたら遭遇を避け続けてくれた羆に感謝の気持ちさえ芽生えていた…]





2人で歩いて来た道を戻り、かなり遠回りして車へと辿り着いた。





目に見えない羆の気配を感じ 大きな足跡を目撃したのは8年くらい前だ… その後何度か荒川の奥にアナタケを取りに出掛けたが、あの時の場所には行っていない、年中同じ場所に羆が落ち着いている事は考えられないが、一定の季節や移動中にあの場所に戻る事は考えられる、足跡の主…あの羆が好む生活圏を汚したくない気持ちがあの場所に行かない一番の理由だ…


最後に…




北海道では羆の目撃件数が年々増加し 出没する場も少し前までは考えられない市街地へと広がりを見せている、



たまに羆による人身事故のニュースを目にするが、目撃件数と比較した場合 ほとんど事故に結びつかない事がわかるだろう、


不幸にも事故に遭われる方が存在する事も事実ですが、羆はむやみに人間を襲う動物ではないとゆう事を伝えられたら幸いです、


山に入る際、羆対策として鳴り物1つ身に付けただけで遭遇する確率は減る筈です、羆は山奥だけに住む動物ではなく身近な場所にも姿を現すので、近くに民家がある・道路など人工物の近くだからと油断する事は間違いで そのような身近な場所でも軽視せず注意する事が必要です。



私自身 羆対策をせず山に入り、無知ゆえに怖い体験をしてます、後から考えたらよく無事に帰ってこれたと思う事もあり、今はその恥ずかしい失敗から色んな事を学び対策は欠かしません、



羆と人間、生活圏の重なりが増え続けている環境の中でも共存できる道はある筈です…







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― 新着の感想 ―
[一言] カムイワッカ先生、羆と人間、作品、読ませていただきました。緊張感のある文章のなかに、強い思いが込められてあるのを、感じとれました。山の主、森の番人・・・ヒグマが人間の身を、思いやる気持ちを持…
2009/07/01 18:46 退会済み
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