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積木家の人々

作者: 積木直子

積木家つみき・け

積木さんち。お父さんとお母さんと愛人と一人娘が暮らす現代日本の和風なおうち。だいたい頭がおかしい。


積木直子つみき・なおこ

しっかり者の一人娘。早寝早起きで三食しっかり食べ、たまに寝食を忘れて仕事に没頭する父を人間に戻す作業をする。家族の面々を深く愛しながら、同時に嫌悪している。潔癖の気がある。

 学校が長い休みに入ると、夜更かしをした大人のご飯を温めるのは、直子の役目になる。

 朝ごはんには少し遅いくらいの時間。早寝早起きの勤勉な直子は、既に朝食と身支度を済ませ台所に立っていた。冷めた味噌汁に火を通すのである。他のおかずは卵焼きに納豆、焼き鮭。冷めたままでも美味しいそれらはラップをかけ、食卓に置かれている。ご飯は炊飯器の中でまだ十分に温かい。

「直ちゃん、おはよ。今日も早起きさんねぇ…」

 そういうわけで味噌汁を温めていた直子であるが、後ろからだらしない女の声がするので、一度ガスの火を止めてそちらを振り向くのだった。

「今日のお味噌汁なぁに?」

 熱に浮かされたように話すその人は、直子の、血の繋がった誰かではない。キャミソールの紐が引っ掛かったミルク色の細い肩も、背中まであるふわふわとした茶色い癖毛も、積木家の遺伝子には無いものだ。加えて言うと、直子も父も母もこざっぱりとした一重であり、女の瞼は腫れぼったく色っぽい、完璧な二重である。睫毛は時間帯によって濃かったり薄かったりするので勘定に入れていない。大人は化粧で顔が変わるので、直子はそれが嫌いだった。嫌いというより、気味が悪いのだ。

 女の名前は、崩子という。

「ホーコさんおはよう。今日はね、ピーマンと茄子だよ」

「えぇっ!?うそ~!」

 崩子は苦い野菜と、なによりも茄子が嫌いである。食卓に並んだら例えそれしか無くとも手をつけない。だから直子がからかった時には、それまでの気だるさが嘘のように、俊敏に少女の肩へと飛びかかったのである。

 長い爪が十本とも直子の左肩に掛かる。普段はふわふわとミルク色のモヤみたいな崩子であるが、その体はちゃんと大人のもので、つまり重さも現実的。何かというと、体の半分に体重をかけられた直子は、危うく転ぶところであった。

「崩子さん重い!危ないでしょッ!?」

 火を扱っているのに!熱いお味噌汁がすぐそこにあるのに!と、直子がおたまを握りしめて言う。味噌汁の具が油揚げとほうれん草であることを確認した崩子はあっさり離れ「ごめんごめーん」と軽い声を上げた。直子はガチッと大きな音を立ててつまみを回し、ガスをバチバチ言わせながら再び味噌汁を火にかけた。

 火加減を見ながら、水面に差し込んだおたまをぐるぐるやっていると、そこに静かな足音が近づいてくる。廊下の板を僅かに軋ませながら、摺り足で現れたのは、直子の母 艶子であった。

「直、野良猫に餌やるこたないのよ」

 切れ上がった目尻で崩子を鋭く睨みながら、品の良い着物を着こなした積木婦人は、そのまま台所に入ってくる。食器の入っている戸棚を開け、平たく丸い盆におかずたちをのせ始めた。

 ほどよく味噌汁も煮えたので、火を消した直子はまず父の分を椀によそう。黒く艶々とした漆塗りの椀は、内側がカッと赤く美しい。新婚旅行で京都に行き、二人で購入したらしい。

 聞いていないので詳細は知らない。興味もない、と直子は思う。食器など食えて飲めればそれで良いのだ。

「これ、(しのぶ)さんには少し熱いわね」

「運ぶうちに冷めるよ。うちの廊下は長いもの」

「実の父親に、悲しいこと…」

 わざとらしくため息など吐いて、またしずしずと去って行く積木婦人を、直子はあきれた思いで見送った。我が家の女は、たまにこう、べっとりとしたところがある。料理屋のべたべたする机とはまた違う、ひやりとした毒っぽさ。去り際にまたジロッ…とやられた崩子さんは、出ていく背中に「いーっ」と歯を剥いていた。牙と呼ぶには丸っこい、猫を被った威嚇の仕方だった。

積木偲つみき・しのぶ

積木家の大黒柱。長身痩躯の色男でどうしようもない浮気性。多分いつも寂しい人。バツロクを経て今の奥さんと出会う。作家。


積木艶子つみき・つやこ

偲の妻。学生時代から偲を想い、六人目の妻と別れたところをつけこんで結婚に漕ぎ着けた。かと思えばアッサリ浮気されてハンカチを噛むが離婚したくないので堪えている。イエネコvsノラネコのキャットファイトが始まるのは時間の問題。


三枝崩子さえぐさ・ほうこ

積木家の居候。偲の愛人。多分いつも寂しい人。幼い頃ひどい境遇に身を置いていたらしいが、誰が聞いても教えてくれない。直子に懐いている。

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