3. 合法的密輸業者の過去と暗躍
第9話です。
そういえば2年前病床(……病?)にあったあの方は?
そしてその周辺の方々がそこへおさまった経緯などを。
病にふせっておられた皇帝陛下がご快癒なされて1年半ほど経った。
医師いわく「なぜ完全に回復したのか全くわからない」。
それでも医者か。
私にハッキリと言ったではないか、「隣国で大流行しているという即効性の滋養強壮剤は、飲み続けると内臓の機能が弱っていって体力が落ち、やがて起き上がることもかなわなくなる」と。
それならば、と毎日毎日1日3回欠かさずさしあげていたはず。
医師も服用を確認していたではないか。
なのに。
何ゆえあのようにピンピンなさっておられるのか。
一時期はそうであったが、起き上がることもかなわないどころか、今めちゃくちゃお元気ではないか。
なぜだ。
――――――――――――――――――
「折り入って、ご相談があります」
あの日……新しくかけかえられた橋をわたって行商(と偽って出国)した日。
他人行儀に娘が私に依頼してきた。
「この封書の中に記された物を買ってきていただきたいのです」
娘……とは名乗ってはいけなくなってしまった隣国の皇嗣妃殿下からの依頼。
誰が聞いているかわからないので、妃殿下と隣国の商人として話すよう皇帝陛下・皇嗣殿下からお願いされているから仕方ない。
「内容は今お教えいただけないのですか?」
ならば、私は御用商人として訊こう。
「この国では絶対に買えぬ物です。あなたなら購入して持ってこられるでしょう。お持ち下されは必ず買い上げます」
意味深な……というより「わかってるでしょ?」という含みをもたせた答えをいただき、橋をわたって帰ってきた。
封書の中身は、薬剤師直筆の薬品購入指示書。
「Sクラス薬剤師がいる薬剤師館でなら、これ全部必ず買えるから。できれば私のAクラス時代の同期弟子のシグナスから買って欲しいとこだけど、もしかしたらもうシグナスって名前じゃないかもしれないから誰の薬剤師館で買ってもいいけど、絶対に何一つ漏れなく買ってきて」
添えられていた手紙は、ほぼ命令。
薬品購入指示書、久しぶりに見る。
……というのも。私は「薬の行商人」だった頃もあるのだから。
私アーネスト・ローウェルは、雑貨の行商人の子供として生まれた。
一つところにとどまる事なく移動し続ける生活をしていた……子供の頃の記憶は荷車の上でガタガタ揺られながら移動してた事って位移動しかしてなかった。
それが嫌ってわけじゃなかったんだけど(というか、それ以外の生活を知らない)。
両親はよく薬剤師館に物を売りに行っていた。
「あそこはいろんな物がよく売れるんだよ。女の子向けの物を持っていけば間違いなく売れる」
生活雑貨の他に、装身具や高級化粧品なんてのを見つけ次第仕入れて……確かに、売れるのも早かったっけ。
ある時、行商先で私は熱を出してしまった。
両親は困った。病人を連れて次の町へ移動はできないからだ。
「うちで患者としてお預かりしておきますよ。ですから安心して次の町へ行ってきてください」
薬剤師館の館長さんが言ってくれたので、私は約2ヶ月その薬剤師館でお世話になった。
そこにいたのが、少々わけありで薬剤師見習いをしていたローナだった。
少々わけあり……確か「リンド準男爵家4人兄弟の四男坊の18番めの七女」だったっけか。
手に職つけとかないと一族の中でもまともに生き残れないのよ、すごいでしょ……と笑って教えてくれた。
私は戻ってきた両親と共にまた行商に出たわけだけど、ローナのいる薬剤師館へ売りに行く日が近づくとウキウキしていた。
両親も私を預かってもらった恩があるので、多めに訪ねるようにはしていたようで。
ある日、ローナが私達の行商について行きたいと言い出した。
当時確か18歳。Aクラス薬剤師試験に受かったばかりだったと思う。
父が「年若い未婚女性を親の許可なく連れ回せない」と断ろうとしたら、それも想定の内だったのかローナは私達を準男爵家に連れて行った。
連れて行かれた先は人口密集地帯としか思えなかった記憶しかない。
ご家族・ご親族を全員紹介されたのに、私も両親もローナのご両親位しかお名前を覚えられなかったのだから。
実の兄上姉上だけでも17人。年齢が上の方には伴侶様もいらっしゃる。お子さまも。それから伯父上が3人とそのご家族が……ええと総勢何人だっけ。とにかく記憶力の限界を越えていた覚えしかない。
ちょっとした集落1個分位の人数の顔と名前が一度で全員分覚えられたら奇跡だと思う。
「せっかくAクラスになれたのに、行商について行ったらSクラスが受けられないんじゃないのかい?」
「受けなくても別に困らないわ。むしろAクラスのほうが制約低い分動きやすそうだし、Sクラスは教えなきゃなんないのよ?私、向いてないんだけど」
「そうねえ」
「それにね。私がいたらローウェルさんは取扱品目が増えるのよ。薬を売れるようになるんだから」
「いいじゃないそれ」
妙に乗り気のご家族ご一同様。
特にローナの母上が。
「……え、あの……お嬢さまを連れ回すわけには……いかないんですg」
父も母も、最後の抵抗を試みるが。
「うちならかまわないわよ?」
……なんて事を。
「ご覧の通り、1人位いなくったって、全く跡継ぎには困らないでしょ」
確かに……ローナに準男爵家の継承順位が生きてる間に回ってくるとは到底思えないほど人数が揃っておられる。
「アーネスト君さえ嫌でなければ、ぜひお嫁さんにしてやって欲しいんだけど?」
「へっ」
いきなりの縁談!
なんで!
私の意思はどこへ!
……嫌か、と言われたら全然嫌じゃないけど!
むしろ俄然OKなんですけど!
っつか貴族家のお嬢さんですよ!
うち、家ってもん持ってない行商人ですよ!
根なし草同然ですよ!
宿場までたどり着かなかったら荷車で寝るんですよ!
年明けの祭の日にどの町にいるかわかんないような生活ですよ!
いいんですかそんな家の嫁になっちゃって!
……などと、一族の皆さまがいらっしゃる前でまくしたててた覚えがある。
ふと両親を見ると、2人とも額に手をあてて嘆くようにうなだれていた……しまった、行商人の裏話を何か言いすぎた?
「……アーネスト、おまえ……嫌じゃない、はともかく『俄然OK』って……少しは言葉を選べ……」
……嘆きの理由は、そこ?
「父さん、薬品購入指示書見ながらニヤけてたら、ただの変人だぞ?」
息子のジョシュアが声をかけてきた。
いかんいかん。
「イヤちょっとな……うちが薬を売り始めた頃を思い出してた」
「思い出すのはいいけど、ニヤけんなよな気味悪いから」
留意する。
「ところでジョシュア、シグナスさんって薬剤師知ってるか?」
「いや、知らねえ。っつかファミリーネームだったら変わっちまってるだろ」
「そうだよな。母さんだってリンドからローウェルだし、タリアも……」
「ストップ、そこからは言わない」
そうだった。ローウェルからルブランに、とは口に出してはいけない。
「皇嗣妃殿下はこれで何をお作りになるのだろうな?」
「さあな。オレ達は薬剤師ご要望の品を集めて届けるだけだ……母さんのおかげで手に入れた『薬品運搬業』の手腕の見せどころだろ」
――――――――――――――――――
父さんと兄さんは、難なく薬の素材を手に入れて来た……さすが「薬品運搬業」。
薬品購入指示書さえあれば、薬剤師でなくても薬の素材は買える。
薬品運搬業の許諾があれば、薬剤師でなくても薬の素材は運べる。
だから頼んだの……お義父さまの現状を何とかするための薬の素材を買ってきて欲しいと。
物は揃ったわ。
薬品購入指示書の中に、製剤に必要な器具も書いておいたから、さっそく取りかかりましょう……あ、医師や侍女に見つからない場所が必要だわ。
「タリア、あそこを使えばいいんじゃない?」
ゴードンが薦めた場所は……(将来の)子供部屋。
「そうね、あそこなら侍女はともかく医師は来ないわね」
そしてできあがったのが……
「正式な名前はないけど、あの滋養強壮剤の効果を下げる中和剤よ。あれを飲む前に飲んでおくと、少なくとも内臓の負担がやわらぐはず」
なんだけど、どうやって服用していただくかよね。
「私が毎回忍び込むわけにはいかないし……」
「あの……」
侍女見習いの服を着た、まだ幼さの残る少女が声をかけてきた。
「あの……陛下に、何かお届けするのなら、わたし、やります」
「……信用してもいいのかしら?」
「陛下のお部屋の水さしを交換にうかがったら、陛下はお目覚めで、お水をさしあげたら、こうおっしゃいました……『もうあれで眠りたくない、と皇嗣妃に伝えて』と。やっと、お伝えできました……」
……信用してみましょう。
「では、あなた……ええとお名前は?」
「パールです」
「では、パール。あなたにこれを預けます。医師と侍女が陛下に薬を渡しに来る前に、陛下にお飲みいただいて欲しいの。もしも陛下のお部屋から出てくるところを見られても、水さしを持っていれば交換しに入ったように見えるし、水さしの水が減っているのもばれないわ」
そして
「最初にさしあげる時に伝えて欲しいの。医師の薬のあとは『薬が効いてる』ふうに見せるため、寝たふりしていてくださいって」
「わかりました」
パールの尽力もあって、お義父さまの体力を取り戻す事に成功!
若かりし頃のタリアさんパパ・アーネスト君、本音だだもれで「ちょっとした集落1個分」の一族の前でやらかしてますw
いやー、どこの誰がどこからどう見ても「ローナちゃん大好き」があふれ出ちゃってますってw