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アルヴィノーラの森で  作者: ありかわつぐみ
それぞれの帰着点
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誰のため、何のため





リンゴ果汁に高濃度の速効性下剤を混ぜた物(実行犯を拘束した男性薬剤師氏いわく「希釈用下剤の原液にリンゴ果汁を入れた()」)を夜会でばらまいた首謀者の足どりは、実行犯の阿呆からは追えなかった。

「主にエマーソン公爵家のお嬢様を狙った悪質な犯行、ととるしかないのか……」

王城内で起きたとんでもない事件に、我々捜査本部の面々も頭を抱える状況だった。


しかし。


「例のバシェット産リンゴ果汁と思われる物を厨房に持ち込んだかもしれないと思われる人物を見たという人がいました」

ハマー伯爵夫人のご子息が男性薬剤師氏と共に、1人の中年女性を連れて来てくれた。

「わたくし合併前の帝国時代に国外脱出しておりまして、縁あって現在Bクラスの薬剤師の資格持ちとして王城にて飲食部門のお仕事させていただいておりますヴィッテンと申します」

薬剤師の有資格者……それで(くだん)の薬剤師氏が一緒なのか。

「ヴィッテン……いやヴィッテン夫人(ミセス・ヴィッテン)は、今日は酒類以外の給仕として会場内にいた」

酒類以外の給仕担当なら、腹下しの原因がリンゴ果汁だとわかった時点で真っ先に調べられた1人だろう。

「厨房のほうに、バシェットのリンゴ果汁持ってきました、って言って樽を置きに来た業者みたいな人がいたんです。見たところどこにでもいそうな人でした……けど」

ヴィッテン夫人(ミセス・ヴィッテン)が一瞬口ごもる。

「ルブランの()()()でしか言わない言い回しだったんです、『持ってきました』の部分が」

おそらく夫人が今言った『山ン中』も、そのルブランの言い回しなんだろう。

「同郷の人が()()()()いるとこで聞いたんなら違和感なかったん()()()()()()、王城で働かせてもらうようになってからは滅多に聞かんよう()()()()()()()()()気になって」

ほんのりと、しかしあまり王城内では聞かない言い回しで話す夫人。

「ルブランの、山の中……えー、申し訳ないけど僕達は、帝国時代の国内事情に疎いので教えていただけるとありがたいんですが……山のほうに何かあったりするんですか?」

伯爵夫人のご子息が訊いてる。

「あ、あれか!確か山のほうは昔別の国だったらしいけど、それ?」

薬剤師氏が思い出したように訊ねてる。

「そういう事には疎いはずのモーガンが、なんでそんな事知ってるんだよ?」

「植生調査でルブランに行った時山に入ったら、関所みたいなのがあってさ。そこの見張り番みたいな爺さんから公爵様の通行許可証を見せろ、なければ通さないって言われて、持ってなかったから戻った事が……あーほら、アイリス様ご誕生の時だ」

「ああ、あの時ね」

何か、あったらしい。

「わたくし正式な名前は()()()()()んですが、昔は山岳国って呼んでた山ン中の国がありましてね。そこが国土に平地を求めて何度もルブランへ攻め入って()()()()です……その都度あっちが()()()()()ですけど。その後負け戦ばっかり起こした政府が求心力をなくして瓦解したとかで国力が一気に衰えて、全土がほぼ吸収されるかたちでルブラン帝国になりました」

そんな事があったのか……。

「旧山岳国の元軍部がしぶとく生き残ってて、好戦派の残党って言われてます。モーガン薬剤師が会ったという人は、その好戦派の残党狩りの一派だと思われます」

「……詳しいね」

「わたくし、旧山岳国との国境付近に住んでおりまして。脱出前まで好戦派の残党と帝国軍部隊の小競り合いがよくあったんです」

これは……いろいろと詳しい方にうかがうに値する、とても価値のある情報かもしれない。

ヴィッテン夫人(ミセス・ヴィッテン)、ありがとうございます。たいへん参考になりました」

まだ仕事中だという夫人は、持ち場へ戻っていった。





夫人が去った後、伯爵夫人のご子息と薬剤師氏が話し合っていた。

「どう思う?」

「なんかさ、毒ヘビ茶会の構造に似てるよな」

「どこが?」

「ヘビ用意した阿呆と会場を用意した馬鹿の兄弟と、会場にヘビ仕込んだ間抜けがいたじゃねぇか」

「ああ、あれね。阿呆馬鹿兄弟と間抜けは、ヘビを利用する事で利害の一致をみて共犯関係になってたっけ」

毒ヘビ茶会事件か……茶会の余興にと主催者が庭に毒ヘビを仕込んだなんともお粗末な事件があったっけ。

「それだよ。阿呆馬鹿兄弟はエリーザ様への逆恨み、間抜けは珍種の猛毒を持ち帰る目的」

「て事は……もしかしたら今回のこれって」

「公爵家を狙う輩とバシェットを嵌めたい奴の共闘の可能性、ねぇかな」

「……ありえない話じゃないね。公爵様は皇族時代に命を狙われてる」

「先代様に至っちゃ2度な」

「お嬢様も公爵様の妹君も、いろんな意味で身を守るよう言われてたって話だしね。護身教本のおかげでお嬢様は助かったわけだけど」

「……それに関しちゃ、オレめちゃくちゃ報われる奴な」

国軍大将のお孫さんであり軍部にもよく出入りしておられる伯爵夫人のご子息はともかく、薬剤師氏は本業どこいったと言わんばかりの推理推察と……お父上譲りだと思われるその恵まれた体格からくる、何らかの無茶振りでもあったのだろうか。

「ヘビ仕込んだ奴は持ち帰ってどうするつもりだったのかな」

「なんでも上役に渡す目的だけで、金はいらない・ヘビ現物支給でいいって言って喜んで請け負ったんだって聞いてる。ま、飲まず食わずで休まず歩けばルブランまで位旅費いらずでも王都から1日とちょっと位で着く……」

「いやそれは無理だよ、モーガンみたいな体力バカと一緒にしちゃ駄目だって。いくらなんでもどこかで休まないと」

「飲まず食わずはともかく、休まずはさすがに無理か。でもまぁ、あいつ素手で珍種の毒ヘビ掴んでたからなぁ……もしも逃亡に成功してたとしても、到着前に死んでたぜ」

「え、あいつその場で捕まったから生きてられたの!?」

「まあ、そうなる。当初は手荒れする程度の毒だと思われてたから消毒剤ぶっかけてやったんだけど、それが結果的に助けた事になった」

「微弱毒とか言ってなかった?」

「ああ表皮の微弱毒っていわれてた奴な、微弱なんかじゃなかったんだよ。解毒剤作るために詳しく調べてたらさ、体に付着したままだと突然心臓が止まってポックリ()()とんでもねえ毒で」

「何それ凄く怖いんだけど」

「咬まれりゃ猛毒で即死、表皮を触ればじんわり殺しにかかる……アイツは冗談ぬきでとんでもねぇヘビだった」

「……お祖父様がエリーザに毒ヘビの知識を叩き込んでおくよう言っといてくださって良かったとしか思えなくなったよ」

伯爵夫人のご子息のお祖父様……ガリーニ将軍、国軍の最高幹部。

「そういやエリーザが思いっきり突き飛ばした庭師の代理人が傷害で訴えてきたってサイラスが言ってたけど」

「その訴え、代理人がよほどの阿呆でない限り取り下げられてるはずだぜ。医師会と薬剤師組合が合同で、庭師に有毒ヘビによる死亡例の怖い順トップ10をリスト化したやつ送りつけてやったんだ。命の恩人として感謝されて然るべきなんだよ本来はな、って意味あいをたっっっぷり込めて」

「そのリストのトップって……」

「もちろん、咬まれりゃ即死・触れたままだと突然の心停止なあいつ」

ヘビ毒の怖い話がしばらく続いた……。






サイモン・ブラッドレーと名乗るエマーソン公爵家の若き文官が大量の資料とともに捜査本部を訪ねてきたのは、お披露目夜会の翌朝だった。

「アドルフ・ヴァルジというクs……いやバカおy……いえ、元宰相が放置していた旧山岳国境紛争に関する資料を、すべてお持ちいたしました」

クソだのバカ親だのと言いかけている気がするのは、きっと気のせいではないと思う。

「すべて……って、これ全部ですか!?」

ブラッドレー氏が抱えている数冊のみならず、その背後には大箱がいくつも積まれた台車が3台。

「……まだ荷馬車に残ってます、4台分」

「国王陛下からのご指示に従い、公爵閣下の責任のもと国境紛争関係の書類をすべて国軍本部へ移送させている途中なんです。こちらに一度お見せするよう申しつかっておりますが……?」

どんな量になっているのか、もう想像もつかないが……犯人像に迫れるのであれば、すべてに目を通すべきなのだろう。

だが、荷馬車約4台分の書類……短期間で我々に読めるんだろうか?

「……お手伝い、したほうがよさそうですね」

察していただけたようだ。




――――――――――――――――――




新公爵家お披露目夜会が行われている真っ最中であろうはずの時間に、超大至急な早馬が書状を持って王城からなぜかわしのもとへやってきた。

差出人は、ネルソン。



『元隣国との旧国境紛争に関する資料が欲しい。国王陛下たってのご希望で、私がすべての旧国境紛争解決にあたる事になった。まずはラ・モンターニュとかいう山の中の旧国境から始める。ゴードン様からシルベスター様への資料持出の委任状も承っておる』


取り急ぎ書かれたような書体と文体の文字が並んでおる。

「国王陛下、の?ご希望?委任状?」

よくわからんが……ゴードンからシルベスターに宛てたという物もあるわけだから、それを持ってシルベスターの邸に向かうことにした。



今はゴードンが一家総出で留守にしておるので、シルベスターが先代として領主代行の役目を担っているわけだが……邸に行くとシルベスターの補佐役となっておるエリノアが出迎えてくれた。

この娘も、長く継嗣としてその座におったのだが、ヴァルジのせいで縁付く事もなくきてしもうたな。

あの一家は、夫人と娘を除いて皆ろくな事をしやがらん。

「エンリコ様、どうかなさいまして?」

エリノアに問われて我に返る。

「ゴードンからシルベスターにと手紙を預かっとる。渡してもらえんか」

「もちろんですわ……でもお兄様からわざわざエンリコ様経由って、何なのでしょう?」

「王城から大至急わし宛で運ばれて来てなぁ。大急ぎで用意して欲しいものがあるという事らしい」

「お兄様からお父様への手紙が、何故エンリコ様宛なのですか」

「詳しく説明はされとらんが、おそらく大至急送るのに最適だったんだろうな。国軍大将のネルソンからの手紙の中に入っとったんだ」

説明はないがおそらく、新任の筆頭公爵が領地へ向けて急使をたてると、事の善し悪しにかかわらず噂になる……という事で、爵位のない老将ネルソンが年上の旧友たるわしに急ぎの手紙を出したかたちにしたんだろう。

無爵のじじい同士の書簡のやりとりに重要性があると思える人物が居れば話は別だろうが。

「お預かりいたしますね」

「おそらく急ぎだ、エリノアも内容を確認しておいたほうがいいだろう」

わしらはシルベスターの部屋に押しかける事にした。



シルベスターがゴードンからの書簡に目を通して言うには。

「要は国境紛争の資料をすべて移送して欲しいと言ってきていますね……ガリーニ将軍は過去に国境紛争を一気に片づけた事がおありで、国王陛下が将軍にラ・モンターニュ問題を早々になんとかするようお命じになった、と」

「エルドレッド・ブラッドレーと息子のサイモンを呼んだほうがいいな。資料はサイモンに大至急運んでもらおう」

わしはブラッドレー親子を呼んだ。




――――――――――――――――――



父さんの執務室に、サルバトーレ様からの使者が来た。

嫌な予感がする……いや、嫌な予感しかしない。

あの方は……そう、人使いが荒い。とても荒い。

とてつもなく、荒い。

資料を持ってこいといきなり呼びつけられ、そのついでに身元保証の立会人にされてた事もあった……僕の知らないうちにすでに決められてて。

今回も、きっと……

「サイモン!国境紛争の関係書類、全部出せるか!?」

父さんが大声で僕を呼んだ……全部!?

ねえ今『全部』って言った!?

専用の書庫からあふれそうな位あるんだけど!?

「全部だと、すっっごい量になるけどどうすんの!?」

「国王陛下のご命令により、すべての資料をガリーニ将軍の指揮下に置くこととなったそうだとサルバトーレ様から……」

「って事は、移送?全部移すって事でいいんだよね!?」

「……嬉しそうだなサイモン」

そりゃそうだよ、この書類の山から解放されるって事なんだから!





(前にも記載したと思いますが

毒ヘビ茶会事件に使用されたヘビは、作者が勝手に創造したフィクションの産物です。こんなヘビおったら怖いわぃ!って事で、名前をつけておりません。もしも万が一現実社会に同名のヘビがいた場合ややこしい事になりかねないからです)


なお、文中の『たっっっぷり』は誤字ではありません。モーガンがチカラ込めて言ったのです。

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