過去と未来と、不穏な気配と。
陛下ご夫妻ととエマーソン公爵ご夫妻がお祖父さまも交えて一堂に会しておられる。
「あの情況……お父さまの心配は全くいたしておりませんけれど、お母さまにはかなり難易度が高いようなので不安しかございません」
ガーネット様からもれ聞いた公爵夫人いわく、一度は国を出た庶民の娘が特殊な公爵家の嫁になって戻ってきたなんて!との事。
「大丈夫ですよ、きっと……祖父がなんとかしてしまうかと思います。実は僕……伯爵家の養子になる前に、祖父に連れられて王都のとあるお邸に来た事があったんです」
お祖父さまに連れられて立派なお邸に行って、やたらと上品なお兄ちゃんと遊んだ覚えがあって……最近そのお邸が王家所有のものだとわかり、そしてついさっきあのときの上品なお兄ちゃんが王太子殿下の末の王子殿下だったとわかって焦ってるところ。
「王子殿下が『知らない子と遊んでみたい』とおっしゃられて、だからといって本当にそこら辺にいる身元のはっきりしない子供を連れて来るわけにもいかない……て事で、ガリーニの娘の子供ならよかろう、と王家側で判断されたようです」
「それは……また大変な」
「あの友人達と走り回るしかしないような5歳でしたから……それはそれは失礼の数々をやらかしまくっていたのではないかと。誰も何も言いませんけど……」
なんとなく言いよどむ僕……今でこそ伯爵家の養子として教育を受けてるからなんとかなってるんだ。
あの頃の僕は……モーガンほどじゃないにしろ、野生児一歩手前だったと思う。
何しろ一緒に木登りしようとして誘ったら、どこかからすっ飛んできた大勢のオジサン達に全力で止められた記憶がある……木登りを止める大人が周囲にいなかったから驚いたんだ。
止めるどころか「もっとやれ」という大人しかいなかったから。
「きっと、祖父がなんとかしちゃったんじゃないかなと思ってるところなんです」
お祖父さまは、そういう人だ。
「ええ、おそらくそうだと思いますわ。でなければ王子殿下がクロード様にわざわざおっしゃったりなさらないのではないでしょうか」
……そういうもんかな?
――――――――――――――――――
確か7歳位の頃だったかな。
いつもお兄様達の友達に遊ばれてばっかりでおもしろくなくて、お母様にお願いしたんだ、「知らない子と遊んでみたい」って。
何日かして、本当に知らない子が来て、一緒に遊んだ。
少し年下の、やたら元気な男の子だったと記憶している。
あの時は名前を教え合ったりしなかったんだけど、ついさっき紹介されたエマーソン公爵家のご令嬢のパートナーとしてついていたハマー伯爵の養子息があの時の子じゃないかとふと思った。
「もしかして、4〜5歳の頃おじいちゃまに王都へ連れられて来て知らない男の子と遊んだ覚えはないですか?木に登ろうとして、大人達に全力で止められた覚えとか……」
「……ええ、ございますが」
「やっぱり。まさか20年以上経って再会できるとは思ってもみませんでした」
「王子殿下、だったのですか……あの立派なお邸のお兄ちゃん……」
顔色変わっちゃったな。
「僕のわがままにつきあってくれてありがとうございました、って会えたらずっと言いたかったんです」
遅まきながら、直接お礼ができた。
「それに、ハマー伯爵家は親戚なんです。伯爵があなたを息子とお呼びなのだから、僕を親戚のお兄ちゃん扱いしてくださってかまわないのですよ?」
「妹……エリーザは伯爵の実子ですので親戚のお兄ちゃんで間違いないですが、その異父兄はいくらなんでも」
「では遠縁のお兄ちゃんではいかがでしょうか」
養子息が困惑しきった表情になってしまった……ちょっと逸りすぎたかな。
軍の重鎮・ガリーニ将軍の実孫と親戚付きあいできれば、僕を王太子の末っ子三男と侮る勢力を少しは牽制できると思ったんだけど、いくらなんでも図々しかったかな。
「ですが、お困りごとがおありでしたらお申しつけくださってかまいませんよ?殿下の親戚の女の子の兄ですので」
……なんかすごい一言を聞いた気がする。
――――――――――――――――――
私の祖母の末の妹の孫が、エマーソン公爵家のご子息とご令嬢達だと聞いてはいた。
祖母は10数人姉弟の一番上で、一度は断絶しかけたイヴァネス侯爵トゥーロン家の救世主的な存在。
その功を讃えて(?)、新生イヴァネス侯爵家の直系は『リンド』をファミリーネームの前につけて名乗るようにと今は亡き祖父が決めたという……。
「侯爵さまは……確か私の祖母の姉の孫にあたるのでしたよね?先日は弟が七男家の三男の六男だとおっしゃるオリヴィエさまとなかよくさせていただいたとかで、ありがとうございました」
公爵令嬢からお礼を言われた。
「おそらく、侯爵さまと私達姉弟はまたいとこになるのだと思うのですが……合っておりますかしら?リンドの基準ですと、続柄と年齢順が既に混乱しておりますので」
「それはイヴァネスでも同じです。祖母は男子だけでも8人産みましたので、年上の甥や年下の叔父は日常ですね」
「それは……想像に難くないお話ですわね」
公爵令嬢とは、子だくさんの親戚をもつ者どうしの会話になっていた……いや、こんな話題で終始してはいけなかったはず。
「忘れる前にお約束しておかねばならないのを忘れそうでした」
そうだ。
「我々イヴァネスの面々は、中興の祖となる祖母の姪にあたる公爵夫人を、全面的に後援いたします。リンドの現ご領主からも、一族揃ってお支えするとうかがっております」
先代である父と公爵夫人の伯母である祖母から、忘れずお伝えしてこいと言われている。
もう少しで忘れかけそうになっていた。
「リンドの一族も加わると、ものすごい人数になりますわね」
「ええ。リンドの血が一滴でも混ざっている人も含めると、もう数えることも不可能でしょう」
というか、数える気も失せるというものだろう。
「特例準男爵家という身分的には高くないはずの家柄なのに、とても重要視されていますよね……リンドは」
「今やリンドに行けば新鮮な海産物以外は何でも揃う商都です。リンドと取引ができなければ飢えるとまで言われていますし。そんなリンド一族の末裔にあたる公爵家を侮る輩は身の程を知ったほうがいいかと」
エマーソン公爵ご一家に礼儀作法を教え込もうとした馬鹿どもの話は、ほんの数日前だったというのにあっという間に広まったからな。
公爵令嬢もそれはご存知のようで、クスッとお笑いになる。
「一番の無礼者が捕まる瞬間を真近で拝見しておりましたの。ガリーニ将軍のお義姉さまのお宅での、見事なまでの捕物劇でした」
うわ……将軍が有能な退役軍人を個人で雇って警備要員として多数配置しているという評判のお邸での愚行だったのか。
「彼ら……命はながらえたとしても、王城職員としての人生は終わりましたね」
そんな感想しか、口から出ては来なかった。
そんな時。
「エマーソン公爵令嬢にも、こちらを!」
24〜5歳位の男が、グラスを2つ持ってやってきた。
「16歳のお嬢様に酒はご法度だと思うのだが?」
侯爵家当主の私がいる前に現れた、相当酒の入った酩酊寸前の男。
「ご安心ください!ぱっと見は酒ですけれど、酒じゃないですから!」
怪しい……男も怪しいが、手に持つグラスの中身も怪しい。
酒じゃないと主張しているが、酔っぱらいが言うと全く説得力がないのがわからないのだろうか。
そんな時、とても大柄な男性がスッと近づいてきた。
「失礼します。その人が持ってる飲み物……いえ液体は口になさらないほうが御身のためです」
文字どおり頭上から降り注ぐ声。
「酒じゃない、ああ確かに酒じゃねぇなぁ。その匂いはリンゴすって搾ったやつに腹の調子を何とかする薬を混ぜたのと同じ匂いだからな」
……は?薬?
「やっと追いついた……モーガン!僕はモーガンと違ってコンパスの長さと回転数が違うんだからね!」
息を切らせながら小走りで近づいてきたのは、ハマー伯爵家の養子息殿だ。
「貴殿は確か、ハマー伯爵の護衛の……」
言いかけて、気がつく。
護衛よろしく伯爵の近くにいたが、よく見れば青い徽章が襟についている。
そして伯爵養子息殿が呼んだ名を思い起こす。
「……薬剤師殿、なのか」
「あ、はい。この父譲りのガタイのおかげで、よく非番の兵士とか休日の傭兵とかと言われますけれど」
確かに、そう言われればそうとも見え……なくもないか。
「それはともかくとして……その汁、リンゴの搾り汁に何を混ぜたか訊かせてもらおうか」
え、さっき「腹の調子を何とかする薬」って言ってたんじゃ……?
「え……特産のリンゴ搾ったやつに香料と甘味料入れたやつだって言ったじゃん!」
酔っぱらい男が口走る。
「ふぅん、自分で作ったわけじゃねえのか……じゃあこいつ、拘束。酔っぱらいの戯れ言としても言ってる事少しおかしいから、いろいろと吐かせたほうがいい。クロード、この汁預かって」
薬剤師殿が酔っぱらい男からもはや液体とも呼ばなくなったグラスをサッと取り上げて養子息殿に手渡すと、目にも留まらぬ素早さで取り押さえてしまった。
「ちょっとこいつ警備詰所まで連れてってきます」
あざやかな手際で両腕を背中側にまとめあげ、いつの間にかどこからか出した紐状の白い布で目立たないように縛りあげている。
「こう見えても、本当に薬剤師ですからね」
養子息殿が汁入りグラスをこぼさないように持ったまま注釈を入れてくれた。
「薬剤師になりたいと思い立つまではただの悪ガキでしたけど」
「……クロード、一言多いぞ」
むぅっとした顔で、薬剤師殿が養子息殿に文句をつけていた。
「特産品がリンゴ……といえばバシェット子爵領とルーミア侯爵領、あとはリュスタ伯爵領が有名どころだったっけ」
結局のところ私も目撃者として警備に呼ばれる羽目になっていた。
そして、あの酔っぱらい男が口走っていた『特産品のリンゴ』という発言から、公爵令嬢に一服盛ろうと思い立ったと思われる家の予測をたてていた。
「リュスタのリンゴは生で食うのには酸味が強すぎて不向きだ。うちでよく出るパイのリンゴは、加熱すると極上の甘さになるリュスタのを使ってるからな」
「ルーミアはリンゴが特産っていうよりシードルとアップルブランデーのためにリンゴ栽培してるってほうが正しいよね」
なんでも生まれる前からの友人だという養子息殿と薬剤師殿、それぞれの知識を忌憚なく出しあっている。
「あの汁の匂いからして、リュスタは絶対に違う。うちで嗅ぎなれてる匂いじゃねえもん」
「ルーミアのシードルとアップルブランデーは、この大広間に用意されてるはずだよ。醸造前後の香りの差こそあれ、匂いって似てこないかな?」
「ああ、共通の香り成分は残る。持ってきてもらえれば、鑑定は可能だ」
「となると怪しいのはバシェットになるわけだけど……?」
ふと思う。養子息殿といい薬剤師殿といい、いろいろと優秀なのではないかと。
それならば、部外秘情報を提供してもいいだろう。
「正式発表はまだされていないので口外されるととても困るのだが、近々バシェット子爵家はリンド一族の末裔となるんだ。先日、私の祖母の四女の三女の三男が嫡女殿の婿前提で養子に入った……つまりバシェット子爵家に子ができれば、エマーソン公爵家と若干遠いものの血縁となる」
リンド一族の一端を担う事となる、一族の最高位の公爵家を狙う理由が考えられないと養子息殿と薬剤師殿に伝えると。
「……なら、誰かがバシェット子爵家に罪をなすりつけようと企んだとしか思えなくなったな」
薬剤師殿がばっさりと。
「クロード。バシェット子爵家が絡むドロッとした話、なんか知らねぇ?」
そしてとんでもない事を言い出す薬剤師殿。
「子爵家が関係するかどうかまではわからないけど、全国の領間関税でもめてる品目にはリンゴがあるよ」
「それじゃねぇ?」
「じゃ、ちょっとさぐって来るね」
養子息殿はスッと消えていった。
「……フットワークのいいお方、ですね」
「お祖父様があのガリーニ将軍だからか軍関係にも明るく、ハマー伯爵家の跡継ぎ教育を義兄上と一緒に受けたからああなったと思ってます……ま、あっちこっちでいい仕事してんだと思いますよ?詳しく聞いた事ないし聞く事でもないと思うんで、表向きには知らない事にしてますけど」
……そんなものなのか?
「バシェットのリンゴって、皮むかずにそのまま洗っただけでかじっても美味いんですよ」
唐突にそう言って薬剤師殿は残念そうに私を見た。
「上品さのカケラもない食い方だから侯爵様とかはなかなかできないだろうけど……美味いんですよホント」
……彼の推しどころはそこなのか。
――――――――――――――――――
少し前。
ガリーニ将軍配下の方から、こっそりと相談を受けた。
「お手洗いの利用者が急に増え、その7割が若い女性なんです……それも、急増した利用者の9割方が時間のかかるほうで」
「下世話な言い方すれば、集団で腹をこわした可能性があると?」
「ええ。救護所の主任医師が会場内の飲食物を調べ直したほうがいいとの事で」
「手は多いほうがいいに決まってるから、オレも呼ばれたというわけですね」
「医師いわく、王家主催の宴席で食中毒だと厄介だとか」
「それは当然です、国王陛下の側近中の側近のクビがかかってくるレベルで大問題。あぁこの会場内にはオレ以外にも薬剤師資格持ってる職員がいるようなんで、全員呼んでおいてください」
会場内を一周した時に視認したけど、少なくとも有資格者は男女あわせて20人位はいると思う。
「客の中にもいるけど、そっちは呼ばないでください。いろいろとややこしくなるんで」
イリーナが伯爵家の嫁さんになった事で増えはじめた貴族家の薬剤師は、経験がまだ浅い人が多いうえに、たぶんお家の絡みとかでてくるだろうからな。
「では、救護所の主任とお話しください」
将軍の配下の方はオレを救護所に置いて去っていった。忙しいんだろうな。
救護所は、少し重めの患者でいっぱいだった。
「体調を崩す前に飲食したものと飲食した時間を全て聞き取るように。必ず共通する物があるはずだ」
年かさの医師が部下らしき若い医師達に指示を出してる。
「ああ、薬剤師殿のご到着か」
振り返った医師には見覚えがあった。
「あ、あの巡幸の時の。その後お体に異変とかなかったですか?」
侵入者から守るべく椅子ごと蹴り飛ばした、巡幸の随行医だった。
渾身の力で思いっきりいったから、骨折とかしてなかったかがずっと気にはなってたんだ。
「なんの。あれからしばらく全身が少々痛んだけど、どこも折れてはいなかった。頭蓋骨を叩き割られずに済んだのだから、あれ位はなんてことはなかったよ」
そばに残っていた医師の秘書がギョッとした顔になってる。
「……頭蓋骨、って」
「巡幸の際に襲撃を受けた話は有名だろう?その時一瞬で助けてくれたのがこの薬剤師殿なんだよ」
「当時はまだ10代でしたので……襲撃犯を取り押さえるより先に、先生の頭をハンマーから守るほうに体が動きましたね」
医師の秘書氏が唖然としてる。
「事故を誘発する大失態をおかして拘束されるに至った装蹄師が商売道具のハンマーを握って脱走して、とりあえず誰でもいいから襲おうと医療関係者が駐在している部屋に侵入したところで彼に一瞬で制圧されたって事だよ」
医師が端的に説明してる……制圧、そうだよなあれは制圧だよな。
「それはそうと。この情況の説明をお願いしたいのですが?」
昔話もいいが、何より患者(……患者?)が出ているわけだから、そちらを優先したい。
「2時間ほど前から突然、腹痛を訴えてくだす方が発生し徐々に増えてきたんだ」
「王家主催の夜会での食中毒だとかなりまずい……けど、約2時間前から突然というのが少し引っかかりますね」
「薬剤師殿もそう思うかね」
「それに、今ザッとカルテを拝見した限りにおいてですが、症状がどの方も全く一緒というのも解せません」
ほぼ全員が約2時間前から急な腹痛を訴えて手洗いに駆け込んでいる。
「同じ病原菌ならば、症状は同じなのでは?」
どうやら秘書氏は医療系の資格をお持ちでないようだな。
「病原菌起因の症状には、個人差ってもんが出るんです。例えば、秘書さんとオレが上質とは言いがたい鹿肉を生焼けロースト状態で食っちまったとします。普段から鹿肉を食い慣れてる上にやたら頑丈なオレと、たぶん食い慣れてない秘書さん……」
「あ、グレゴリーとお呼びください。ライサンダー・グレゴリーと申します」
「グレゴリーさん。デカくてやたらと頑丈で鹿は頻繁に食ってるオレと鹿肉みたいなワイルドな食い物はあんまり食ったことないだろう標準身長痩せ型体型のグレゴリーさんとなら、まず何かしら先に発症するのはグレゴリーさんのほうだろうし重症化するのもグレゴリーさんだ。なんなら同じ半生の鹿を食ったはずのオレは食い慣れてる経験上発症すらしないかもしれない。個人差ってのはそういう事です」
「やはりそこに気がつかれるか」
「同時多発的に画一された症状で起きる病気なんてほとんどありえないでしょう。可能性としては……」
「誰かが意図的に何かを盛った」
オレもそう思う。
「被害者が飲み食いした物で全員に共通するやつは……リンゴ果汁」
カルテをめくって、確認する。
「特産品のリンゴを搾った物ですと手渡されたって人が複数……相当数いるな」
「配り歩いてる奴がいるようですね。では、そいつを捕まえてきます」
「そんな、樹皮やキノコをむしり取ってくるみたいに簡単にはいかないのでは……」
「カルテ見る限りに於いて推測するに、狙われてるのは16〜7歳のお嬢さん達。年かさの方や男性はお嬢さん達が口にする前に毒見と称して口をつけた親御さんとかご兄弟とか従者さんっぽい。そしてこの会場内で一番注目を浴びてる16〜7歳のお嬢さんっつったらあのお方しかいねえ。幸いにもオレはあのお方の母上の友人の息子っていう立ち位置で、面識もある。あのお方がまだ被害に遭ってない今なら、お近くまで行って張ってれば事前にとっ捕まえてこれると思います」
言い方がめちゃくちゃになっちまったが、その作戦でたぶんいけると思う。
「そうでした、あなたはガリーニ将軍とも面識のある方でした。将軍のお孫様がたとお友達でもあるし」
「1人とは生まれる前からの友人とも言われてますよ……あれ?クロード、なんで1人でウロウロしてんだよ?」
その生まれる前からの友人クロードが、救護所にいた。
「お祖父様の部下の人に、救護所へ行ってくれって頼まれたんだ」
「あー。今回のこの件、なんかきな臭えもんな。クロードのツテもなんかきっと役に立つかもって思われたんだろ。じゃ、ちょっと急ぎでエマーソン公爵家御一同様んとこ戻るぞ」
「え、イヤあのモーガンちょっと待って!僕まだ何にも把握してなi……」
オレは速歩きで公爵様ご一家のところへ戻った。
間一髪、間に合った。
ガーネット様に怪しげなシロモノを渡そうとしている男がいた。
オレは速歩きの速度を上げた……渡しちまう前に取り上げないと!
「失礼します。その人が持ってる飲み物……いえ液体は口になさらないほうが御身のためです」
渡そうとしているのは酒ではないと言う男だったが。
「酒じゃない、ああ確かに酒じゃねぇなぁ。その匂いはリンゴすって搾ったやつに腹の調子を何とかする薬を混ぜたのと同じ匂いだ」
おそらく、ほぼ間違いなく下剤入りのリンゴ果汁……いや匂いの強さからの推定するなら、リンゴ果汁入りの下剤だ。
こんなもん飲んだら、数分以内で一気に腹痛おこして下すだろうが!
オレはこいつを拘束して、逃げられねぇように少し持ち上げて連行する事にした……薬草袋みたく肩に担ぎたかったが、それはさすがに目立つから、酔っぱらいを介抱してるようにも見えるように。
警備の詰所に、下剤盛り男を連行して行ったら。
「モーガン君……早々に確保して来ちゃったのか」
いあわせたガリーニ将軍が、酔っぱらいを持参したオレを見ておっしゃる。
「ガーネット様のお近くを怪しげな汁持ってウッロウロしてやがったんで、さっさととっ捕まえてきました。汁はクロードが持ってます。さて、まずはこいつの酔いを少しでもさまさねえと。このままだと証言の証拠能力が下がりますよね?」
「詳しいね」
「一応元軍人が長を務める森番小屋が実家の薬剤師ですから」
実家と勤務地の住所、同一だけど。
「何か策はあるのかい?」
「ちょいと一服盛ってやると早くさめる可能性が上がりますね」
「……物騒だなぁ」
「酒しこたま飲んだあと手洗いで用足ししまくったら酔いが早くさめた経験ってありません?」
「排泄すると、確かにさめやすい気はするな。泥酔者から手っ取り早く酒を抜く時には、手荒だが飲み込めない位まで水を飲ませて手洗いに放り込めばいいと、王家直轄領の先代の医師館長から教わった事もある」
現医師館長のお父さんかよ……手荒だな、確かに。
「そこへ適量の下剤が加われば、スピードアップしますね」
「適量」
「ええ適量。こいつが持っていた物は適量の域を超えてます……正確には鑑定待ちですが、あんなもんニオイでわかります。適量の10倍以上の濃度ですよ、ほんの一口で過度に効いちまうレベルだ。症状の重い方々には医師から止瀉薬投与の指示が出る位のきっつい代物です」
職務上の報告なんだけど、子供の頃からなれ親しんだ友達のおじいちゃんでもあるから、お気軽におしゃべりしている感覚に陥ってる。
「って事で、ちょっとどこか空いてる牢部屋か独房みたいなとこお借りできませんかね?こいつの腹ん中、下からカラッポにしてやるんですけど、オレもつきあったほうがよさそうなんで」
「確かに一服盛るならモーガン君が適任……というより、この場にいる他の高位薬剤師には任せられないだろう?」
「……あー、そうですね。それに、あいつおそらく相当量の酒と一緒にガッツリとニンニク効かせた肉料理食ってます。吐く息の臭いが酒とニンニクでしたから。だから一服盛って効いたあとの臭いは、王城にいるSクラスの面々だと倒れるかもしれません」
酒混じりの排泄臭にニンニクが加わるとなると、強烈だからな……王城勤務のSクラスはまだ女性ばっかりだし。
「では、鉄格子のはまった換気窓がある牢部屋を用意させよう」
「こっちは腹が痛くなりにくいほうの下剤用意しておきます……こいつがみなさんに配りまくったやつじゃないほうですね」
「同じ目にあわせるんじゃないのかい?」
「そうしたいのはやまやまですが、取り調べが優先でしょう。もしも万が一効きすぎたら、聴取に支障が出ますんで」
小屋でうっかり盛りすぎて支障が出てSOSされた事あるからなぁ……。
王城内にある半地下の牢部屋が用意されたのでいろいろと準備万端整えて、そこへ酔っぱらいの下剤盛り男を放り込んでもらった。
「ここでナニすんのさ?」
「あんたにはオレが出す水分を残さず飲みきってもらう。あとはちょっとの間そこの手洗いにこもってもらうだけだ」
一応医療従事者に見えるように、念のため持ってきてた白衣を羽織ってる。
「安心しろ、激辛とか激マズとかじゃねえから」
やたらでかいピッチャーになみなみ注がれた柑橘果汁を奴の前に置いた。
「あんたが先に飲んでくれないと、飲まないぞ!」
お、酔っぱらいのくせにしっかりしてるじゃねえか……まあそう言うんじゃねえかとは思ってたけど。
「そう言うと思って、ちゃんとオレの分もグラスの用意はある」
2つのグラスに柑橘果汁を少しずつ注ぎ入れて、1つを奴に渡す。
「あんたが持ってるほうをよこせ」
「いいだろう」
交換してやる。
「オレが飲んだら、あんたも飲むんだぞ?」
そう言ってオレはグラスを一気に空けた。
「オレ飲んだんだから、あんたも飲めよ?」
グラスに果汁を8分目まで注ぎ足してやった。
渋々ながら、奴が飲み始めた。
実は、グラスは2つとも細工してあって、7分目位のあたりに即効性の強力な下剤を溶かした物を塗って乾かしてある。
半分まで注いだ位では、下剤は溶け出さない。
一気にグラスを傾ければ、溶け出す前に飲める……微量は溶けるが、人によってはすぐに効くが職業柄オレにはもう効かない量だ。
「さあ、飲んでくれ。水でいいかとも思ったが、味あったほうが飲めるだろ?」
次々と酌をしてやる。
1つめのピッチャーが空き、次のピッチャーが用意された。
「……まだあんのかよ?」
「そりゃそうだろ、ピッチャー1個分じゃ絶対足んねぇもん」
次のピッチャーの果汁には、最初から適量を溶かし込んである。
これをきっちり飲みきってもらわねぇと困るんだ。
「王太子殿下のお子様がたがまだ小さかった頃これしか飲まない位お好きな果汁なんだって聞いてる」
王家御用達の果汁だと聞いた途端、奴のグラスをあけるペースが早まった。
現金なやつだな、その調子でどんどん飲んでくれ。
無事に腹の中を下からカラッポにできたが完全に脱力しちまった男の手を拘束し直し、歩く気が全くない野郎を担いで牢部屋を出た。
換気はしたもののニオイがきつすぎて、尋問官の補佐官が卒倒しかけたのみならず書記の人が嘔吐しちまったから、場所移動となったわけ。
「よくあの異臭の中で平気ですね?」
尋問官に呆れられた。
「内臓系の体調不良の馬を隔離しておく小屋のニオイよりマシなんですけどね?」
後ろで抑えた笑い声がきこえた気がして振り向くと、噴き出すのをこらえた顔のクロードがいた。
「……いや失礼。尋問に立ち会うよう言われて参りましたクロード・レイサムです。尋問官殿と、そちらは?」
クロードが、知らねえ奴のふりをしてる……ということは、何らかの思惑があるってことだな。
「見た目にそぐわぬSクラス薬剤師のモーガン・テイラーと申します。どうかお見知りおきのほどを」
わざと初対面のお貴族様対応で言っておいてやる。
「傭兵の方かと思いましt……ああ失礼。尋問用の部屋に連行してください、との事ですので、ご案内します」
……クロード、本格的に知らねえ奴のふりをしてやがる。
「レイサムさん、ておっしゃいましたっけ。こいつ、歩く気力が全くないんで、オレが担いで持ってっていいっすかね?」
わざと他人行儀に訊いてみた。
「担いで持っていく、って……」
尋問官があきれ顔で訊いてくる。
「人間ぶら下げて運ぶのって、子供ならまだしも大人の場合結構きついんですよ……今回は暴れてないだけマシですけれど」
「担ぐなり引きずるなり、ご自由にどうぞ。ああでも引きずったら尋問前に拷問した事になりそうですね」
クロード、笑いもしないで言いやがったぞ……。
――――――――――――――――――
下剤入りの飲料を配っていたという男が拘束された。
ただ、とんでもなく泥酔しているため、民間療法的な酔いざましの処置を施されるのだとか。
「隔離されてる牢部屋でやるので、違法な事をやってないかどうか、複数人で立ち会ってもらえるとありがたいんですけど」
「私と補佐官と、尋問書記官の3人でよろしいですか?」
「目が多ければ多いほど好都合ですね」
薬剤師だと紹介された大柄な男性に言われ、補佐官を呼んで彼の横につけた。
私も近くで見守る事にする。
「まず、グラス2つの上のほうに下剤を塗って乾かします。勘のいい奴なら、自分に渡されたグラスに仕掛けがあると疑って別のグラスを要求してきます」
「だから最初から複数用意しとくんですか……ならもっと数いるのでは」
「いえ、2つで充分です。オレ……私が目の前で2つに注ぎ入れて1つを渡した時点で、おそらく渡されたグラスではないほうをよこせと言うでしょう。とっかえてやって、オレが飲んだらお前も飲めと言ってから目の前で飲み干してやったら、たいがいの奴は疑いもなく飲みます」
「……お詳しいですね」
「実家が森番小屋なんで、実はそっちの手伝いも少しやってるんで」
ニヤリと悪い笑みを浮かべる薬剤師氏だった。
「あ、でも仕込んだ薬が、薬剤師さんにも効いてしまいません?」
「少なめの量を勢いよくあおれば、ごく少量しか溶け出しません。そしてごく少量なら、AやSクラスの薬剤師にはもう効きゃしないのでご安心ください」
……安心、していいのかな?
必然的に、泥酔男は薬剤師氏の言を借りれば腹の中を下からカラッポにされ動くのも嫌な位体力を奪われたようで、荷物のように担がれて行った。
「……排泄臭がこんなにこもるとは思わなかったな」
薬剤師氏が思わずボヤくほど、えげつない臭いが半地下の牢部屋に漂ってしまい、書記官が吐いてしまったのもあっての部屋移動。
「うちの書記官が、申し訳ありません」
「イヤあれは不慣れな方なら吐いて当然です……っつかあいつ、どんだけニンニク効いた物食ってたんだよ」
報告によれば、度数の高い酒をガンガン飲みながらガーリックソースがたっぷりかかったチキンソテーとか煮込みポークにフライドガーリックを大量に追加したものをやたら食べていたとのこと。
それを薬剤師氏に伝えると。
「そりゃクs……排泄物があの臭いになって当然だな」
言い直してたけど、一瞬俗称で言いかけましたね?
「ま、これでこいつに蜂蜜湯でも飲ませてハラを落ち着かせたら、あとはおまかせします。体調の急変等の万が一に備えて、近くで待機はしておきます。なんなら暴れ出しても棒状の物が1本あれば取り押さえられるだけの技量もありますので」
なんだか医療従事者らしからぬ一言まで聞いた気がした。
たぶん、気のせいじゃないと思う(思いたい)。
――――――――――――――――――
調書を作るのが私の仕事なのですが、こんなになんとも要領を得ない聴取は初めてです。
「特産品のリンゴを搾った物だと言って配っていましたね?」
尋問官がごく丁寧に訊いています。
「そう言えって言われたから言ったまでだ」
まだ酔いが覚めきってはいなさそうな男の答えは、少々要領を得ません。
「誰に言われました?」
「知らねえ奴」
「あなたは知らない人に言われて、その言うことを無条件できいたと?」
「無条件じゃねえよ。あの人、持ってきた飲みもん配りきったら礼はするって言った」
「いくら払うと言われました?」
「礼は弾むから期待しててって言った」
「つまり、何がもらえるかわからないまま飲み物配りをしたと?」
「くれるってもんはもらっとくに限るだろ」
「あなたを囮にして逃げおおせるための方便だった可能性が高いのに」
「え、俺なんももらえないのか?」
「今頃気がついたのですか?あなたは、だまされて王家主催の夜会で薬物入り飲料を配ったんです。だまされていた分の酌量の余地はありますが、無罪放免とはいきません」
「……え」
「当然でしょう王城内で毒ではないものの健康を害する物を広めたんですから」
「そんな……俺タダ働きなのかよ」
タダ働きどころか、前科つくんだよ?と突っ込みたくなりました……。
――――――――――――――――――
実行犯が考えなしの酔っ払いだったのとできる薬剤師モーガン君のおかげで、瞬時に集団体調不良事件の被害者を最少人数にとどめる事ができた。
が。
実行犯が酔っ払った状態で接触した主犯の正体と目的がわからないので、まだ気は抜けない。
「リンゴ果汁に混入していたという事は、リンゴ関係で調べを進めたほうがよいのでは?」
参考意見を求めた医療チームから言われ、それもそうだとその線で捜査をすすめる事となった。
「本部に集まった情報をもとに方針をかためなければならんのだが……」
リンゴ関係でもめているところは、クロードが仕入れてきた。
「数年前バシェット領から新種の苗が盗まれ、近ごろ他領で栽培されているのが発見されています。その木と実にかんする権利関係をめぐってけっこうドロ沼な訴訟が始まっていました」
なんと、関税関係ではなかった!
そして。
「イヴァネス侯爵家が縁続きになるのも、実はバシェットの訴訟問題に少しは加担できるのではないかという思惑もあっての事なのです」
イヴァネス侯爵家のご当主が、捜査に役立てるかもしれないならとおっしゃって、門外不出であろう完全部外秘情報をくださった。
「訴訟が絡むのか、厄介な話になってきたな……」
「王城の医薬課で専門家に鑑定してもらったところ、例のあの汁に使用されたのはバシェット産のリンゴと判明しました。盗まれたバシェットの苗から育ったものではなく、確実にバシェットで採れたリンゴで作った果汁を入れた下剤を使ったって事は、バシェットを嵌めようって魂胆がみえみえです」
モーガン君がまたも優秀さを出してくる。
「産地までわかるものなのか」
「よく似た別物には本家本元のバシェット産のにはない特徴があるんだそうです……専門家たる鑑定人いわく業務上の守秘義務事項にあたるとかで詳しく教えてはくれなかったけど」
「おそらく苗を盗んだ先で生育したものは、最初の交配の段階で地元のリンゴの花粉が混ざったのでしょうね」
イヴァネス侯爵様も推し測っておっしゃる……て事はそうなんだろう。
「その訴訟の相手方も捜査対象に加えるとしよう……で、それはどこの領なんだ?」
「エルモア侯爵領です」
クロードが答える……バシェット領の近隣領ではないか!
「……隣じゃねぇにしても、すぐ近くの領の農業研究施設から苗かっぱらってくるとか正気かよ」
モーガン君の小声だが本音のボヤきは、その場の全員の同意を得た。
そもそも苗をかっぱらu……いや盗む事自体が正気ではないのだが。
――――――――――――――――――
ガリーニ国軍大将が捜査本部にエルモア侯爵領農業試験場長を最重要参考人として連れてこられたのは、エマーソン公爵家お披露目の夜会がまだ終わってもいない頃あいだった。
どういった経緯で農業試験場長なんていう人がここにいるのかがわからないまま、とりあえず聴取することにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
確か、十数年くらい前でした。
私、ご領主様に呼び出されましてね。
リンゴが売れない事の苦言を呈されました。
ご領主様いわく。
何ゆえ、わが領のリンゴが売れないのだ?
生食ならバシェット、とはよく言われる。
そのバシェットと目と鼻の先にあるわが領のリンゴも、何ら遜色なく美味いはずなのに。
何故だ?
何が問題なのだ?
バシェット産のが有名すぎるからか?
ならば……わが領産の評判をあげればよいのではないのか?
農業試験場員に通達せよ。
バシェット産に負けず劣らずではなく、バシェット産を超えるようなリンゴを生産せよ。
ええ、ご領主様からのご指示は、バシェット産を超える品質のリンゴを生産しろとの事でした。
開発や研究で忙しくなると思うが頑張ってくれとは全職員に通達しましたよ。
決して私はバシェットの農業研究施設に侵入して盗んで来いなどとは、神に誓って命じてはおりません。
そんな研究者として恥ずべき行為をせよなどと言うはずないじゃありませんか。
なのに、先般やってきた捜査員からバシェットから盗まれた苗がうちにあると言われて腰が抜けるほど驚いたんですから。
おまけに訴訟問題になるとか言われて、盗んできた奴誰だよ!って、私、全職員と面談する羽目になりまして大変だったんです。
全職員との面談は、3週間におよびました。
何日も帰宅できない日が続きましてね、おかげさまで、遅くにできた3歳の末娘に忘れられかけたんですから!
友人が私を慰労しようと自宅に来てくれた時、娘に「パパ居る?」と訊いたら……「んー、要らない」って言ったって笑って……ああもう、怪しい奴全員法廷に突き出していいですよね!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
農業試験場長は、相当お怒りの模様。
わかる気はする。
溺愛している(であろう)幼い娘さんから「要らない」なんて言われる遠因なんぞ、排除の一択だろう。
場長は全職員の面談結果の紙束を持参していて、それらをすべて我々捜査本部の人間に渡そうとした。
「潔白が確実な方の面談結果は、お持ち帰りいただいてかまいませんよ……」
というか、我々捜査本部には不要な物。
「あ、そうですよね……面談の前日に研究員になった若者なんかは除外できますよね」
ブチ切れすぎて、冷静さを欠いていたと謝罪されてしまった。
――――――――――――――――――
夜会に参加していたエルモア侯爵が、捜査本部にこっそりと呼ばれた。
「侯爵。何故かような場所に呼ばれたか、おわかりになられますかな?」
捜査本部長である私の目の前で、呼びたてた当人であるガリーニ国軍大将が切り出す。
「リンゴ訴訟の一件でしょうか?あれは、私どもが悪うございますが……」
「侯爵は試験場……だったかに何をお命じになられたのかだけお教えいただきたく」
農業試験場長の事情聴取は済んでいるはずなのに、そしらぬふりでエルモア侯爵に訊くガリーニ将軍……ああ、これが無爵の庶民による高位貴族への事情聴取というやつなのか。
「もう何年も前になりますが……わが領はバシェットとほど近い地なのだから、わが領でも同等かそれ以上の品質のリンゴができるはずと言って鼓舞した覚えが」
農業試験場長と同じ答え。
「生産せよとの意味あいでの鼓舞でしたよ!そんな、まさか他領の試験場から盗んでこようなどと思う大馬鹿者がいたとはつゆ知らず……」
試験場内に盗犯がいた事を知らなかったのも、場長と同じ。
9割がた、無罪だろう。
「娘婿の友人が試験場長の自宅を慰問したら、孫みたいな年齢の末っ子ちゃんが『パパ要らない』と言ったとかで、それはもう場長が大荒れに荒れましてね……」
そんなとこまで試験場長と証言が合致するとは。
「盗犯は隠しだてせず必ず検挙いたします」
力強いお約束があった。
――――――――――――――――――
表向きは新公爵家のお披露目ながら、裏では何やらいろんな人がいろいろ暗躍したひとときが過ぎた。
「アンドレイ・プレスコット医師殿!」
王城の医師として勤めて30余年、私がフルネームで呼ばれる事は滅多にない。
少し驚いて呼ばれた声の主をたどれば、捜査本部の責任者だった。
「どうかなさいましたか」
「実行犯の間抜k……アh……男の尋問が済んだのですが……酔い覚ましの後遺症かなんかなのか、動かせる状態じゃなくなってしまいまして。夜会が終了してお客さまがお帰りになるまで隔離拘束できる場所を使わせていただきたいのですが」
間抜けだのアホだのと言いかけ、男と言い直しておられる。
酔い覚まし……というより強引な下剤投与だったわけだけれども、動かせる状態じゃなくなったとは……?
「あの屈強そうな薬剤師さんが、ちゃんと計算して調合したはずなんですけどね……訊問後にクッタリとしちゃって」
「イヤ、完全に酒が抜けたわけではないから、単に寝てしまっただけだと思いますよ……」
なんだ、人騒がせな。
「一応急変だけは気をつけておきますが、寝かせておいて大丈夫だと思います」
【作者よりお詫び】
絶不調ゆえに、思いっきり間があきました。
まことに申し訳ございません。
いまだ絶不調でございますゆえ、もしかするとまた間があきます……。
できるだけ主犯を早く拘束したいです(作者がそれ言ってどうする)




