自分に都合のいい事だけ話す功罪ならびに弊害
新興公爵家お披露目の夜会はつつがなく進行していった。
そう、外見ではつつがなく。
サン・トリスタン連合王国王家主催の夜会。
招待客は、主催側となるエマーソン公爵家とハマー伯爵家を除く国内すべての有爵家当主夫妻と16歳以上の家族全員。
そんな夜会で私が「ハマー伯爵エドモンド・ランディス」と家名まで呼ばれるという事は、伯爵家ではあるが王位継承権を持つ有爵家……つまりは「ハマー伯爵家は王家の分家」であると認識させる事。
王位継承権のない侯爵家とどちらの立場が上か、改めて周知させる目的もあった。
うちの末娘が(一応)被害者となった毒ヘビ茶会事件の当事者の親であるサウラー元侯爵改めサウラー伯爵イーサン・アレン氏も長男一家次男一家と共に来ている(三男四男は捕縛され処罰されているので呼ばれていない)はず。
「お父様、元候爵の一族が揃ってこちらに来ますがどうしますか?事件の加害者は被害者側の関係者との接触は禁じられていますけれど……」
「元侯爵と長男次男は加害者本人ではないからな、どうしたものか」
クロードに確認されてしまったが、立件され首謀者が収監されている以上彼らは加害者の関係者にあたるのだ。
「とりあえず、従者的な役割でオレが何とかしましょう。クロードも被害者のお兄さまだから出て来んなよ……っつーか、あれがあの馬鹿兄弟の親と兄貴達か」
モーガン君が素を駄々もれさせながら申し出てくれた……三男四男の捕縛現場にいただけあってか、サウラー伯爵一家に好印象は全くないようだ。
「失礼。サウラー伯爵家ご一同様には、ハマー伯爵家ご当主ならびにご当主ご養子レイサム氏への接触はご遠慮いただきたく」
私の前にスッと立ちふさがるモーガン君。
お父さん似の立派な体躯のおかげで、私の視界の前方はすっかり遮られた。
「……私達は、エマーソン公爵へご挨拶を」
サウラー伯爵長男とおぼしき男が言う声が聞こえる。
「おや。サウラー伯爵家の皆さまは公爵閣下へご挨拶できる立場だと思っておいででしたか……なんともオメデタイですね」
わざとらしく伯爵家に力を込めつつ冷ややかに告げるモーガン君の声が少し怖い。
蛙の子は蛙、鷹の子は鷹といったところか(テイラー氏に言わせると「見目はよくても熊の子は熊」だそうだが)。
「例の一件の詳細な調書を取り寄せて、じっくり読み込まれたほうがいいですよ?あなた方なら取り寄せられるはずだ。ここに今いらっしゃらないご子息達がどこまで関わったのか、そしてあの件がご自身達にどこまで影響を及ぼしているのか、キッチリとお知りになってから出直してこられたほうがいい」
やたらガタイのいい私の従者にしか見えないモーガン君に言われてムカついていると思われる元侯爵の長男と次男だが。
「それを今この場で私が声高に申しあげると、お困りになるのはサウラー伯爵様ご一行ですよ。今回はお引き取りいただくのが得策かと」
多少恐ろしさも含んだ笑みをたたえているであろうモーガン君を見て、元侯爵長男と次男がこちらへ詰め寄ろうとした気配がした……が。
「ジェフ、ニコル。この方のおっしゃる通り我々はご挨拶できる立場ではないと先ほども言うただろう」
元侯爵のひと声で息子2人が歩みを止めたようだ。
「あの件に関して、先に礼を失したのはこちらだ。もとはエヴァンスが悪かったのにもかかわらず、自分に都合の良いよう報告していたからな。それを真に受けたヘイスティングが、あの一件を起こした……そしてタウンハウスの庭にあれを仕込むためヘイスティングに雇われた男は、あれを上司の企みに利用するため持ち帰ろうとしていた。その上司というのが、旧ルブラン帝国宰相だった人物だと近頃判明したと言っただろう?よって、我らはエマーソン公爵家ご一同様にお目見えする事は叶わない」
何年も黙して語らなかったという男が突然憑き物が落ちたかのようにペラペラと供述し始めたとは聞いていたが……旧ルブラン皇家に害をなそうとしていた人物につながる者へ毒劇物認定された毒ヘビを与えようとしていたとなると、その罪状は親族へも及ぶとサウラー元侯爵も考えたのだろう。
「しかし父上……兄上も私も何もしておりません」
次男が言い切った。
「いや。ニコルソンもジェファーソンも私も、何ならヘイスティングも、エヴァンスに必要最低限の礼節を叩き込む事を忘れ果てていた。何もしていないのではない、何もしなかったのだ」
サウラー元侯爵家にも何らかの事情はあったらしい……が、そんな事は知ったことではない。
「母親と早くに生き別れた四男を甘やかせ過ぎた結果がこれだという事ですかね……」
それでも父子家庭の父歴がある私に同意を求めるかの如き意味ありげなことをぼやきながら、元侯爵一家は去っていった。
「生き別れだかなんだか知らんけど、何かどこかを根本的に間違って育てちまった結果だと思うんですがね……伯爵様を同じ片親の父だと思ってるんだろうけど、育った子を見りゃ全然違うってわかりそうなもんなのに。親らしい親に育てられた経験のない両親のもとに生まれた、元は山猿同然のオレでさえある程度の礼儀位はわきまえてるってのに……招待された家の女主人をコケにするような発言を招かれてるその家の中でするとか常識はずれすぎだっての」
モーガン君の若干とんでもないぼやきも聞こえてきた。
「モーガンのお行儀はレベッカにたたき込まれたようなもんだからね」
「レベッカさんの基本的なお行儀教育は、近所の子全員だろ……何度も玄関先で頭から水洗いされたのはオレとアルフ位だけど」
もとより豪胆な人だとは思っていたが……フォード夫人、おそるべし。
よそ様のご子息達を馬のように洗ったのか、それも何度も。
「フォード夫妻がエリーザのおてんばっぷりにも一切慌てなかった理由のひとつがこれです」
クロードに言われ、納得しかできなかった。
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国王陛下・王妃殿下を御名で呼んでよいと言われたものの、お顔を拝見すれば陛下・殿下としか出てこない元は庶民な私。
「キャスリーンと名で呼んでいただいてかまいませんのよ?」
妃殿下、にこやかにおっしゃられましても……私、小心者です。
「ですが……もともと私はサン・トリスタンの一国民でしたし」
「あら、人生の半分位はあちらで皇嗣妃をなさっていたでしょうに」
ええ、約20年ほどやっておりました……けれど、動揺は隠せません。
「わたくしね、その徽章の持ち主さんと一度お話をしてみたかったの。だってファビアーノは巡幸の時に青徽章の男性のかたとお話をしてるのよ?わたくしもしてみたいなと思っておりましたの。夫人が青の徽章をお持ちとうかがって、ぜひこの機会にと」
まあ。
それでしたら……と言いたいところだけど、さっきモーガンさんはやたらと物騒な事を言っていた覚えが。
「陛k……ファビアーノ様が以前どのようなお話をされたのかご存じですか?」
「いいえ、詳しくは存じませんわ。出先でのお酒は少なめにしたほうがいいと注意されたような事は言っていたわね」
……私も詳しくは聞いてないけど、それだけじゃない気がするのは何故。
「それはそうと。巡幸は王が国じゅうを巡るというのに妃は王都に残るのよ?なぜだと思う?治安がよろしくない地域も回るので、女性を連れていては随行員が倍増するので警備が膨大になる……と言われたのよ、わたくしも行きたいと言ったら。昔ほど治安のよろしくない地域があるとは思えないのだけれど……」
妃殿k……キャスリーン様、モーガンさんが大活躍しちゃったとかいう巡幸の時に「行きたい」とおっしゃってた模様。
「なんだか途中で事件があったとかで、行かなくて正解だったなんて言われたわ。ファビアーノは、次はルブランを巡りたいとか言っているけど」
「それに関しましては、まだ先の事となります……いろいろございまして、いまだ治安の安定していない地域がいくつもございますので」
「あらそうなの?」
「実権を握って好き勝手していた者を失脚させ、その任を良識も責任感もある者に委ねましたら……国境紛争がいくつも発生していた事が発覚いたしました。そのほとんどが、元は別の国だった地域と隣国の紛争だったものですから、陛k……ファビアーノ様においでいただけるようになるには、いましばらくかかるかと」
ヴァルジがひた隠しにしていた国境紛争を、何としてでも片づけなければ。
「ルブランが国土に加わった事で、王国に国境紛争が発生してしまいました。なんとか収めてしまわなければ、巡幸においていただくなど夢のまた夢」
そんなことを申し上げておりましたら、ゴードンが陛k……ファビアーノ様に伴われてガリーニ将軍と一緒にキャスリーン様のもとへと。
「キャス。エマーソン公爵領と隣国の国境の話は聞いたか?」
陛k……ファビアーノ様がおっしゃってる。
「ええ、先ほど。なんでも良識も責任感もある者に委ねたら発覚したとか」
キャスリーン様もおっしゃる。
「そこで、だ。国境紛争と言えばガリーニだから、共に来てもろうた」
「トーヴァン国境へ話し合いをしに赴いたのですが?」
「私の名がFavianoと書かれておったと言うて激怒し、結局のところ先遣隊だけで攻め滅ぼしたではないか」
「あれは……先方の使者たる高官の態度がたいそう悪うございましたもので、つい。書き間違えただけで悪気はなかったとしらじらしく申しましたので、悪気がなくてああいう事が出来るのなら根っからの性悪か無知・無能かその両方かだと申し渡し……」
「親書の宛名を誤って記載するなど言語道断。宣戦布告と捉え、攻撃にはいる……と言うて先遣隊を率いて突撃進軍していったと聞いておるが?」
「……誰がそれを」
「そのほうの補佐官の報告書を持った、先遣隊の隊長だが」
ガリーニ将軍の補佐官だった方って……確かモーガンさんのお祖父さんのシグナス氏だったかと。
「あいつは連れて行ったはず、でしたが」
「先遣隊長いわく、急ぎ認めたような報告書がまるで書き置きのごとくおかれていたそうだぞ」
ファビアーノ様がニヤリとなさり、ガリーニ将軍はガックリとなさった。
「国境紛争は、専門家に任せるのが一番だ。紛争は長引くと兵は疲弊する。発覚した時点ですでに長年にらみ合っておったのであれば、専門家に任せて一気に片づけたほうがよいのではないか?」
確かに、そうだわ。
ガーネットは旧帝国の負の遺産の尻拭いまで頼むのはおこがましいと言っていたけれど……現地が疲弊しているのは確かだから、援護は必須よね。
「ファビアーノ。あなたルブランに早く行きたいからって理由だけじゃないでしょうね?」
キャスリーン様がファビアーノ様を見やりながらおっしゃって……ファビアーノ様は明後日の方向へ視線を送っておられた。
「私の代で2度めの巡幸にルブランを加えたいのは確かだが……」
「ウィルフレッドには譲りたくない、と」
キャスリーン様のおっしゃり方が、なんとも言えず……。
「合併の合意書に名が入っておるのは私だ。ウィルフレッドではない」
「全権代理人の肩書きとしてだけ、ね」
その後、いくら何でも夜会でする話ではないという事で、急きょエマーソン領から元宰相代理のエルドレッド・ブラッドレーに王都へ来るよう使いを出してた。
たぶん、息子のサイモンも一緒に来るんじゃないかしら?




