人それぞれに、得手と不得手があるわけで。
リンド準男爵領から届けられたタリアとガーネットの衣裳や装飾品は、それはもう見事な物だった。
男物である私の衣裳もあった。
「ご夫妻でガーネット様を間に挟めばご家族である事が一目瞭然になるように考えておきました、とご当主伯父様の奥方が力説しておいでだった」
ローウェル父子が教えてくれて
「伯母様ったら……そんな事考えながら用意してくださってたのね」
タリアがもらした。
これは一度お会いしに伺わねばならないだろう。
そして。
ルチア・エンディコット様が契約されている業者の方々がその衣裳を私達に合うよう急ピッチで補正してくれている。
比喩でもなんでもなく寝る間を惜しんで作業にあたってくれる職人達には感謝しかない。
「睡眠時間を奪うほど急がせて申し訳ないわね」
と気づかったタリアに
「睡眠なんてものは、仕事が終わってからゆっくりとりゃいいんですよ」
と仕立て屋のおかみは笑っていたが……いいのか、それで?
――――――――――――――――――
「私、サン・トリスタン流のお作法を身につけておいたほうがよくないでしょうか?」
ガーネット様が気にかけておられるのは、その点らしい。
「知識として覚えておく程度でよいと思います。ルブラン皇家で学ばれたものをわざわざ崩す必要はないかと」
クロードが見解を述べてる。
「そうですね。エマーソン公爵ルブラン家は特別というのを示すためだとうかがってますから、郷に入っても従う必要は全くないわけです」
オレも同調する。
「従う必要ないっていえば、オレとアルフ兄妹とエレナなんて伯爵家のお子様の1人に平気でタメ口きいてるもんな」
一応非公式でだけど。
「母さんが伯爵夫人になったってだけで僕は僕だから、伯爵家の養子になったけどそれまでと同じでいてよって僕からお願いしたからね」
まずうちの母さんが伯爵夫人に対して完全にタメ口だしな……。
「その場に応じて対処できれば充分だと思います。オレ達4人……いや3人か、イリーナは伯爵家の人になったから。あ、アルフも次期伯爵の義兄になったから絶妙に微妙な立場だし……オレとエレナ位か、周囲の空気に合わせて言葉づかい変える必要があんのは」
「そうは言っても、モーガンとエレナは国王陛下に発言の許可なく話しかけられる資格持ってるんだよ?僕はともかくシャルルさえ今は許可なく陛下へお声がけできないんだからね?」
え、そうなのか……?
「ハマー伯爵家は、爵位的には侯爵家より下位になるけど、王位継承権の関係で公爵家当主・辺境伯家当主と同じく陛下へ話しかけられる資格を持ってる。立場的には侯爵家より上になる。陛下へのお声がけは、当主かそれに準ずる立場の者……幼少当主の後見人か全権委任された嗣子に限られるけれど」
あ、こないだまではシャルル様は全権委任されてたんだった。
じゃ、イリーナはシャルル様も出来ないことが出来るってわけか。
「……じゃ、こないだのヘビのアレは」
王位継承権の関係で立場が上になる伯爵家のご令嬢に珍種の毒ヘビをけしかけた侯爵家のバカ兄弟が居たよな。
「ああ、あれね。結局はハマー伯爵家の立ち位置があまりよくわかっていないレベルのお馬鹿坊ちゃんが調子に乗ってたところに、珍しい毒を欲しがった阿呆が追随したって感じかな」
爵位は下だが立場は上……今のところハマー伯爵家以外に王位継承権を持つ伯爵家はないはずだから、覚えておきやすいはずなんだがな。
「あいつらの敗因は、ヘビをけしかけたエリーザ様が毒ヘビの生態にもやたらお詳しかった事と、そのエリーザ様が国軍大将の孫ってのをすっぽり失念してた事だよな」
お貴族様のくせして招待したご令嬢の血縁関係……お母上である王位継承権を持つ伯爵家の奥方のお父様がどなたなのか覚えてねえとか馬鹿か阿呆か間抜けかじゃねえのかと驚いた覚えがある。
「それだけじゃないよ、あれはモーガンも殊勲だったんだからね。茶会にヘビが持ち込まれる可能性を真っ先に挙げたのモーガンだってお父様から聞いてるけど」
……ま、元は野生児だった薬剤師なんてのは、今んとこオレしかいねえからな。
「ヘビを配置したのは、確かヴァルジの配下だった者でしたよね」
ガーネット様も、そこはご存知なのか。
「茶会終了後に報酬としてその毒ヘビを渡す約束だったと主犯と従犯が供述しています」
「ヘビじたいが毒劇物と認定されたので、関わった奴ら全員ひっくるめて捕縛という末路をたどっています。ご安心ください。毒ヘビはすでに薬剤師組合に下げ渡されて、薬品素材となって主にうちの薬棚に並んでいます……原型は留めない状態で」
めったにお目にかかれない猛毒系の珍種だったので、解毒薬素材として活用させていただいている。
「ヘビをルブランに持ち帰ろうとした間抜けは死ぬまで王都近郊の牢から出られない事が決定しておりますので、ガーネット様のお祖父様や叔母様がおびやかされる心配もございません」
毒劇物管理法違反のうち「毒劇物と知りながら持ち運ぼうとした者」という条文が当てはまるため、終身刑が確定してる。
「終身刑というのは、ずっと牢に繋いでおくのですよね?」
「ざっくり言えばそうなりますが、囚人を全額国費で扶養してやるわけではありません。起き上がれないような重傷者・重病人以外は働かざる者食うべからずという事で、1日に与えられた仕事を正しくこなせば翌日の食事が保障される仕組みになっています」
ああそうか、ガーネット様を襲ったクズ野郎も終身刑だったな。
「全年齢女性の敵は、確か今は毎日木工品の組み立てをしていると聞いてます」
それはオレも聞いたな……金づちなんか持つどころか見る事もないような奴が最初からきちんとした物を作れるはずがなく、収監後何日かは飯抜きだったらしい。
ま、あいつは何日か抜いてやせた方がいい体型してたけど。
「まあ。ではヴァルジの元配下は何を?」
「数年前に創設された王立学習院の通信科の学生から送られてくる課題の採点及び添削だそうです」
「……軽すぎやしません?」
「そうでもないんですよ。国内全土にいる通信科の学生は寄宿舎の学生の50倍以上いますから、その全員から連日山のように課題が届くのだそうです」
「通信科を作った時にはそんなに学生が増えると思わなかったらしく、学習院の先生達で採点添削できてたんだそうだけど……学生も教科もどんどん増えていって、外部委託しなきゃ先生の負担がものすごい事になっちまっんだそうです。それで頭のいい終身刑囚人にやらせる事を思いついたんだとか」
木工も金属加工もさせられないような貧弱な賢いだけの終身刑囚人にはピッタリだろう。
身体を張れないなら、頭を使ってもらうまでの事。
「では祖父と父に薬を盛った元侍医長にも回してさしあげてくださいな。自分は賢いと自慢するような変人でしたから」
「それはいいですね!進言しておきましょう」
うん、薬剤師組合や医師会に持ち込まれる生物科学系の課題が減る。
あれは回せる外部委託先が少ないせいもあってか時々業務が滞るレベルの量が回ってきて、組合長も医師会長もホント困ってたからな。
――――――――――――――――――
新設公爵家お披露目の日がきた。
ガリーニ国軍大将には平気だと申し上げたものの、本当は心拍数爆上がりな位の緊張状態。
今は公爵夫人と呼ばれ、少し前までは皇嗣妃と呼ばれてはいたけれど……元は一介の行商人!
「タリア、大丈夫?」
ゴードンには、バレてるわね。
「……資格試験の面談より緊張してるかもしれない。だって私、薬の行商人だったのよ?」
少しオタオタしていたら。
「お困りの時は、私が場をなんとかしますよ」
とシグナス……じゃない、マリリンの一人息子のモーガン薬剤師が助け舟(?)を。
「一応伯爵様の腰の番人としてついて行きますが、エンディコット家のルチア様も腰の番人なので私の出番は少なくてですね……」
そして不敵な笑みをもらしてる。
「まだ10代の頃に一度、陛下と少しお話させていただいた事がありまして。その時の事を蒸し返せば、場は和むと思います」
……蒸し返す、とか尋常じゃないわよ?
「開口一番お野菜めしあがってますか?って訊いた人物は、おそらく他にはいないと思いますので、きっと場がなんとかなるかと」
いったいどんなお話をなさったのやら。
「冗談はともかく、出先での陛下の食生活と副宰相殿の寝酒の量は10年近く経ってても気にはなっておりますし」
……ほんと、どんなお話をなさったのやら!
――――――――――――――――――
伯爵様に連れられたお父様・お母様と一緒に、王城の大広間へ向かった……伯爵家の養子息のクロード様と一緒に。
伯爵様は次男とおっしゃったけど、確か伯爵夫人のご長男。正式には「ハマー伯爵夫人令息」って肩書きがつくはずで……
「何も難しく考える事はないのです。私は妻と同時に優秀な息子もこの手に得たので、次男で間違いないと」
クロード様のお母様が伯爵夫人となられるのと同時に、クロード様は伯爵家のご子息となられたと。
「今では息子達の事は片腕が2本と言われていますよ」
「それはもはや両腕と言いませんか?」
お父様が答えてる。
「両腕ともまた少し違う感覚ですかね……」
「そう言えばエリーザちゃんはクロード様の事を動けるほうのお兄様だと……」
ふと思い出して、もらした。
「僕はシャルルよりも制約が少ない……というよりはないに等しいから、エリーザはそう思っているのかもしれませんね」
……制約?
「ハマー伯爵家は王統につながる一族ですから、ランディスの名を持つ者は国外に出る際に国王の許認可が必要なんです。先日のあれも、許認可は取ってありました……ただ、本人が物理的に動けなくなったので取り消しになりました」
先日のあれ……合併の調印の事ね。
国王陛下のご名代として伯爵様がお見えになるはずが、重度の魔女の一撃で絶対安静になられたので出国がかなわなくなったと。
「娘が木から落ちても見ていただけなのに、孫が芝で転んだのを助け起こそうとするなんて……僕は居合わせていませんでしたが、母や義兄あたりから相当冷ややかに見られていたんでしょうね」
「嫁に行った娘達からも、冷ややかな見舞いの手紙が来た……お父さまが孫に激甘すぎる人とは思わなかったと書かれていた、2通とも」
「そりゃそうでしょうね」
なんかとんでもないお話を聞かされているのは、気のせいでしょうか……?
――――――――――――――――――
「エマーソン公爵家ご一同ならびにエドモンド・ランディス・ハマー伯爵ご到着です」
招待状のない立場なので、王城の大広間入り口で室内への案内がなされた。
お父様の名が爵位つきのフルネームで呼ばれたという事は、王位継承権保持者なので伯爵とはいえ侯爵より立場が上だと知らしめる意味を持つ。
「国じゅうの全貴族が集う場で、ハマー伯爵家が特殊な伯爵家であることを匂わせておかねばならんだろう」
という国王陛下からの個人的なご意見をお祖父様から伝え聞いての判断だそうで。
「伯爵家である以前に王家の分家だとわからせておかねば、先般のような事がまた起きかねないだろう。あれは被害者がガリーニの娘の実子であったので事なきを得たが、エドモンドの長男の娘に向けられておったら悲劇は避けられなかったであろう?」
毒ヘビ茶会事件と呼ばれるようになったあの一件。
エリーザだったから、被害はほぼないに等しかった(気絶した招待客が転倒した際に軽傷を負った程度)。
もしあれがシャルルの娘のアリッサに向けられていたなら。
もしかしたら、死者が出ていたかもしれない……そのうちの1人がアリッサで。
「遠縁のおじいちゃんは、分家のお嬢さんが害されるのを黙ってみておくつもりはないという事だよ」
陛下はこうもおっしゃったそうで。
……陛下が、遠縁のおじいちゃん。
そうなるんだよなぁ、あのエリーザも。
なんて事を思いながら、エマーソン公爵家ご一同の同伴者として大広間へ入場した。
「おーおー、巡幸ん時にオレがしこたま脅かした面々、全員雁首揃えて居並んでんぞ」
お父様の従者よろしくついてきていたモーガンがそっと寄ってきて、僕に耳打ちをした。
「そういう人聞きの悪い言い方したら誤解を招いちゃうよ、気をつけないとね」
僕も小声で返したけれど、公爵夫人に聞き咎められてしまった。
「脅かした、って?」
「……出先で医療機関が少ない状況でケガをすると、酒飲みすぎてたらまずいことになりますよというような事を少々」
「少々、なんてもんじゃなかったよ?あの時、言外で『手遅れになったら確実に死ぬよ』って聞こえた気がしたんだけど」
「そのつもりで言ったから正解」
モーガンらしいと言えばらしい話だけれど。
何人かの貴族家の面々はモーガンに気がついて顔色が変わってる。
「巡幸と言えばオレには武勇伝がついて回るから、いろいろ結びついて仕方ないんじゃねえかな」
ああそうか、国王陛下に初お目見えしたのもモーガンが陛下に野菜を召し上がるよう進言したのも、副宰相様に寝酒を控えるようおすすめしたのも随行員の飲みすぎを警告したのも……そして無能な装蹄師による医師への襲撃をモーガンが1分以内で制圧したのも、全部あの巡幸の時だもんな。
「自業自得の部分もあるはずなんだけどな」
モーガンに慣れてない人では、そうはいかないと思うけど。
エマーソン公爵家ご一同は、ルブラン皇家が他国の国家元首との面会時にしてきていたというご挨拶をなさった。
「エマーソン公爵ゴードン殿、タリア夫人、ガーネット嬢。頭を上げられよ」
国王陛下も、他国の国家元首と相対するような言い方をなさっている。
他の公爵家とは接し方が違っておられる。
エマーソン公爵様がもとは隣国の国家元首だったというお立場を、明確に示すのには充分すぎたようだった。
「お初にお目にかかります、ファビアーノ様。頑強な石橋が架からねばこちらへ参る事も叶いませんでしたよ」
公爵様も、チラホラとその他貴族家には許されていない言葉づかいをなさっている。
「対等合併によって同一国家となった以上、徒歩でしか渡れぬ吊り橋でしか往来できないのは問題であるからな。早々に石橋を架けさせてもらった」
陛下はわざわざ対等合併とおっしゃった。
「併合や吸収合併とは違うんだって事を明らかにしておられる、のか?」
モーガンが僕にコッソリ訊いてきた。
「トーヴァンは侵攻・占領からの併合、エルレはクーデターの手助けからの合議的吸収合併だから、それとは違うって事。トーヴァンは新興の辺境伯家の領地になったし、エルレは旧国境の公爵家のお身内が辺境伯家となって治めておられるでしょ」
「そうだっけ」
……モーガンの知識は、歴史系には少なめにかたより気味だから仕方ないか。
「一応、覚えておこうか。トーヴァンの件はモーガンのおじいちゃんも絡んでる話だってお祖父様から聞いてるし、エルレもテイラー夫妻が多少なりとも関わってるらしいし」
「……そうなのか?父さん母さんが?」
「詳しくは口外できないけど、おじちゃんの元部下が大活躍したんだよ。それに、おばちゃんの後輩女史がエルレ辺境部隊の医師サムズ大佐のお母さんでしょ?」
「あ、そっか。その後自分達の一存で医療貨物定期便作っちまう位だもんな……」
少々変な方向で雑談してしまっていると、僕達の近くに副宰相様が来ておられた。
「ここでテイラー殿とお会いできるとは僥倖」
開口一番そう言われる副宰相様。
「オレ……いや私の事は、できれば名と職種名を併せてお呼びいただけると助かります。姓だと父か母が呼ばれていると思ってしまいますので」
テイラー殿だとおじちゃんだし、テイラー薬剤師殿だとおばちゃんだもんね。
「ではモーガン薬剤師殿。私は貴殿に御礼を申し上げるべくお会いできる日を待ち望んでいまして」
「え?……オレ副宰相様から礼言われるような事なんもしてねえ気がするんだけど」
驚きすぎて、モーガンの素が出てる。
「娘の友人の兄上という人物が先般王城の医務室勤務として配属されてきまして。その彼と話しているうちに、その……度を越した寝酒は二度と目覚めぬ事があると言われてね。そして巡幸の際に少々驚かされた話をしたら、『それは脅しでもなんでもなく、事実です。その話の主には、ぜひとも御礼をお伝えください』と」
Sクラスになりたてだった頃は怖いもの知らず状態だったよな、モーガン。
「いや、その……あの時オレは本気で脅したんで、ホントにお礼言われる筋合いないんで!」
恐縮してる……ってかあれ、本気で脅してたんだ。
「出先でケガした時に酒が入っていると手遅れになる可能性が上がる、というのは……」
「あー、あれは両親がよく言ってた事を混ぜただけで。元軍人の経験談と薬剤師の知識が混ざると、ああなりますね」
「若い頃に『酒飲んでケガしたら、貴殿に未来はない』と言われている人を見かけたことがあったもので、巡幸の時には震えあがってしまいました」
副宰相様は、軽く身震いをされた。
「副宰相様がお若い頃……なら、父が現役だった頃あいですかね。当時の医療者なら言いかねませんね、それ」
そしてモーガンは周囲を見回して。
「無粋……いや物騒な話はこれ位にしときましょう。一応ここ、王城の大広間ですし」
副宰相様も納得なさって、持ち場へと戻って行かれた。
「あ。男のSクラスにもうちょい門戸を開いてくれって頼むの忘れてた」
……いや、それ今じゃなくてよくないかい?
――――――――――――――――――
副宰相がモーガン君を見つけて話をしに行ったが、さほど長居もせずに戻ってきた。
「無粋な話はこれ位で、と言われました」
「まあそうだろうな……どうせあの巡幸の際の話だったのだろう?」
「そうですよ、私が命拾いしたきっかけみたいなものですからね」
「……では深酒して寝ておった、と」
「否定はいたしません」
「エンリコ・サルヴァトーレより先に死ぬわけにはいかんだろうて」
年齢は違うが、副宰相も私も王立学習院で同時期に学んだ者同士の気軽さで、共通の知己の名を挙げた。
「あの方……ご存命なんですか」
「エマーソン公爵家の顧問のような立場だそうだ。ま、あの翁なら殺されても死なんのじゃないかな」
こちらも若干とんでもない話になってしもうた。
……夜会でする話ではないな。




