適材適所を知る人を知る
適材適所。
それを知らないと、どんな組織もグッダグダになります。
エマーソン公爵家に、第3子となる次女アイリス様がご誕生になられました。
旧皇宮である名残で公爵邸の屋上には掲揚柱があり、そこにはご当主・夫人・令嬢・令息を現す旗が常時掲げられています。
アイリス様ご誕生の際にいらしていたハマー伯爵家のクロード様とその先生いわく、サン・トリスタンにはない習慣だそうですが……大々的に発表するのにちょうどいいでしょうという事で、掲揚柱へ新しく令嬢の旗が掲げられました。
それにしましても。
産気づかれた公爵夫人が私に母を呼びに行って欲しいとグレイさんに頼みに行く……という手はずになっていましたけれども。
ちょうど夫人のもとにいらしたクロード様がグレイさんのところへ知らせにいってくださったので、私は夫人を産室へお連れするだけでした。
ガーネット様は公爵様と大公様へお知らせしに行ってくださって……そしてクロード様は、薬剤師のモーガンさんとエレナさんを伴ってお戻りくださって。
母も、到着したら既に薬剤師さんコンビがいらしたのはとてもありがたかったと申しておりました。
「適材適所というものをよくご存じでいらっしゃるのね」
これはクロード様に対する、公爵夫人のご感想です。
それは、私もそう思います。
もしクロード様がいらっしゃらなかったら……私は夫人を産室にお連れした後騎兵隊詰所に走って、さらに場所も知らないグレイさんの家まで走らなければならなかった可能性があったわけです。
私では無茶としか言いようのない行程となるところでした。
「べた褒めされると照れますけれど……」
クロード様はそうおっしゃいます。
「それにしても、産気づかれたのによくお気づきでしたね」
母がクロード様に申します。
「妹が生まれる時と似ていたものですから」
そうでした、クロード様にはガーネット様と同い年の妹様がいらっしゃるんでした。
「確か義兄と僕が12歳で上の妹達が10歳と8歳でしたから、よく覚えています」
「今のトーマス様よりも年上でいらっしゃったんですね」
「どちらかといえば、トーマス様ご誕生の頃のガーネット様のお年に近かったかと」
そして、フッと大きく息を吐かれ。
「義父と義兄と義妹達と、母の父である祖父と一緒に赤ちゃん誕生を待ってたんですけどね……義父が挙動不審で義兄が叱り飛ばすという微修羅場でした」
「その時クロード様は?」
「祖父と一緒に並んで座って待ってました……ひっきりなしに『落ち着かんな』と口走って、軍の総責任者と思えない様相を呈してましたけど」
百戦錬磨の軍人様でも、そうなられるのですね……公爵様大公様が3度とも春先の熊のごとく挙動不審であられたのも、当然の事だったと。
「それはそうと、義兄の妻の兄のもとにも女の子がやってきましてね……口さがない周囲から『15年後にむさ苦しさ一辺倒にならなそうでよかったな』などと言われていますよ」
「まあ、アイリス様と数日違いでお生まれなんですね」
「ええ、彼女の父親……僕の友人でもあるんですけど、妹に過干渉な3人の兄の図が浮かんでしまったそうです」
クロード様が苦笑いなさいました。
「大きくなったらご一緒できそうですか?」
いつの間にかガーネット様がいらっしゃっていました。
「そう遠くない未来には会う事もあるでしょう。アイリス様はエマーソン公爵家のご令嬢、セレスティアはハマー伯爵家アリッサの従妹ですから」
「セレスティアちゃんとおっしゃるのね」
「馬具職人達が、まだ返事もしないのに『セレスお嬢』って呼びかけてるってアルフが手紙を寄越しましたよ」
……なんだかその様子が目に見えるようです。
私は職人さん達やアルフさんて方がどんな人か存じあげないのですけれど。
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「お父さまとお祖父さまのお勉強が再開いたしましたので、私ヒマになりましたわ」
ガーネット様が僕のところにいらっしゃるなり突然おっしゃった。
「お母さまはアイリスと一緒にいなきゃいけないでしょ?トーマスはヴィンス君がいなくなっても心身ともにお勉強しなきゃと、まずは体のお勉強だとグレイのところへ行ってしまいました」
息子を見限ったヴァルジ夫人は早々にルブランを去っておられ、その後生活が落ち着いたらハマー領へ正式に居を移す事になっている。
その娘さんのバーンズ夫人が薬剤師資格をとりたいと言い出されたため、学べる場所を紹介するべくモーガン経由でマリリンおばさんにあたってもらった。
僕は、テイラー&テイラー薬剤師館へ旧国境を越えてバーンズ夫人に通っていただくものだと思っていたけれども。
どうやらそう簡単なものではないようだ。
「薬剤師館に通ってきてるのは、地続きで徒歩20分圏内の人だよ。1時間歩いて橋を渡って更に10分歩かせて勉強してから同じルートで帰宅だなんて……身につくわけがないよ。だからといってお母さんだけこっちに来てもらうわけにはいかないだろ?」
という事で、王家直轄領の医師館兼薬剤師館の家族寮に行っていただく手はずを整えてもらった。
「年齢的にはいつでも受験できるけど、まずは勉強が必要だからね……1年四季を一通り経験してから受けたほうが一発合格しやすいと思うんだよ。それに1年あれば帰ってきてから赤ちゃんが乳児期を終えたローウェル……じゃない、タリアが指導できるから」
「それなら……とりあえず1年という事で調整していただけますか」
「了解。で、バーンズ氏はどうするわけ?まさか1年無職ってわけには……」
「王家直轄領なら、それについては、あてがあるから大丈夫……相手が絶対に断れないスジでつてがあるから」
臨時職員なら1人位ねじ込めるだろうとふんでる……王立図書館分館に。
シャルル・イリーナ夫妻と僕の3人で話をすれば、きっと円滑に交渉できる……はず、穏便に。
「ヴィンス君はトーマスが赤ちゃんの頃からいてくれてたから、1年だけといわれてもいなくなるのが寂しいんですよ」
ガーネット様がおっしゃった一言で、僕は現在に意識を引き戻した。
「ヴィンス……ヴィンセント君も、1年ほど祖父と叔父のしがらみのない環境にご両親と一緒に置いてあげたほうがいいでしょうね」
「そうね、こちらの都合で引き留めても良い事は何もないわね」
ガーネット様は納得されてるけれど……トーマス様はどうなんだろう?
「トーマスは、行った先でヴィンス君がひとりぼっちにならないかを心配していますのよ……自分より少しお兄さんだから大丈夫よって言ったんだけど」
「テイラー夫人からききましたが、行先の医師館兼薬剤師館って家族がたくさんいるそうなのでけっこう子供が多いそうです。ですからひとりぼっちの心配は不要かと」
「あらそうでしたの」
「夫人もその子供だったと、母からも聞いています。初めて手紙を出す時、住所があまりにもザックリしすぎて、これで本当に届くのか心配になったとか」
「まあ」
「敷地がとても広大なので、どうしてもザックリした住所になるそうです。なので宛名さえ書き間違わなければきちんと届きますとの事です」
僕はそこでふふっと少し笑ってしまった。
「どうかなさいまして?」
「名前を書き間違えたためおおごとになった話を2件ほど思い出しまして」
「おおごと、ですか?」
「ええ。1件はサン・トリスタンがかかわった国際問題ですので、もしかするとサイモン・ブラッドレーなら周知かもしれません」
「もしかしたら、国王陛下のお名前を書き誤ったのがきっかけでお国が滅んだお話ですか?」
「それです……ガーネット様もご存じでしたか」
「いずれ外交を担当するのだからと教えられました」
「外交担当?」
「トーマスが成人するまでは私が継嗣になり、将来的に皇帝の姉になるはずでしたので」
「ああ、帝国の継承権は女性にもあるんでしたね。サン・トリスタンの王家では女性に継承権がないのでなじみがなくて」
そこまで話して、ふと思った。
「公爵家も同じく女性に継承権がないのですが……」
ルブラン家には長く男の子がお生まれでなかったので、きっと跡継ぎになるべく育てられたのではと思ったんだけども。
「ええ、そう聞いています。私もアイリスもいずこかへ嫁す事になるんでしょうね……私はともかくアイリスにはまだまだ先の話ですけど」
一笑に付してしまわれた。
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クロード様とお話をしてると、なんだかホッと落ち着ける気がする。
ハマー伯爵夫人のご子息で、伯爵様の養子息。
ご実子であられないから、爵位は得られないのだとうかがってる。
「義兄シャルルの補佐役として存在してるんですよ」などと自虐的におっしゃっておられたけれど。
シャルル様は早々にご結婚なさってるけれど、ご自身はまだなのもそういうところからなのかしら?
確か……三十路間近になられると、エリーザちゃんからきいてるんだけど。
「僕自身の微妙な立ち位置でないとこなせない役目があるんです。そこはお察しください」
……あら、口から出ていたかしら?
「忌まわしい名ですが実父の家名を使えば、僕を詳しく知らぬ者は軽く欺けるものですから」
自虐的にお笑いになる。
この方は、ご自身がどの場での適材となるのかをよくご存じのようです……。
今はまだ新生児な女の子2人。
将来が楽しみな気がします。
そして、ヒマ(!)になった元皇女の公爵令嬢……伯爵家の養子息が気になるご様子で。




