新たにうまれしもの
電光石火の勢いで、サン・トリスタン王国がルブラン帝国と合併して『サン・トリスタン連合王国』となった。
「ひとつの国になったのだから、年4回の入国制限もなくなったはずだろ?それに、あの方が果実蒸留酒を飲ませたくない奴はもう檻の中だし死ぬまで出てこられないっていうじゃないか。予定を変更して橋の向こうへ行こうよ」
もちろん、ジョシュアに言われるまでもなくその気でいたが。
「という事で、向こうへお届け物があれば承りますよ」
以前は国境の手前最後の薬剤師館だったテイラーさんの薬剤師館で、館長マリリンさんとお話をさせていただいていた。
「今、ちょうど息子が向こうに仕事で行ってましてね……旧国境の橋の渡し口近くのガストン食堂ってとこをキーステーションにしてるんです。そこに、これを置いてきていただけますか」
預かった物は、弓矢と短槍と銛。
「……これ、薬剤師さんのお仕事に必要なんですか?」
どう見ても、狩猟用具セット。
「直接的には必要ないはずなんだけど、狩猟の許可もらったから心おきなく狩れるんで何としてでも届けてって大至急便で先ほど手紙が来ましてね……どうやって届けようか思案してたとこなんですよ」
よく見ると、かなり使い込まれてる……愛用品のようだ。
「あの……ご子息、薬剤師さんですよね?」
思わず確認してしまう。
「一応はそうなんですけど、親がさせたい事と本人がやりたがった事を全部やらせたら……戦場に放り込んでも最前線で兵士と遜色なく戦える薬剤師が出来上がってしまったんです」
あっけらかんとおっしゃるが……並大抵の事ではないはずだ。
「普段は愛用の斬れない剣を持ってるけど、この狩猟セット持たせたら完全に無敵なのよね……」
そりゃそうだろう。
私達は、預かった狩猟用品を持って橋を渡った。
「……ガストン食堂って、エンリコさんの家の隣!」
ジョシュアが大声を出すと、店の外で掃除をしていた給仕服の兄さんが振り向いた。
「あれ?ローウェルさん?予定変更したんですか?」
……店の外にいたのは、モーガンさんだった。
「ええ、急きょこちらへ向かう事にしたんです。で、薬剤師館に寄った時にお母さんから預かってきましたよ、道具……ってか、なんでその格好」
ジョシュアが訊いてる。
「ああこれ。ガストンさんが滞在費を受け取ってくれないから、いる間だけ店に出ようって事にしたんだ。薬剤師組合の経費だから、本当は受け取ってくれなきゃ困るんだけど」
そりゃそうだろう。
「で……掃除?」
「大鍋2杯分のスープを仕込んでから、猟師の家から届いた大鹿をここで捌いてたんだ」
鹿を、捌いた……いやその前に、大鍋2杯のスープの仕込み?
「モーガンさん、あなた出来る事多すぎでは?」
「オレ、あの両親の子供ですからねえ」
……納得しかない。
――――――――――――――――――
「あら、それ届けてもらったのね」
モーガンさんが外から戻ってきたのを見た姉ちゃんがさも当然のように言うんだけども。
モーガンさんが手に持ってたのって、マルコの持ち物顔負けの狩猟用具一式なんだけど!
それも、川や池で使うような銛まである……って事は、マルコ以上じゃない?
だって、マルコは水鳥以外の泳ぐものは獲らないから。
「あのモーガンさん……まさか鹿狩ったりします?」
さっきマルコが持ってきた大鹿を思い出しながら訊いた……捌くのに助手が欲しいと言ったマルコに、「じゃあオレやる」と嬉しそうにナイフ持って出て行ったもん。
「鹿は狩った事ないな……父じゃあるまいし」
……お父さんは、あるんだ。
「2人で食う用にと1人で鹿2頭狩っちまって、食いきれなくて困った事があるらしい……冗談だと思うだろ?実話なんだぜ、証人も複数いる」
1人で鹿2頭狩っちゃうって、一般人じゃないよね。
「その翌年は自制してキジ10羽にしたんだってさ」
まって、自制して10羽!?なにその猟師気質。
「自分達で食うために2羽、あとの8羽はワイr……じゃねえ、調理場使わせてもらう謝礼だって」
……今、ワイロって言いかけなかった?
「ま、とんでもねえ親だとは思うよ……行動以前に、見た目もな」
横で聞いてる姉ちゃんが噴き出した。
「小さいモーガン連れてたお父さんがモーガンごと拘束された話は結構あちこちで聞くものね」
あちこちで……って事は、かなりの回数って事?
「拘束した当人から謝られた事もあるしな」
それって……相当のものでは。
「オレが最初にハッキリ話した言葉って『とーちゃん』なんだよ……実子連れてて拘束される父を不憫がった周囲が必死でオレに教え込んだんだって」
「この人だーれ?って訊いたらとーちゃん!って答えるように仕込んだって聞いてる」
姉ちゃんがもう笑いをこらえもせず話してる。
「人見知りってしなかったんですか?」
「そんなもんしてるヒマねえよ。家には薬剤師の姉ちゃん達や森番の兄ちゃん達がいつも出入りしてんだ、いちいち泣いてちゃ体がもたねえ」
そんなものなのか……
「人見知りしなくてさらわれる危険性とか……」
「さらわれてもモーガンならさらった奴をぶちのめして逃げてくるって言われてたけどね。6歳位だったかしら」
……なんか、あり得ない話じゃない気がしてきた。
「狩猟許可書と狩猟道具が手に入ったから、植生分布調査に戻るよ」
「あのね、主目的は山岳地域の通行許可書をいただきに戻ってきたのを忘れてない?」
「忘れてねえって。これで動物の薬品素材も調査できるだろ。それにあんな山ん中、オレの剣だけで抜けられる自信ねえわ」
え……剣があればなんとかなるんじゃ?
「ああオレの剣な、刃がついてないんだ。父さんがあつらえた、5歳児に持たせるための特別製。ついうっかり相手をザックリやっちまわないようにって」
そう言ってモーガンさん、剣を見せてくれた……うん、握りが少し細いだけの大人用だと思うけど、5歳用?
「刀剣鍛冶のおっちゃんには、いつでも刃をつけてやるって言われてんだけどな」
……お願いしないんだろうか。
「今さら刃がついたら扱いに困るから断ったよ」
そういうものなのか?
「7歳で国内全ての闘技大会から出禁くらってるから、刃がついてなくても今さら支障ないでしょ?」
……別方向で、支障ある気がする。
姉ちゃん達は、呼びに行ったグレイさんが到着し次第山岳地域に向けて出発する手筈を整えてた。
だけども。
「その出発ちょっと待って!」
馬に乗った人が駆け込んできた。
「クロード、どうした?」
モーガンさんが訊いた……知った人だったのか。
「公爵家のニューフェイス登場に、手を貸して」
モーガンさんも姉ちゃんも、顔つきが変わった。
「アンバーさんを連れてきてってエリオットさんに頼みに行ったらチャールズさんが家にいたから、だったら2人もまだここにいるはずだと思って」
アンバーさん……今や公爵領都一の産婆さん。
って事は。
「……え!」
「まあそういう事だ……が、発表されるまで黙ってろよ。言いふらしたらシメるぞ」
「モーガン、脅さない!」
「そう言うなって。そうだピエトロ、ローウェルさん見かけたら公爵家に大至急行くよう言っといて」
「うん……でもなんで?」
「まあいろいろあるんだよ……じゃ、頼んだぜ」
「……狩猟道具はいらないから置いて来てもらえるか?」
呼びに来た人が言った。
――――――――――――――――――
僕はガーネット様と一緒に公爵夫人のそばにいた。
「ご紹介した先生も、有爵家のご当主とその先代への家庭教師は初めてだそうですよ」
「私が教えられればよかったんだけど、私の知識はかたよってるから」
薬剤師さんに王家王族の話をしろと言うのは、国王陛下に薬草の見分け方を語っていただくのと同等のムチャだと。
などと話をしていたら。
夫人の様子が少しおかしくなった。
これは……覚えがある。
エリーザが生まれる時だ。
「夫人、誰かを呼びますか?」
僕は会話を切って、夫人に声をかけた。
夫人はというと、大きくうなづいた。
「……ガーネット、パールを呼んで。アンバーを連れてきてちょうだいって……」
「アンバーさんというのは?」
「パールの母で、腕ききの産婆です。パールに、グレイに迎えに行ってもらうよう頼むんでs」
「なら、僕がグレイさんに頼みに行きましょう。パールさんは夫人をお部屋にお連れして」
「……私は?」
ガーネット様がおっしゃった。
「お父さまとお祖父さまにお知らせしに行ってくださいますか」
「あ、そうね。そうよね!」
「グレイさんは、騎兵隊詰所でいいんですよね?」
「非番なら家よ?」
「場所はわかってますので」
そして。
手分けしての行動に移った。
騎兵隊詰所に行くと、エリオットさんはいなかった。
「グレイなら帰りましたが……御用でしたか?」
「急ぎの用なので、馬をお借りしたいのですが」
騎兵隊員が鞍を乗せてくれた。
「グレイの家はおわかりで?」
「存じてます、ではお借りします」
一気に走らせた。
グレイ家に着くと、エリオットさんだけでなくチャールズさんもいた。
「エリオットさん!アンバーさんを公爵邸にお連れしてください!チャールズさん、モーガン達はまだ領都にいますね?」
言いたい事を馬に乗ったまま一気に言った。
エリオットさんはすっ飛んで出ていき、チャールズさんは呆気にとられた顔で僕を見た。
「まだ、いますよ。エレナさんの末の弟の家のガストン食堂にいます」
「ありがとうございます!」
「場所!ご存じですか?」
「先生と一緒に会ったあの辺で、看板を見ました」
橋を渡って程近いあたりで見かけた。
「そこです……モーガンさん達に、ご用で?」
「ええ、ちょっと手伝ってもらいたいので……チャールズさんは待機しててください」
僕は馬を橋のほうへ走らせた。
ガストン食堂は、すぐにわかった……というより。
モーガンとエレナが荷物を持って出発しようとしてた。
「その出発ちょっと待って!」
僕は馬の上から走りながら叫んだ。
「クロード、どうした?」
気づいたモーガンが訊いた。
「公爵家のニューフェイス登場に、手を貸して」
モーガンもエレナも、顔つきが変わった。
「アンバーさんを連れてきてってエリオットさんに頼みに行ったらチャールズさんが家にいたから、だったら2人もまだここにいるはずだと思って」
エレナに激似の男性も、ハッとした顔をした……この人が末の弟か。
「……え!」
大きな声を出した。
「まあそういう事だ……が、発表されるまで黙ってろよ。言いふらしたらシメるぞ」
モーガンが弟くんを威嚇する。
「モーガン、脅さない!」
エレナが釘を刺す。
「そう言うなって。そうだピエトロ、ローウェルさん見かけたら公爵家に大至急行くよう言っといて」
ピエトロさんっていうのか。
「うん……でもなんで?」
「まあいろいろあるんだよ……じゃ、頼んだぜ」
ローウェルさんは、公爵夫人のお父上と兄上だ……と、ふとモーガンを見ると、狩猟道具一式を持ったまま公爵邸に行こうとしていた。
「……狩猟道具はいらないから置いて来てもらえるか?」
僕は言った。
――――――――――――――――――
オレとエレナは、植生分布調査を中断して公爵家へ赴いた。
「アンバーさんが到着したら、打ち合わせに入る。中に入るのはエレナで、オレは外で待機ってのだけは決定事項だけどな」
お産関係でよばれる時のお約束だ……医師でないオレは、産室立入禁止。
オレが薬剤師資格試験に合格した時点でできた規則だ、近親者以外の男性薬剤師の立入禁止。
「モーガンさん達までいらしてくださったなんて」
「たまたま再出発の直前だったんですよ。どうにかお役に立てそうです」
お産の際に必要な薬品を一揃い準備しながら、公爵様ご一家にご挨拶。
「3度めとはいえ、間があいてますから……ああ、タリアが言ってたんですよ。3度めの初産みたいなもんだって。おまけに自分も年齢がいってるわけだし……」
「優秀な産婆さんがついてるんだから大丈夫ですよ。うちなんて……親の話ですけど、小柄な母から生まれるのが父親似の巨大児だったんで、産婆さん達が早い時点で白旗上げたそうです。だから、自分は医師館生まれなんですよ」
めちゃくちゃ大きい赤ん坊だったから開腹手術で生まれたとは聞いてる。
「モーガンって、巨大児だったのね」
「そんなとこ父親に似なくていいって各方面から言われたらしいけど」
笑い話になってるらしい。
アンバーさんが到着してまもなく。
超絶安産といえるだろう。
あっという間に、公爵家のニューフェイスはやってきた。
「お嬢さまでいらっしゃいます」
アンバーさんの報告に、公爵家のご一同が安堵の色を浮かべた。
「まだまだ小さい赤ちゃんですけど、だっこなさる際は腰に充分お気をつけくださいね……」
クロードが、若干とんでもない事を口走った。
そうか、そうだよな。
公爵様と同世代になるハマー伯爵様は……油断からのぎっくり腰で、まだまだお一人で起きられる状態とはいえない。
そういえば。
戻った時に医師の定期診察について行きがてらお見舞いしたけど……やたら殺伐としてたな。
何かあったのか……?
――――――――――――――――――
「エマーソン公爵家に、お嬢さまご誕生ですって!アイリス様っておっしゃるそうよ!」
エリーザ様が、ガーネット様から届いた大至急便のお手紙を見せてくださったけれども。
申し訳ないけど、それどころじゃない。
うちも生まれるんだ4人めが。
「とーちゃん!あかちゃん、おんなだったらいいな!」
わんぱく坊主3人の希望は、妹らしいが……どうなるかわからんっての!
全く落ち着きのない3人の息子と待つ事しばし。
「おめでとうございます、お嬢ちゃんですよぉ」
泣き声が聞こえ、産婆さんが教えてくれた。
「やったー!」
いきなり踊りだした息子らをたしなめつつ、15年後を想像してみた。
……妹を悪い虫から守ろうと過保護になる兄3人の姿しかうつらなかった。
体制や、師弟(?)関係。
25年離れていた姉弟関係も紡いでいく……
そこへニューフェイス(達)誕生!




