その心のままに
ついに、エレナさんの身元がはっきりしました!
「モーガン殿は、どう思う?エレナさんがニコラスの娘のエレナ・ジェファーソンだと思うか?」
わしは、うちに泊まる事になったモーガン殿に訊ねてみた。
「おそらく間違いなく、森番小屋の預かり子のエレナは、そのニコラスさんの娘でしょう。父からエレナを保護した時の調書の写しも預かってきています……そのニコラスさん一家の脱出日以降にエレナが保護されたと判断できるなら確実ですかね」
「ああ、ならアンナの死の記録があればよいのか……口惜しいが」
「亡くなったのは、脱出しようとしたその日のうちだったんですか」
「マルコをブライアント家に預けた直後位に、橋の手前で追いつかれたようだ……ああ、ケッタクソ悪いがヴァルジが残しておった異国民排斥記録でもよいな」
「なんですその胸くそ悪い記録文書の名称」
「先代ヴァルジに傾倒しとった側近が記録しておったようで、おそらく命名もそいつだ。ブラッドレー親子が発掘してきよった……その中に、ジェファーソン一家討伐に関する記載があった」
「討伐……ひっでえ表現だな。害獣とおんなじ扱いかよ」
モーガン殿は胸くそ悪いと言うたが、記載されとった内容も胸くそ悪かった。
表紙裏に大きく記された一文が、一番胸くそ悪かったかもしれん。
「異国民は討伐し、その血の混ざる忌むべき者は絶やさねばならない」
ニコラス・ジェファーソン:革細工職人の反逆者。
異国民の女を隠し匿い囲い込み、その女と4人の子をもつ。
ジェファーソンは拘束、女と子供達は討伐の対象とする。
そんな記載のすぐ下に討伐記録が。
剣術士ロベルト・デクスターがジェファーソン一家討伐に名乗りをあげたため、これに一任する。
デクスターの配下4名も追随。
5名にてジェファーソンの住居兼工房を急襲するももぬけの殻だったため、総員でこれを追う。
国境の谷の手前で女と娘を発見、捕らえようと試みるも抵抗されたためデクスターが女を斬った。
娘は逃走したため配下4人が追ったとのデクスターの報告があるが、娘・配下共に消息不明となっている。
サイモン・ブラッドレーがこの記載部分を見て怒り狂っておったな。
「まだ小さい娘さんの目の前で、お母さん斬り殺されたの!?鬼畜かよ!信じらんない!これをミハイルの親だかジジイだかが許したわけ!?バカの親はやっぱりバカで、その親もバカなんじゃん!!」
サイモンの父親もこれを見て
「嬉々としてヴァルジの補佐官を務めていた自分が恥ずかしい」
と悔いておった。
こんな胸くそ悪い書類でも、役に立つなら使うべきなのだろう。
――――――――――――――――――
オレは持ってきた書類を全部出した。
父さんから預けられた分は、母さんが……というよりは薬剤師組合から託された植生分布調査のための書類より多かった。
保護した時の調書の写しと預かり子にする時の書類の写しを、サルヴァトーレ様に見せるべく取り分けた。
「普通の迷子なら、名前を訊いて住所を訊いて親が探しに来るのを待つだけなんだが……初っぱなから頓挫したからな」
一言も話さず所持品もなく、泣くでもなく寒くもないのにガタガタ震えていた女の子を保護するってだけでも大変だっただろうにな。
「エレナは、唯一初対面のオレ見て全く泣かなかった子なんだよ」
稀有な事もあるもんだと何かの時に聞いた覚えがあったけど……いろいろ知った今ならわかる気がする。
お母さんを斬り殺した男の仲間の鎧兜達に追っかけられた後なら、当時40代前半だったはずの父さんの容貌なんかかわいいもんだ。
若い頃の父さんは自虐的に自身を熊とか言ってたらしいけど、子供を殺す気まんまんな鎧兜達に比べりゃ雲泥の差。
何しろ戦時中以外で殺したのは狩りの獲物だけなんだからな、あの容姿で。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
国境の谷に架かる橋が壊れて落ちていると、橋近くに住む雑貨店主からの通報があり急行。
橋は跡形もなく落ちていた。
渡り口があった辺りで、推定7歳女児を発見し保護する。
話しかけても反応はなく、住所氏名を訊ねるも返答なし。
森番小屋兼薬剤師館で一時保護。
便宜上仮名をつけるか否か検討の結果、思いつく限りの女子名で呼びかけ一番反応のよかった名前で呼ぶ事になった。
保護後数日経過しても発見女児を探しに来る大人が現れないため、国軍大将の協力のもと以前の何十倍もの強度をもつ国境唯一の橋が新設された。
物流が遮断され続けるのもよくない上、橋の向こうの住民が発見女児を探しに来れるようにとの配慮である。
なお、その事前調査のため谷底へ降りた者が4体の鎧兜(身元調査不能状態の遺体)を回収している。無縁者墓地へ埋葬済。
≪後年追記≫
発見後10数年経過。
住環境はそのままに、発見女児の保護状態を解消とする。
(女児本人が成人に達したと見なされるため)
≪後年追記≫
発見後20年経過。
新規に身分を付与される基準に達したが、本人の意思により固辞される。
新規で付与される以上、あくまでも仮の身分の延長でしかないと指摘され、本来の親類縁者が現れた際に起きるであろういざこざを事前に避けるためとの事。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
驚いた。
エレナは、新規身分付与を断ってた。
Sクラスになれる可能性があったにもかかわらず、だ。
身分照会ができないからという理由でSクラスの受験資格が得られなかったのに、その身分をくれるってのを断ってたなんてな。
オレはサルヴァトーレ様に調書の写しをすべて渡した。
「……エレナを追って行ったという奴らは、全員谷底へ叩きつけられて死んでおったのか」
「父達いわく……重量制限のある橋をクソ重い鎧兜姿の4人が一気に渡ろうとしたから壊れて、そのまんまストンだったんじゃないのかって見解でした」
「間一髪でエレナは渡りきっていたというわけか」
「オレは古い橋をあんまり覚えてませんけど……7歳の子供ならギリギリ走れたんでしょうね」
「バカが4人押し合いへし合いしながら渡ろうと苦心しとるうちに渡りきれたんだろう。で、その後崩壊したと」
「目撃者はいませんが、まあそういう事でしょうね」
「……で、この『身元調査不能状態の遺体』というのは……?」
「あまりにも重いので鎧兜をはずそうと思って兜の中を見たら……兜の中にはまともな人間の頭部はなかったそうです」
「そりゃ、あの高さから落ちればな……ってか、見た人いたのか」
「父が代表してガッツリと」
「……見たのか」
「その夜は、母が処方できる中でも最強な催眠剤を出してもらったそうで」
「まあそうなるだろうな、いくらあのいかつい御仁でも」
「珍しくボーッとした顔の父がオレを抱き枕にしに来た日があったんです……それがこの日なんですよね」
「息子を、抱き枕に」
「ええ思いっきりむにむにと顔をもまれまくった覚えが……母と同業同クラスになった今ならわかるんですよ、Sクラスが処方できる最強の催眠剤飲んでボーッとしてたんだろうなって」
「そういう時は、その……奥方ではないのか」
「その頃の母は毎晩夜中に目を覚ましてしくしく泣く預かり子の世話をやいてましたので……3人家族なわが家なんで抱き枕役は必然的にオレですね。4歳なら男でもまだまだ柔らかいですし」
「……それは、言い方的にどうかと思うが」
「そこはお互い様では」
サルヴァトーレ様と顔を見合わせて苦笑いになった。
「サイモン・ブラッドレーに、明日朝一番で胸くそ悪い資料を持って来てもらえるよう手配した。その流れでサイモンには第三者の立ち会いを頼もうと思っとるのだが……かまわんかな?」
「彼なら書類の点検もお手のものでしょうね。適任でしょう……あと少なくとも1人は、明日朝に考えましょう」
「2人要るのか」
「複数人必要ですよ。それもガストン夫妻やマルコ・カルロの養親とマルコ・カルロ・ピエトロは第三者に該当しない」
「……ああ、エレナの弟と弟の養親になるからか」
「都合よく誰かいねえかな」
朝。
サイモン・ブラッドレーは早々に書類を抱えてやって来た。
そしてサルヴァトーレ様に押しきられるように立ち会い人を引き受けてくれた。
3人連れだって隣のガストン食堂へ行くと……開店前だというのに2人連れがいた。
「レミントン先生、なぜここに!」
サイモンが驚いた声を上げた。
「ピエトロ君に呼び込まれたんですよ、姉ちゃんの具合看てくれよって……お願いしていた医師の助っ人が来てくれたのを迎えに行った帰りだったんですけどね」
話してるおじさん医師の横には……見慣れた服装の男が1人。
王国軍の軍服に、特級医師の徽章がついている。
「従軍医の方ですね……大佐?」
一応階級章を確認してオレは訊いた。
「はい、国軍エルレ辺境部隊所属の従軍医大佐リチャード・サムズと申しまs……あの、もしかして、ハマー領のテイラーさんですよね?」
「そうだけど、なんで……って男でこれつけてんの今のところまだオレだけだもんな、医師なら見ただけでハマー領のテイラーだってすぐわかるか」
「それだけじゃないです……うちの両親が以前テイラーさんご夫妻にめちゃくちゃお世話になったと常々言ってるもので」
「うちの親、ご両親の知り合い?」
「母はお母さんの後輩です」
……なんでそんな人が今ここにいるんだろう。
「ルブラン地区の高位の医師が軒並み廃業したので助っ人をお願いしたいと私がエマーソン公爵にお願いしたら、まわり回ってこちらの軍医の先生が来てくださって」
レミントン先生が言葉を選んで……ものは言いようだな。
要は医師のトップだった皇宮侍医長とその取り巻きがことごとく取っ捕まったって話なんだよ。
「ガリーニ将軍が、医師組合で希望者を募るより全軍の各部隊から1名以上従軍医を派遣したほうが手っとり早く人員が集まるとおっしゃったそうで」
「あの方らしいな」
「そして今、先遣隊の先触れとして私がまず到着したばかりなんです」
「橋までお迎えにあがって歩いてたら、ピエトロ君に呼ばれたわけですが……姉ちゃんとは?確かピエトロ君のお宅にはごきょうだいはいらっしゃらなかったかと」
レミントン先生がおっしゃるのも無理はないか。
「彼には幼い頃に生き別れた姉と2人の兄がいてな。兄達は近くに住んでたんだが、姉には昨日やっと会えたところで」
サルヴァトーレ様が端的に説明を。
「姉は記憶が曖昧になっておって、それが一気につながった途端ぶっ倒れてしもうてな……ああ、もう復活しとるが」
「それで姉ちゃんを看てくれよだったのですか」
「まあそういうこった……ところで先生がたは、急ぎの用はあるのか?」
「……え?」
「急ぎじゃないなら、ちいとばかり手助けしてくれんか。そのピエトロの姉の身分証明に関わる事なんだ」
……立ち会い人をやってもらう気だな、サルヴァトーレ様。
「お願いします、サムズ大佐」
オレからも頼む事にした。
「……え、私?」
「立ち会い人は複数必要で、1人はルブラン地区の有能な文官がほぼ決まってる……本人の承諾はまだだけど。ならもう1人としてサン・トリスタンの特級医師サムズ大佐がいいかなと思ってさ」
「そんな……私みたいな武官だか文官だかわからんような奴でいいんですか」
「いいんじゃね?……何しろ養い親の代理人がオレだもん。薬剤師になりたての頃からずっと絶対薬剤師に見えないと言われ続けて10年以上のね」
自虐が入った……あ、父さんが自分を「熊」と言い続けたとかいうのもこういう感覚なのかな。
――――――――――――――――――
ガストン食堂の部屋で目が覚めた私は、残しておいたハーブ入りレモン水を飲んでた。
「エレナちゃん、起きてる?」
ガストンのおばさんが声をかけてくれる。
「起きてすぐ悪いけど、降りてきてもらえる?ピエトロが通りすがりの顔見知りのお医者さんをひっかけてきちゃってね」
ひっかけてきたって……ナンパじゃあるまいし。
「エンリコさん達ももう来ちゃってるし」
……早っ。
「朝食にするね……食べられない物はある?」
「食べられない……好き嫌いはないです。食べちゃいけない物もないです」
「野菜も?」
「ええ。残すと緑のジュースが待ってましたし」
「緑の……うちのが飲んだとかいう?」
「もともとは、骨折治療の民間療法用だったはずなんだけど、いつの間にか野菜のお残しの罰ゲームドリンクになっちゃって。あれを飲む位なら嫌いな野菜を食べたほうがましだ!って、みんな言います」
「無理やり飲まされたうちのも『あれは人間用の飲み物じゃない』って言ってたわ」
「身体にはいいんですけどね……あれも味は0点ですから」
階下へ降りていくと、サルヴァトーレ様とモーガンがルブランの医師とサン・トリスタンの軍医と一緒に何か食べてた。
「あ、悪い。先に食ってた」
「いいわよそんなの。食べられる人から順番でしょ」
「……ね、だから言ったでしょ。先に食ってても文句言わないって」
どうやら医療者3人が私を待たずに食べ始めたのを、サルヴァトーレ様と食堂の息子がとがめた模様。
「食べられる時に食べておかないと、食べそこなう事があるの。たとえば今この状態で5人のけが人の急患が来たら、先に食べてた3人がまず治療にあたって後から来た私が遅れて加わる。お腹すいてる状態じゃまともに働けないのは、どの業種でも一緒でしょ?」
慣れないけど、お姉ちゃんぶってみた。
「あ、そうか……そういや僕も腹減らして仕込みしないや」
そして私も一緒に食べていると、今度はサイモン・ブラッドレーさんが大量の書類を抱えてやって来て。
昨日かけつけてきた2人もそれぞれが両親……養親のディアスさん夫妻とブライアントさん夫妻を連れてやって来て。
ディアスさんもブライアントさんも、私を見て「アンナだ!」と言って……奥さん達はポロポロ泣いてた。
「えーと……作業を始めていいですかね?」
サイモンさんが切り出した。
「わかりやすく端的に言えば……ハマー伯爵領の薬剤師館の薬剤師エレナさんが、25年前にルブランからの脱出を試みた革細工職人ニコラス・ジェファーソン氏のお嬢さんエレナさんであるという確認、ですね?」
モーガンが持ってきてた書類を一通り読んだだけだというのに、サイモンさん頭の回転がいい。
「こんなにもアンナそのものなのに、そんな作業が必要なの?」
そう言うブライアント夫人に、サイモンさんが切り返す。
「そのアンナさんを知らない人にも納得できる理由が要る……んですよね」
モーガンに確認してる。
「そういう事です……ま、これだけ似てりゃ3兄弟の姉ちゃんにしか見えませんけど念のため」
書類の確認作業は、結構手早く終わった。
サイモンさんいわく、発見側の調書がほぼ完璧なんだとか。
「ま、見つけた側だからな」
モーガンが言うけども。
「仮の名前をつけられてたら、もう少し手こずりましたよ」
名前が違っていると、もう少々手間がかかったらしい。
「じゃ、そこはクロードの母上とうちの母の殊勲ですね。思いつく限りの女の子の名前で片っ端から呼んでましたから」
「何故そう思い立たれたのか……」
「勝手に違う名で呼ぶのは、名づけた親御さんに申し訳ないと思ったとかで……クロードとオレ、母達が苦心してる横で遊んでただけですが」
なんか覚えてる気がする……女の人が2人次々話しかけてくる横で遊んでる男の子2人。
「何歳だったんです?」
サイモンさんが訊いてる。
「確か、4歳」
「4歳なんて、遊ぶのが仕事じゃないですか」
「まあそうなんだけどさ」
笑ってる。
「で、だ。一応親元へお返ししてこいと言われてるんだけど……エレナは、どうしたい?」
モーガンが訊いた。
「どう……って?」
「成人年齢に完全に達してるわけだから、自分の判断で決めていい……ここでジェファーソン家の長女として暮らす、とかでも」
モーガンが、血迷った事を口走った。
「あのね……エマばあちゃんの血圧の薬どうすんのよ?あとヴォルティスの治療薬とかレネットの常備薬とか!このまま居続けるわけないでしょ」
「あはは、言うと思った……とっさに引き継ぎが必要な奴ばっかり挙げてくるとは思わなかったけどな」
体質に合わせた降圧剤と、外傷の長期療養用の治療薬と……終末医療に備えた鎮痛薬。
「それに、植生分布調査……まだ全く手がけてないでしょうが。一応そっちが主目的なんだからね?」
「へいへい……ったくもう。母ちゃん乗り移ってねえよな?」
「……んなわけないでしょ!」
周囲の全員が、私とモーガンを見て笑ってた。
――――――――――――――――――
うちの両親の恩人だとかいうテイラー夫妻のご子息・モーガンさん。
自分の1つ下だという事だけど……責任ある立場になっておられるようだ。
自分は母のすすめに従って医師の資格をとって父の配下に入った。
モーガンさんは……何故医師ではなく薬剤師になられたのか、そこは知りたい気がする。
「サムズ大佐?何か気がかりでも?」
……見透かされた?
「いえ、あの……どうしてあなたが医師ではないのかなとふと思っただけです」
口から出ていたようだ。
「……あんまり大きな声で言いたくないけどさ、オレ11歳の頃馬に乗りそこなって落ちたんだよ。その時、家に通ってた勉強中の薬剤師に腰へ湿布貼られるべく……下半身の着衣を一気に全部剥かれてさ。これ男同士だと羞恥もねえんだよなって思ったのがきっかけなんだ」
動機としては充分だけど……どっちなんだろう?
羞恥というのが、馬に乗りそこなって落ちた事なのか着衣を剥かれた事なのか。
さすがは、大人ですね。
簡単には責任を手放す事はないようです。
そして、都合よく現れた従軍医師サムズ大佐ー!
11歳男児が恥ずかしがる事なんて……一択ですよ一択!




