帰郷と廃業
帝国というくくりがなくなって、事がいろいろと進みはじめました。
(修正完了)
まさか、帝国がなくなるとは思ってもみなかった。
それも、こんな短期間で。
皇女殿下が魔の手から逃げていらして、お持ちだったお母上のお手紙から皇帝陛下・皇嗣殿下が揃って体調不良という異常事態が発覚……モーガンさんとエレナさんが治療に向かって、クロード様も伯爵様の命を受けてご出立。
国境をまたいでの早馬が何往復もして、重要な書類が行き交って。
その間に陛下・殿下の体調は戻り、宰相を失脚させて。
補佐官だった人が代理として後を引き継いだら……サン・トリスタンとは別の国境付近で紛争状態になっているのを問題山積のまま放置していたり、放蕩息子の愚行を黙認していたり。
元補佐官の宰相代理は、就任と同時に外国人排斥を予算の無駄として即時廃止を決定した。
彼いわく、「何の害も与えない人を追い出す事より、害しかない国境紛争をおさめるのが先」。
長年にわたって国家事業のようになっていた外国人排斥は、一瞬で終焉を迎えた。
そして。
2国間完全合意の対等合併って形で、ルブラン帝国は姿を消す事に。
合併の調印直前に伯爵様がぎっくり腰になって動けなくなってしまわれたのにはビックリ以外のなにものでもないけど……それでも動き出した事柄は止まる事なく。
ルブラン帝国は、サン・トリスタン連合王国エマーソン公爵領となった。
外国系の人が迫害されなくなったという事は、私達「移住計画事業」もおしまい。
だって逃げる必要がなくなったのだもの。
「長かったわね」
合併の調印も無事に済んだって事でクロード様達がお帰りになったので、私達一家は家に帰ってきていて……道案内としてクロード様達についていってたチャールズも一緒に。
拠点のカートランド大街道大外3番第2宿に帰るつもりだったんだけど……ガブリエルが置きっぱなしだった上着にのっかって握りしめて寝ちゃったから、一緒に来てもらうしかなくなった。
「ごめん」
「いや、どこにでも置くくせのある俺が悪い……ま、それはべつにいいや。ルブランがサン・トリスタン連合王国エマーソン公爵領になった事で、移住計画事業は廃業だろ?これからどうすr……ってエミリーは馬具屋の奥さんに専念だよな」
「4人め生まれるしね……チャールズこそやる事ないんじゃないの?」
「いや。俺は……死んだ友人夫婦の子供を探すよ。前に言った事あるだろ?外国人の嫁さん殺されて、獄中で事故死した友人の話」
……確か、亡くなった奥さんが連れて出た子供さんの行方が知れないままだったとかいう話だったはず。
「1人は、もしかしたらあてがあるんだ。嫁さん激似の女性がいるんだよ。ニコラスの娘なんじゃないかと思ってる」
「激似……ってどれ位似てるの?」
「同品種のリンゴを2個並べた位……かな。何しろニコの嫁さんに会ったのは20年以上前に1回きりだし、その直後に亡くなったからな」
その似てる女性を見て、奥さんを思い出したってところかな。
「で、その娘さんじゃないかって目星つけてる人誰?私でも知ってる人?」
「エレナさんだよ、薬剤師館の」
え。
確かエレナさんって……
「確か前に、森番小屋で保護される以前の事を覚えてないって言ってたけど」
「記憶のない状態ってのは、忘れたんじゃなくて思い出せないんだって誰かが言ってて……誰が言ったのかは忘れたけど。傭兵団にいた頃の軍医だったかな」
「あんた本当に傭兵団にいたの?」
「信じないんなら、テイラーさんに確認してくれ。あの人上司だったんだから」
え。
「……テイラーさんって、傭兵団の人だったの?」
「知らなかったのかよ」
「あのね、知るわけないでしょ。それはそうと。チャールズあんたエレナさんを向こうに連れてったんでしょ?そのニコさんって人の奥さんの顔を知ってる人に会ったりしなかったの?」
「エレナさんには、ずっと顔を隠してもらってた……ニコの嫁さんを殺させた奴らに見つかるとまずいと思ったからな」
ふうん……チャールズにしては頭が回ったのね。
「あとはどうにかしてエレナさんをもう一度向こうに連れていくか、なんだけど」
「それについては近々機会があるわよ。薬剤師組合の総意だとかで、若奥様がSクラス薬剤師であるハマー伯爵家主導でルブランに薬剤師館を拡げる事業が始まるんですってよ」
その若奥様からじきじきに聞いたから間違いない話。
そして。
「シェルビーホール薬剤師館からの委託で、テイラー&テイラー薬剤師館が調査に向かうそうよ……薬草の、何てったかしら、生え方?とかそういうのを見に行くんですって」
「それとエレナさんを連れていくのと、何の関係があるんだよ?」
「そういう調査、最適任者はモーガンさんなんですってよ……で、そういう調査は絶対1人では行かないから助手が必要。イリーナちゃんいわく、野生のモーガンさんを御せるのはエレナさんしかいないんだって」
「野生のモーガンさん、って結構な呼び名だな……そうか、モーガンさんが行くならエレナさんも行くって事か。あ、でも女子寮は……?」
エレナさんは、女子寮の寮長。
だけど。
「ヴァルジ夫人とバーンズ夫人がいらっしゃってて、これからはヴァルジ夫人が住み込みで管理人さんをしてくださるんだそうよ」
「……あの方は、いいとこのお嬢さん育ちだろ。管理とかできるのか」
「得意分野だそうよ。ほら、あそこの森番小屋兼薬剤師館って適材適所がモットーじゃない?できない人はできる人に任せて自分に今できる事をやるっていう。ヴァルジ夫人は『管理と縫い物はお任せください』とおっしゃったんだって」
ヴァルジ夫人が来てから、森番小屋の被服修繕費が1/10以下になったんだとか。
「制服が破れてるのが夫人に見つかったら、即座に修繕されてるんですって。本来の業務は薬剤師館の女子寮管理なのに森番の制服の破れを繕っちゃう」
「あの方は男の子をきちんと育てる事ができなかったからなあ……」
「息子と同世代の男の子の世話を焼きたいらしいのよね、ユージェニア様」
「ヴァルジ夫人、の事?」
「ええ。伯爵夫人が伯爵夫人になられる前にお子さまがたからアリアドネさんと呼ばれていたとお知りになって、『じゃあユージェニアさんと呼んで』とおっしゃったの。私もあの方をヴァルジとつく名前では呼びたくなかったからいい事聞いたと思ったわ」
「そこからのユージェニア様か」
「そういう事」
「バーンズ夫人は?」
「ご一家で王家直轄領の薬剤師館。まずCクラスの試験を受けて即合格したから、Bクラス合格までいるんですって」
「へえ……妃殿下、じゃねえ公爵夫人の手伝いできるようになるって事?」
「そうみたい……公爵夫人は本当は手ずから指導したかったみたいだけど、赤ちゃんの事があるから無理なんですってよ」
「女子寮あるんだし、テイラー夫人に頼めばよかったんじゃ……?」
「あんたね、1年もヴィンセント君をお母さんから引き離して平気なの?鬼畜?家族寮があるところで勉強するのがいいよねって話しか出てきてなかったわよ」
「その間旦那さん何すんだ?」
「直轄領にある図書館分館の職員だそうよ……シャルル様クロード様の口利きで」
嫌とは絶対に言わせない勢いで請け負っていらしたけど……何か弱みでも握ってるのかしら。
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最近、母さんは薬剤師組合の会合にオレを差し向ける。
ポツポツと増え始めてる男性薬剤師が気後れしないように……というのは建前で、本当はオレ1人だと護衛がいらないから身軽に移動できるからだ。
そして、その会合で……エマーソン公爵領となったルブラン地区にも薬剤師館を拡げる事になった、と薬剤師組合で決まった。
「まず薬草の植生分布調査をしなきゃなりませんよね」
「それについては……モーガン薬剤師、あなたが最適任者なんですが」
組合長が言う。
まあ自分で言うのもなんだけど、オレが行くのが一番人件費かかんねえんだよな……くどいようだけど護衛がいらないから。
「植生分布調査なので、ちゃんと助手も連れていくんですよ。それから現地で道案内の人を雇って……」
「道案内に関しては、あてがあります」
「え?ああそういえば先般あちらへ行ったのでしたね」
「お願いしたいと思ってる人は、たぶん快諾してくれると思ってます」
「身元は確かな方?」
「ハマー伯爵家令息夫人の兄上の奥方のもう1つのほうの仕事仲間ですよ」
「……ああ、あの方。結構なおじさんだと思ってたら、意外と若かった」
「それ本人の前で言っちゃダメですよ。気にしてるみたいだから」
よく老け顔の事を「顔に年齢が追いつくタイプ」とか言うけど、チャールズさんの場合……なかなか年齢が追いつかないから、いつまでも「実年齢+10歳」感があるそうだ。
うちの父さんでさえ顔に年齢が追いついてそろそろ追い越す頃合いだってのに……あ、父さんは60過ぎてるから当たり前か。
「……とにかく、くれぐれも。あなた1人で行かないように」
王都であった組合の会合の帰路。
チャールズさんが今どこにいるのかわからないから、まずはカートランド大街道大外3番第2宿に直行してみた。
「グレイ代表なら、まだハマー領から戻ってないです。エミリー事務長のお子さん達にとっつかまってんじゃないですか?特に三男君は代表によじ登って遊ぶの大好きだし」
……アルフの子だもんな、あり得る。
「ありがとう、急いで帰るよ」
そういやここの人達って、今後どうするんだろう?
逃げなくてもよくなったんだから、やる事なくなったんじゃないのか?
アルフの家の敷地に入った途端、元気いっぱいな子供達と疲れきったおっさんの声がした。
もちろんおっさんはチャールズさんだ。
「おいレイ、ハリー、ゲイブ!おじさん相手に無茶すんな……追いかけ回すな、それやるのは休日の森番だけにしとけ」
おいかけっこと称して、子供3人がかりでチャールズさんを追っていた……チャールズさんの体力的にダメな奴だ。
「なんでこんな事になってんですか」
「遊ぼう、って、誘われて、いいよって、言っちゃって、そしたら……」
「あっという間に寄ってたかって追いかけ回された、と。ご愁傷さま」
やめさせる方法はあるんだけど、慣れてないと無理だろうな……長男次男三男の順に取っつかまえて家に放り込むだけなんだけど、そんなのチャールズさんにはできそうにない。
オレは馬の手綱をチャールズさんに預けると、一気に3人を捕獲した。
1人は肩に引っかけ、あとの2人は脇に抱えて。
「オレさ、チャールズおじちゃんと大事な話があるんだよ。だからおいかけっこは終了にしてくれ」
そのまま家まで歩いていく。
「後でテイラーのおじちゃんが作ったリンゴとベリーのオヤツ持ってくるから、な?」
オヤツ、のひとことで暴れるのをやめる子供達……さすがアルフの子だ、オレも人の事言えた義理じゃないけど。
3人を家に押し込んで、改めてチャールズさんに話しかけた。
「折り入ってお願いがあって」
「俺も、モーガンさんに、話が、あったんですよ……」
まだかわいそうな位息がきれてる。
「息が整うまでの間に、オレから先に言っていいですか?」
断りをいれてから。
「実は、薬剤師組合で決まったんですけど……エマーソン公爵領で薬草の植生分布調査をする事になったんです。護衛がいらないって理由でオレが行く一択で話が進められて、助手を連れて道案内を雇えと言われました。なので、道案内役をお願いできませんか」
「……もちろん、いいですよ。俺がモーガンさんにしたかった話に近いですし」
そして、ようやく息の整ったチャールズさんが口を開いた。
「前に、一家離散した6人家族の話を少ししましたよね」
「ああ、エレナがそこの奥さんにめちゃくちゃ似てるとかいう」
「館長さんもおっしゃってましたよね、そんなに似てるんなら身内じゃないかって」
そういや言ってたっけ。
「外国系の皆さんが逃げる必要なくなった今、うちの団体は解散なんですけど……みんなそれぞれやりたい事をやろうって決めたんです。住むとこ他にない奴多いんで、あの拠点はそのままにしとくんですけどね。俺は、一家離散した家の子供達を探す事にしました。とっかかりとして、その家の母親に似てるエレナさんを、何か知ってそうな人に会わせようと思ってます」
「……知ってそうな人?」
「はっきり本人から聞いたわけじゃないけど、ニコ……その一家離散した家の父親を知ってるような物言いを聞いたから。あてが外れてもいい、何でもいいから手がかりになるかならないかもわかんないけどとりあえず……」
ワラにもすがる思いがにじみ出てた。
エレナに了解をとらなくちゃな。
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「エマーソン公爵領の植生分布調査……行くのはモーガンだね」
先生は、植生分布調査の件を聞いた途端即決。
「木の上の調査もはしご不要だし、植物だけでなく動物系の薬品素材も調べてくるだろうし……道案内連れていくから迷わないにしても、狩り道具持たせときゃ何でも狩ってくるから持参の食糧が少なくても食事には困らない。ならず者に絡まれても愛剣一振りで一気に解決」
決定理由がそれって……まあわからなくもないけど。
「で、助手をつけなきゃいけないわけだけど……野生児モードに入ったモーガンを薬剤師に引き戻せるのは、親以外ではエレナしかいないんだよね。頼めるかい?」
……みんな嫌がる野生のモーガンになる可能性高いんだから仕方ないわね。
道案内役にはチャールズ・グレイさんがなってくれた。
「エレナさんには、会って欲しい人がいるんです」
チャールズさん、顔をあわすなりいきなり言い出した。
「前に一家離散した家族の話、しましたよね?エレナさんがそこのお母さんに激似だっていう。もしかしたら、エレナさんが行方不明の子供達の手がかりになるかもしれなくて。ならない可能性もありますけど……」
突拍子もない事、と突っぱねる気はしなかった。
何しろ……誰にも言ってこなかった私の断片的な記憶の謎がとけるかもしれないわけだし。
「その人に、会わせてください」
エミリーちゃんは、堂々と子供を連れて橋を渡っても命の危険はなくなりました。
そして、エレナさん……自分のルーツを探る事になりそうです。




