罪にそぐわぬ罰は与えない
自覚のない罪人(しかも自意識過剰)というのは、厄介なものですね……
(若干お下品な表現がございます)
俺は、特別な人間だったはずだ。
どうしてこうなった?
わからない。
姉に4度蹴りあげられて意識がもうろうとしている内に、外からしか鍵がかけられない部屋に入れられている。
ここがどこなのか、知らない。
「ルブランの法で裁かれるか、サン・トリスタンの法で裁かれるか。君にはその選択肢がある」
俺の知らない内に、ルブラン帝国とサン・トリスタン王国は合併していた。
そして俺の前に現れたのは……俺を捕まえた男達だった。
「お前は何者だ?」
「あのな、お前は自分の置かれた立場を自覚しろ」
俺に向かって、長剣を携えた男が偉そうに言う。
「立場とは」
「お前は異性への性的暴行未遂で捕縛されてる罪人だって自覚あんのか?」
「罪人……この俺が。父上に言えばいつでも出していただけr……」
「ああ、お前の父親も捕縛されてっからそれもう無理な」
……父上が、捕縛だと?
「ルブランの法に基づいて、皇族に一服盛った容疑での反逆罪だから……お前は生きてる父親に会う事は今後一切不可能だ」
「……母は」
「母上は、それはそれはとても穏やかに微笑まれ『悔い改め真摯に反省するとは到底思えませんので、ご面倒ですが放り込んでおいてくださいませ』とおっしゃって、新天地へ赴かれた。もうルブランの地にはいらっしゃらない」
「姉は」
「お前のを4度も蹴りあげて捕縛に協力してくださった方が、お前を出す助力をするはずねえだろ」
「あいつは……ブラッドレーは」
「あの裁きの場で既にお前を見限ってる事に気がつかねえとはな」
そう言い捨てると、長剣の男は俺の頭をかなり強くノックした。
「この中には何が入ってんだよ?飼い葉クズか?本っ当に頭悪いのな」
失礼だぞ!
「湿らせたオガクズじゃないの?」
もう1人のほうが言った。
「そっちのほうが役に立たなそうだな。飼い葉クズは乾燥してるから、たき火の焚き付けにはできる」
……勝手な事ばかり言いやがって!
「冗談はともかく。異性への性的暴行での罰則は、ルブランの法では『他者への凌辱行為』とみなされ絞首もしくは斬首だと聞いた。サン・トリスタンの法では、特赦・恩赦等のない終身刑か相応の処置を施されたのち放逐となっている。どちらかを選べるんだが……」
死罪でないのなら、サン・トリスタンの法を選ぼうじゃないか。
「その放逐とかいうのは……?」
「牢から出される事だけど」
「それを選ぶ事もできるのか?」
「できるけど……そっち選ぶ奴、いねえぞ?」
なぜだ?牢から出られるのに?
「相応の処置がついてくるんだぞ?便所にも困るってのに……」
……は?
「相応の処置ってのは、お前が姉ちゃんに4回蹴飛ばされたそこをお前本体から切り離すんだが……それでいいのか?」
……切り離す、だと?
「そっち系の犯罪者に生やしておいたらろくな事しねえ、って事だよ。二度と女性を襲いませんと宣誓させたところで、やる奴はやる……切っとけばやるにやれないっていう処罰だ。それでいいのか?拘束はされないけど便所に困る生活」
……便所便所とうるさい。
とはいえ。
ないと困るのも確かだ。
どうしよう……?
――――――――――――――――――
この馬鹿の頭の中で、数少ない選択肢が超高速でぐるぐるしてるんだろうなとは思う。
ルブランの法を選んだ場合、斬首か絞首……つまり、ルブランの法ではこいつは死ぬしか道はない。
が、サン・トリスタンの法を選んだ場合……牢の中で終生身体的には健全な生活を送る(ただし自死は認められない)か、牢から出て自由な生活を送る(ただし排泄は不便きわまりない)かを選べる。
こいつに残されてるのは死かこの2つの合計3つしかないってのに、足りない頭で何を悩んでやがるんだろう?
「被害者のほとんどは、お前が死んで楽になる事を望んじゃいない。むしろ生き永らえて苦しみ続けろと願ってる」
「……っそんな」
「とある被害女性の兄上は、80歳とか90歳とかまで一生飼い殺しにしても飽き足りないとおっしゃってたな」
よほど口惜しかったんだろう、オレにコッソリ耳打ちして去っていった上位文官の青年がいた。
その耳打ちの内容を教えといてやる。
そして。
「お前、放逐されたら一生誰かに追い回されるだろうな。特赦も恩赦もなく終生牢につながれたままのほうが間違いなく長生きできるぞ」
オレの意見も添えてやった。
――――――――――――――――――
「ああそうだ、オレ達がここを離れる前に訊いておきたい事があったんだった」
モーガンが、借り物の長剣を抜きながら言った。
借り物でもモーガンが持つととんでもなく様になる……絶対、薬剤師には見えない姿。
「お前、客間で何する気だったんだ?」
殺気漂う冷気が、モーガンから吹き出し始めた。
抜き身の長剣が恐怖を増す。
「……で、伝説の巫女様に一言ご挨拶を」
「要人でもない身分でご挨拶とか笑わせんな」
モーガン、キッパリ言い捨てた。
「文官ですらない奴に皇宮の賓客が会うと思うあたり、おめでたい頭してやがるんだな」
馬鹿の顔の前に、刃のついた長剣を突きつけた。
「そもそも無断で侵入しといて何がご挨拶だ。伯爵家の末のお嬢さまでも、オレの家に来たらドア位ノックしてたぞ……うちの特殊な入口のノッカーに手が届きゃしねえ2歳位ん時でも、ご自分の部屋に入る時以外はドアを叩く位は知っていらした」
モーガンの家は、森番小屋と薬剤師館とテイラー家の入口扉が3つ並んでる独特な建物だ。
「どのドア叩きゃオレが出てくるのかが正確にお分かりになったのは5歳……だっけ?」
僕に確認してくるモーガン。
「6歳。左を叩いたらいろんな年代のお姉さん達が、右を叩いたらこわもてお兄さん達が出てくるから覚えたらしいよ」
……覚え方がまさかの消去法なんだけどね。
「ま、女性客のいる客間への無断侵入なら想像つく思惑は1つしかねえけどな」
怒りを湛えた目で、長剣を横真一文字に振り抜いた!
はらり。
奴のボサボサな頭髪、その毛先が大量に散った。
「安心しろ、今は殺しゃしねえ……だがな」
どすっ。
奴の目の前の木机に、長剣がザックリ刺さった……モーガンが刺した。
粗い木目の木でできてる安っぽい机とはいえ、剣の真ん中近くまで刺すとは……ま、切れる真剣借りて来るよう言っといて言うのもなんだけど。
モーガンは恐怖におののく奴の目の前でゆっくり剣を抜いたら、次は右足を振り上げ木机にかかと落としをくらわせた。
バキっ。
木机が真っ二つに割れた……絶対、薬剤師に見えないって!
「てめえの頭位、いつでも簡単にカチ割れるって事を覚えとけ」
モーガンは捨て台詞を吐いて、奴に背を向けた。
これほど怒っているモーガンを、僕はこれまで見た事がない。
「放逐された場合、こういう身の危険からも毎日自分で回避する必要があるんだ……それも、前を切られた状態でね。できる、ってんなら止めはしないよ?でも、できる?その鍛練さぼりきったようなナマクラな図体で。僕としても罪人が死んで楽になるのは許容できなくてね……そういう意味で死んで欲しくないんだ。僕が言いたい事はその湿気たオガクズの詰まった頭でも理解できてるかな?」
左手の中指1本で、奴のあごをあげさせる。
「……お前の選択肢は1つしかない」
冷たく宣告し、僕も奴に背を向けた。
部屋から出ると、牢の番人がすかさず施錠した。
「あ、そこの監視窓から見てもらったらわかるけど……あの部屋の机壊しちゃったんだオレ。弁償するから、請求書をここに回してくれる?」
モーガンはポケットから薬剤師館公式の封筒を出し、自分の名前を書き加えて番人に渡した。
番人は監視窓から中を見て……改めて見て、もう一度目をこすって凝視した。
「……わ……れてる?」
「いやー、あんまりにもグダグダ抜かすもんだからキレちゃってね……つい」
「つい、で割れるもんですか!?」
「割っちゃった。あれじゃ運んできた飯を置く場所に職員の人が困るから、取りかえてやって」
あくまでも職員の利便性のため、か……いや待って。
「あの割れた机は部屋の隅にずっと置いておけるかな?四六時中あれが視界に入ってたら、目の前でバキっとやられた事を忘れないんじゃない?」
「ああそれいいね。掃除の手間増えちゃうけど……」
「その点のご心配だけはご無用です、清掃は住人が行ってますので」
「あ、ならいいや。置いといてやって」
いつでも僕達を思い出してもらおうじゃないの。
「……机って、かかと落としで割れるものなんだね」
滞在させていただいていた部屋で荷物をまとめながら、モーガンに訊いた。
「ああ、あれ。先に剣を思いっきり刺したろ?切れ味のいい刃物で木目に沿って傷いれとくと、あの程度の木製なら人力でイケる」
「じゃ、先にあいつの髪を切ったのは……」
「借り物だから事前に試せてなかった、剣の切れ味チェック」
……やっぱり。
「ね、誰にどこまで報告されたい?」
一応訊いておこう。
「……何を、誰に」
「あの馬鹿を脅した事、お父さまとシャルルには報告しなきゃいけないけど……その、エレナに即刻伝わるルートにも報告する?」
「え」
「たぶん気づいてるよ、あの馬鹿が客間に侵入してきた意図。何てったって僕達より年上の女性だしね。その上で改めて訊くけど、エレナの育ての親に報告する?」
「……それうちの親じゃねえかよ」
「遅かれ早かれ伝わる話だよね」
「そんなもん伯爵夫人から母さんには即刻筒抜けに決まってんだろ……ああもう、先に自分でエレナに言っとくよ!どっちみち机をカチ割った事も請求書が届けばバレるんだし」
荷物がまとまり次第出ようと思っていたから開け放していた扉を叩く音がした。
「はい!」
「外までお話の内容がだだもれでしたけれど、よろしいのでしょうか?」
叩いたのは、ガーネット様。
「脅したとか机を割ったとか少々不穏な文言が聞こえたのですけれど」
それは……驚かせてしまったかな。
「あの恥知らずの馬鹿息子が一生外界に出る気を起こさせなくするための必要悪です」
モーガンが真顔で言った。
「具体的には、何をしてくださったのでしょう?」
「サン・トリスタンの法における刑罰の説明を少々……あ、モーガン。先にグレイさんの家に行って待ってて。エレナに説明する時間がいるだろ?」
「え、帰る前に話すの?」
「帰ったら即お父さまとシャルルに報告しなきゃならないんだから……そこからテイラー夫人に話がいくのはすぐだよ?そしたらそこからは……」
「……だよなあ、機密事項以外は完全に筒抜けだもんな」
「先に話しといたほうが絶対いいって」
半ば渋々モーガンが自分の荷物を持って部屋を出た。
「テイラー夫人がおっしゃってましたわ……エレナさんに何かあったらモーガンさんが黙っちゃいないって」
そりゃそうだよ、小さい頃からそうだもん。
「それに伯爵夫人も、モーガンさんが何かやる時にはクロード様が手助けして動くはずだと……」
「母達にはそこまでバレていましたか」
実際にそうなったわけだし。
「モーガンさんが黙ってはいないというのは……?」
「彼にとってエレナは、単なる『一緒に育ったお姉ちゃん的存在』じゃないって事です」
「え」
「あの容姿で本業が頭脳派のあれな上あそこまで腕がたつ男がモテないはずなさそうでしょ?なのに他の誰にも目もくれず独り身生活28年なんですから、推して知るべし……あ、バラした事は内緒にしておいてくださいね。木剣でだけど僕が勝てる見込みのないノーハンデ試合を挑まれちゃうので」
僕が知る限りにおいてモーガンがエレナを「姉ちゃん」と呼んだのは、名前がわかるまでの間だけ。
その後は一度たりとも聞いた事がない。
「モーガンとエレナに関しては、まあそういう感じです」
「なら、モーガンさんがひと暴れなさるのは……当然ですわね」
……あんなあやふやな説明なのに、おわかりいただけたようだ。
「ところで……もうお戻りなんですよね?」
お訊ねになる。
「はい。ですが、もう何のお気づかいなく橋の向こうへいらしていただけますよ。お祖母さまの故郷にも堂々とお連れできますので、その際にはいつでもご用命ください」
ガーネット様は、エリーザと同じ年齢のはずだけど……本当に16なんだろうかと時々思う。
エリーザが16にしては幼いだけかもしれないけど。
「そうですよね、もう1つの国になったのだから……あ、そうだわ」
「どうかなさいました?」
「行商のローウェル商隊を探す事ってできますか?」
ローウェル商隊……確か、ガーネット様のお祖父様と伯父様。
「橋の往来が制限なく自由になったと伝えていただけるだけでかまいませんので、お願いできますでしょうか?」
それ位なら、お安いご用だ。
「商隊もお母さまに会いたいはずですから……訪問を年4回に制限されていましたもの」
「理不尽に制限されていたんですよね」
「はい」
「罪状から鑑みて、尋問が長引くと思いますので……僕は罪人が死んで楽になるのは許容できない性分なので、簡単には死なないように毎日少しずつ尋問してくださいと依頼したんです。その尋問の中に『何故年4回にしたのか』も入れていただきましょう」
生かしておいて尋問を繰り返す意味がわからないと、依頼した時にブラッドレー親子から言われたけども。
「エマーソン大公からおうかがいしました。体が蝕まれている時、自分は翌朝目覚められるのか不安で眠るのが怖かったそうです。ヴァルジ……親のほうにはそれに近い感覚を味わっていただかねば気が済みません」
自分はいつ刑に処せられるのか、明日か、明後日か……とヤキモキさせてやりますよ、と大公にはお伝えしてある。
「尋問が終了し次第、刑は執行されます。用済みですからね」
「……用済み」
「皇族への反逆罪は絞首か斬首という事だそうですが、そんな簡単に楽にしてやる必要はない気がするんです」
他者を何度もじわじわ殺そうと企てた輩を、スパっと死なせてなるものか。
「同じ目に遭わせなきゃ。自分が同じ目に遭ってはじめて、己のおかした罪を自覚して……死ぬのはそれからです」
ガーネット様は、驚いた顔を。
養子とはいえサン・トリスタン王家に連なる家の息子が言うような言葉じゃないからね……。
「必要悪、です。さっきモーガンも言ってた奴ですね。具体的には……身辺の世話を最低限に抑えさせたうえで食事に消化抑制剤と麻痺薬を混入させます」
それは、ガーネット様のお祖父さまとお父さまがされていた事と同じで……こちらはやめさせないまま続ける。
「尋問の終了が刑の開始、となるわけです……陰湿だとお思いですか?」
「え」
「スパっとやっちまえばいいのに、とサイモンにははっきり言われてしまいました。おそらくその父親にもそう思われているのでしょうね」
「……私も、早々に死んで楽になられるのは嫌です。あの方は楽になられてよかったかもしれませんが、その原因を作ったあいつを楽にしてやる筋合いはないと思っております」
お名前はお出しにならなかったけど……ヴァルジの息子の被害者令嬢の事だろう。
どうやら、同意見のようだ。
「被害女性達も、皆さん一様に絞首か斬首には反対でしたの……どうやら私だけが身体的被害もなくあいつを倒したようなので、被害者代表として表へ出ております」
……ついこの間まで皇女と呼ばれていた方が。
「だって……他の方々は姿をお見せにならないほうがよろしいかと思いまして」
確かに、そうだけど。
「男性の蹴飛ばし方を訊きにいらっしゃるお嬢さんがたには、蹴り方を伝授しておりますし」
え。
そこまでなさらなくてもいいような気が。
――――――――――――――――――
「帰る前に、先に言っとくんだけど……オレ、医師館の幽閉牢みたいなとこの備品ぶっ壊した。薬剤師館に請求来ると思う」
モーガンだけがグレイさん宅へ戻ってくるなり、いきなり言い出した……備品壊した、ですって?
「ヴァルジの馬鹿息子に、処罰の三択を迫りに行ったんだ。ルブラン法に則って絞首か斬首で死ぬか、サン・トリスタン法に則って終身禁錮か放逐かを選べって言ったら……事もあろうか放逐を選ぼうとしやがってさ」
放逐、といえば……確か切るはず。
「それを思いとどまらせるためにひと暴れしたら、幽閉牢の机がまっ二つに割れちまって」
「割った、のよね?」
「……はい割りました。放逐第1号にはしたくなくて。生かさず殺さずの終身禁錮を選ばざるを得ないよう脅しを少々」
「それが、机割り……脅し方、おかしくない?」
「……てめえの頭位いつでも簡単にカチ割れるって事を覚えとけって言っちまったのはまずかったかな」
ああもう……まずいに決まってるでしょうが。
二度と使い物にならなくする=切り離す!
ええ、性犯罪者にご立派な物は不要です。
(作者の個人的見解によります)
そしてモーガン、器物損壊です……。
(壊した直後に申告して弁償を申し出てますけれど)




