1. 2年の月日は重いのか軽いのか。
第7話です。
前章より2年経過いたしました。
2年経って平和(……平和か?)なお話をば。
(言葉はかなり選んでおりますが、若干どころか相当人倫に反した行為・行動の表現がございます。文化でも男のロマンでもなんでもないです。ただのゲスです)
便宜上エレナちゃんが発見された日を「7歳の誕生日」という事にしてから2年が経ったけれど、エレナちゃんのお父さんお母さんはどこで何をしているの?
娘が忽然と姿を消したって言うのに探しにも来ないなんて。
「アリアドネ。考えすぎかもしれんが……もしかするとエレナちゃんの親はもう探しに来ない可能性がなきにしもあらず、だ」
暇ではないはずの父、定期的にうちに来てるんだけど……もしかして、本当は暇なの?
「それはどういう意味で……」
「……クロードの父親がもう二度とクロードに会いに来ぬのと同義だ」
何か言葉を選んでるけど……もう死んでるって事?
「2年も音沙汰がないという事は、その可能性も視野にいれねばならん」
そうか、そうよね。
確か2年前にも誰かが言ってたわね……エレナちゃんだけが動ける状態で逃げてきたのかも、って。
誰だったかしら?まあいいわ。
「……で、クロードは急に父親がいなくなって寂しがったりはしていないか?」
2年前。ちょうどうちが母子家庭になったタイミングだったのよね、エレナちゃんが来たのって。
「それが全然。むしろいなくなってせいせいしてる感じがするわ」
クロードの父親……まあ私の夫だった男なんだけど、結婚後にとんでもないクズだとわかって父が怒り狂ったの。
「まさかと思うが、クロードはあのクズのクズたる部分を……?」
父はあいつを名前で呼ぶ気はもうない模様。私もだけど(必要に迫られない限り)。
「見ちゃったみたい。あの丁寧な物言いの子が『父ちゃんに忘れ物届けに行ったら、変なおばちゃんがぼくをこわい顔でにらんでた』って言ったもの」
「変なおばちゃん、か。うまい事を言うなあ」
ええ、その女・シンシアは夫だったアンドリュースの「結婚前からの」恋人だったんですよ。
「孫の実父の事をあまり悪く言いたくはないが……相手はグリッサム大佐の若い後妻だったんだよなあ確か」
「彼女が大佐の2度めの後妻におさまる前からのおつきあいだったそうよ」
「大佐が再々婚してからおまえが結婚したから……」
「彼女との間にお子様がいらっしゃらないまま大佐がお亡くなりになったのは不幸中の幸いだったわね」
「……そこまでの仲だったのか」
ええ、もしも子供ができていたら大変な事になってたでしょうね、どっちの子供かわかんないんだから。
「葬儀の時に、当事者から延々と聞かされたの。鬱陶しかったんだから」
あの女、私には彼から全財産を譲り渡すという遺言書があるの!アナタなんかより自分のほうがつきあい長いんだから!って恥ずかしげもなく「グリッサム夫人」と名乗りながら宣言してきて驚いたわよ。
「他人の夫の葬儀の場で、その遺産は私のものよ!なんて、軍人の奥方を名乗りながら言ってはいけないわよねえ」
「……言ったのか」
「言ったわよ、それもかなりの大声でね。だから渡したわ。遺言書どおりにあの人の『遺産』を全部ね」
法定相続なら私とクロードに遺されるものだったはずだけど、遺言相続はその遺言書の通りに渡される。
「そんなに遺産が欲しいのなら全部あげるわよ、ただし『やっぱりいらない』ってのはなしですからね……って言って、全部渡したわ。嬉しそうに受け取ってたわね」
遺産を私にたかる姿はたくさんの目撃者もいるし、好都合だったわ。
「その件についてはサイラスからも聞いてる。それならば、と『受取拒否不可』が公的に認められる受領書を作ってサインさせたと言っていた。『これでクロード様が借金まみれにならずに済みますな』と高笑いしておったよ。有能な法務担当執事だよ、サイラスは」
アンドリュースは、妻が親から譲り受けた資産は自分の物になっていると思ってたらしく、「返せなくなっても資産を取り崩して返せる」と思い込んで高利貸しから多額の借金をしてた。
当然私が母から受け継いだ遺産は彼に渡らないので、焦ったんでしょうね。他の高利貸しから借りたお金で返済してたから、仕事中の事故で死んだ時には既にものすごい金額にふくれあがってた。
そのバカみたいに多額の借金を全部抱え込んだから、大佐の遺児達からも無一文で縁切りされたそうだけど……私には親切なのよ、グリッサム家の皆さん。
最初の奥さまとの6人のお子さま達・次の奥さまとの5人のお子さま達とその伴侶の皆さま合計22人いらっしゃいますけど、皆さま口を揃えておっしゃいました。
「あのアバズレな尻軽を追い出すきっかけをくれてありがとう」
感謝されちゃった、「一応先代当主の妻」に膨大な借金を全部かぶせたってのに……。
「よほど切りたかったんだろうな、お子さん達は義母を」
ちょっと……言い方なんとかならない?
「一番上の娘さんなんて、ご自身より年下だったんですってよ、あの女のほうが」
「なんと!」
「それにお子さまがたは皆さまあの女の不貞行為全部ご存知でしたわ……大佐ご存命の頃から」
「……そりゃご愁傷さまだ」
「あの女、見た目だけは清楚だから」
そう、見た目だけは清楚。
実際はとんでもない女。
「父さんも気をつけてよ?ああいうのに引っかかっちゃダメ」
「……大丈夫、だと思う、たぶん」
2年前にエレナちゃんが来た頃、クロードの父親が全く姿を現さなかったのは……こういう事情だったわけです。死んでたんですね(…言い方)。
ええ、クズですね。ゲスですね。最低ですね(特に女)。
なので借金まみれにして亡夫の身内から総縁切りさせときました。
(一番の悪党は作者な気がする)