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アルヴィノーラの森で  作者: ありかわつぐみ
処断の時
66/81

断罪と失脚と


謁見の間に、総集結いたしました。


(今回とても長くなってしまいましたが分割するべき場面が見当たりませんでしたのでそのままで……)



宰相と私が呼び出されたのは、ルブラン帝国皇宮・謁見の間。

最奥最上段壇上に玉座が常設されている……当代の皇帝陛下には現在皇后陛下がいらっしゃらないため、1つしかない。

その前には2段あり、皇嗣殿下ご夫妻や継嗣殿下の御座がしつらえられたり国賓の席がおかれたり、時と場合によっては宰相や上級文官が立ったりする。



アドルフ・ヴァルジ宰相は、謁見の間に呼ばれた際いつものように玉座前の壇上にあがろうとした。

「宰相。本日はそちらは御座を、一段下は椅子席をもうけますのでおさがりください」

謁見の間担当の女官に言われ、さがる宰相だった。



このところずっと、陛下と皇嗣殿下に差し上げている消化抑制剤と麻痺薬を混ぜた食事が手つかずで戻ってきている。

皇嗣殿下のほうには陛下より多めに薬を混ぜてあるのを宰相は知っているので、食事も摂れぬほど衰弱された陛下への謁見となるなら皇嗣殿下はお出ましにならぬと思ったのだろう。


玉座下に御座が2つ、さらにその下に椅子が4つ置かれた。

どうやら皇嗣殿下ご夫妻はお出ましになるようだ……が、4人は誰だろう?

継嗣殿下とガーネット皇女殿下とトーマス皇子殿下なら、4つめはどなたが?

トーマス殿下の後見がわりにサルヴァトーレ翁でも座るのか?

「侍医長……これはどういう事だと思う?」

宰相が私に問うも、私にもわけがわからない。

「……宰相の席は壇上にないという事しかわかりかねます」




――――――――――――――――――




謁見の間へ召喚された……そう、()()

賓客を饗応するため呼ばれたのではないという事。

入室した時、薄々感じてはいた。

壁際に居並ぶ上級文官、立ち働く女官の人数の多さ。

すべてが賓客への対応とは違ったものだった。

しかし、習慣とはおそろしいもので……玉座のおそば近くへ足が向いていた。

玉座の一段下、御座も置かれる場合はその下がいつもの私の立ち位置だからだ。


が、あっさり女官に退けられた。



玉座側に、私の場所はない……いったい何が起こるのだろう?




――――――――――――――――――




「ヴァルジめが……今さら玉座側にたてると思うなど愚かな」

わしは控えの間から覗いて愚痴をこぼした。

バーンズ夫人(ミセス・バーンズ)からうかがったけど、宰相は息子がどこにいるのか把握できていないそうよ……夫人に所在を訊いたんですって。お笑い(ぐさ)よね。息子の教育からしめ出しておいて、この期に及んで『おまえは母親だろう』となじったとか。ヴァルジ夫人(ミセス・ヴァルジ)は『寝言は寝てからおっしゃってくださいませ』と言ったんだか言わなかったんだか」

わしの隣で、ガーネットがこぼした……ガーネットは、途中から証人として謁見の間へ呼び込まれる事になっておる。

「取っ捕まっとる馬鹿息子の件で召喚されとるとは微塵も感じておらんな、あの様子では」

「私、伯爵領(あちら)でエリーザちゃ……エリーザ嬢とお話ししていて知った言葉があります。『蛙の子は蛙、蛙の孫も蛙』ってエリーザ嬢はおっしゃったわ。その言葉を当てはめて言い変えるなら……『馬鹿の祖父は馬鹿』ですね」

何を教わって来たんだ……その通り、ではあるが。

「そしてバーンズ夫人(ミセス・バーンズ)は『屑籠生まれの宝冠』ですわね」

確かに、そうだ。

ヴァルジを唯一褒め称えるとしたら、娘を良識ある妻女に養育させた事だろう。

「さて、わしはシルベスターと共にもう出て行くが……」

薬剤師殿の飯のおかげでピンシャンしとるシルベスターを支える必要はあるのかと思うたが……参謀・クロード殿の「宰相一派(あいつら)を油断させたほうがいい」という事で、ゴードンはタリアに支えられて出座する。

タリアこそ支えられねばならん身体なんだが……侍女殿の母上が近くで見守っているからと突っぱねられてしもうた。

まあいいか。

クロード殿も多少は腕に覚えがありそうだし、いざとなれば護衛にしか見えない薬剤師殿もいるわけだし。




――――――――――――――――――




「よろしいですね……弱ってるように見せかけなきゃならないんですから」

私と父上は、モーガンさんに嫌というほど念を押されていた。

「わし、笑いそうになるんだが」

「サルヴァトーレさんも、そこはこらえてください。吐きそうな顔でもして陛下をお支えして玉座までお連れください。絶対笑わないで。こちらが優位に立てなくなりますからね」

クロードさんにも注意された。


そして。

演技力のつたない我々は、策士達の手を借りて謁見の間へ出ていった。





侍医長はひざまづいて頭を垂れていたが、ヴァルジは……ヒザをついてはいたが(おもて)をあげていた。

ヴァルジの表情が見えた途端、はらわたが煮えくり返るかと思った。


……ほくそ笑んでる!


正確に言うなら笑ってはいないが、口角がわずかに上がっているのが見てとれた。

(おもて)をあげよとはいまだ命じておらんはずだが、何故宰相と目が合うのだろう?」

父上が聞こえるか聞こえないか位の声で隣のエンリコさんに訊いている。

「さて、わかりませぬなあ……壇上にあがらぬ者の作法を知らぬまま長じてしもうたのかな?」

そう言われてみれば……ヴァルジは父親イーゴリの補佐として皇宮に来はじめ、その後イーゴリが急死して宰相代理となりそのまま宰相となった。

ずっと壇上の人だった。


どうやらヴァルジの耳には届いたようで、慌てて顔を伏せていた。

「私の名代としなくて正解であったな……」

「左様。無礼者と斬り捨てられてもおかしくないな……わしが行った事のある国の中では、南西の島国が礼儀にかなり厳しかった。少しでも礼を失すると、客であるにもかかわらず礼儀作法担当の神官に棒で打ち据えられたもんだ」

エンリコさんは若い頃、何ヵ国も留学していた人として有名だから……たとえ口からでまかせだったとしても信憑性が高く見えるだろう。



父上が玉座につき、エンリコさんが控えの間に戻る。

入れ代わるようにタリアと共に謁見の間へ入った。

さすがのヴァルジも多少は学習能力はあるようで、顔を伏せている。

が、上目づかいで私達の顔色を見ている気配はする。


実を言えば、父上と私はあのとても美味しいスープのおかげで元気になり()()()ため、血色がよかった。特に唇が。

なのでエレナさんおすすめの天然素材染料で唇を薄紫にしている。

「主成分は赤ブドウの果皮色素ですので、身体に悪影響は全くございません。定着剤を使っていませんので、簡単に色は落ちます」

との事で、急いで色を落としたい時はなめ取ればいいと。


おそらくうつむき加減の我々の唇が紫なので()()しているのだろう。

侍医長はともかくヴァルジには余裕が見てとれた。



「……(おもて)を、あげよ」

父上のささやかな声がした。

ヴァルジと侍医長が我々を見た。

侍医長は……さすが医者というべきか、我々の()()を見て全てを悟った顔をした。

唇こそ紫になってはいるが、顔や手の血色がやたら良いわけで……おそらく、侍医長には仮病状態がバレた。

だが……口を強く引き結んだ様子を見るに、日和見(ひよりみ)しようとしているのだろう。

「宰相は、何故呼ばれたか、心当たりはあるか?」

「……いいえ、思い当たるふしはございません」

「まことに、か?」

「はい、ございません」

ぬけぬけと言い放った。

「左様か。では、お客人をこちらへ」

巫女様ご一行が、エンリコさんに連れられて入室した。

上座にあたる椅子にエレナさんが、その次にクロードさんが着き、モーガンさんがその次の椅子に腰かけた。

そしてエンリコさんが残る1つに座る。

「こちら様に、覚えはあろうな?」

父上が問う。

「……どちらからいらしたのかは存じ上げませんが、皇嗣妃殿下がお招きのお客様、でいらっしゃいます」

「皇嗣妃が、私と皇嗣のためにと招いてくれた、大事なお客人だ。が。宰相、彼らの行く手を、複数回遮ろうとしたそうだな」

「それは……何らかの行き違いでございましょう」

「当事者たる客人と、複数の目撃者の証言があっても、言い逃れようとするか」

「……いえ、そのような事は」

「かなり無礼な物言いだったと、聞き及んでおる」

「誰がそのような……」

「1人はわしだ。わしの眼前で退けようとしよったではないか」

エンリコさんが遮った。

「ガーネット殿下の侍女や、トーマス殿下の剣術指南役も居った。それを虚偽と言うつもりかな?」

ハッとした顔をした……エンリコさんがまだ謁見の間にとどまっていた事に今気づいたようだった。

「陛下のもとへ参る際には、皇嗣妃殿下もいらっしゃった。その目撃証人を前にしてとぼけるとは……状況の認知能力に問題がありそうだな」

エンリコさん、容赦ない。

この父にしてこの子(蛙の子は蛙)とは、うまく言ったものだ」

はぁ、と深いため息をつく。

「して、宰相。そのほうの愚……いや、息子はいずこにおる?」

父上、うっかり他人の子供を「()()」と言いかけたようだ……言いたくなるのもわかるけど。

「……それが、数日前より帰宅いたしておりません」

「所在は?」

「探させております……」

「10日ほど前、皇宮で昏倒しておったな?」

ガーネットが蹴り倒した一件の事だ。

「……その後からほどなく、姿を見なくなりまして」

「ほう……それは親として心配だな」

父上が心にもない事を言った。

「だが。そのほうの息子によう似た姓名不詳の男が拘束されておるのを知っているか?」

「……は?」

ヴァルジが間の抜けた声を出した。

「こちらのお客人が滞在なさる客間へ無断で押し入ったとして、お客人の護衛の方の手により捕縛されておるのだ」

モーガンさんが控えの間に戻り、腕を体の前で束ねたような縛り方をされた若い男を2人連れてきた。

1人は観念したのか素直に歩いていたが、もう1人は往生際悪く引きずられている。

「テメエ重いんだから歩きやがれ、()()()()()()

……引きずる男の耳もとでつぶやくモーガンさんの声がきこえた。


()()引っこ抜くのかは、考えないようにしたほうがいいだろう。




――――――――――――――――――




テイラー薬剤師に引きずられているヴァルジの息子は、室内に己の父親がいる事に気づいたようだった。

「……父上!これを解くように……」

「発言の許可は与えておらぬ。控えおれ!」

私は弱々しいふりをやめる事にした。

この礼儀知らず親子を前に、もう限界を超えた。

「おや、そちらは宰相補佐官の息子ではないか。そのほうがついていたのであれば何故」

つい、口をついて出た。

「おそれながら申し上げます……」

さすがは文官試験合格者、発言許可の求め方を知っている。

「なんだ」

「このような暴挙に出るとわかっていたなら、止めたと思います……いえ、止めました。しかし『会いに行くぞ』とだけ言われましたのでついて行きました。当然、面会のお約束があるものと思っておりましたので。まさかお約束もなくノックもせず扉を開け押し入るなどという2歳児顔負けの行為をなさるとは思ってもおりませんでした。引き返させようと手を伸ばすもどんどん進みますもので、その後止める事すらかなわぬまま、あっという間に捕縛されてしまいました」

「そのほう、1度宰相の息子を擁護した発言をしたようだが?」

「はい、しかし本心ではございません。私を睨むように見つめる自分を助けろという()()()の無言の圧力に負けました。本心は……捕まって当然だ、でした」

ヴァルジの息子が、驚いた顔で補佐官の息子を見た。

「そもそも私はヴァルジ家の使用人ではございません。補佐官の息子の中で一番年齢が近かったからくっつけられてるだけでございます」

縁切りしたくてたまらない様子が見てとれた。

「……おまっ」

「そのほうは控えおれと申したであろうが!」

ヴァルジの息子に発言の許可は与えていない。

その親であるヴァルジは顔面蒼白になっていた。

()()()は、自分に酷い事をした女を追えと私に命じました。しかし、私は()()()の使用人ではないので断りました。別の人達に命じていました。あの人達は戻っていないようなので、無事に逃げられている事を切にお祈り申し上げます」

宰相補佐官の息子は、言い終えると黙って可能な限り体を折った。

悪い男ではなさそうだ。

それに……蹴り倒して逃げたガーネットを追えと命じた者を私の前で明らかにした。

敵ではない……いや、そればかりか。

もしかすると、私が思っている以上に味方かもしれない。

「サルヴァトーレ様!この場をお借りする形で恐縮ですが、折り入ってご相談が」

補佐官の息子が、先生に話しかけた……が、視線は先生のほうを向いてはいない。

「サルヴァトーレ、聞いてやれ」

公の場では先生と呼ばないようにしている。

先生が補佐官の息子のもとへ降りていった。

なにやら小声で話すのを聞いている。

「では、お前の父親にそれを持って来させればよいのか……誰k」

「お待ちください。父は()()()の父親の腹心です。父だけだとそのような物はなかったと言って隠蔽しかねませんので……()()()()()()()()()()()()()()()()を複数お付けくださいませ!」

私をじっと見て、補佐官の息子は言った……私の手の者をつけて欲しいと言いたいように思えた。

「サルヴァトーレ、ここへ」

先生を呼んだ。

バーンズ夫人(ミセス・バーンズ)の夫のヘンリー・バーンズと、バーンズの妹の夫のセドリック・ロドリゲスがこの場におる。その2人をつけようかと思ったんだが駄目か?」

「いえ、そうではありません。つける者はその2人で。で……何を父親に持って来させようと?」

「ヴァルジの息子の行動を事細かに記した手帳を入れた鍵付きの文箱だそうだ。いずれ縁切りしたいがために、自己嫌悪に陥りながら書き留めたと言っておった」

「こちらが思っている以上に味方かもしれませんね」

「それだ」

先生はテイラー薬剤師を呼んだ。

「この男の拘束を少し緩めてやってもらえんか?」

「はい。こちらは逃げる気配もありませんので緩めてもよいかと思っておりました」

そして

「悪いけど、親指と手首だけは縛らせてもらうよ。あと腰紐もつけたままだけど」

手首からひじまでの布を取り去り……

「こいつの口をふさいでよろしいですか?」

「やっちまってくれ。勝手にしゃべり出す都度陛下が黙れとおっしゃらねばならんからな」

「かしこまりました……その前に、念のため確認を」

指に布を巻きつけ、それをヴァルジの息子の口に突っ込んだ!

「……毒物を口に含んでいないかの確認です。ま、今朝方与えたパンをガツガツ食ってましたので大丈夫でしょうけども」

そしてその一度指に巻いた布を口に突っ込み、上から口をふさいだ。

「鼻づまりだったらごめんよ、でも鼻で息してろ」

テイラー薬剤師は、冷ややかだった。




――――――――――――――――――




宰相閣下が謁見の間に呼び出され、しばらくして補佐官の内の1人である私まで呼び出された。

政務上の不備だろうか?


謁見の間に入ると……そこには異様な光景が広がっていた。

宰相閣下のご子息と我が息子が拘束されて床に座っている!

ただ、縛られ方に差があった。

我が息子は、手首だけしか縛られていないのに……閣下のご子息はひじから先をピッタリ合わせてくくりつけられており、口もふさがれている。

「……これは、いったい」

どなたか説明してくださいませんか……?


なんでも私が呼ばれたのは……息子の部屋に置いてある物を取ってきて欲しいという依頼だった。

「僕の部屋の書き物机の上から2段目の引き出しに入ってる、鍵のかかる文箱を持ってきて欲しい」

息子が言った。

「途中で開けようとしないで持って来てよね」

文官が2人、付き添いでつくという。

1人は確か、ロドリゲスと言ったっけ。

もう1人はロドリゲスの妻の兄。

ええいもう、何とでもなれ!





息子の部屋の机の引き出しはすぐにわかった。

鍵付きの文箱とやらもすぐにわかった。

ダイヤルで数字を合わせれば開く鍵がついている。

「あいつが使いそうな番号は……」

「開けようとしないで持って来るよう言われておりませんでしたか」

そうだった。

「お預かりしておきましょう」

ロドリゲスの義兄が、文箱をそっと抱えた。




「その文箱だが……そのほうがまず開けてみよ」

陛下が私に仰せだ……が。

「お言葉ではございますが、わたくしでは開けられません。子が隠すほどの物ならば、わたくしのあずかり知らぬ番号でございましょう。わたくしどもの家族の誕生日などでは絶対にないでしょう。開けられるとは思えません」

陛下の御前で開ける以上、いかがわしい物ではないだろう。

「なるほどな。では、開ける番号を訊いt……そうだ。女官に開けてもらおうじゃないか」

サルヴァトーレ様がおっしゃって、女官が1人手招きで呼ばれた。

「女官殿、こちらの彼から番号を訊いて開けて欲しい」

「あの……これ、番号を回すだけでは開かないんです。お手数かけて申し訳ありませんが、僕の首にかかっている鎖の先にロケットペンダントがついてます。それをひっぱり出していただいて開けてもらって、中の鍵をダイヤル横の鍵穴に突っ込んでから回さないと開かない仕組みです」

何とも凝った造作の錠前のついた文箱を手に入れていたものよ……

「鍵穴、見当たりませんわ?」

「まずは鍵をご覧いただければわかります」

女官が息子に詫びながら襟元へ手をいれてロケットペンダントを出した。

開けると……小さくて薄い鍵が入っている。

「この不自然な隙間が鍵穴でしたのね」

そこへ鍵を突き刺し、息子から耳打ちされた番号どおりに合わせ……開いた。

「そのままサルヴァトーレ様へお渡しいただいてよろしゅうございますか」

息子は私を信用していないのだと思い知らされた。

サルヴァトーレ様は文箱を開け、中身を取り出した。

「見てよいのか?」

「もとよりそのつもりで持って来させましたので」

手帳のような物が数冊だった。

陛下や皇嗣殿下ご夫妻も手にとられ……そして激怒なさった。


「ヴァルジ!そのほう、息子の不始末の責をとれ!」


陛下の怒鳴り声で、顔を上げて気がついた。

体調をくずしておられたのは、もうすっかりよくおなりのようでよかった……けれども。

「……息子の、不始末でございますか?このたびの一件は……」

痴れ者(しれもの)が!今回は今回だが、それ以前の不始末の数々だ!そのほうが揉み消したものがいくつもあろう!」

そんなに怒鳴り続けては、おからだに差し障りの3つや4つは出ませんか?

「先日亡くなった令嬢や公の場に出ぬようになった令嬢達の名が、日時と共に記されておる……彼女らの尊厳にかけて名はここで明かせぬが」

「ならば、証拠としては不確実ではございませんか?」

閣下が……いや、ヴァルジ殿がぬけぬけと言い出した。

「証拠……証人が名乗り出ぬと、そう言いたいのか」

サルヴァトーレ様がそうおっしゃると、一番新しいものと思われる1冊を手に取った。

「10日ほど前の日付だな、読み上げようか……ミハイル、皇宮奥へ推参。僕が少し目を離した隙に奥へ。何かやらかしていないか、行方を探す。発見当時、意識のないまま()()を両手で押さえ泡を噴いていた。()()をやったのは被害女性の正当防衛と思われる。育児中の友人いわく、女児には襲われたら()()を蹴って逃げろ、男児には()()を蹴られるような事をするなと教えるものだと。この場合、()()を蹴られたミハイルが悪い。そして場所柄からして、おそれ多くもガーネット皇孫皇女殿下が蹴られたものと推察される。その根拠は、ミハイル発見場所が皇宮内のうち皇族がたの居住区域からほんの少ししか離れていない場所だったからである」

サルヴァトーレ様が朗々と読み上げる息子が記した文書……ところどころ下品で下世話な表現が混ざっていたが、とんでもない内容だった。

「推察されるのであって、確たる証拠はどこにもないのではございませn…」

最後まで言う事は叶わなかった。

控えの間の扉が勢いよく開き、お出ましになったのは……ガーネット皇孫皇女殿下その人だったから。

「証拠というか、証人はここにおりましてよ?」

ほのかな笑みをたたえられ……いや、目は笑っておられなかった。

「居住区域を出てすぐのところでニヤニヤと近づいてきたので、身の危険を感じましたため()()を蹴り上げさせていただきましたの。ご無事でないほうが世の女性のためになると思うておりましたが、残念ながらご無事でしたのね」

さりげなく怖い事を、皇女殿下がおっしゃっている気がするのだけれど。

「ヴァルジ宰相、観念なさいませ」

文箱を開けた女官がヴァルジ殿に声をかけた。

そういえば、聞き覚えがある声……ヴァルジ殿のご息女・シャロン様!?

「娘とはいえ、その物言いは……」

バーンズ夫人(ミセス・バーンズ)とお呼びくださいませ。あなたは私が己の役に立たぬとなったとたん手のひらを返したように娘扱いをしなくなったではありませんか。今さら娘と呼ぶなというものですわ」

ヴァルジ殿はぐうの音もでない様子だった。




――――――――――――――――――




サルヴァトーレ様から、女官の制服を着て謁見の間に潜り込んでいて欲しいとお願いされていたのは……このためだったのかと、両腕をぐるぐる巻きにされたミハイルを見た瞬間、一気に納得。

皇宮内の客間へ侵入したのなら拘束されて当然だけれど……宰相の言い逃れがむしょうに腹が立ってしまった。


もう父だと思いたくなくなってから何年経つかしら?


バーンズ夫人(ミセス・バーンズ)とお呼びくださいませ」


そして弟と呼ぶのもけがらわしい男のもとへ歩みよった。

「馬鹿な事をしでかしてくれたものだわ。お母さま……いえ、母に『私の手の内にある間に手をくだしておけばよかった』と言わしめる行為は、決して許されるものではありません」

玉座のほうを向いて、申しあげる事にした。

「身内の女を代表して、制裁を与えてよろしゅうございましょうか」

「かまわぬ」

陛下から、お許しのお言葉を賜り……私はミハイルの首根っこをつかんで立たせた。


問答無用。

私はミハイルの無防備な下半身に蹴りを加えた。

「命を絶ったご令嬢の分」

1発め。

「泣き寝入りさせられたご令嬢の分」

2発め。

「名乗り出られずにいるご令嬢の分」

3発め。

「そして、ガーネット殿下の分!」

4発めは、渾身の力で蹴り上げた。

「あの……バーンズ夫人(ミセス・バーンズ)、私、逃げる時に既に2度蹴っておりますけれど」

ガーネット殿下がおっしゃいましたが。

「おまけでございますわ。こういうおまけは多くてもかまいませんのよ」

にっこり笑って見せて。

手を使えないため押さえる事もできず悶え苦しむミハイルは、複数の兵に引きずられて退去していって……。

「……私も、蹴るのか」

おびえた顔の宰相。

「思いっきり蹴っ飛ばしたいのはやまやまですが、さすがに一時期は父と呼び慕った事もありますので、決心がつきません」

宰相はホッとした顔を見せた。

「ですので、どなたか私の代わりにこの男を蹴ってくださいませんか?」

ホッとした顔がこわばった。

「私の侍女がやりたそうな顔をしておりますけれど」

ガーネット殿下がさらりとおっしゃって。

……以前「馬鹿の頭を思いっきり蹴っ飛ばしたい」とおっしゃっておられたパール様、でしょうか。

「念願叶うわよパール」

やはりそうでしたか。

「本当にやってよろしゅうございましょうか」

「是非ともやってくださいまし」

「では……」

一瞬、迷いの表情を見せたけれど……パール様は左足を見事な勢いで宰相の側頭へと。


宰相はその場に崩れ落ち、その場にいた侍医長が診て「生命の危険はない」との事で……どこかへ連れて行かれた。


「半ば個人的な制裁にご厚誼賜りまして……ありがとうございます」

私は陛下へと深々と頭を下げた。

「いやなに、その……見事、であった」

妙な御礼を賜った、のは気のせいではないと思いながら。




ミハイル、姉に4度も蹴られ……今度こそ()()()()()()()()よいですね。

アドルフも、失脚待ったなしのようで何よりです。



なお。

補佐官の息子の手帳を読み上げたエンリコ翁は……まさかの()()を連呼する羽目になって若干焦ったようです。

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