8. 来(きた)るべき道へ
チャールズからの手紙やその他連絡事項の書類を持って、帝国側の連絡係が大急ぎで橋を渡ってきた。
「グレイ代表が、まずはこれをホイットニー夫人に渡すようにと……」
1通の封書を開けると、そこにはチャールズの汚い走り書きで至急知らせたい内容が書かれてた。
取り急ぎ、の冒頭の文は
「早々にヴァルジのクソ息子を拘束完了。ご一行に賜った客間へ侵入したため」。
私はこれをまず薬剤師館のマリリン先生に見せた。
「んまぁー!あの子がいる客間に侵入だなんて……」
あきれ返った先生は、その手紙を持った私を連れて伯爵邸へ。
「あらまあ、何ともおそろしい事を……」
伯爵夫人がため息まじりでつぶやく。
「何されても文句言えないですよね」
イリーナちゃんまでもが。
「……どういう事、ですか?」
ガーネット殿下が確認の一言をおっしゃる。
「クロード兄さまとモーガンさんがいてエレナさんもいる部屋に無断でずかずか入っていって無事だった若い男の人は片手の指2本で足りる位の人数しかいないって事」
エリーザ様の回答……え、なんか怖いんですけど。
「……シャルル様とアルフ、ですか?」
「他にいるとは思えないけど?」
「そうよね……クロード以外ではシャルルと兄位しか手負いの獣状態のモーガンに触れられないかと」
イリーナちゃんの念押し。
……何その手負いの獣状態、って。
「威嚇したり、手加減なしで攻撃したりするのよ……無自覚なんだけどね」
イリーナちゃん、遠慮なし!
「お姉ちゃんに手を出されて怒る弟みたいな感じ、かしら」
「モーガンが4歳の時から一緒に育ててきたからねえ……」
姉弟的なあれでしょうか。
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ミハイル・ヴァルジが、伯爵領からのお客様に拘束されたとの事。
お母さまのお客様という事で客間にお泊まりいただく手はずを整えお入りいただいたら、すぐ後に先触れもなく訪ねて……ノックもせずに扉を開けたのだとか。
目的は……まあだいたいわかります。
あわよくば毒牙にかけようという魂胆でしょう。
そしてその報せを聞いた王国伯爵領の皆様がこぞっておっしゃる内容には驚きましたが。
モーガンさんのお母さまでエレナさんのお母さま代わりでもあるテイラー夫人いわく……
「エレナに何かあったら、モーガンが黙っちゃいないよ」。
そうしたらクロード様のお母さまの伯爵夫人が……
「モーガン君が動く時には必ずうちのが手助けするはずよ」。
友人歴≧年齢の幼なじみの阿吽の呼吸、とでもいうのでしょうか。
連絡の仲介役になってくれているホイットニー夫人のもとへ届いたメモ状の報告書によると……ミハイルにいつもくっついている宰相の武官くずれの若い従者が隠し持っていた短剣を瞬時に抜き取って奪いミハイルの首に突きつけたと。
「……きっと一瞬の事だっただろうね」
テイラー夫人の一言が……少しこわかったです。
隠し持つ短剣の存在に気づく文民はあまりいませんから……。
「私、国へ戻ろうと思います」
クロード様とエレナさん・モーガンさんによって私の身の安全は保証された、と思うので……と言うと、伯爵様とテイラー氏が揃って1人でお帰しはできないと主張されてしまった。
そういえば私、ミハイルが差し向けた追っ手につけ回されていたんでした。
忘れてました。
ですけども、私事でこれ以上こちらの人手を割いてしまうわけにもいきません。
「じゃあ、ガーネットちゃんがこっちに来た時に橋まで連れてってくれたおじじ様って方に橋まで来てもらえば?」
エリーザちゃんの提案にのせてもらう事に。
幸いにもグレイのお兄さんの部下の人の中におじじ様の家を知っているという人がいるそうなので、その人にお願いしておじじ様に来てもらうよう連絡をいれて。
「橋を渡りきってそのおじじ様に託すまでは、頭に警護をお願いできますか」
伯爵様がテイラー氏に依頼してくれて。
……テイラー氏がいれば、ミハイルが手を回したと思われる追っ手も襲ってこないでしょう。
こんないかにもな方に挑むのは、よほどの考えなしか馬鹿のやる事だと思いますから。
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オレは、隣国の皇女殿下の警護を仰せつかった。
橋を渡りきって、信頼できるという人物に託すまでの間だけだが。
「皇女殿下……いえお嬢さんを追いかけていたとかいう輩は4人全員、森番の権限において拘束済みですのでご安心ください」
森番の権限……森林保護法の違反者は現行犯でなら森番が拘束できる事になっている。
「定められた野営地以外でたき火をしようとしていたのを見つけたので、拘束してあります。エリーザ様が目撃なさった木の根を踏み荒らしていた奴らでまちがいないです。足跡と靴の裏が一致しましたから」
だから、一応は皇女殿下をつけ狙う輩はいないはず……だが、追加で派遣されている可能性も考えておかないと。
「決して無茶はしないで。あなたは帝国の継嗣となるお嬢さまである前に、私の大事な友人の娘でもあるんだから」
かみさんが皇女殿下に念押ししていた。
アルフ君の奥さんの見立てで、皇女殿下は商家の娘さんのような格好になっていた。
「うちを訪ねて来ていたかみさんの友達の娘さんを家まで送り届けてる途中、に見えりゃいいなあ……」
「9割がた事実なんだからいいじゃないか見えなくても」
「知らない人が見たら、商家の娘さんをさらってきた盗賊の頭目だぞ?」
「自分で言うんじゃないよ全くもう」
自覚してるだけマシだと思ってくれ……。
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「え、殿k……お嬢さまがお戻りに?」
情報を仕入れるため市街へ出ようとした私に、サルヴァトーレ様が囁かれました。
「わしも驚いたんだがな、あのクソガキが拘束されたと知って戻ると決めたそうだ。だから侍女殿、わしと一緒に来てくれんか……なんでも先方の伯爵夫人の友人のご亭主殿がこちらの橋の渡り口まで連れてきてくれるそうなんだが、連絡の文章に『怖いのは見た目だけです』と書かれておってな……わし1人でいくのが少し怖い」
なにげにひどい書かれような気もいたしますが……いい歳したおじいさんが自分より年下のオジサンを怖がってどうするんですか。
結局、私はサルヴァトーレ様について国境の橋まで参りました。
グレイさんもついてきてくれました。
橋の向こう側から、大柄なオジサンと娘さんが歩いてきt……娘さんはガーネット殿下でした。
では、あのオジサンが伯爵夫人のお友達の旦那さん……いかついというか何というか、黙って立ってるだけで威厳があるという感じでしょうか。
誰かと似ている気がしまs……。
「テイラー薬剤師のお父さんっぽい気がする」
グレイさんがボソっと言いました……言われてみれば、そんな感じです。
「ええと、エンリコ・サルヴァトーレさんで間違いないですか」
橋を渡りきる寸前で、オジサンがサルヴァトーレ様に確認をとりました。
「はい、サルヴァトーレです」
「私はテイラーと申します」
「やっぱり」
「……え?」
「薬剤師殿のお父上でしょう?」
「息子が、何かやらかしました?」
「いや……あまりにも雰囲気が似ているので、確認したくなっただけで」
失礼ですよサルヴァトーレ様。
「そうですか……そうですよね、あの母親が男装したような顔とこの顔が親子とは思えないでしょうから」
ご自身でそれをおっしゃいますと……とても自虐的にきこえます。
「それでは私はここで失礼いたします」
「え、ご子息には会って行かれないのですか?」
「彼らの仕事の邪魔になりかねませんので、ここで」
そうおっしゃって、テイラー氏はガーネット殿下をおいて立ち去って行かれました……。
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ガーネットが戻るのはもっと先だと思っておった。
「何故こんなに早く戻ってきた?」
わしはまず訊いた。
「ミハイルが拘束されているのなら安全だと思ったからよ。断罪するのなら……私もその場にいたいし」
あのクソガキに襲われ将来を悲観した令嬢の代わりに、か。
「私を追ってサン・トリスタン王国に入った4人組は、向こうで捕まってるんですって」
「あのクソガキ、追っ手まで出しとったのか。地位は親の七光、金も親の懐目当ての分際で」
いい歳して文官でもない、ただの宰相の子でしかないのにな。
「どうあっても私を捕まえたかったんでしょうね」
「年下の女性に2度蹴りされてダウンしたと吹聴されたくないのでしょう……痛かっただろうなあ、同情はするけどザマアミロとしか思えない」
エリオットがしみじみと言いおった……わしも同感だ。
「さて。この格好のままで皇宮に入るとするか」
今のガーネットは街のお嬢さん風だ。
このまますんなり正門から入れそうな気がする。
結果から言うと、正門の門衛はガーネットに気づかんかった……わしの顔を見て、そのまま通しよった。
今回はこれでいいが、普段からこれだと困るが。
「テイラーさん……お父さんがご一緒だったら、絶対に止められてると思うわ」
ガーネットがケラケラ笑った。
テイラー氏が彼らの仕事の邪魔になりかねない、と言った意味がわかった気がした。
タリアのもとへガーネットが戻った。
「……なぜ戻って来たの」
「あら、お母さまのご用はきちんと済ませてあります」
「そういう事ではなくて。お祖母さまの実家へは行かなかったのね?」
「行かせてもらえませんでした、ずっと森のそばのお邸に滞在させていただいてましたので。それで……テイラー夫人からお母さまにお手紙がございましたわ」
ガーネットが大事に持っていた鞄から封書の束を取り出した……そんなにことづかっておったのか。
「お母さま宛て……これだわ」
差し出すガーネット、受けとるタリア。
「見つからないところで開けてと夫人からのことづてです」
「あら……じゃああそこに置いてくるわね」
秘密の調剤室だろうな。
「お客様のところへこれお渡ししに行ってくるわね」
ガーネットはフットワークよくパールを供にさっさと客間へ行ってしまった。
……ヴァルジのクソガキ、どこに閉じ込めたんだっけな?
客間の中の空き部屋、じゃなかったよな?
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「お客様にお目どおり願いたいのですが、よろしゅうございますでしょうか?」
扉の外からパールさんの声がしたので、開けるとそこにはらしからぬ格好のガーネット皇女殿下がパールさんの後ろに立っていて驚いた。
お父さまは事がおさまるまで保護すると言っておられたのに。
「戻っt……」
「……こちらへ」
僕は主室へいざなった……口に指をあてたジェスチャーをして。
縛り上げた2人組を従者の部屋のクローゼットに突っ込んであるから、声を聞かれる訳にはいかない。
その点、主室は扉を閉めてしまえば
外に声は漏れない。
これは実験したので間違いない。
モーガンが奴らを縛り直しに行った時に僕が大きめの声を出していたのが聞こえなかったと言っていたし。
縛る……といえばモーガン、結構変わった拘束方法をしてたな。
手は前で手首どうしを合わせた状態で親指中指小指をくくりつけ、手首からひじまでを密着させて結わえて。
足は1人ずつ両足を縛ってしまうのではなく、2人の右足どうしを微妙な長さの縄でつないでいた。
「足、自由にするんだ?」
「自由なようで実はものすごく不自由だよ……2人息をあわせないと歩きづらい」
なんでも少人数で多数を捕縛した時に使うやり方だそうだ。
今後やる機会があったら試してみようかな。
それはともかく。
「何故お戻りに?」
「みんな訊くのね。お母さまもエンリコおじじ様も訊いたわ」
「あのまま伯爵邸にいらしてくださればよかったのに」
「断罪、するのでしょう?あの男を。それならば生き証人が必要です。あの宰相の事ですから、どれだけ証拠を揃えようとも握りつぶしにかかるでしょうから」
そんなにずる賢い奴なのか、あのクソ息子の親は。
「客間への侵入の現行犯だけでは薄いですか……」
「逃れようのない確たる証拠が必要です。それには私の存在が必要です。私が廊下のすみに追いつめられて襲われそうになったのは事実ですし」
「証言、しなければならないんですよ?」
「最後までされてしまったわけではありませんし、どちらかといえば私の正確な証言で恥をかくのは向こうですよ?」
……そうだった。
いよいよ、断罪の場へ……いくのか!?
(文中の『友人歴≧年齢』は=の間違いではありません。生まれるずっと前から母親どうしが友達だったら≧になるよな、という作者の意図です)




