5. 人は見かけによらぬもの
極秘行動、続きます……。
古い薬剤師の正装をまとった人が来る、驚かないで……との知らせはもらってたけど。
ここまで本格的に再現されているとは。
薬剤師史の教本の挿絵そのものなんだけど……。
「本当に巫女様っていらっしゃったのですね。絵本から抜け出たようなお姿で」
事情を知らせていない帝国生まれの侍女が本気でつぶやいてる……という事は。
帝国に伝わるとかいう治癒の巫女の話はお伽話の類いではないという事ね。
……それにしても、こんなに早く来てくださるとは思わなかったわ。
「こちらを、どうか」
華奢なほうの男性が封書を差し出してきた……2本の剣に絡むヘビとそれを囲む蔓バラなんていう、全く見覚えのない紋章の封緘。
開けてみると……知らない集落と村長の名前。
よほど怪訝な顔をしてたんでしょう、急遽来てくれてたエンリコさんがかわりに手紙を一読してくれた。
「巫女殿を無事に帰せば使者を帰らせてくれると、そういう事か……代理人殿?」
「巫女様のお世話係でございます。このたび急ぎにて参りましたので、護衛1名とわたくしの2名しかお側についてこられませんでした」
お世話係と名乗った男性がすらすら答える。
エンリコさんと目を見合わせてニヤリとした気がするけど……気がするだけよね。
「……お人払いを、お願いできますでしょうか。御使者様のお話もございますので」
御使者様だけ強く言った、という事は……使者が誰なのかを知っている人だけにしてくれという事ね。
「おじいさまはここにいらして。パール、お茶を。あとは皆下がって」
何も知らせていない侍女を全員下がらせ、巫女様ご一行とエンリコさんとパールだけになった。
「……こちらへ」
宰相や侍医長らには絶対内緒の調剤室へ全員をいざなった。
「こんな部屋があったのか」
「ええ、重宝しております。ここで出る物音は外へは一切漏れませんので、密談には最適ですわ」
これまで何度となく義父や夫と密談をここで交わした……感傷にひたりかけてしまう。
「……どの方が、薬剤師ですか?」
巫女様姿の女性とがっしりしているほうの男性が、徽章を提示した。
「青の徽章の男性……あなた、モーガンさん?以前滋養強壮剤の感想をくれた……」
「はい、モーガン・テイラーです。あの匿名の先生がまさか皇嗣妃殿下だったとは」
「必死で隠してますもの、秘密を知る人を極限まで減らして警戒して」
「母もものすごく驚いていました。この件が無事に片づいたら、母がこちらへ押しかけて質問責めにすると思います。お覚悟のほどを」
お母さんが、ねえ……あ、もしかしたら。
「あの、もしかしたらお母さんって……以前シグナスさん、だったりしないかしら?」
「え……母の資格証明書に書いてある名前は確かにマリリン・シグナスですが……」
「やっぱり!あなたの顔だちと髪のふんわり感が、そうじゃないかなって」
思ったままを言うと、薬剤師の2人がクスクス笑いだした。
「お嬢さまも、似た事をおっしゃいました。森の中で父と出会うという結構な恐怖体験だったはずなんですけど、髪と目の色が同じで体つきが似ていると……」
まって。テイラー氏との邂逅が恐怖体験ですって?
「子連れだとほぼ確実に拘束される位顔の怖い大柄な男と、薄暗い中でいきなり出会いたいですか?」
……ごめんなさい、嫌です。
って、容貌の喩え……おかしくない?
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薬剤師組はシルベスターとゴードンが何を盛られておるのかを調べる準備があるとかで、秘密の調剤室で荷物を広げるらしい。
わしはお世話係殿と侍女殿と共に調剤室から出た。
門外漢は邪魔でしかないからな。
「さっきの……子連れだとほぼ確実に拘束される位、というのは誇張なのだろう?」
お世話係殿に訊ねてみた。
「いいえ、事実です。彼が生まれた時、お父さんは本気で周囲に言いまくったそうです『オレに似なくて本っっ当によかった』と、何度も何度も。わたくしの母……彼のお母さんの友人なんですが、母も散々聞かされたそうです」
「そんなに……その、すごいと?」
一応タリアの友人の夫の事だからな、言葉は選んだぞ。
「ええ、初対面の幼児で泣かなかった子は皆無です」
……そんなに、なのか。
「奥さんからすれば『あの顔面が最強にして天然の虫よけ』ってとこなんでしょうね。子供の頃は何の話かさっぱりわかりませんでしたが」
侍女殿が笑いをこらえておる……そりゃ子供にはわかるまい。
「苦い実や辛い草を食うのが好きな変わり者はそうそういないんだよ、とおっしゃったんですよね……まあ、今ならわかりますけど」
つまり、モーガン薬剤師殿の母上は……いかつい系がお好き、と。
「何の話してんのかと思えば、うちの親の事かよ……昔何があったのかわかんねえけど父は母に全く頭あがんねえから、ちょうどいいんじゃねえの?」
薬剤師組の打ち合わせ、いつの間にか終わっていたようだ……というかモーガン殿、先程とは面持ちが違っておる気がする。
「さっさと仕事終わらすぞ」
気がする、のではなく……そもそも元々モーガン殿が主導しとられたのか。
「この扮装なら誰が着てもわからなそうだけど、オレが着りゃゴツい大女になっちまう上に手でバレる。それに、伝説の巫女様ならエレナのほうが向いてるっての。さっきも門衛に堂々と渡り合ってただろ?あれはオレじゃムリだ。別の意味で伝説の巫女になる」
……想像してしもうたらしい侍女殿がもう我慢しきれなくなってきておる。
「適材適所って言うじゃねえか。エレナが巫女様で、オレは護衛の剣士。クロードは人あたりがいいから付き添いの世話人っぽい役回りがいいんだよ」
うまい事言うなあ、モーガン殿。
「それにしても……その格好、薬剤師には見えないわね」
タリアがモーガン殿を見てしみじみ言う……わしも思う、非番の騎兵隊員か休日の傭兵だ。
「母が『自分に今できる最善の事をせよ』という考えの持ち主で、させておいたほうがいい事はすべてさせる・やりたいという事はすべてやらせるという教育方針のもとで育ちました。その結果が、全国の闘技大会から出入り禁止を食らう男の薬剤師という変わり種が完成しました」
完成とか言うか。
「彼は山の中に丸腰で3日放置しても飢えずに戻ってきますよ。職業柄毒を口にする愚はおかさないし、肉も狩って来ます。川や池があれば魚だって獲って来ますからね……」
「そこで言い淀むなよ!」
「野営訓練に勝手にもぐり込んで狩りをして獲物を焼いて食って腹一杯になって他人の天幕の中で寝てるところを見つかった9歳はモーガン位しかいないと思うよ?」
……うん、おらんな。
猟師の家の子でも、ありえん。
「大騒ぎだったんですよ、姿が見えないと思ってたら帰って来なくて。さすがのご両親も心配になって探したら、天幕の中で熟睡。背負われて連れ戻されてきたので起こしたら寝ぼけて『もう食えねえ』って言ったんです」
やけに詳しいな、巫女殿……エレナ殿だったか。
「人の気も知らないで、平然と寝ぼけまなこで『キジ、食う?焼こうか?』ですもの……あの時はさすがにぶん殴ってやろうかと思いましたわ」
なんだ、ぶん殴らなかったのか。
「……なんで2人してオレの黒歴史あばくわけ?」
「あとで話す。さあひと働きしてきてよ、でないと僕の仕事ができないからね」
クロード殿は、どうやら密命を帯びた人物だったようだ……人は見かけによらんものだ、この3人組は特に。
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クロードにケツを蹴られて、皇嗣妃殿下と共にまず皇帝陛下のもとへ向かったら……またいた、あの酒くさい宰相。
酒くさいっつっても、たぶん普段から厳重に気にしてなければ気づかない位のもんだけど。
それでも、巡幸の時に会った王国の副宰相よりにおいが相当キツい……こいつめちゃくちゃ飲んで寝てやがるな。
「ここから先は医師以外の立ち入りを禁じておるゆえ、お下がりいただきたく」
陛下の寝所の前に堂々と立ちふさがりやがった。
「そなたは、そなたの従者が目の前でそなたが招いた客を退けたのを目の当たりにして平然とおれるか?」
神々しいエレナ降臨。
「……は?」
「そなたにとって、皇嗣妃は主家の次期当主の細君であろう?我は先にも申したが皇嗣妃に依頼あって招かれし客。その皇嗣妃と共にここに居る。我を退ける事は主家を蔑ろにする事と心得よ」
……今日のエレナには、何か憑いてる?
「イーゴリが草葉の陰で嘆いておるわ」
このエレナの一言で、宰相が硬直した。
皇嗣妃殿下も、驚いた顔をしておられる。
「下がれ」
エレナ……いや、巫女様は宰相を追い払う手振りをした。
普段のエレナなら絶対にやらないやつだ。
……やっぱり何か憑いてる。
絶対に憑いてる。
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巫女様の設定は、今まで出会った人の中で一番もっのすごくえらそうな物言いをする大っ嫌いなオバサンの真似で通してきたのよね……あとで妃殿下には謝罪が必要かな、『皇嗣妃』って敬称なしで発言してる事を。
そして、自分でも驚いてるんだけど。
はっきりしない記憶の奥底から、今その名を出せと言われた気がした。
なぜかはわからないけど、出すなら今だと。
「イーゴリが草葉の陰で嘆いておるわ」
自分で口走っておいて、思う。
イーゴリって誰。
宰相が真っ青な顔で退散したから、私達はすんなりと皇帝陛下のお側へと伺う事ができた。
「……どなた、ですか?」
お声がけいただく。
「私が依頼した、王国の薬剤師です。とても腕のいい薬剤師の息子さんですから、信頼してくださいね」
「え、息子さん……そちらの巫女様ではなく?」
「ええ。こちらの、どこからどう見ても護衛にしか見えない方のほうが、最上級クラスの薬剤師です」
伝説の巫女様の格好こそしているけれど、私はあくまでも助手です。
「ああ、例のあの方ですか……私が飲まされ続けた物を一度飲んでしまったという」
……そういや一度あったわね、シャルル様がクロードとアルフ君を誘って一緒に買ったという滋養強壮剤を飲んで……あとで先生にめちゃくちゃ怒られた事が。
「その話はあとにいたしましょう。まずは今、何を飲まされているのかを調べます。直近の食事の残りはありますか?」
「タリアに言われて少しずつ残しておいた物を隠してあります……パールが隠し場所を知っています」
パールさんが寝台横のナイトテーブルを横へずらすと後ろの壁が一緒に横へ引戸のように動いて隠し戸棚が出現、その奥に置いてあった木箱をパールさんが抱えてきた。
「ああ、箱に貼ってある紙は気にしないでください。こう書いておけば、もしこの箱が侍医長や宰相に見つかっても開けないだろうと思って書いただけですから」
木箱の封緘紙に書かれていたのは「ヒルダ夜着・肌着」。
女性の名前とその品名を並べて書けば、もしも開けてそれが出てきたらと思って開けないんじゃないかとお思いになったようですね。
「……確かにこんなの書いてあったら、勝手に開けてスッケスケのすっごいのがワッサワサ出てきちゃったらどうしようって思いますね」
モーガンの忌憚ない感想が漏れた……男の意見ね、だけどもうちょっと言葉を選んで。
「これはその心配には及ばないので開けても大丈夫ですよ」
陛下が笑いながらおっしゃったのでモーガンが木箱を開けたら……食事の残りだけがはいってた。
「これは、いつの?」
「今日の朝と昼です。最新の物とその1つ前の物だけ保存しておりました」
パールさんが答えてくれた。
「わかりました……さーて、仕事だ」
そして、モーガンが食事の残りを検分し始めた……何が入ってるかわかんない物を口にするから、妊婦薬剤師は胎児への影響を考慮して「やってはいけない業務」なわけ。
「んー、薬品は入ってる……毒物を入れる勇気はなかったみたいだな」
「何が入っていたんですか」
皇帝陛下がお訊ねになる。
「おそらく内臓の動きをゆるやかにする薬・身体に麻痺を加える薬、ですね」
モーガンが答えていく。
「どちらも健康な人には投与しない薬ですよね?」
さすが皇嗣妃殿下。
「ええ、健康体に投与すれば異常が発生して当然の薬です」
消化抑制剤は胃酸過多の治療に、麻痺薬は手術の際に使う物。
「摂取し続けると、どうなりますか」
また陛下がお訊ねに。
「食欲がなくなるので、食事しなくなって弱っていきます。麻痺薬のせいで自力では起き上がれませんので、世話する人が手を抜けば……ええと、神様とご対面となりますね」
「また、ですか……2度めですね、衰弱死を目論まれたのは」
陛下が怖い事をおっしゃった。
「前回は滋養強壮剤を1日3回飲まされ続けてひどい目に遭いました。今回は食事に混ぜるとは……さすがに前回と同じでは警戒されると思ったのでしょう」
「スパっと一気にやっちまわないぶん、たちが悪いな……顔色だけじゃなく、根性も悪いのかあの酒びたり宰相。あいついっぺんぶちのめしてやろうか」
漏れ出たモーガンのぼやきが怖い。
「……外交問題に発展するからやめて。モーガンのそれは、世間一般的な常識とはかけ離れてるから」
私の口からも、漏れ出てしまった……。
――――――――――――――――――
僕は、サルヴァトーレさんと一緒に待機していた。
「あなたは……何だか初めて会った気がせんのだが、どこかで会ったかな」
「国外で仕事をするのは初めてですので、きっと気のせいですよ」
「そうかな……きっとそうだな。よく似た誰かと間違えたか何かだな。若い頃に会った人と似てるだけかもしれんし」
「だったらなおの事僕ではないんじゃありませんか……あなたの若い頃なら、僕の祖父位の世代でしょう」
「そりゃそうだ」
笑い合う。
「ガーネット様も、大変でしたよね」
とてもにこやかに「蹴りあげて逃げて参りました」とおっしゃっていたけど。
16歳の女の子が襲われかけた、と思うと……そいつを締め上げたくなってくる。
「未遂には終わったが、襲ったのはあの宰相の息子だ。幼少期からクズだったが、長じて更にパワーアップしやがった」
「筋金入りのクズじゃないですか。許されるなら一発入れたいですね……僕にも16歳の妹がいるんで、他人事じゃない気がするんです」
「ぶちのめす際にはこの爺、最大限の協力を惜しまんぞ」
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巫女様ご一行は、皇嗣殿下のお食事の残りも検分……とやらをなさいました。
やはり同じ物が混入されているそうです。
ただ、陛下よりお若い殿下のほうには多めに混ぜてあるそう。
護衛に見える薬剤師様がおっしゃるには……下世話な言い方をお許しいただけるのであれば、と前置きしたあと
「当主と跡継ぎを相次いで喪うように、って思惑がみえみえ過ぎ。後見人におさまろうって魂胆なんだろう。そうはさせるかってんだ」
ちょっとお口が滑ったようで、巫女様に頭をはたかれておいででしたが。
「とにかく、陛下にも殿下にも宰相どもが用意した食いもんをお出ししない事を徹底できれば……だからってオレが持ってる非常糧食で食いつないでいただくわけにもいかないしなあ」
何か迷っておいでです……それに非常糧食、って何なのでしょう?
「王国軍御用達の非常用携帯糧食です。味があまりよろしくない……いえ相当よろしくないので、どうしたもんかと」
「背に腹はかえられないのではございません?」
「いいえ。あれは限界まで腹を減らした兵が大量の水で流し込みながら相当な我慢と覚悟の上でかじる物であって、今の状態の陛下と殿下にお召し上がりいただくような代物ではなくてですね……」
「わしが試しに食うてみてよいか?」
秘密の調剤室に入って来られたサルヴァトーレ様が訊ねられました。
「ええっ……おやめになられたほうが」
巫女様も味をご存じなのか、制止なさいます。
「今のシルベスターとゴードンが食える物かどうか、歳はとっとるが健康なわしが食うて試してみるという事でどうだろう?」
「毒味っすか」
「……味見のつもりなんだが」
差し出された物は大きなクッキーのような形状をしていまして、色はあざやかな緑でした。
「……なぜこの色になる?」
「野菜の栄養分です」
歯をたてたサルヴァトーレ様が……音なきうめき声をあげられました。
「製作側の者が言うのもなんですが、栄養満点・味は0点って言われてるんです」
……相当な我慢と覚悟の上でかじる物、というのは本当のようですね。
「やめといた方がいいな」
サルヴァトーレ様が決定をくだされました。
――――――――――――――――――
伝説の巫女など、迷信だ迷信。
病を祓うと言ったところで、病ではなく盛ってあるのだから祓えるはずもない。
このまま予定どおり続けるとしよう。
そもそもあの巫女、何者なのだ?
えらそうな物言いしやがって
巫女は妃殿下を家の次期当主の細君と言ったが……出自が曖昧な女を認めるわけがないだろう!
エンリコ・サルヴァトーレの孫娘だと言い張るから黙っていてやっているようなものだというのに。
皇統を高貴なものに戻すには……もうあとには引けんのだ。
かつて何度も降嫁いただいたわがヴァルジ家の血筋で戻すしかないのだ。
自身の思惑どおりことが運ばない事にイラつき始めたヴァルジに
皇族と王国の知的達は勝てますかどうか!
そして久々に……モーガンがオチ要員になっちゃってますw
(近年アルフにオチ要員枠が移行してた感があります)




