4. 総員、配置につけ。
特務チームが、いよいよ橋を渡ります。
娘・ガーネットが突然姿を見せなくなった。
理由は明快、あいつだ。
前々から「襲われたら逃げろ」と宰相以外の全方向から言われていたし、13歳で隠し通路の存在は教わっているし。
逃げきったはずだ。
なんと言っても、タリアの娘だし。
しっかりあいつの例の場所を蹴りあげてある事は情報通であるパールが確認してある。
皇宮の奥深いあたりで、いっさい着崩れていない着衣のまま両手で前を押さえ泡をふいて気絶しているところを発見されたそうだ。
さぞや痛かった事だろう、だけど同情はしない。
とはいえ。
泡をふいて意識をとばすほど、とはどれだけ強く蹴ったんだろう?
あの子が戻ったら訊いてみよう……おそろしい気もするが。
――――――――――――――――――
「お母さま、お姉さまはどこですか」
トーマスに訊かれて初めて、ガーネットが宰相のクズ息子をのして逃れた事を知った私。
「お姉さまはお母さまの代わりにご用をしに行かれたんですと申し上げましたでしょう?」
パールが教えておいてくれたはずが、信用していなかったみたい。
「私のお手紙を届けに行ってもらっているの。お返事をもらって来なきゃならないから、しばらくはお留守よ」
あながち嘘じゃない。
お返事をもらう……というよりは薬剤師を連れて帰って来るというほうが正しいかしら。
「ではお姉さまはだれをつれて行ったのです?パールはここにいるし、ごえいかんの数はへっていません。きへいたいのグレイも行っていないですよね」
鋭い……下手な事は言えないわ。
「ガーネットには、協力者の手助けのもと1人で行ってもらっています。行った先も安全です。案ずる事はありません」
説明していると、エンリコさんが訪ねてきた。
「わしが連れて出たから、ガーネットは無事だ。トーマスはお姉ちゃん思いのいい子だが、これからは赤ん坊のいいお兄ちゃんにならんといかんぞ。お前より何でもできるお姉ちゃんよりも、まだ何にもできない赤ん坊を守ってやれるだろう?」
「……はい!」
「よし、じゃあ向こうでヴィンセントと一緒にグレイから剣を教わって来い」
「はい!」
サルヴァトーレのおじいちゃまが大好きなトーマスは、剣を習いに走って行った……。
「助かりましたわ……ガーネットを国境の橋まで送ってくれたのでしょう?」
「なんだ、わかっとったのか」
「いえ、おそらくそうではないかと」
「まあ、わし位のもんだからな……皇宮に出入りほぼ自由で国境の橋も渡り放題な人間は……あの子は渡り終えたところで別れたが、森を超えてまずは領都を目指すと言っていた。無事にテイラー夫妻の薬剤師館とやらに着ければよいが」
「薬剤師館であれば、どこでもいいのですが……」
とはいえ皇宮から一番近い薬剤師館のようですから、きっとテイラー夫人のもとへたどり着く事でしょう。
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驚いた。
俺ホントに驚いた。
腰が抜けるじゃないかと思ったもんな……だって、皇女殿下が伯爵邸の広間にいらっしゃるんだから。
「ミハイルが皇宮内で手ごめにしようとしてきたので、蹴って出てきました」
……なんて事を。
皇宮内で皇女殿下を襲うなど言語道断だから、蹴られて当然。
一生二度と使い物にならなくなればいい。
そしてもう1つ驚いたのは。
ニコの嫁さん激似の女性も広間にいた事。
「どうかなさいました?」
「いえ、あの……知人の嫁さんかと思っちゃって」
「似てらっしゃるんですか?」
「……若い頃とそっくりです」
若い頃しか知らねえ、だって若いうちに殺されちまったからな。
「そんなに似てるのなら、もしかしたら身内かもしれないね」
薬剤師館長さんが言った……え?
「あ、私……たぶん7歳位までの事を何にも覚えてなくて」
にっこり笑って言われてしまった。
「壊れた橋のそばで、寒くもないのにガタガタ震えているところを見つけていただいたんです」
「名前だけはうっすら覚えてたっけね」
「思いつく限りの女の子の名前を並べたてて、一番反応のよかった名前で呼ぼう……って決めて、かなりの名前を呼んだわね」
「エレナって呼んだ時が一番反応よかったから、今でもそう呼んでる。その奥さんのお名前は?」
「それが聞いてないんですよ……知人が珍しく女連れだったんでひやかしに行ったら『あ、嫁さんだよ』とだけ紹介されて……それっきりなんで」
「あらまあ」
「ひやかすんじゃなくちゃんと挨拶しとけばよかったって、後悔してます」
「後悔だなんて大げさな」
大げさでもなんでもない。
帝国に戻ったら会えると思っていたニコと嫁さんは死んじまってたんだから。
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チャールズさんが案内人を快諾してくれたので、オレ達3人は国境の橋を渡る事になった。
いよいよ渡るという時になって、突然チャールズさんが言い出した。
「エレナさんは、顔を隠してくれませんか」
「何でだ?女は顔を隠す習慣でもあるのか?」
「いえ、そんなものはありません。ですが……はっきり言います。知人の嫁さんに似てる、って言いましたよね?」
「ああ言ってたな」
「その知人一家……20数年前にあった外国人掃討作戦で一家離散してるんです。バラバラになった子供達を執念で探してる奴がもしいたとして、その一家の母親そっくりなエレナさんが目に留まったら……危険です」
ああ、一家離散した話は聞いた事あったな。
「皇宮にもぐり込む前に見つかっちゃ意味ねえもんな……何とかできそう?」
「日焼け止め対策最上級でいいでしょ……あの目もろくに出てない、それ前見えてんのかってモーガンがいつも言うあれ」
でかい帽子に、薄手の布の顔面ぐるぐる巻き。
夏になると、女性薬剤師がほぼ全員それになる。
誰が誰だか冗談抜きでわからなくなる奴だから、顔を隠すのにはちょうどいいだろう。
「……前、見えてんですかそれ」
チャールズさんも、やっぱり言った。
――――――――――――――――――
ここ、来た事があるかもしれない。
橋を渡りきった先。
誰かと一緒に、「さあ行くよ」って。
どこに?
わかんない。
……今やるべきは私の事じゃない。
意識を切り換えて。
「ええと……もぐり込むためにやる事がいくつかあります。まずは俺んちに来てください……親の家ですけど」
チャールズさんが言う。
「弟が皇宮の騎兵隊にいるので、そっち方面で何か入り込めるようにします。弟の知り合いの女性が、皇嗣殿下ご一家の侍女なんで……そこ、頼りたいと思います。それまでうちで待機してください」
やみくもに動いてはダメという事ね。
「それから……エレナさん、仮装とか嫌いじゃないです?」
……え?
「ルブラン帝国の古い伝承の中に伝説の巫女ってのがいて、皇族の病を祓って治したって言い伝えがあるんです……それに扮していただけたら、と」
巫女、ね。
「顔は隠れる奴?」
「もちろんです」
チャールズさんのお宅へうかがうと、お母さんがいらっしゃった。
「母さん、この人に伝説の巫女の衣装を出して」
チャールズさん、帰宅の挨拶より先に依頼しちゃった。
「子供の頃から家に居着かない子だったけど……こちら様がたがどなたかの説明もないのかい?」
「ごめん今は言えない。解決したら絶対話すから」
「申し訳ございません、今は身元を明かせませんが私どもはある方の依頼にて参りました。私はエレナ、この優男がクロードでこっちのゴツいのがモーガンといいます」
名前位は言っておかないと。
「召喚があるまで待機しなければならないので、少しの間お世話になります」
ご挨拶は、きちんとね……モーガンにはにらまれたけど。
「まあまあご丁寧に……伝説の巫女の仮装をしなきゃいけない理由も、明かせないんだろうね」
理解の早い方でよかった。
「その伝説の巫女という方は、どのようなお方で?」
訊いておいたほうがいいわよね。
「突然どこからともなく現れて姫様のご病気の素の魔を祓って治し、どこへともなく去っていった……というのが伝承なんだよ」
そして1冊の絵本を取り出してめくって
「この絵本の巫女さまが一番有名だね」
覗きこんで……驚いた。
これは……。
「モーガン、ちょっと来て。これって、あれでしょ」
モーガンも絵本を見てビックリしてる。
そこに描かれていたのは、数代前の薬剤師組合長が「実用性に欠ける」と廃止した昔の薬剤師の正装だった。
もちろん私達は現役で着てる人を見た事ないけど……薬剤師の歴史を学ぶと絶対に出てくるから知ってる。
「これが伝承として残ってるって事は……姫様のご病気を治したっていうのは史実って事よね」
「そういう事になるな」
「出発前にガーネット嬢から訊いといたんだけど、皇嗣妃殿下の出自があやふやなのを突っ込みたい勢力もあるんだって。それを払拭できる筋書きができたかもしれない」
クロードが言い出した。
――――――――――――――――――
僕が考えた筋書きは、こうだ。
皇帝陛下と皇嗣殿下の体調悪化を憂慮した皇嗣妃殿下のもとへ、伝説の巫女様の再来といわれる人がいる集落があるとの極秘情報が入る。
妃殿下ご自身は動けないので、娘のガーネット殿下にお連れするよう依頼……したものの、集落側は巫女を必ず返してほしいので、戻るまでの間殿下を集落にとどめ置きたいとの要望の手紙を持った巫女様ご一行がやってくる。
妃殿下に請われた我々巫女一行は、妃殿下の庇護のもと皇宮に入れる……と。
「オレ達3人だとどういう間柄でいくんだ?」
「巫女様と護衛と世話係だね。僕まで護衛だと左右の釣り合いがとれないよ」
「確かに……モーガンがいたら護衛もう1人なんかいらないわ」
……うん、それは言えてる。
「さて、それはそうと……集落の長の手紙を作らなきゃ」
僕は自分の荷物から手紙用の道具一式の中から印材と彫刀を取り出した。
「クロード何すんだ?」
「巫女様の集落の長の紋章の印面を作るんだ」
それっぽい印面ができりゃいい。
「蔓バラで囲まれた、交差した2本の剣にヘビが絡まってるのっていうのはどうかな?そんな紋章の有爵家はないんだけど」
「深く考えればハマー伯爵家の事になるわね……剣2本はシャルル様とクロード、蔓バラはイリーナ。そしてヘビがエリーザ様」
ホントだ、気づかなかった。
「できるのか?そんな細かい事」
「蔓バラも剣もヘビも彫った事あるよ、仕事の関係で」
「……クロードいつもどんな仕事してんだよ」
「んー、お父さまからの内緒の仕事が多いかな。だから内容は言えない」
諜報活動に近い。
僕はハマー伯爵家の動けるほうの息子なんだ、大きな声では言えないけどね。
「それはともかく。皇嗣妃殿下が古い薬剤師の正装見てビックリなさらないよう、事前に何とかしてお手紙差し上げとかなきゃいけないよ?」
「そこは弟を経由してご一家の侍女さんに渡りますので……弟をつかまえてきます」
チャールズさんがそう言って出ていった。
似非紋章は、すぐできた。
「見事なもんだな……」
感心するモーガンを無視して、手紙の製作に移る。
「集落の長の名前……ってか集落の名前も作らなきゃな」
いろいろ考えてみる。
「アルヴィ村……かな」
「なんだその名前」
「今は国境の森って言われてる森の古名を縮めた」
「古名なんかあったのか」
「アルヴィノーラの森ってのが古い地図に書かれてるよ。ちなみに伯爵邸がシェルビーホールと呼ばれているのも、初代様がシェルビーという古名のついてた土地に建てたからなんだって」
「詳しいな」
「11の時、みっちり仕込まれたからね。それはそうと、妃殿下にお出しする手紙は?」
「エレナが書いてる。字はきれいな方がいいだろうから」
納得。
ご依頼主様。
ご親族が原因の知れぬ病との事でおすがりくださったのでございましょうが、当方でも巫女様はなくてはならない存在でございます。
つきましては、巫女様がそちらへ向かっている間、御使者様を当方にておもてなしさせていただきとう存じます。
巫女様が当方へお戻りになれば、御使者様をそちらへお送りさせていただきます。
アルヴィ村代表ハンス・コナー
「誰だよそのハンス・コナーって」
「母さんの恩人の名前。実父と同じ事故で死んじゃったんだけどね」
「故人の名前勝手に使うのかよ」
「生きてる人の名前よりましだと思うよ?」
許可とる手間を省いたというか、何というか。
「まあ故人ならいくら調べても出てこないわな」
「だろ?」
エリオットさんというチャールズさんの弟に「薬剤師の古い正装の者が行く」旨の手紙を預け、仮装が始まった……らしい。
「いい年した男が女の着替えを覗くんじゃない!」
ってグレイ家の肝っ玉母さんに言われちゃ、引くしかない。
「なあ……何となくうちの母さんに似てないか?雰囲気が」
「……うん、そんな気がしてるよ」
そんな事を話しながら待つこと10数分。
出てきたのは、絵本の中の巫女様そのものだった。
白一色で、巻きつけた布の要所を縫い留めただけのような服にベールのような被り物。
「実用性に欠けるって廃止にしたくなるのもわかるわ……動きづらいのよこれ」
裾を踏みそうになってる。
「前もろくに見えないわ」
「ちゃんと連れて行く」
そしてエリオットさんが簡単なメモを持って戻って来た……すぐに皇宮へ、との指令だった。
仕事が早い。
「じゃあ今から私は巫女様だから、少し偉そうな口のきき方するわ。2人とも間違ってもエレナって呼ばないでね」
「はい、巫女様。仰せのままに」
――――――――――――――――――
皇宮は、王城と遜色なく立派な建造物だった。
「……忍び込んでりゃ迷子待ったなしだな」
正門に突撃、当然門衛に止められる。
「我は皇嗣妃に招かれし巫女ぞ。ここを通せ」
エレナ、迫真の演技。
普段のエレナはどこへいった?
「通せぬと申すなら、皇嗣妃に問うがよい。巫女を呼んだか、とな」
冗談抜きで神々しいんだけど!
あわてふためく門衛達のもとに、エリオットさんが騎兵隊の制服姿で近寄ってきた。
いつ着替えたんだよこの人。
「どうかしましたか?」
「いえ、いやあの……この者……いえこちら様が、皇嗣妃殿下に呼ばれたと申し……いや、おっしゃっていて」
門衛がしどろもどろになりつつ説明している。
「ああ、あなた様が病を祓うという巫女様でいらっしゃいますか!」
若干わざとらしさ増し増しで言ってくるエリオットさん。
「お待ちいたしておりました!使者がなかなか戻らないものですから、見つからなかったのかと思い始めていたんです!」
相当わざとらしい。
しかし、門衛は本気にしたようで。
「で……ではグレイ騎兵隊員、事情にお詳しいのであれば、この先はお任せしてよろしいですか」
門衛、責任のがれを企てたようだ。
が。
「あの、そちらのお二方は?」
巫女様とセットで通れる訳じゃなかったか。
「わたくしは巫女様のお世話係、この者は巫女様の護衛でございます」
クロードがよどみなく答えた……何だかクロードが本当に巫女様のお世話係に見えてきた。
「では護衛殿、お腰の物をお預かりいたしたく」
え、そりゃまずい。
特別製切れないブロードソードなのがバレる。
「とっさに抜けぬよう布をかたく巻きつけたら持たせてくださいますか?この者は腰の物がないと落ち着きを欠きますもので」
「ううむ」
難色を示されてる。
「布を巻くところをご覧になれば納得くださいますか?」
クロードの言葉づかいはいつになく丁寧だけど、手ぶりが「早く布巻きしろ」と言ってる。
オレは長いさらし布を出して、抜剣できないように巻いていく……何ヵ所か途中で結ぶと、その分抜剣に時間がかかる。
門衛もそれには気づいたようで、巻き終わった時には帯剣して通ってよしと言われた。
皇宮の中をエリオットさんに連れられて進んでいると、顔色の悪い男が近づいてきた。
「何者だ」
誰何される……そりゃそうだろう、絵本の中から抜け出したようなのが歩いてんだから。
「病を祓う巫女様にございます。ご無礼なきよう」
クロードが言い返してる。
「病は医師に任せている、巫女など不要だ」
「無礼者!我は皇嗣妃に招かれた者だ。皇嗣妃に見えずして去るなどあり得ぬわ!」
うん、エレナがとても神々しい。
「宰相閣下。こちら様は皇嗣妃殿下のお客様でいらっしゃいますので、ご無礼をお詫びくださいますか」
エリオットさんも重ねて言う……普段言えない分の鬱憤はらしてないか?
……てかこの顔色の悪いのが親父のほうのヴァルジか。
「そなた、酒を控えねば身を崩すぞ。寝酒と称して毎夜泥酔して眠っておれば、いずれ翌朝目覚めぬ事となろう」
うっわ、もうちょっとで同じ事を護衛のオレが言うところだった。
巫女様のエレナが先に言ってくれて助かった……このおっさん髪が酒臭かったんだよ。
おっさん、驚いた顔をして黙ってしまった。
「先を急ぎますゆえ、失礼いたします」
クロードが言って、オレ達はおっさんを振り切った。
「あれが、宰相ですか」
「ええ、息子の育て方を間違えたと悪評のバカ親です……奥方は躾に一切関わっておられません」
「珍しいですね」
「男の躾に女は関わるなと言ったそうです」
「バカですね……私など11歳まで親は母しかおりませんでしたが、このように育っておりますよ」
クロードが、お世話係キャラのまま会話してる……よくそんな事できるなぁ。
そうこうしているうちに、皇嗣殿下ご一家の居住区に着いたようだった。
「侍女のパールには話が通っております。あとは……皇嗣妃殿下の思し召しにしたがってくだされば」
「わかりました」
目の前で、大きな扉がすーっと開いた。
帝国の皇嗣一家と、王国の薬剤師達と伯爵家子息が接触します!
で。
チャールズさん脳内発言が下品ですwww
「一生二度と使い物にならなくなればいい」なんて、女性の前で口走っちゃダメですからね……思うのは自由ですけども。




