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アルヴィノーラの森で  作者: ありかわつぐみ
第1章 発端の年
6/80

6. とある野心家の手による(人によっては単にはた迷惑なだけの)辞世の手記とその周辺



第6話です。


ルブラン帝国ヴァルジ宰相家の中でのお話です……。







我が息子アドルフよ。

お前がこれを手にしておるという事は、私は冥土への旅路に出たという事だ。


お前に口伝えで話すと誰が聞いておるかわからぬゆえ、こうして文書で遺しておく。




私の父に姉妹がおらなんだゆえ、私は皇帝陛下の従兄弟になれなかった。

私に姉妹がおらなんだゆえ、私は皇帝陛下の()()にはなれなかった。

私に子はお前しかできなかったゆえ、私は皇帝陛下の祖父になれなかった。

継嗣たる皇女殿下がお生まれになった時にはご降嫁たまわれると期待したが、許嫁のいる子へのご降嫁はかなわなかった。

ゆえに。我が優秀なるルブラン帝国人民の頂点に立つ皇帝陛下の身内になれる好機がまるでなかった。


そこで我が息子アドルフよ。

お前は子を数多(あまた)なせ。

娘を皇帝陛下・皇嗣殿下の妻妾(さいしょう)とせよ。皇嗣殿下が皇女なら、息子を女帝の伴侶となせ。

ヴァルジ家を皇統に組み入れよ。

Prosperity(我が一族に) for us!(繁栄あれ)




――――――――――――――――――




父上の遺品の中にあった謎の鍵。

その鍵の合う鍵穴は、ヴァルジ家当主の寝室にかかっている初代の肖像画の裏にあった。

そこは金塊でも大量に置けそうなほどの隠し金庫だったが、中にあったのは厳重に防水紙で包まれた封筒が1通のみ。

……父上よ空間の無駄遣いであろう?と口に出してつぶやいてしまった位、殺風景な金庫内部であった。

金庫の扉が見えた時は、私が赤子の頃に亡くなった母上の物が何か置いてあるのかと早合点してしまったが……封筒1通のみだった。


封筒は、開けて目を通し、4度ほど繰り返し読み返した。

父上は、本当に好機を逃してばかりだったのだなとつくづく思う。

ご先祖の事はめぐり合わせが悪かっただけなのだろうけれど、私が女に生まれていれば年齢的にもゴードン皇嗣殿下の妃に最適だっただろう。

しかし私は男。

当然だが男は男の皇嗣に嫁ぐ事はできない。

エリノア継嗣殿下がお生まれになった時、私には「父上のあずかり知らぬところで母方の祖母がいつの間にやら決めていた許嫁」という存在がいたのでご降嫁たまわる事かなわず。

(判明当初、父上は相当激怒したらしいが祖父母には逆らえなかった模様)

ならば!と私の子に期待したのだろう。

だが今度は、私に娘と息子が生まれたにもかかわらず、肝腎の皇嗣殿下になかなかお子が授からない。

継嗣殿下もお子がおられn……いやそれどころか伴侶候補すらおられない。

今の時点では、皇統に寄り添うとっかかりが全くないのだ。


そして殺しても死なないと思っていた父上は、あっけなく逝ってしまった。

騎乗中に馬が蜂に刺されたため暴れ振り落とされるという、まったくもって不運としか言いようのない事故だった。

長患いしなかっただけよかったかなとは思う、亡くなったのは残念だけれども。


そして今。

私は父上の代わりに「宰相代理」として皇嗣殿下の前に出て、皇嗣妃殿下のご懐妊を心待ちにしている。


早くご誕生いただかないと、娘が継嗣妃になるのに年上過ぎてしまうではないか。




――――――――――――――――――




私は、物心ついた時にはもうアドルフ様の妻となる事が決まっておりました。

私の祖母とアドルフ様のおばあ様が幼い頃からのお友達だとかで、

「私の幼なじみの娘さんが早くに亡くなってしまってね。ユージェニアはその娘さんの忘れ形見の男の子のお嫁さんになっておくれ。幼なじみが亡くなる直前の娘さんと約束したんだよ、息子の嫁は決まってるから安心しろって」

ああご存じない方には無責任なようにもうけとられかねませんね。

他国の事は存じませんがこのルブラン帝国に於いては、成長するにしたがって人口の男女比が5:5から6:4、7:3とどんどん男の割合が上がっていくのです。

一説には、中所得者層以下の子女は国外に出稼ぎに行き、その出稼ぎ先で女子は請われて嫁いでしまうからだとか。真偽のほどは定かではありませんけれど。

ですので、どうしても跡継ぎが必要な家柄の男の子の許嫁を早い内に決めておくのは必須事項とも言えるのです。

下世話な言い方をするならば「早い内からツバつけておく」というのだそうです。

何しろ年齢と共に結婚できる女の子がどんどん減っていってしまうのですから。


先日、私は男の子を産みました。

跡継ぎだ、とお義父上は大はしゃぎなさいました。

娘を産んだ時も大はしゃぎでいらっしゃいましたけれど、その時は

「ユージェニア、女が年上の夫婦っていくつまでが限界かね?」

と問われましたが……どういう意味だったのでしょう?

私見ですけれど、いくつ年上でもかまわないのではございません?




―――――――――――――――――




わたくしローランド・マシューズ、ヴァルジ家の家令として看過いたしかねます。

ミハイル様がお生まれになった途端シャロンお嬢様をないがしろになさるとか、人の親としてどうかと思いますよ旦那様。

わたくしの孫のヘンリー・バーンズが不憫がって一緒に遊んでさしあげておりますが……ちょくちょくおっしゃっておいでなんだそうです。

「おとうさまの、シャロンのじゅんばんはいつ?」って。

まだ歩けない赤ちゃんがお母様のだっこなのはじゅうじゅうご承知なさっておられます。

ですが。

赤ちゃんのミハイル様のご誕生以来、お父様がおててつないでくださらなくなったのはご理解いただけていないご様子です。

もう6つにおなりですから、だっこの必要はないでしょう。

せめておてて位つないでさしあげてくださいませんか旦那様。


主従関係ではわたくしは「従」でございますが、育児経験は旦那様より豊富なのですよ。

子供4人を育て終え、孫9人の内一番上のがもうじき16歳なのです。

どうか、もう少しシャロンお嬢様にご配慮を……。




――――――――――――――――――




シャロンお嬢様って、ききわけよすぎだよなあ。

だって、だよ?

ミハイル坊っちゃんがお生まれになるまでと比べて、お生まれの後ではお父様からの放ったらかされっぷりがひどすぎるのに、お父様がお相手してくださるのをお待ちなんだから。

そう言えば。

お嬢様をお世話してる母さんはお嬢様に

「お行儀よくなさらないと、ちゃんとしたお嫁さんになれませんよ」って言ってたのに、最近言わないな。

そのかわり

「お行儀よくなさらないと、どこへもお嫁にいけませんよ」

って言ってる。

もしかして……お嬢様ってお嫁の行き先決まってたのがダメになったの?






遺言書!

なんやのコレ!

こんな勝手な……破棄してもかまわなそうな……イヤでも待って……


アドルフーー!

そんなあからさまな女児差別すなーーーー!


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