2. 闘え!怒りの淑女達
いろいろと状況が動きます。
そして。
若干どころか相当暴力的な表現がございます。
が、16歳の女の子の護身のためです。
ご容赦のほどを。
(想像だけで男性陣は痛いかもしれません)
パールから「気を引きしめて身辺を警戒してください」と言われて。
「警戒……?」
「あの男が殿下の周囲に近寄らないよう警備を怠らぬよう依頼はしていますが、万が一という事もございますので」
そうね、そうよね……父親に連れられて来ちゃったら、私が逃げるしかないもの。
万が一に備えて、と言われてお母様に呼ばれ……もうそろそろ産まれるのかなという位大きなお腹で、私の隣にお母様が座って。
「もう充分大きな娘のあなたに、折り入ってお願いがあります」
いつになく丁重な話し方で。
「あなたに渡しておく物があるの」
そう前置きされて、驚くような事を聞かされた。
このところ「万が一」の話ばかりされてると思うんだけど、
これもまた「万が一」の話なんだけど、
あなた、もしもあいつに襲われたら、隣国サン・トリスタン王国へ逃げなさい。
保護してくれる場所があります。
この青と赤の徽章と同じ紋章型の看板がかかっている建物がそうです。
そこでこの2つの徽章を見せなさい。
あなたの年齢では持つ事のできない色なので、誰の物か訊かれるはずです。
祖母と母の物ですと答えなさい。
2人の名を訊かれたら、ローナ・リンドとタリア・ローウェルと答えるのですよ。
そしてこのネックレスを見せて、リンド準男爵領へ連れて行ってもらいなさい。
準男爵家の縁の者として保護してもらえます。
ええとそれから。
徽章と同じ紋章型の看板の建物で、この手紙を館長かそれに準じる人に渡して欲しいの。
頼めるかしら?
驚いた。
お母様が、サン・トリスタン王国の薬剤師だったなんて。
いつも来てくださってる行商人のローウェルおじさん親子の身内……たぶん私のお祖父さまと伯父さまになるんだわ、お母様はおっしゃってないけど、きっとそう。
「国家の根幹を揺るがす事になりかねないから、絶対に内緒よ」
お母様に念押しされました。
もちろんですとも!
そして、その日は来てしまった……。
皇宮の奥深い場所。
人もあまり来ないような場所だからと少し油断してた、かもしれない。
パールから「気を引きしめて」と言われていたのに……。
人の気配がしたから、振り向いたら奴がいて。
下卑た笑み……気味悪い。
「なぜここにいるの」
「父上に随行して参りました」
「確か皇宮内で随行員は離れてはいけないでしょう?戻りなさい」
「離れてはおりません、すぐ近くにおりますよ」
へらへらした不気味な笑顔を浮かべながら近づいてくる……背筋に寒気が走った。
私は、13歳の誕生日に教わった事を思い返した。
「皇帝が13歳になった皇嗣の子にだけ教えるものだから、他言はせぬように」
お祖父さまにそう言われて教わった……皇宮から脱出できる隠し通路。
その入口は、皇宮内の至るところにあるのだけれど……今いる場所がその入口の1つに近いかどうかを確認した。
うん、いける。
ただ……こいつを倒してからでないと、隠し通路の入口がばれてしまう。
……あれ、やるしかないのね。
私は、奴の肩に両手を置いてにっこり笑って見せた。
私の背後で人が崩れ落ちる音がするまで、素知らぬ顔で歩いて。
奴が床に転がった瞬間、隠し通路の入口にかけ込んで。
いくつかあるルートのうち、エンリコおじじ様のおうちの物置小屋に出るのを選んだ。
おじじ様なら、絶対に国境の橋まで連れて行ってくれる。
――――――――――――――――――
物置小屋で、物音がした。
子細あって物は置いとらんが……物音がしたという事は、誰かがわしを頼って来たという事。
小屋の扉を開けると、砂ぼこりとクモの巣にまみれたガーネットがいた。
「あいつか?」
「かねてから教えられていたとおり、思いっきり蹴り飛ばしてから参りました!」
一点の曇りもない満面の笑みで答えよった。
わし、何もしとらんしされとらんのに……そこが痛くなった気がした。
「知人の娘さんを橋の向こうに送り出さねばならんのだが、着の身着のままで逃げてきたんで……着る物を見つくろってもらえんか」
わしは、ガーネットの身支度をガストンの嫁さんに頼んだ。
曾孫……という事になってはおるが他人だし、わしは男だしじじいだし。
「おやまあ何て所を通ってきたの、せっかくのきれいな髪がクモの巣だらけ。うちできれいにしてから出ましょうね」
そう言ってガストンの嫁さんはガーネットを食堂の上階へ連れて行った。
しばらくして、どこにでもいそうな女の子になったガーネットが降りてきた。
「よし、では行くか」
「おじじ様、お願いします」
わしらは国境の橋へ急いだ。
――――――――――――――――――
さっきのあの子。
もしかすると……男に襲われて逃げてきたのではないかしら?
そう思って訊いてみたら……そう、ではあったんだけど。
にっこり笑いかけて油断させておいて、両肩を手で押さえつけて左ひざで蹴り上げて……動きが止まったところを狙って1歩下がって右足でもう一度蹴り上げて来たんだとか。
「下がり方が足りなくて、足の甲で蹴りたかったんですけど……足首に当たっちゃって。あれって、ぐにゃっとして気持ち悪いですね」
さわやかに笑って答えられてしまった。
強いわ、あの子。
穢れたものに触れてしまった彼女の左ひざと右足首にご加護がありますように。
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肩に両手を置かれ、にっこりと微笑んだガーネット殿下……油断した。
まさか、まさか。
ひざで突き上げられ痛みで悶えていたら……もう一撃食らって、意識がとんだ。
泡を吹いて倒れているところを、父上の従者に助けられた。
「ミハイル様、何があったんです?抵抗する物音がしないのでてっきり計画どおりにいったのかと」
……そう。
父上は俺が皇配になれないのなら俺の子をトーマス殿下の妃にすればいいと思っておられる。
だけど!
皇配になれなくても、ガーネット殿下と既成事実をつくってしまえば……。
そう考えて父上に願い出て、皇宮の奥深い場所……少々泣こうが叫ぼうが誰も来ない、あるいは駆けつけるのに時間がかかりそうな場所まで入り込んだというのに。
俺は男がどうあがいても鍛える事のできない場所を蹴られて昏倒してしまった。
そしてその隙に……逃げられてしまった。
「国内を逃げ回るとは思えん、国境へ追手を差し向けろ!外まで追え!」
まったく、しゃくにさわる!
何としても我が手にしなければ……収まりがつかないというものだ!
――――――――――――――――――
あたしはいつものように愛馬ディッパーに乗って国境の森を回ってる。
ディッパーはシャルル兄さまのサジの弟で、クロード兄さまのジャックや森番小屋のサンダーと共通のご先祖がいる子だってきいてる。
かしこい上に体力あって足も速く……実は兄さま達4人全員が手に負えなくてもて余してたのに、あたしになついちゃったからあたしの馬になっちゃった。
「……あれ?誰もついてきてない」
気がついたら、あたし1人になってた。
また怒られるー……護衛まいちゃダメだって。
意図的にまいてるんじゃないのにー!
大きな木の陰で人の気配がした。
そっちを見ると、あたしと同じ年頃の女の子が大木の根元から別の方向をうかがってる。
その視線の先をたどると……見慣れない男が4人、下草をかき分け灌木の根を踏み荒しながらキョロキョロうろうろしてる。
探し物?……にしても。
灌木の根は踏んじゃダメって、あたしでも言われてるのにあんなに踏んづけて!……て事は、領民じゃない。
領民だったとしても、ここ国境の森を知らない人よね。
「ディッパー、いくわよ」
ばれたら怒られる、とは思うけど……4人の男のそばにディッパーを寄せた。
「何をしているの」
馬に乗った女がすぐ近くまで来てる事にすら気づいてなかったようで、めちゃくちゃ驚かれた。
「なんだお前は」
あたし、知らない人からお前呼ばわりされても嬉しくもなんともない。
「誰でもいいでしょ、そっちこそ誰で何してる……ていうか、根を踏み荒らさないで。枯れるでしょ」
「……あ」
あ、じゃないわよ……森番にこってり怒られればいいんだわ。
「人を、探してる。おm……あんた位の年格好の女だ」
1人が口を割った……お前って言いかけてやめたわね。
「あたし位の?この近辺だけでもざっと300人位いるわよ」
大木の陰の子も含めてね。
「領内全域だともっといるし、国全体ならもーっともっといるわよ」
「……15~6の女の子を1人追えと言われてる」
「へーえ。特徴は?あたしも探しといてあげるわ」
「……年齢性別しかきいていない」
「あら、あたしも対象じゃない。じゃあ、あたし連れていく?」
目に見えて焦ってる……そりゃそうよね、馬に乗った女を連れ去るなんてできっこないだろうし。
あたしはディッパーの鞍につけた小袋から、拾っておいた枯れ枝を取り出しながら口を開いた。
「失せな、このトンチキども。領内の女の子を1人でもさらったら、あんた達1人残らずチョン切ってやるから覚悟しな」
男達が目を見開いてあたしをみてる……しまった、薬剤師館のマリリン館長がおっしゃってたのをそっくりそのまま真似しちゃった……。
照れ隠しも兼ねて、あたしは枯れ枝を首領格の頭上めがけて投げつけたら……男達は全員大慌てで逃げてった……。
「お嬢さん、もう大丈夫ですよ……あなたを連れていこうとしてたんでしょ、あいつら」
あたしは木の陰の子に声をかけた。
「……お気づき、だったんですね」
「ていうか、先にあなたが目に入ったの……さっきのあれが戻ってくるといけないから、手を打つわね」
馬に乗れるようになってから森に入り浸ってる内に見よう見まねで覚えた、呼び出しの指笛を吹いた。
「あの……いろいろありがとうございます……」
お礼など言われてる内に……呼び出しの指笛を聞きつけた森番がわらわら集まって……もしかして全員!?
「お嬢さm……」
……アンソニー・テイラー森番頭までいるー!
「男が4人、こちらのお嬢さんをさらおうとしてるの。さっき追っ払っちゃったから逃げてるんだけど、この近辺では見かけない顔だったし見た事ない靴を履いてた。灌木の根を踏み荒らして歩いてるから早く捕まえて」
「お嬢さm……いえ、お嬢!追っ払っちゃった、って何やらかしたんですか」
森番の頭補佐に問い詰められるあたし。
「……物を投げつけただけよ」
「生き物のほうですか」
「拾った枯れ枝を」
「それだけですか?」
「……え」
「それだけじゃないでしょう?」
「…………え」
「お嬢がそれだけで済ませるはずがないでしょう!」
ひどい言われよう……だけどその通りだし。
「ええとその……頭の奥様の口真似で、罵声を少々」
テイラーさんが頭を抱えたのが見えた……。
「その点に関しては、あとでたっぷりお叱りを受けてください。我々は、逃げたというその4人の捕縛」
頭補佐の一言で森番が一気に四散したのを見て、木陰のお嬢さんビックリしてた。
「これだけ統率のとれてる番小屋って他にないのよ」
ハマー領の自慢のひとつ、とお兄さま達が胸を張ってた……最近特に領外によく行くクロード兄さまが。
「騎兵隊、みたいなものですか?」
お嬢さんが訊くと
「いいえ……森を管轄する事に特化した、制限だらけの民兵組織のようなものです」
1人残ったテイラーさんが答えてた。
「ところでそちらのお嬢さんは、行くあてがありますか?」
「いえ……その、親類のところへ連れて行ってくださる方がいらっしゃる場所を探さなきゃならないんです」
なんだかよくわからないけど……そういう事のようで。
「じゃあ、うち……は、ダメか。おっさんばっかりだ。かみさんとこの女子寮で少し休んでから行くといい」
「よろしいんですか?ありがとうございます」
お嬢さんが丁寧に頭をさげた……この人、いいとこのお嬢さまで間違いないわ。
「足がとってもお疲れでしょうから、2人乗りで行きましょ。ディッパー……この馬であたしとあなたなら2人で乗れますわ」
女同士の2人乗りで、森を出た。
薬剤師館女子寮に着く頃には、あたし達はすっかり打ち解けて仲良くなってた。
逃げる事ができて、よかった……
とはいえ。
二度蹴りしちゃっています。
そこ、大丈夫なのかな……いやいや、襲うような男のそこに責任感じる必要はないと「護身術教本」に書いてあったので、放っておきましょう。
(やはり作者が一番の悪人w)




