5. お前は誰だ?
サン・トリスタン王国の軍部は有能 (なはず)です……。
先日のサウラー侯爵家毒ヘビ茶会事件。
主犯は、エリーザに無毒のヘビを投げつけられた四男。
従犯が有毒ヘビの調達を手配した三男。
そして侯爵家兄弟の共犯として捕らえた男が、庭に有毒ヘビを仕込んだ……と報告があがってきた、のだが。
この共犯の男の身元が全くわからないのだそうだ。
ヘビに素手で触れて庭に仕込んでいたため毒におかされた手が証拠となって捕縛されたわけだが……取り調べでも雑談にすら全く応じず一言も話さないので、身体検査で男と判明した以外全く不明だとの事。
主犯エヴァンスと従犯ヘイスティングにも名を明かさず、金銭的報酬は不要と言い
「侯爵家での事が成就した暁には、このヘビをもらい受けます」と言っていたと。
ヘビをもらってくれるというので、安心して仕込みを任せたという三男ヘイスティング……馬鹿か。
名も名乗らぬ者を安易に信用しすぎだ。
エリーザとクロードは事件の関係者でもあるので、気は進まぬものの報告しに伯爵邸へ立ち寄ったところ……シャルルの義姉妹・エミリーさんが息子君を連れて来ていた。
「将軍様、その男にカマかけてみませんか?」
エミリーさん、とんでもない事を言い出した!
「雑談にも応じない、のでしょう?もしかすると言葉を発したら私と同じように帝国風の訛りがあるのかもしれませんね」
なるほど、その可能性か。
「取り調べの関係者だけで私語に花を咲かせるんです。わざと聞こえるように。その中にイーゴリ・アドルフ・ミハイルという名前を織り込んでみて何らかの反応を見せたら、ほぼ間違いなくルブラン帝国の人間です」
「……ほう。して、その名は誰の」
「イーゴリは急死した先代の宰相、アドルフは今の宰相です。ミハイルはアドルフの息子です。帝国から逃げたい人は忌み嫌う名で、宰相の配下なら軽々しく口にしてほしくない名です」
なるほど。
「取り調べ担当者に伝えておこう……何らかの進展があればいいが」
「もしも宰相の関係者だった場合、絶対自由の身にはしないでくださいますか……移住計画事業はもとより、これまで脱出に成功した人達が危機にさらされますので」
「もちろんだ」
そこは必ず約束しよう。
私は、共犯の男を収監している部署へ赴いた。
「ガリーニ将軍は捜査に加われないと申し上げたではありませんか」
赴くたびに言われてしまう……被害者の直系親族だから駄目なのだと。
「わかっている、捜査に加わりに来たのではない。しゃべらないのは帝国の人だからじゃないかと、孫の嫁の兄の嫁さんが言うものだから」
「……シャルル様の奥方の兄嫁様は、帝国出身のお方でしたね。何かよい尋問方法でもご伝授くださったのですか?」
「尋問ではないが、取り調べ担当達の私語をわざと聞かせてみてはと提案された」
そしてわざと漏らす名を伝えると。
「なるほど。どちらの立場の帝国民かもわかるとはさすがです」
私はあとを任せて外へ出た。
――――――――――――――――――
ガリーニ将軍から有力な情報をいただいた。
全く話さないなら反応を見ればいい、のか。
そういった事を得意とする部署に依頼しよう……諜報部に。
そして。
取り調べ担当者達と諜報部員が、打ち合わせをし始めた。
「名前はイゴール・アードルフォ・ミカエルでいこう」
「聞き咎められても別人で通せるよな、聞き間違いって事で」
やたら盛り上がっているんだが、いいのか?
名前がわからないので仮に「ヘビ氏」と呼んでいる男を、取り調べに呼んだ。
「なんかしゃべってくれよー。じゃないと、あんたいつまでもここに居なきゃなんねえんだぞ?」
「名前位言ってくれたっていいんだぜ?減るもんじゃねえだろ」
「……まさか、減るのか?」
「んなわけねえだろ」
「いやでもこんだけ黙ってんだ、言ったら減るんじゃね?」
くだらない事を言い合う取り調べ担当達。
あまりものくだらなさに、ヘビ氏の頬が少し緩んだ。
そして、打ち合わせ通りに諜報部員が入室……手にはパンのような物を持っている。
「おつかれさまっす、差し入れっす」
そう言って差し出されるパンのような物。
「何です、これ?」
「自分もよくわかんないっすよね。姉貴の友達が菓子屋にいるんっすけど、こういうの焼けないかって注文があったそうなんっすよ。で、試しにいくつか焼いてみたうちの1つっす」
ああ、あれは……ハマー伯爵令息夫人の兄上の婚礼で出てきたのと同じ物だ。
一度は緩んだヘビ氏の顔がこわばった。
「ほんのり甘くて、うまかったっすよ」
「もう食ったのかよ」
「2個いっぺんに作る物なんだそうで、もらったうちの1個は姉貴が半分一気に食っちゃったっす。残りの半分を自分と親で食って、手つかずの1個を持ってきたっす」
「じゃあ、もらうか……あんたも食うか?」
手でちぎって口元へ差し出されたヘビ氏、ものすごい勢いで首を横に振った。
そうか、嫌か。
「イゴールんとこの若いのが、いい紅茶が手に入ったっつって持ってきたやつ淹れようか?」
「あれ来客用にとっとくんじゃなかったのかよ、将軍なら帰っちまっただろ」
「いい紅茶っつっても、舶来品でも何でもなかったぞ。普通に売ってる中では高めのやつだったけど」
「なんだよそれ!だからってミカエルに飲ますにゃ惜しいな」
「あいつ味音痴だもん」
「違いない」
「アードルフォの奴も貧乏舌だぞ」
「ああ、あいつな。せっかく将軍のお邸でいいもの食わせてもらっても、何がうまかったのか訊いたら酒って答えやがった」
「酒がうまいのは当たり前だっての」
「だよなぁ。特に果実蒸留酒が絶品だとか言ってさ」
「将軍のとこの料理人が適当な果実蒸留酒を買ってくるはずねえじゃん」
「高級品しか仕入れねえだろ」
「以前輸出してた安いやつは味もそれなりだからな」
「なんでも今じゃ安くてうまいのもあるらしいけどよ、やっぱ将軍とこだと高い酒だろうな」
「富豪だもんな、あの家。あの方は安酒なんか飲まねえだろうし」
ヘビ氏が肩をプルプルふるわせていた……ハマー伯爵令息夫人の兄嫁女史から手に入れた帝国の情報は、微に入り細をうがつものだったようだ。
「……どうかした?」
諜報部員がヘビ氏の顔色を見た。
「なんか赤い顔してブルブルしてるけど……もらさないでね?」
たぶんおそらくきっと、そっちじゃないと思うけど……逆なでするの上手いなあ。
取り調べ担当と諜報部員が見ていたヘビ氏の反応を、伯爵令息夫人の兄嫁女史と帝国からの脱出を援助している団体の代表者氏にもお教えしたところ……2人ともが彼は帝国の宰相の配下だろうという結論に到った。
「宰相は王国から届く果実蒸留酒が好きで、輸入が止まるまでは『旨い』とガバガバ飲んでたから……それを『味はそれなりの安い輸出品』とか言われちゃ、配下なら怒るよな」
グレイというその団体の代表者は、そう言って笑った。
「あとイゴールとアードルフォとミカエル……絶対聞き間違えて焦るって。それも3人を微妙にバカにしたんでしょ?ざまあみやがr……ああ失礼。私は友人一家を奴らに奪われた身ですので、つい」
女史のほうは、というと。
「婚礼菓子を男に食べさせられそうになったなんて!」
と、そこがとてもお気に入りだったようで。
お腹の赤ちゃんは大丈夫かと周囲が焦るほど笑い転げておられた。
――――――――――――――――――
ああ笑った笑った。
想像するだけでおかしい。
確かに、婚礼菓子を手土産に持っていったらいいとは言ったけど。
食べさせようとしたなんて!
「あの、何かやっちゃいけない事でもやりましたか?」
「いいえ、いいえ!あのお菓子は、婚礼の時に新郎新婦が手でちぎって互いに食べさせあう物なんです。女の子から差し出されるならともかく、男から食べさせられそうになったなんてもう笑う以外にないでしょう」
「ああ、それで!ものすごい勢いで抵抗されたのはそのせいですか」
「おそらくは」
しばらくは思い出し笑いができそうだわ。
――――――――――――――――――
エミリーは楽しそうに大笑いしてるが、俺は少し不安になってる。
名はわからんとはいえ、あの宰相の配下が珍しい毒ヘビを入手しようとした。
この事実は、とりあえず皇宮周辺に知らせておいたほうがよさそうだ。
……以前、ニコの嫁さん激似の女性がいると伝えたあのルートで。
王国と帝国の上層部が絡みあい始めました。




