1. 風雲急を告げる風
前回から3年が経ちました。
おなじみメンバーに増減あり……いや減はないか……。
うまく行かぬ。
まったくうまく行かぬ。
異国民どもを捕らえようにも、逃げおおせられる事が増えた。
以前からよく逃げられていたが、最近更に増えた。
やはり反体制組織が存在するんだろう。
数年前に急襲した空き家。
あの場はやはり反体制組織の拠点だったのだ。
事前に何らかの理由で情報がもれて雲隠れしたに違いない。
間諜がいる。
どこの誰が間諜なのか、徹底して調べあげねばなるまい。
それはそうと。
皇嗣殿下夫妻に未来の皇嗣がご降誕になって2年と少し。
なんとまあ我がヴァルジ家は間の悪い事か。
皇女であったならシャロンの息子を伴侶としてあてがう事も可能であったのに。
ええい今からでも遅くはない、シャロンは娘を産まんのか。
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アドルフ様は、無茶ばかりおおせになるわね。
皇嗣殿下ご夫妻の「ちびちゃん」ことトーマス皇子殿下がお生まれになって、シャロンの息子ヴィンスが遊び相手としてお伺いさせていただくようになって初めて「孫」の存在を知ったような次第ですのに……何が「次は娘を産め」ですか。
ガーネット殿下の侍女の方がおっしゃっておられましたわね……冗談は顔だけにしてください、でしたっけ。
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おかあさま。
このあいだトーマスでんかとあそんでたら、へんなおじいさんがぼくにだきついてきたんですけど、あのひとはだれですか?
え、おかあさまのおとうさま?
そんなひとがいたんですね。
トーマスでんかのおねえさまやじじょのおねえさんにいやなことしてるおとこのひともみたんですけど……おかあさまのおとうと?
そんなひとがいたんですね。
ええと、もしかしたら……おじいさまとおじさま、ですか?
おうちのじじさまとおじさまたちとはぜんぜんちがいますね。
どっちもへんなひとだったから、おしゃべりしてきたらにげちゃってもいいんですよね?
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アドルフ宰相とミハイルには呆れるわ。
宰相は皇子殿下のお側にいる幼児が己が孫と知った途端すり寄って来て。
久々に交わした会話が……
「お前に娘はおらんのか」
「ええ、おりません」
「では今から産め」。
もはや親子の会話ではないわ。
私の親は母さまだけ……いえ、母さまとお義父さまお義母さまね。
あの人から娘とは呼ばれたくない。
あの人を父とは二度と呼ばない。
ミハイルも……私はあれが弟だとは思いたくない。
19にもなって、ろくな噂を聞かない。
ガーネット殿下が徹底してお嫌いになってくださったのでお側に寄る事も相当難しくなり……その反動でか、見境なく女性に声をかけまくっているとか。
ただ声をかけまくっているだけなら、フラれて終了なんでしょうけど。
根拠のない噂話の域を出ないのでどこまで信用に値するか、だけど。
…………自分をフッた女性を襲ったらしい、という話を漏れ聞いたわ。
私に教えてくれた人は
「お姉さまですから信じたい気持ちはおありでしょうけれど」
と前置きしてくださったけど。
そのお心遣いには感謝しますが、噂話のほうが信憑性ありすぎですね……とも言えず。
曖昧にため息でごまかしたけれど。
あのバカの事だもの……絶対に噂話が真実だと思うの。
あいつに姉と呼ばれたくない。
あいつを弟と呼びたくない。
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ヴァルジの奴、相当焦っておるな。
かなりきな臭くなってきた……もしかしたらわしの手に負えんようになるやもしれん。
そうなると……もう本人達に自覚させねばならんのかもな。
「ガストン。夜になってからでいい、店に全員集めてくれんか」
「……ピエトロもですか」
「奴ももう21だ、いくらなんでも隠し通すのはもう無理だ」
「それもそうですね」
ガストン食堂の夜。
ブライアントとディアスがそれぞれ息子を連れて来た。
ガストンも、息子を連れて出てくる。
「大事な話がある。まずはピエトロ、お前にだ」
今まで何も教えてこなかった分を。
「ここだけの話にしておかなければならんのだが、マルコとカルロはお前の実兄だ」
「……やっぱりそうか。そうじゃないかとは思ってたんだ」
なん……だと?
「だって、だよ?世の中には同じ顔の人が3人いるって話が本当だとして、似てる人が2~30人はいるんじゃないかって話も本当だとして、その似た人間が3人近所でまとまってるなんて、兄弟以外じゃあり得ないでしょ?」
「……信用してなかったのか?」
「最初は信用してたよ、似た顔は2~30人の話。だけど、似た顔3つが近くにいるのって兄弟位しかあり得なくね?って思った。決定打はミドルネーム。全員Jじゃん。父さんも母さんもおじさんおばさん達の誰にもついてないのに、僕らだけお揃いでついてる。あーこれはどこかのJで始まる家のわけあり3兄弟を手分けして育ててんだなと思った」
鋭いな……。
「でもみんな何も言わないから、言っちゃダメな奴だと思って黙ってた」
そして賢いな……。
「そこまで理解しているのなら、話は早い。今からするわしの話は、絶対に外でしちゃならん……お前達3兄弟の親と姉の事だ」
マルコとカルロには、姉がいる事を話し済みだが……ピエトロには初めてだ。
「え、姉ちゃんもいるの?」
「マルコの2歳上の子だ……ただ、今どこにいるかはわからん。うまく逃げきっておればいいのだが」
「……逃げる?」
「ああ。お前達の一家6人は、分散して隣国サン・トリスタン王国へ脱出しようとしてた」
「なぜ脱出しなきゃならなかっt……あ、あれか。帝国人民以外はウンヌンって奴」
ピエトロは勘がいい。
「そうだ。お前達4人姉弟の父親は帝国民のニコラスという男だが、母親は外国出身の女性だ」
「それなら逃げなきゃ捕まるよな」
マルコとカルロも腑におちた顔をした……特に5歳だったマルコは逃げている記憶が鮮明だ。
「捕まったら殺されるって聞いた……もしかして、俺達の実の両親は捕まって殺されたのか?」
「いや……捕まったのはニコラスだけで、彼は獄中で亡くなった。自殺でも処刑でもない事だけは覚えておいてくれ」
「わかった。で、母親は?」
やはり、訊かれたか。
「……………………追っ手に、斬られた」
マルコ・カルロ・ピエトロが息をのんだ。
「姉ちゃんは?」
「持って出た荷物が残されていただけで、あの日以来姿を見ない」
そう、まるで神隠しにでもあったかのように姿を消した。
「死んだという証拠がないから、生きていると思いたい。国内に存在の痕跡がない以上、1人脱出に成功したと思いたい。お前達一家が脱出を試みた日に国境のボロ橋が壊れたんだが、谷底で見つかったのは甲冑を着た4人だけだった」
「渡りきってくれてる……よな」
それは、ここにいる全員がそう願っている。
「お前達に渡しておかねばならん物がある」
わしは、4通の封筒を出した。
その内3つには表に名前が書いてある。
マルコ・カルロ・ピエトロ。
1つは無記名だ。
「これは、お前達の正式な身分証ともなり得る書類だ。なくすんじゃないぞ……そして、誰にも見せるんじゃない。マルコとカルロは嫁さんにもだ」
ピエトロが真っ先に封筒を開けて中身を出した。
「ピエトロ・ジェファーソン。父ニコラス・ジェファーソン、母アンナ。正しい生年月日は1日前、ね……で、Jはジェファーソンだったのか」
ぶつぶつ言っている。
「わしが今手元に残した物が、お前達の姉の物だ。お前達の誰かが国境の向こうへ姉を探しに行くのなら、これを渡すところなんだが……どうする?」
3人に確認をとってみた。
「俺は……今はやめておく。もう少し……そうだな、うちの子供達がもう少し大きくなるまでは『猟師のマルコ・ブライアント』でいさせてほしい」
「俺もだな。せめて子供が生まれるまでは『野菜農場のカルロ・ディアス』でいたい」
一斉に、ピエトロに目が向いた。
「僕は……マルコやカルロと違ってまだ独り身だけど、いろんな事が一度にわかったばっかりだから……きちんと芯から理解できるまで、考えをまとめさせてほしい。姉ちゃん探しはその後にさせてもらっていいかな。探したくないわけじゃないんだ、ただ……まだちょっと混乱してる」
そりゃそうだ。
薄々感づいていたとはいえ、年上の友人が実兄だったとか……あと姉がいるとか実親は死んでるとか一気に言われちゃあな。
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俺は今、間諜とやらに疑われているみたいだ。
宰相の腹心らしいのがウロウロと寄ってきては何かしら探ろうとしてくる。
探っても無駄だ、俺は騎兵隊の職務しかしてない……職務以外の事は、皇嗣妃殿下直々のご指名でのパールさんのお母さんの送迎位だ。
叩いても何も出ないって!
どうせ兄貴が接触してくるんじゃないかと疑ってかかってるんだろうけど……若い頃から突然フラッと現れては消えるケヴィン兄と年に一度帰ってくるかどうかのチャールズ兄と、俺から連絡とる方法なんかねえよ。
1回こっちからチャールズ兄に手紙出したけど、それだって元上司の人宛に2重封筒にして送れって指示されたからやれたようなもんだ。
ケヴィン兄に至っては……本っ当にどこにいるかわからないんだから、あの人探せって言われてもムリだって断るぞ俺。
ヴァルジが焦り始めたようで、隠棲している者は戦々恐々としています。
ただ……思考の歪んだアホ宰相やからなあ……




