この素晴らしき「愛」のために
たて続けの婚礼……神職さんも大変でしょうが、がんばれー……。
領主様のとこの婚礼が、またあるよな。
前のはご領主様ご本人の婚礼だったけども、今度はご子息シャルル様。
しかも奥方になるのは馬具屋のホイットニーんとこの娘……いや、みんなさんざん世話になってるテイラー&テイラー薬剤師館のイリーナお嬢だよ。
わしら庶民がお祝いするっつってもたいした事できねえからよ……伯爵邸に伯爵家が常設の薬剤師館を建てるって話になってるだろ?
あれをだな、無償で請け負ってお祝いにするってのどうだ?
いや、無理にとは言わんよ。
無償でっつうのは無理な規模かもしれんしな。
だけど、お祝いらしいお祝いってのが……な。
え、領都民の大多数が賛成?
冗談で言ってるんじゃねえんだぞ?
みんな本気なのか?
……祝いたいんだな、みんな。
アリアドネ様が伯爵夫人になられてから、シャルル様は伯爵邸から外へお出になって遊んでおられて……だからなんとなくおそれ多くもシャルル様は街のみんなの息子か孫みたいな感じなんだもんな。
よし。
じゃあこうしよう。
伯爵家から資材の発注があったら納品して、その納品書を「代金支払済」にするんだ。
建築作業員も、賃金受領済って事で。
資材屋でも建築屋でもねえ奴は、資材屋と建築屋を支えてやってくれ。
たぶんおそらくきっと、執事のフォードさんあたりがすっ飛んでくると思う。
領都民のお祝いなんだから受け取ってもらわなきゃ困るって言っておくから。
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伯爵家と薬剤師館長マリリン様の協議の結果、イリーナ様を館長とする常設薬剤師館を伯爵邸に増築という形で建設する事になったのですが。
領都の業者に発注したら……すべての書類が「支払済/商工会長裁可」になっていました。
私は商工会長に会いに行きました。
「会長……これは、困るんですが」
「いや、困ると言われるほうが困るんですよフォードさん。いいですか?我々庶民がシャルル様のご結婚のお祝いをと思っても、それぞれがこぞって贈り物を持って押し寄せたらいろんな意味でえらい事になるでしょう?そこでお祝いをしたいこちらも考えたわけですよ。薬剤師館建設の費用と経費を我々がもつという形にすれば、必要な物は建つしお祝いにもなると」
……商工会長の言う事も、もっともです。
「持ち帰って、改めてご連絡させていただきます」
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イリーナのため、と言っても過言じゃない新居兼薬剤師館を建てようとしたら……建築関連費用を一切受け取ってもらえないという事態が発生した。
「領都民からのお祝いだから」
という事だそうで……本当にいいのかな。
父上も困って国王陛下に奏上したら
「そのような案件は初めて聞いたが、祝いたいという気持ちを汲んで、建造物を受け取るがいい」
との事だそうで……僕らは領民のお祝い物件に住む事となった。
「これは……お披露目必須……ですよね……建ててもらったお礼として」
という事で、婚礼後に屋根なし馬車で領都一周まで決定してしまった。
事が大きくなっていく……仕方ないか。
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やるなあ、商工会長。
薬剤師館も一応商工会に属してるけど……うちにだけ内緒にされてた。
「薬剤師館は次期伯爵夫人の身内みたいなもんだろが。そこへお祝い計画を漏らしてどうすんだ」
まあ、そりゃそうか。
「それに、薬剤師館にしかできないお祝いの品でも考えてるんだろ?」
……薬の材料を調剤室の棚にギッシリ詰め込む予定だ、もちろんイリーナには内緒で。
「適材適所って言うじゃねえか、そういう事だよ」
なにか少し違う気もするけど。
「それはそうと。ホイットニーんとこは婚礼2件だから何かと物いりだろうな」
物いり、どころの騒ぎじゃない。
イリーナの婚礼衣装とか、アルフ達の新居用にとオレ達が昔よく忍び込んで遊んでた荒れ邸だった別棟を住めるように大改装したりとか。
「意図的に割りのいい仕事をホイットニーに回しても、それは許容範囲だよな?」
……それを薬剤師に訊かれてもなあ。
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「グレイさん、エミリーちゃんの婚礼衣装ってどうなってるんです?まさか、用意がないとか言わないでしょうね?」
少し前。
俺はカートランド大街道大外3番第2宿の拠点で、おばちゃん達14人に取り囲まれた。
全員かつて帝国から逃げてきた人で……エミリーの結婚が決まった事を知って集まってきた。
そして……開口一番、異口同音で「婚礼衣装はどうなってる!」。
「あたし達はね、エミリーちゃんがきっちり送り届けてくれたから今の生活ができてんですよ」
「そのエミリーちゃんが嫁に行くってーのに、まともな婚礼衣装のひとつもないとかダメでしょ」
「エミリーちゃんに親がいないからちゃんと用意してあげられないとかじゃダメなのよ。グレイさんそういうところ独身中年なんだから!」
「あなた姉妹いないでしょ!だから女の子の気持ちひとっつもわかってないのね」
「婚礼衣装ってね、大事なのよ!」
おばちゃん達全員から口々に責め立てられた……細かい言い回しは忘れ果てたが、要は「俺達がエミリーの婚礼衣装を用意しろ」という事だ。
「わかった、わかったから……俺は何をすればいい?」
「たくさんあるわよ、覚悟なさい」
……俺は、ゾクッとした。
やる事は、たくさんあった。
まず、ハマー領の領都の仕立屋に相談しに行った……女物の服の事なんか独身中年な俺にわかるわけがない。
「エミリー・ジャクソン嬢のお衣装ですか」
「ええ、どうやら私に発破かけまくってるおばちゃん達は帝国の伝統的な婚礼衣装を仕立てる気満々なんです」
「おやまあ」
少し考えた仕立屋店主は、俺に言った。
「皆さんをここへお連れしていただけます?」
「……へ?」
「私どもでよろしければ、お手伝いさせていただきますよ。仕立屋でしたら大きな布も広げられますし……何より私どもも隣国のお衣装がどんなものか知る事ができます」
ご厚意に甘え、おばちゃん達14人全員を仕立屋店主と引き合わせた。
そして。
おばちゃん達は、店主の協力を得て婚礼衣装を仕立てた。
「どういう取り決めしたんです?」
「私どもは、場所とジャクソン嬢の採寸表をお貸しする事。帝国のおかあさん達は、お衣装のデザイン画の提供。そして祝宴での帝国伝統の婚礼菓子の事を教えていただきました」
「……婚礼菓子!忘れてた!」
新郎新婦が自分達の皿からそれぞれ手づかみでちぎって、互いに食わせるっていう……列席者は盛り上がるけど新郎新婦はめちゃくちゃ恥ずかしいとかいうやつだ。
「……抵抗されなきゃいいけど」
「なさるんですか?」
「やらない選択肢はない気がするんですが」
「そう言われれば帝国のおかあさん達も……そうですね、どこで婚礼菓子を作れそうかで盛り上がっておられました。やらない選択肢はない一択ですね」
「でしょう?」
「ご協力願えそうな製菓店をご紹介しましょうか」
「お願いします」
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シャルル様のご婚礼のため、領都にお客様がたくさんおみえになりました。
私もサイラスさんも大忙しです……そして万が一に備え、万全の体制を整えております。
私は念のため礼服の下にカイザーナックルを仕込んでおりますし、サイラスさんもガリーニ将軍の剣を正門横の門衛室に配置しております。
それはともかく。
ご来領のお客様は、ご列席くださる他領のご領主もしくはご名代。
そしてその従者の皆さまとお連れ様。
従者の皆さま方の内、約8割以上の方々がアルフレッド様エミリー様の婚礼ご列席だというのが……人脈というのでしょうか、人徳というのでしょうか。
アルフ様の王城厩務員時代のお知り合いと、エミリー様が配達助手のかたわら行っていた脱出者の移転先領の関係者だそうです。
アルフ様の王城厩務員期間は17歳~19歳の2年間。
エミリー様の活動期間は2年前から現在。
たった2年かそこらでこれだけ人を集められるとか、ただ者ではないですよお2人とも。
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「10年前も、2人でここにいたよね」
「あの時はお父さまの付き添いだから立ち位置は違うけどね」
「それに、クロードはお祖父さまの手伝いにかり出されて大忙しだったし」
「あれはルチア大伯母様の入れ知恵だったんだ、僕も一緒に新婦を新郎に託してきなさいって」
「そうだったんだ、知らなかったよ……クロードの時は僕がそっちの役目になるからね」
「そんなのいつになるかわかんないよ?」
「あると思わせてよ……お母さまだって実子の婚礼はいつだ、って思ってるはずだから」
「そこで母さん出してこないでよ!」
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礼拝堂では粛々と婚礼が執り行われていく。
10年前は私が祭壇の前にいたわけだが、今日はその時付き従ってくれた息子が主役で。
「新しい娘がよく見知ったお嬢さんだからよかったわ」
アリアドネも少しホッとした表情をしている。
「彼女なら、エリーザがどういう子かとてもよく知ってるわけだもの」
……やはり、そこか。
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最大級の警戒を施しつつ開催された祝宴も、難なくお開きになりました。
執事さん達の準備はいい意味で無駄になりました。
カイザーナックルは武器庫に戻され、門衛室に置かれた剣も使用される事なく本来の持ち主の御方が取りに来られました。
「迂闊に抜くと指を落とすよ」
などと言われては、さわるどころか見るのも怖いですから……早々にお持ち帰りくださいませ。
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朴念仁だった兄さんも、いよいよ奥さんを迎える。
私は、礼拝堂の家族席にシャルルさm……シャルルと一緒に座ってる。
ああまだ慣れないわね。
昨日1日ずっと呼び方を注意され続けたけど……10年続けた呼び方が、たった1日かそこらで急に変えられるわけないじゃない!
本当は花嫁介添人をやる気だったんだけど、各方面から全力で止められちゃった。
約束してたんだけどな、エミリーさんの花嫁介添人は私ねって。
でもダメだって事で、エレナさんがやってくれてる。
花婿付添人はモーガンさん。
花嫁の父代理は、グレイさん……あれ?グレイさん、花嫁側の親族席に座ってる。
じゃあ……あれ誰?
グレイさんによく似た人なんだけど。
「ケヴィンさんっていう、チャールズ・グレイさんの3つ上のお兄さんだって。一昨日偶然ハマー領に来たら弟さんとバッタリ会って、エミリーさんとも顔見知りだって事で……急遽あの役目に」
事情を知ってるクロードが言った……けど、そんな適当でいいの?
「グレイさんいわく『37の俺より40の兄さんのほうが適任だろ』だって。まあ本人さん達がいいならいいんじゃない?」
エミリーさんが着ている衣装は、帝国伝統のものなんだって……後ろ開きで、着た後に後ろを縫いつけてしまうんだそう。
つまり……着てしまうとひとりでは脱げないようになっていて。
婚礼の翌朝、旦那さんと一緒に普段着で人前に出る事で
「あ、昨夜は……あ、はい、そういう事ですね」
とお察しいただくというものなんだとか。
兄さん知ってるのかしらね?
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礼拝堂の庭でガーデンパーティ形式の祝宴……なんだけど、なんかやたら人が多い。
ルブラン帝国から逃げてきた人が
たくさん来てくれたんだそうで。
……いや、ハマー領は帝国との国境に近いから危険度が高いんじゃないのか?
「確かにご領内でウロウロしてる分には危ないよ。けど目的あって来ていて、かつご領主家の礼拝堂の庭にいるんなら問題ない」
とは、チャールズ・グレイさんのお兄さんのケヴィンさん。
エミリーの父親代理をやってくれた。
「そんなもんなのか……で、さっきから気になってるんだけど」
そう。
オレとエミリーの前に置かれた、甘い香りのするパンのような物。
「これは、何?帝国のしきたり的な何か?」
「ああ、やっぱりご存知ないか」
ケヴィンさんが説明してくれる。
いわく。
このシンプルな焼き菓子を新郎新婦が素手でちぎって食べさせ合うんだそうだ。
「これから支え合っていきますよ、食うものに困らないようにしますよ……ってぇのを示す、みたいな感じのもんだと思ってくれていい」
それ、やるのか……ってか、それ用の焼き菓子が用意されてる以上やるしかないんだろう。
……なんだかめちゃくちゃ恥ずかしい気がするんだが!?
「あー、本来合図とともに立って向かい合ってやるもんなんだが……アルフさん、向かい合ったらちょっとかがんでやってくれ。衣装の都合で、腕が上まであげられないらしい」
こっそり耳打ちされるオレ……事前に、せめてとりあえず昨日までに知りたかったよ!
かなり、を通り越して相当恥ずかしいやつを無事にこなしたオレを誰か褒めてくれ。
婚礼でのこの慣習を知っている帝国出身の人は王国民のオレがやったって事でヒューヒュー言うし、こんな場面を初めて見る王国民はヒューヒュー言うし。
要は庭園内にいたすべての人がヒューヒュー言ったんだ!
……ま、オレも列席者側ならヒューヒュー言っただろうなとは思うが。
みなさん、よくがんばりました……。
アルフ君も……羞恥によく耐えたね……。




