8. 心配ごと、多々。
ハマー伯爵家三女のおかげ(?)で、縁談の相手はある意味厳選されてるようです……が。
親としてはいろいろと頭を抱える大問題です、三女の言動。
娘の縁談がサクサク決まっていくのは、とても寂しい。
マーサは19、ハンナはまだ17だというのに!
「父上!モタモタしていると奴の息のかかった野郎が来ると申し上げたでしょう!」
シャルル・マーサ・ハンナの実祖父ではあるが、奴ことブリーデン男爵には屈したくない。
「それに、シュミット伯のランドルフ様もスコット伯のアレクサンドル様もちゃんとエリーザと本当に仲良くなれた人です。貴重ですよ」
……ああ、そうだった。
カエルにもおびえずヘビにもひるまず、「カエルなら、子供の頃から兄に背中へ入れられていました」と答え「お返しに兄の寝台へその都度無毒のヘビを3匹入れていました」と笑ったランドルフ殿。
エリーザが用意していたヘビを器用に結んで渡したアレクサンドル殿……結び方のコツを教わってたな、エリーザ。
結んだヘビが部屋に鎮座しない事を切に願うのみだ。
こんな末娘エリーザと本当に仲良くなれる人でないと……息子達の妻も無理だろうな。
ああ、わが家に嫁の来てはあるのか?
と言うか。
マーサとランドルフ殿の婚礼が近づいた今になって、ハンナのパートナーがアレクサンドル殿になったから……シャルルとクロードのパートナー役が1人足りなくなってしまった。
いや、アレクサンドル殿が悪いわけじゃない。むしろありがたい。
男爵につけいる隙を与えずにすむから。
今、差し迫って必要なのは、息子達のパートナー役の女性。
「シュミット領へ一緒に行ってくださる人がどなたかいらっしゃれば……」
「いますよ」
「います」
私のぼやきに、息子達が揃って即答した……え?
「エリーザ当番は今後僕が一手に引き受けますので」
クロードが満面の笑みをして言う……えっ?
「父上、イリーナ……Sクラス薬剤師のイリーナ・ホイットニー嬢を同伴者としてお誘いしました」
シャルルも笑みをたたえて言う……え、え?
「イリーナ嬢、というと……アルフ君の妹の?」
「ええ、そのイリーナです」
「その後取りざたされる可能性の説明は?」
「しました……したよね?」
「ちゃんとできてたよ」
「お祖父さまが聞いたというさる御方の独り言の話もしてあります」
「納得してくれましたよ。あとはおじちゃんおばちゃん……じゃないホイットニー夫妻と今後の話をすすめていただければ」
……イリーナ嬢はエリーザが「もう1人のお姉ちゃん」と思っているような人だ、あの子が何をしでかしてももう驚きもしない位にはもまれている。
何も知らずまっさらな状態からエリーザに会わせなければならないお嬢さんではない。
しかし、いつの間にそのような話がまとまった?
「正式に本人どうしで話ができたのは最近ですけど、10年位はいろいろ積み重ねてますよ……シャルルもイリーナも、どっちも」
こっそりクロードが教えてくれた。
やはりそうか、と思いつつ。
あの男爵の動向が気になり始めた。
私はあの日以来一度も会ってはいないが、お義父さまとサイラスとオルトランから婚礼当日の奴の行動は聞いている。傍で見ていた警備主任からも。
亡くなった娘の夫の再婚相手をその親の目前で罵倒できる神経の持ち主だ、孫の妻候補を悪しざまに吹聴する事などほんの片手間でやってのけるだろう。
「お父さま、お願いがあります」
クロードが言う。
「もしも万が一彼が伯爵邸へ押しかけてきた場合、応対は僕に任せてもらえませんか?」
「どうして」
「まず、僕は彼の血縁ではありません。母親が侮辱はされましたが、直接聞いたわけではありません。なので比較的落ち着いて対処できそうです」
「しかしそういう事は執事に任せるべきだが……」
「その執事が……1人は顔を見たらその面に叩きつけるべく拳を鍛え、もう1人は乳兄弟から研ぎ澄まされた両手剣をすでに融通してもらってあると言えば?」
……オルトランは殴り倒す、サイラスは斬り捨てる準備をととのえているのか。
「オルトランとサイラスが事を起こせば、かなりの問題になります。僕が何かやらかすよりも。執事を罪人にしたくないので、応対は僕に任せてくださいますよね?」
…………よろしく頼む。
――――――――――――――――――
サイラスさんに効果的な人の顔面の殴り方を教わった……この人は武術的な事まで何でもご存じだ。
「ネルソン様の従僕として戦場までお供しましたからね」
そう言って笑うサイラスさんは、奥様のお父上ガリーニ将軍から両手剣をお借りしている。
「よおぉーーく研いでもらってあるから、むやみに抜くなよ」
そんな物騒な言葉と共に受け取り、今は伯爵邸の武器庫の片隅に置いてある……はず。
目的は……ブリーデン男爵対策。
まあ私も同じ目的でサイラスさんから殴り方を教わってるわけですけれども。
「あなたの拳もネルソン様の剣も、使わないにこした事はないのですがね……念のため、万が一に備えておきましょう」
にっこり笑ったサイラスさんが、それはそれはとても怖かった。
――――――――――――――――――
ホイットニー馬具店のお嬢さん……いえ、テイラー&テイラー薬剤師館所属Sクラス薬剤師のイリーナ・ホイットニー嬢が、シャルル様のパートナーとしてシュミット領へ赴いてくださる事に。
たぶんおそらくきっと、そのままご婚約になり……奥様となられるでしょう。
わたくしども使用人一同、大歓迎いたします。
イリーナ様なら、エリーザ様が何かなさっても「あら、またですか」でお済ませになられます。
何度もいたずらがバレたエリーザ様を追いかけ回すシャルル様クロード様と遭遇しておられますから。
――――――――――――――――――
イリーナちゃん、よかったー。
まさか「絵本に名前を書き込んでくれた人」が伯爵家のシャルル様だったなんて思いもしなかったけど……これって「幼なじみと結婚」までいくのかな?
だったらいいな、うらやましいし。
そんな事を考えながら。
カートランド大街道大外3番第2宿にある救援組織の拠点から、ホイットニー馬具店で借りた荷客馬車で帰ろうとしてた。
今回送り届けた先は、王都にある軍の傭兵部隊。
チャールズの知り合いがいるというので一緒に行って、帝国に戻るからというので客席に載せて帰路を急いでるところ。
「ねえ、客席に1人は寂しいから御者台に座らせて」
「嫌」
「じゃあ、話があるからそっち行かせて」
「御者台のすぐ後ろの客席からどうぞ」
「つれないなあ」
「あのね。あんたと並んで手綱握ってると言われんのよ、お嬢ちゃんお父さんのかわりにエライねって。それが嫌なのよ!」
見た目が年齢以上の40手前のチャールズと年齢以下にしか見えない私だと「父親&母親激似の娘」に見えるらしく……絶対に嫌!
「わかったわかった、ここから話すよ」
馬車は止めない。
「あのさ。大きい馬の馬車を操れる奴が増えてきたから、エミリーにばっかり頼らなくて済みそうになってきたんだよ」
あら助かるわ、それ。
救援のほうが急に言って来るから、配達助手の仕事ができなくなっちゃう事あったもん。
薬剤師館の皆さん優しいから、いいよ行っておいでって言ってくれるけど……申し訳なく思ってたの。
「それでね。エミリーいなくても馬や馬車を貸してくれるかどうか、ホイットニーさんに訊いて欲しいんだ」
「自分で訊きなさいよ、あんたいい大人なんだから」
「ええー」
「先方も大人なんだから、ちゃんと話せば仕事としt……!」
荷客馬車を牽いてくれているジュピターが急に足を止めた。
私は落ちそうになるし、チャールズは客席の壁に頭をぶつけるし。
「どうしたのジュピター」
前を見たまま動かないジュピター……よく見ると前方が詰まって……違う、何台か馬車が横転してる。
何人かこっちを見て手を振ってたりもしてた。
「いってえなぁ……危ねえぞ、急に止まっ……」
頭をさすりながらチャールズは馬車を降り、前方を見て瞬時に現状を把握してる……そういうところ、さすが(自称)傭兵だったとか言うだけの事はあるわね。
「……あれは助けに行ったほうがいいな」
「待って。チャールズ、馬に乗れるよね?」
「おう」
「鞍なしで乗れる?」
「長距離は無理」
「短距離ならいけるわね。じゃ馬車からジュピターはずすから、拠点に戻って警備兵詰め所でこれ説明して医師連れて戻ってきて」
「重種馬にそのまま乗るのか?」
「毛布はかける」
「……わかった、行ってくる」
私はジュピターをはずして毛布をかけて縄でくくって留めた。
「ごめんねジュピター。帰ったらリンゴたくさんもらってあげるから、がんばってもらっていい?」
ぶるる……と返事してくれる。
やっぱりジュピターはかしこい。
ゴキゲンでおつかいに行ってくれた……背に乗せた人間は「人使い荒い!」と大文句だったけど。
私は荷客馬車に備え付けの応急手当セットを持って横転してる馬車の所へ。
「あんた!貴重な男手を回してくれるんじゃなくてどこへやった!」
傷だらけで手を振っていた男の人が怒気もあらわに大文句。
「あれは警備兵への連絡と医師の手配です。今うちのあの男が1人馬車を起こすのを手伝うよりも、少し後になってからでも警備兵が大勢来てくれたほうがいいと思いましたので」
男の人の怒気が引っ込んだ。
「それに、横転してる馬車から出せた人の治療に専門家がいたほうがいいでしょう?私は教会のオウムです」
イリーナちゃんから教わった「教会のオウムは聖典をさえずる(※)」っていうサン・トリスタン王国のことわざを省略して言ってみた。
どの傷に何の薬がどう効くかはまったくわかんないけど、止血したり副え木したりは……イリーナちゃん達薬剤師を見てたり手伝ったりして知ってる。
医師が来るまで、やれる事をやりましょう。
――――――――――――――――――
ジュピターはかしこい、とエミリーが常々言ってたのは本当だな。
普段は人を乗せる事がない牽引馬なのに、鞍がわりの毛布だけで俺を振り落とさないよう乗せて走ってくれる。
カートランド大街道大外3番宿……俺達の拠点ある宿場の隣の警備兵詰め所にまず行った。
下馬したら次は乗れない気がしたので、そのまま報告。
「この先ハマー領へ向かう道で馬車が5~6台横転して通れなくなってる」
だいたいの場所を大まかに説明。
「けが人もいるっぽいから医者連れていきたいんだけど、ここの医師館どこ?」
とてつもないバカな訊き方だとは思ったが、致し方ない。こっちは地元民じゃねえんだ。
「こちらで呼びにやる。あなたは少し休んで警備兵と医師を先導してください」
「俺はいいから、この馬にリンゴ食わせてやってもらっていいかな。普段は馬車を牽いてるのに、無理して俺を乗せてくれてるから」
警備兵詰め所のリンゴを1個ジュピターが食ってる間に、警備兵と医師の準備が整った……中隊位の人数の警備兵と、医師8人。
「あなたはどこか連絡する場所はありますか?脇道を使って早馬が出せますけれど」
警備兵詰め所の所長が言ってくれたが、何の事だかよくわからないので断った。
事故現場に戻ると……エミリーが率先して救助できた軽傷者の応急手当をしてた。
「要救助者がまだいます。素人で治療できない人は1ヵ所にまとまってもらっています」
俺達を見て、エミリーが言う……なぜだか知らんが、現場責任者みたいな立場になっていた。
警備兵が手分けして横転してる馬車を確認し、医師が治療を始める。
臨時救助隊長になった警備兵をつかまえたエミリーが、事故を発見してから今までを引き継ぎのように説明していた……この子、確かまだ20歳だぞ(見た目は10代だが)。
呆けていたら。
「チャールズ!休憩終わったらあんたも救助に行きなさいよ!」
この20歳……人使い、荒いんだよなあ。
救助を終え、警備兵にめちゃくちゃ感謝され……やっとハマー領までたどり着いた。
「遅くなったな」
「仕方ないわよ事故で足止め食らったんだから」
そんな事を馬車の内外で言い合いながら、領都中心部に帰ってきた。
馬車を返したらホイットニーさんと話して、俺は帝国に戻る……んだけれども。
かなり薄暗くなってからようやくたどり着いた馬具店の前。
誰か立ってr……ホイットニーさん(息子)だ。
返却予定よりかなり遅れたから馬と馬車が心配……じゃないなあの顔は、うん。
俺は独り身の色気ない生活してるけど、ああいうのはわかる……気がする、たぶん。
俺だって無粋じゃないつもりだ。
よし、さっさと用を済ませて帝国に戻るぞ俺。
――――――――――――――――――
エミリー達にジュピターと1頭だての荷客馬車を貸して……夕方までには帰ってくるって言ってたけど。
なかなか帰ってこない。
おまけに、ハマー大街道大外3番の近くで馬車同士による出会い頭の衝突と後続が巻き込まれる多重事故が発生したと情報が入ってきて……。
連絡の早馬もなくあまり遅いと、巻き込まれたんじゃないかと不安になる。
そんなこんなでやきもきして居ても立ってもいられなくなって、気がついたら店の前で帰ってくるのを待ってた。
かなり薄暗くなってきた頃。
荷客馬車の車輪の音、ジュピターの蹄の音が聞こえた。
御者台には疲れきったエミリーが座ってた。
よかった無事だった!
御者台から降りたエミリーに歩みよって……真正面から腕の中にがっちりホールドした。
「あの……アルフ、ちょ……話が」
「後だ!」
話なんかしてる場合じゃねえ。
どんだけ心配したと思ってんだ。
カートランド大街道大外3番とハマー領を最短で結ぶ経路のど真ん中で多重事故、それもエミリーが通るだろう時間帯。
戻らない、連絡もない……ときたら最悪の可能性しか浮かばねえだろうが。
本当にもう……
……。
「お取り込み中申し訳ないが、話があるのは俺なんだ。だから、先に話を済ませてくれると後は……その、なんだ。ごゆっくりどうぞって事にできるんだが?」
いきなり第三者の声がして、焦るオレ……え、え、まってくれ……オレはまだいい、やらかしたのオレだからな。
エミリーがいたたまれない状況生んじゃったよオレ!
――――――――――――――――――
街道の多重事故現場に薬を持っていって帰ってきたら、うちの荷客馬車が店の前に止まってて……なんだか甘々な修羅場になってた。
その主犯格な兄さんから救い出したエミリーさんを、私の部屋に連れていった。
「……馬車、ちゃんと片づけてない」
「いいのいいの。今日はアルフにやらせとけば」
「でも……」
「夕暮れだろうが夜ふけだろうが早朝だろうが、公道でやっていい事と悪い事の区別もつかないなんて恥ずかしい」
ええ、店の前って公道。
せめて店の敷地に入ってから……って、そうじゃない。
聞けば問答無用で真正面からいっちゃったらしくて、ただでさえ事故の影響で交通量が増えてたのもあって目撃者多数。
兄さんはいくらでも恥ずかしがっていなさい、やっちゃった側なんだから。
エミリーさんは……兄さんから救出してから一度も顔をあげないの。
そりゃ恥ずかしいわよね……私もこの間やっちゃったもの、クロードがいる前でシャルル様の手を握りしめて軟膏を塗りまくるっていう顔面から火を噴くかと思うやつ。
「……ホント兄がごめんなさい。本人に謝らせなきゃダメなんだけど、許せないなら言って。顔も見たくないとかでも何でもi…」
「あんなに心配かけちゃったのは、事故に遭遇した時は誰かに連絡するっていう事を知らなかった私達のせいでもあるのよ。事故をしらせに行ったチャールズ、警備兵詰め所で連絡する所はないかって訊かれて、なぜそんな事を訊くのかわからないから断ったの」
……すっかり忘れてたけど、エミリーさんは王国民じゃないんだった。
だから王国の慣習を知らなくて当たり前で。
「だったら尚のことごめんなさいだわ。あのスカポンタン、エミリーさん達が知らないって事を知らなかったんだもの」
で。
気づいちゃった……エミリーさん、一度も兄さんをなじってないって事に。
「……イリーナちゃん、ここだけの話にしててくれる?」
誰にも言った事ない話があるの、って。
意を決したみたいに、エミリーさんが小さい声で2年前の事をぽそぽそ話し出して……びっくり。
兄さんが。あの朴念仁兄さんが。
そこまで女性の世話をやいたとか!
「……サイズ的にシャツしか借りられなかったんだけどね、どうもそれが、なんと言うか、その……男の人的にまずかったみたい」
「うーん。エミリーさんが兄さんのズボンは絶対ムリだもの……私でも借りられないんだから仕方ないわよ」
そして。
今、訊いておかなきゃならないとふと思った事を。
「エミリーさんって、兄さんの事を嫌い……になったりする?」
あんな事しちゃったわけだし……嫌われても仕方ないんだけど。
「ううん、そんな事ない……ホントここだけの話……あんな親切にしてもらった事なかったの。嫌いになんか……ならないと思う」
「私、近い将来伯爵邸に行っちゃう事になるけど……兄さんのそばにいてくれたり、する?」
別に、エミリーさんと兄さんをくっつけたいわけじゃないのよ……いいえ、くっつけたいんだわ私。
だって、エミリーさんは兄さんが初めて家に連れてきた女の人だもの……恋人として連れてきたわけじゃないけど。
順番がちょっと違うけど……もしよかったら、このまま私のお義姉さんになってくれたらなあ。
あ、帝国の人って外国人と結婚しちゃってもいいのかしら?
心配事。
親が子を、子が親を。
主が従者を、従者が主を。
兄が妹を、妹が兄を。
そして、
自覚なき思い人へ……。
いわゆる適齢期なのは、伯爵家のみならず周囲も同じなのでありました……とはいえ。
もう少し言い方と言うものを考えろ、自分は無粋じゃないつもりだと思ってる独身中年男!
(※)教会のオウムは聖典をさえずる≒門前の小僧習わぬ経を読む、と思ってください。




