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アルヴィノーラの森で  作者: ありかわつぐみ
第6章 18年
45/81

6. 花と絵本と、そしてそれから。



絵本が持ち主のもとへ戻ります。

そして……



僕が本を持って帰ったら、蔓バラが木箱で届いていた。

そして、シャルルは手を傷だらけにしながらも花冠を作り終えていた……トゲが全部ついたままで。

先にとるんだと言うの忘れてた……。

「ま、血がもう止まってるならいいか。明日、本を持って行くよ。イリーナは休みだそうだから、家のほうに」

モーガンに確認してある。

「……いきなり行くの?出かけてたらどうすんの」

「モーガンから『本が届いたから持っていくんで家にいて』って言ってもらってる」

「根回し済みか」

「連絡と言ってよね」

シャルルが作った花冠を改めて手にとって確認してみた。

トゲつきではあるけれど、初めてにしてはいい出来だと思う。

たぶん、絵本の中の騎士よりうまくできてるはずだ。




翌朝。

シャルルと僕はホイットニー馬具店に馬で向かった。

「シャルル、この際だからイリーナに言いたい事は全部言っておくといいよ」

「何それ……どういう意味で」

「あと、言わなきゃいけない事も躊躇しちゃ駄目だ」

「だからどういう意味で」

「……シャルルの王位継承順位は、今56位だよね。王家では結婚出産の慶事が相次いでいるから、きっとあと10年もすれば60位台、30年後には70位台とか80位台になる。場合によっちゃ100位台かもしれない」

「うん」

「言い方は問題かもしれないけど、生きてる間に王位が回って来るとは到底思えないよね」

「よほどの有事があったとしても、不老不死になったところで回ってこないと思う」

「そう、そこなんだよ」

一呼吸おく。

「要は、シャルルの妻が王妃になる可能性は非常に低い。だから好きな人を結婚相手に選んじゃってもいいって事……ただし」

また一呼吸おく。

「人間の女に限るけど」

シャルルの顔をじっと見た。

「……そんな話をクロードから聞くとは思わなかった」

「これ、お祖父さまからの伝言だよ」

「え、父上じゃなくて?」

「お父さまならわざわざ僕を介さず直接言うでしょうが……お祖父さまが言うには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そう。お祖父さまが以前()()()()()聞いてきた話。

伯爵家の子だからといって必ずしも有爵家と縁組みせねばならない義務はないのだ、と。

「いつの間に」

「10年前だって」

あの頃、いつも飄々としてるお祖父さまも一応気にはなってたんだろう……爵位も何もない自分の娘が王位継承権のある伯爵家に嫁いでも本当にいいのか、って。

きっと、非公式に()()したんだろうな。だから()()()()()()()()を聞いたんだと。

()()()()()だそうだから、ね」

「……圧力かけてない?」

「何の事かな?」

とぼけておいた。




――――――――――――――――――




クロードが、やたらと圧力をかけてくる。

もしかしたら……気づかれているのかもしれない。





実は、僕がイリーナを本気で好きだって事に。





クロードは伯爵家(うち)の子になった後も、よくアルフとモーガンと遊んでた。

僕もついていった。

父上いわく「体力勝負の遊びに付きあわせてもらってきなさい」。

あの頃僕の体力のなさ加減にあきれ果てておられたからね。

最初のうちは、クロードとアルフとモーガンの遊びにまったくついていけなかった……おいかけっこと言いながら途中で追う側も逃げる側も木にのぼっていいという不思議ルールだったから、何度となく上から飛び降りてくるクロード・モーガン・アルフに捕まった。

へっとへとになって(いち)抜けしたら、だいたい近くでイリーナが怒ったり拗ねたり泣いたりしてた。

訊けば、「お兄ちゃん達が遊んでくれない」。

なだめたり話し相手になったりするために、わざと(いち)抜けした事もある……たぶん、バレてる。

置き忘れた絵本を一緒に探した事も、何度となくある。

「置き忘れても名前を書いとけば届くよ」

1日で3回探し回った日の3回めの後、稀覯(きこう)本とも知らず僕はイリーナの名前を丁寧に書き込んだ。

本の置き忘れはなくなった。



僕らの年齢があがっていっても、領都中心部に馬具店はホイットニー1軒なので必然的によくアルフとイリーナ兄妹と顔をあわせてた。

更にイリーナが薬剤師となってモーガンのお母さんに弟子入りしたので、そっち関係でもイリーナが伯爵邸(シェルビーホール)に来たりもした。


父上が電撃的に結婚なさるまで、伯爵邸(シェルビーホール)ではお客様をお招きする事はなかったと聞いている……男手一つでいっぱいいっぱいだったんだというのが父上の言い(ぶん)だったけど(僕達兄妹は侍女に育てられたと思っている)。

お母さまがいらしてからは、いろいろとお招きしたりされたりするようになって……それにしたがって、僕とクロードも同席するよう言われるようになった。

パートナーが必要な時は、マーサとハンナを交替で連れていた……妹達(あいつら)の、男爵から向けられる()()()も兼ねて。

イリーナもよく地元の名士のお供という名目で来てたな……実際はお母さまがお友達一家をお抱え薬剤師がわりに招待して、イリーナも一緒に来てたって感じで。

ただそういう時モーガンは必ず一緒に育った薬剤師のエレナさんをパートナーにしてたから、必然的にイリーナのパートナー役は兄アルフになって……といった感じで、はからずも同い年4人組が揃っていたっけ。イリーナも込みで。


回顧はここまでにしておこうか、大事なのは未来(これから)だし。




以前はどうあれ、今……妹達(あいつら)の縁談がうまくまとまっていきつつある現状では、次は僕があの自称祖父(ブリーデンのじじい)標的(ターゲット)だ。

ハンナの縁談が無事に成立した暁には、きっと自分の親戚筋のご令嬢の釣書を送り込んで来る事だろう……男爵(じじい)本人は事実上の出禁だけど。


もちろん、そんな縁談は端から受ける気はさらさらない。

だけど。

それまでに。

僕は、自分の気持ちをきちんと整理しとかなきゃならないんだろうな。




――――――――――――――――――




本当なら今日、イリーナちゃんがお休みだから一緒に2人乗りの馬車で出かける予定だったんだけど。

「例の本が仕上がったって。明日持って行くから家にいてくれってさ」

とモーガンさんから伝言されたそうで、急きょ中止。

私は馬車庫の上に冷たいお茶とオヤツをたくさん持ち込んで絶賛引きこもり中。


だって。

イリーナちゃんのわけありで大事な本、バラバラのままでも手元に置いておきたかったほどの大事な本がきれいになって届くんだもの。

私がお邪魔なんかしちゃいけない。




誰かが馬で来た……蹄の音の数からして、2頭。

男性の声も2人……あれ?この声……伯爵家のご兄弟!

本の取り次ぎ役がご兄弟だったのね!


イリーナちゃんが応対に出てる声もする……なんだかイリーナちゃんがめちゃくちゃ慌ててるけど、どうしたのかな?


……あとできっちり聞かせていただくとしましょう。

私は……窓をきっちり閉めて、お茶とオヤツよ。




――――――――――――――――――




「イリーナ!持ってきたよ」

クロードの声がしたから、部屋から急いで出たら……。


シャルル様もご一緒だった……どうして?

「シャルルの名前で修理依頼したって言わなかったっけ?」

……そういや言ってた気が。

「図書館には、全館の年間予算を50年分もらっても渡しませんって言ってきたから安心していいよ……往生際悪くも譲渡の交渉してこようとしたから腹が立ってね、僕の一存でイリーナからの伝言って事にさせてもらったけど、よかった?」

「100年……ううん、200年分って言ってくれてもよかったわよ」

「少なく見積もりすぎたか」

そう言ってクロードが修復された絵本を渡してくれた。

その後、後ろを向いてシャルル様を促してるクロード……。

「……ええと、あの」

シャルル様が背後に隠すかのごとく持っていた布包みが差し出され……

「シャルル様!その手、どうなさったんですか!」

思わず大声出ちゃった……だって。

両手に生々しい無数の傷があったんだもの!

「ちょっと待っててください!」

持って帰って来てる往診カバンの中に、確か軽度外傷用の軟膏があったはず!てか絶対入れてる!

大急ぎで軟膏と綿の白手袋を取りに行って戻ってきた。

「傷は洗ってありますか?」

「……うん。引っかけただけで、血はすぐに止まったし」

「腫れてはいませんね……これは外傷用の軟膏です。なじむまで少しベタベタしますので、綿の白手袋をはめていてください」

伝え終わってから、職業病を発揮させてる事に気づいた。

クロードは思いっきりあさっての方角向いちゃってるし、シャルル様は顔を伏せてしまって………………………


って、私…………………………………………




きゃーーーーーーー!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!





いやあの待って何で私がシャルル様にガッツリ塗ってるのよ軟膏をお渡ししてご自身で塗っていただくはずでしょシャルル様子供じゃないんだから何で私が塗ってるのよそれもたっぷりと!綿の白手袋もお渡し……お渡しってああもうこれ子供用じゃないの!それも片手分どっかに落としてるし!シャルル様大人の手!入るわけないでしょ数も足りない何やってんのよ私!





あわわわわわ…………心の中で右往左往してた。

失敗したぁ……。



でも、気を取り直して。

「ごめんなさい、手袋間違えて持って来ちゃいました。清潔な布の手袋はお持ちじゃないですか?……お持ちでしたら今の間はめてていただけると」

伯爵家の執事さん達みたいに手袋を常備してるかもしれない、という一縷の望みにかけて言ってみた。

「え?……あ、ああ持ってる……はめるの忘れてたのが、ポケットに入ってる」

ごそごそと上着から手袋を取り出してはめて。

「で。さっき出した()()なんだけど」

布包みがまた出てきた。

「開けてみてもらっていいかな……一応危険物じゃないから安心して」

シャルル様から布包みを受け取った ……嵩のわりに、とても軽い。

包みを丁寧にめくった…………そこにあったのは。




赤い蔓バラでできた、花冠。




小さい頃夢に見た事もある、大好きで大切な絵本の中の最重要アイテムが私の目の前にあった。

「……これ、は」

「さすがに摘みには行けないんで花は買ったけど、自分で作った……」

絵本の中の騎士は、傷だらけになりながら自分で探して摘みに行った蔓バラで花冠を作ってた。

それを……模してくださった……?

「傷だらけになるところまで真似なさらなくてもよかったのでは」

「それ、トゲとるの忘れてるんだ。だから茎のところを握っちゃダメ」

少し苦笑いのシャルル様。

「……それでその傷になったのですね」

「そういう事……で、ひとつお願いがあるんだ」

シャルル様が、ものすごく真剣な表情になった。

「……マーサの婚礼、近いでしょ?その時に……その、一緒に行ってもらえないかな」

!!!!!!!!!!!!

「えっと、あの……ハンナ様は?」

「スコット伯爵家の三男と行く事になってる」

「エリーザ様は……」

「それはクロードの担当」

「……私で、いいのですか?」

「イリーナ()いいんだけど」



本を受け取るだけのはずが、とんでもないお申し出をお受けする羽目になっちゃった……。


これから私、どうなるんだろう……?




――――――――――――――――――




イリーナの奴、何やってんだ。

本を受け取りに出て行ったはずが、いきなり走って戻ってきて、瓶と手袋を持って走って出ていって……手袋1つ落としていった。

子供用の小さい手袋なんか何するんだと思って外に出たら。


……何だこれ(あら)()の修羅場?


イリーナがシャルル様の手に何か言いながら瓶の中身を塗りまくってる。

シャルル様真っ赤になって下向いちゃってるし、クロードは全力で見ないふりしてるし。


あ、イリーナも気がついたな……自分が何かをやらかしたのに。




これは……オレ、不用意に出て行っちゃダメな奴だなきっと。

そっとしとかないといけない奴だ。

下手に動くと全員にばれて、オレも含めた全員いたたまれなくなるぞ……よーし全力で空気読めオレ!

だって。

以前からイリーナはシャルル様を嫌いじゃない……のは当然として、シャルル様がイリーナを気に入っておられるのはご本人に自覚がないだけで、親しい間柄なら見てりゃわかる。

誰かがケツを蹴りあg……いや尻に火をつけないと前に進めないだろうなとは思ってたよ。

火つけ役はやっぱりクロード(シャルル様の義弟)になったな……うん。



たぶんおそらくきっと、うちは今後いろいろとすごい事になっていくんだと思う……シュミット伯爵家の婚礼に、新婦の実兄である伯爵令息のパートナーとして馬具屋の娘が出席するわけだから。

慶事、といや慶事なんだろうけど。

手放しで喜んでばかりもいられないよな。




無性に誰かと話したくなったオレは、半ば無意識で馬車庫の横の階段を上がっていた。

……いや待て。

ここは一応、女の子の一人暮らしの部屋だぞ……オレより腕っぷしは強いけど。

階段をのぼりきる少し手前で足を止めた。

「あれ?アルフどうしたの、そんなとこで。元気ないじゃない」

人の気配に敏感なエミリーが、部屋のドアを開けてこっちを見ていた。

「……あ。ごめん、当然今1人だよな。オレ入るわけにいかない」

「家主でしょ」

「その息子な……元気なく見えるかオレ」

「元気いっぱいには見えないわね」

「いろいろあっていっぱいいっぱいなんだよ」

「イリーナちゃんの大事な本が届いた以外にも何か?」

「近い将来、上を下への大騒ぎ級の一大事になる」

「そんなにすごい事が?」

「あった。さっき。手放しで喜んでばかりもいられないけど、おこがましいけど友人枠では喜んでる自分がいる」

本人達の承諾なくバラすわけにいかないから、この辺まででボカしておく。

「なんだかよくわからないけど……伯爵家のご兄弟絡みで微妙にいい事があったっていう理解でいい?」

「……何で伯爵家の兄弟ってわかった」

「前にお会いした事あったから声でわかったの。いらっしゃったのが聞こえたから、あとは聞かないように窓を閉めてオヤツタイムしてたわ」

律儀だな。

「ああ、本を届けに来たのは伯爵家の兄弟だ。その後のやりとりが……その、一大事になりかねない奴だったn」

「きゃーーーーーエミリーさーーん!……て、兄さん何やってんのそんなとこで」

突如現れたイリーナの奇声とツッコミに会話が阻まれた。

部屋の入口に立ってるエミリーと階段の途中に座ってるオレって、かなり奇異だな。

「何、って平和にお話し中だが」

「入ればいいのに」

「いくらうちの敷地内だとは言えダメだろ、世間一般的にも」

「それもそうか……でね、エミリーさん!本!もうね、お帰りなさいなのよ昔のまんまで!」

サラッと無視され、イリーナは話し始めた。

「それでこれもいただいちゃったの!」

蔓バラの花冠を見せてる……が、きょとんとするエミリー。

「ええと……きれい、ね?」

ああそうか。

エミリーは絵本の内容を知らないから、花冠が意味を持つ事を知らないんだ。

「絵本の中に出てくるんだ、花冠(これ)……ハッピーエンドへの鍵ってとこかな」

ざっくりした注釈をつけておこう。

「……あ、エミリーさん読んだ事ない……?」

「あのな。王国で出版される物が全部帝国でも出版されてるとは限らないんだぞ」

「あ、いいのいいの。私、わけありでだけど長い間料理の本しか見ない生活してただけだから」

……あれか、料理番させられてたって奴。

「そうよね、料理本見ないですむ生活してるんだから……普通の本も読まなきゃ」

「うちにあるのならいくらでも読んでいi……」

「兄さん!馬車の設計の本や薬草調合の本はエミリーさんのいう()()()()じゃないからね?」

そうだった。

うちの本は専門書がほとんどだった……。




――――――――――――――――――




「ねえ、クロード兄さま。イリーナさんはお義姉さまになってくれそう?」

あたしは、傷だらけの手をニヤニヤしながら眺めてる不気味なシャルル兄さまを見ながらクロード兄さまに訊いた。

「このままうまくいけばね」

「いかないかも知れないの?」

「余計なお節介やきが割り込んでこなければ大丈夫だ」

「じゃあ、そのお節介やきに……」

ヘビ投げていい?って訊こうとしたら。

「そいつが無礼な事を一言でも発したら、ヘビでもカエルでもトカゲでもミミズでも投げつけてかまわないよ」

やったぁ。






なかなか一歩が踏み出せなかった人達が、なんとか前進した模様……ですが。

踏み出したとたんそのまま一気に転がっていってしまいました!



そして9歳()()

無礼なお節介やき(ブリーデン男爵)をてぐすねひいて待ちかまえてますw

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