5. 170度で見つめ合うひと達
170度、は温度ではなく
角度の事です……。
一直線は180度、ぐるっと1周360度のアレです。
子供の頃好きだった童話の絵本がある。
悪い魔女に暗黒の呪いをかけられ荒れ地に建てられた幽閉塔に閉じ込められたお姫さまが、勇敢な騎士に助けられるお話。
一番好きな場面は、どんな怪物でもばしばし叩き斬ってどんどん先に行きそうな屈強な騎士が
「解呪のカギは、赤い蔓バラで作った花冠です」
と教えられ、四苦八苦しながらなんとか花冠を作るところ。
出来上がりはとんでもなくすごいんだけど、解呪に成功した騎士は姫を連れて塔から出ていく……というハッピーエンド系の絵本。
大好きだからずっと持ってたんだけど……背表紙が外れてバラバラになってしまって。
本の修理は、素人がやっちゃいけないって誰かが言ってた。
誰が言ったのかは忘れた。
本の修理する人って、書籍修復士とかいうらしいんだけど……そんな職業の人、見た事ないんですけど!
バラバラになった絵本を店の隅で見ていたら。
「アルフ、ジャクソンの鞍の紐が2本切れた」
クロードが修理依頼で入ってきた。
「何やったら一度に複数切れるんだよ?」
「森の中で茂みを強引に突っ切った。その時に引っかけたみたい……あれ、イリーナ今日休み?」
隅にいた私に気がついたクロード。
「うん。昨日医師館に呼ばれて手術の投薬助手と術後の投薬をやったから」
患者を手術する時、医師だけでは使えない薬でしっかり眠らせないといけないから薬剤師が呼ばれる。
そして手術で呼ばれた翌日は休む事が義務づけられてる。
「そっか。で、そのそれは?」
私の手元を見る。
「絵本。壊れちゃった」
「……ああ、『蔓バラの騎士』か。そこまでバラバラになったんなら、新しいの買えば?」
「イヤよ、これじゃなきゃダメなの」
新しい本ではダメ。
「ふうん……修理希望か」
考え込むクロード。
「ページとかその他もろもろ部品も全部揃ってる?」
「あるわよ」
「じゃそれ、全部袋にいれて。書籍修復士の知り合いがいそうな人をあたってみるから」
「ほんと!?いいの?」
「探すだけだよ。修復士が見つからなかったらそのまま返すからそのつもりで」
私はバラバラの絵本を袋詰めしてクロードに渡した。
――――――――――――――――――
アルフの所に鞍の修理を頼みに行ったらイリーナが店にいて、ボロボロのバラバラになった絵本を手元に置いてた。
あれは……イリーナが小さい時からずっと持ってた絵本「蔓バラの騎士」だ。
「あのね、つるばらでかんむりつくって!」
よくせがまれたっけ……だけども。
蔓バラなんて物はそこらに普通に生えてるような代物じゃないから無理だよとなだめてばかりだったな。
「鞍、なおったぞ……イリーナお前まだそれ持ってたのか」
アルフが奥から出てきて言った。
「……だってこのお話、好きなんだもん」
「だからって分解状態になってまで持っておくか?」
「いいじゃない別に!」
アルフからは修理済の鞍を、イリーナからはバラバラ絵本を受け取って席を立った。
絵本を受け取ったものの。
書籍修復士のつてなどない僕は、シャルルに訊いてみようと思い立った。
僕とはまた違う人脈があるから。
「今、いい?」
僕は隣の部屋をノックした。
10年前から、シャルルの希望で僕の部屋はシャルルの隣だ。
「あ、仕事中?」
シャルルが何かの書類から顔を上げた。
「いや、とりたてて急ぎじゃないよ……で、何」
机に書類を置いた。
「書籍修復士の知り合い、いない?もしくは知り合いがいそうな人」
「大きな図書館ならいると思うよ、修復士。王立図書館なら絶対いる。確か王家直轄領にある分館にもいたんじゃないかな……って、なんで書籍修復士?」
即答してくれたシャルルに、あの絵本を見せた。
「これ……イリーナの」
「あ、知ってた?」
「知ってるも何も。どこにでも持ち歩いてはあちこちに置き忘れるから、裏表紙の内側に名前書いてやったんだよ……ほらここ」
よく見ると、シャルルの筆跡で「イリーナ・ホイットニー」と書かれていた。
「まだ持ってたんだ……」
「それ、アルフにも言われてたよ」
ふと、思った……イリーナは、シャルルが名前を書き込んでくれたからずっと持ってたんじゃないか、買い替えず修理したいんじゃないかと。
「ねえシャルル……王立図書館分館でこれ修理してもらおう」
提案した。
「え、なんで?」
「他に修復士のあて、ある?」
「……ない」
「それに、僕よりシャルルのほうが修理の申し入れがしやすいと思う」
「なんで」
「名前」
「……そうか、そっちか」
シャルルは一応王位継承権をもつ伯爵家の実子だから、養子の僕が依頼するより手続きが早い気がするんだよね……気がするだけだけども。
「あと、赤の蔓バラを用意しよう」
「へ?」
「……この本を読み始めた頃、僕とモーガンは蔓バラで花冠を作れと何度もねだられてたんだ。当時の僕らじゃ、花冠にできる量の蔓バラなんか簡単には手に入らなくてね」
6歳や7歳の庶民の子供の財力では高くて手が出なかったって意味で……もちろん今なら買えるけど。
「蔓バラの花冠なんかどうするんだ?」
「修理済の絵本に添えるんだよ」
「花屋に作ってもらう……んじゃないよな」
「当然自分で作るんだ」
「誰が」
「シャルル、君だよ」
「どうして僕!」
「自分が名前を書き込んだものをここまで大事に持っててくれた事にお礼は必要だろ?」
「……ああそうか、そうだよな。でも、花冠の作り方知らない」
「教えるよ」
「知ってるのか」
「小さい頃レベッカにいやって言うほど作らされた」
「なんでまた」
「花冠をドライフラワーにして、教会のバザーで売ってた」
「……可憐な少女が作ったと思って買った人がいたわけか」
「少年がまるで内職のように作った物とも知らずにね」
苦笑。
「まさかとは思うが……モーガンも?」
「作ってねと言われた瞬間に全力で逃げてたよ」
「だろうな」
「僕は、逃げ遅れた」
「……子供の頃のクロードがレベッカから逃げられるとは思えないよ」
あの頃のモーガンは川で魚を獲って焼いてオヤツにしてたからな……花冠作りなんかやってられないとばかりに川へ魚を獲りに行っちゃった(後で焼魚の差し入れがあった)。
王家直轄領へ赴く仕事を探しだし、それにかこつけてシャルルと僕は王立図書館の分館に絵本を持ち込んだ。
「見事なまでにバラバラですね」
手持ち無沙汰だった書籍修復士が一目見るなり言った。
そして。
「……初版本ではないですか!」
図書館の人達があわて始めた。
「初期作品の初版本だと!」
「文学史上散逸したといわれていたのに」
「完全に修復したあと、本館の収蔵庫で保管するべきで……」
「…………!」
次々集まってきた図書館員達が専門用語満載で大騒ぎし始めた……本を持ってきた僕らを放置して。
「あのー。そこで盛り上がらないで……」
僕の声など、もう聞いちゃいないやこの大人達。
――――――――――――――――――
……あったまきた。
いくら貴重な本が持ち込まれたからって、持ってきた僕達を無視して話し合いをし始めるとはね……。
バンっ。
それまで黙っていた僕は、目の前のテーブルを思いっきり叩いた。
図書館の大人達が一斉に僕のほうを向いた。
「その本は、個人の所有物です。あなたがたの一存で勝手に図書館の所蔵本にする事はできません。裏表紙の内側を見てください。所有者の名前が入っています。稀覯本とは知らずに書いてしまったものですが、まずはその所有者と交渉すべきではありませんか?」
ハッとする大人達、そして本に書かれた名前と僕らを見比べる。
「……所有者ご本人様はどちらにいらっしゃってますか?」
「ここへは来ていません、何かと忙しい身ですので。そして我々は修理依頼のみの代理人です。譲渡に関しては権限がありません」
あからさまに落胆する図書館員。
「まずは修理から始めていただきましょう。話はそこからのような気がしませんか?」
僕が修理依頼の申込書へ記入し始めると……図書館長が息をのんだ。
「ええと、その……これは、ハマー伯爵家の……所蔵本ですか?」
「いいえ、イリーナ・ホイットニーという女性の宝物ですよ。僕と義弟は運んだだけです」
さっきまで大騒ぎしていたのが、一気に静まった。顔色が一気に悪くなった人までいる。
そりゃそうだろ。
バラバラになった稀覯本を持ち込んだのが2人組の若造だからと軽くあしらってたら、1人は王位継承権をもつ伯爵家の息子。
じゃあもう1人は伯爵家令息の従者かなんかかと思ったら義弟……伯爵令息の義兄弟だと。
忘れてたのかな、ハマー伯爵夫人の息子の存在……うん、きっとそうだ。
「とりあえず、修理をお願いします。その後ホイットニー女史にお渡ししたのち、彼女が図書館へ譲渡してもよいかを決める事となる……そういう事でよろしゅうございますね、館長殿?」
僕は冷ややかに言い渡す羽目になった。
「まさか稀覯本だったとはね……」
「知らずに名前書いちゃったよ」
当時11歳の子供がわかるわけないって。
「巻き上げられなくてよかったよね」
「危ないとこだった。油断も隙もない」
「シャルルが書類に名前書いたとたん黙るとか失礼にもほどがあるよ」
大きくうなづいた。
「イリーナにも言う?」
「言っとかなきゃダメだろ。図書館員の事だ、調べて押しかけてくるぞ」
「やりそうだよね。フルネーム書いてあるから、その気になって調べりゃどこの誰かはすぐにわかるわけだし」
「関係各所全部に話を通したほうがいいな」
「なんなら一度で済ませよう」
ホイットニー馬具店に関係者が総動員された。
本の所有者のイリーナ。
その兄アルフ。
イリーナの勤務先の人としてモーガン。
そして法律的に何か問題がないか確認するため、執事のサイラスにも来てもらった。
全員に一通り説明した。
「ねえサイラス、僕らの一連の行動での問題点はある?」
「……なぜそこで『所有者と相談する』と言って持って帰って来なかったのですか」
「あ、そうか……そうだよね」
そこは手落ちだったようだ。
「修理依頼契約をしてしまった以上、イリーナさんにつきまとって本を譲れと言って来かねない……のですね?」
あの勢いでは、きっと来る。
「うん。僕の名前がわかるまでは、図書館員は館長以下全員すごく残念な人達だったよ」
「シャルルの正体がわかっても、伯爵令息と従者だと思ってるっぽい人もいたよ。『従者殿』って呼ばれたけど無視した」
「呼んだ奴いたのか!いい根性してるな」
モーガンが憤る。
「オレもいまだに薬剤師扱いされない事あるけど、それの比じゃねえだろ」
そこか。
「……それはともかく。サイラスさん、王立図書館の職員の身分って王城職員ですか?」
「ええそうですよ」
「じゃあ……2年前の巡幸のドタバタは知ってるはずですよね、去年入った人以外は」
巡幸のドタバタ……最終的には現職の王城職員による殺人未遂にまで発展してしまったやつだ。
「そうですね」
「所有者イリーナが修復の進捗を訊ねる手紙を図書館に出せば、少しはおとなしくなりませんかね?」
「……モーガン、それどういう事?」
僕も思ったけど、クロードは口に出して訊いた。
「ああうちの薬剤師館、名前変えたんだ。『テイラー&テイラー薬剤師館』になった。館長マリリン・テイラー、館長補佐モーガン・テイラーで届けも出してある。そして、イリーナが『テイラー&テイラー薬剤師館所属薬剤師』の肩書きつけて手紙を送りつければ……」
ああそうか……
「襲撃犯を取り押さえた薬剤師が館長補佐をやっている薬剤師館所属なら、下手な事はできないと思わないほうが異常ですね」
そこまで言うかサイラス。
「修理の工程表を出させたらどうかな。何日までにどういう作業を終わらせる、っていう奴。うちでも出す事があるからね」
アルフも言い出した。
「王城職員で書籍修復士とはいえ、要は職人だろ?工程表も出せない職人はいない……いたとしたら、無能か傲慢かのどちらかだな」
「あるいはその両方ね。よーし、工程表出せって手紙書いちゃおう!サイラスさん、後でダメ出ししてね」
イリーナがワクワクしながら言った。
この状況を楽しんでるな……まあいいか。
イリーナがサイラスの指導のもと工程表を要求する手紙を書き始めたので、僕とクロードは寄り道しながら帰る事にした。
「蔓バラを注文するための花屋はわかるよ。なんで園芸用品の店に寄るのさ?」
手で曲げられる柔らかい針金を買うから、と園芸用品店に立ち寄ったんだ。
「作る練習するのにちょうどいいんだよ。うちの庭師も持ってるけど、何に使うのか詮索されたくないでしょ?」
……確かに。
「帰ったら、やるよ……練習」
はい。
「この針金を1巻き、あれば新品をお願いします。梱包していただけますか?……あと運びやすいように紐もいただけるとありがたいです」
「自分で持って帰るのか」
「庭師に詮索されたくないでしょ」
「……うん」
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シャルル兄さまとクロード兄さま、大きな丸っこい包みを持って帰っていらしてからやたらお部屋に閉じこもって何かなさってる。
「そこ、違う!」
「それじゃつながらない」
「無理に曲げない!」
「本物は折れたら終わりだよ」
どうやらシャルル兄さまがクロード兄さまから何かを教わっていらっしゃるようだけど……何なのかしら?
「ハンナ姉さま、お兄さま達どうしちゃったのかしら?」
エリーザも気にしてる。
「お部屋に蛇入れて様子みる?」
「それは駄目」
間髪入れず阻止しましたよ、お兄さま達!
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イリーナさんが図書館へ送りつける手紙が完成いたしました。
「薬剤師館の公用箋を使ってもいい……いや、むしろ使いなさい」という館長女史の指示により、より効果的な一通に仕上がりました。
このたびは、私ことテイラー&テイラー薬剤師館所属薬剤師イリーナ・ホイットニー所有の「蔓バラの騎士」を修理していただけるとの事、誠にありがとうございます。
つきましては、いつ頃までに完成し修理にかかった費用をいかほど負担すればよろしいのかをご相談いたしたいのですが、
なかなかそちらへお伺いする事がかないません。
そちら様にわざわざこちらへおでまし願うのも筋違いと存じますので、早々に見積もりならびに工程表を当方へお送りいただけませんでしょうか。
イリーナさんは、この文面を書き記し配達人に大至急便で送付依頼し、更に。
「今頼めば王家直轄領なら明日には着くから、手紙を読んで見積もりと工程表を作るのに1日として……返信が来るのは明明後日。1日猶予をおいても来なかったら工程表はまだですかって手紙をまた大至急便で出してやります。工程表と見積もりが来るまで督促の手紙を出し続けてやりますわ」
催促のお間違いかと思いましたが、督促で合っているそうです……。
配達人に依頼したあと。
「シャルル様にご迷惑かけちゃったな……」
イリーナさんはそうつぶやいておられましたが。
シャルル様はおそらくご自身の責任でやっておられるはずですので、ご心配はご無用かと存じます。
――――――――――――――――――
イリーナちゃんが、ちょっとキレてる。
大事な本を修理してもらうため書籍修復士に託したのに、修理代の見積もりも来なければ修理作業の工程表とやらも来ないと。
「もう3回も督促の手紙を出してるのに音沙汰ないのよ、ふざけてるのかしら」
「とても大事な本なのね?」
「……ええ。工程表と見積もりが出ないのなら、バラバラのままでももういいから返してほしい」
「手元に置いておきたいんだ?」
「うん」
「それほど大事なんだ……」
「前にちょっと言ったよね、いいなって思ってる人がいるって」
「うん、聞いた」
「……その人がね、あの本に私の名前を書き込んでくれたの。いつもどこにでも置き忘れて探し回るから『置き忘れても名前を書いとけば届くよ』って言って」
「それじゃ手放せないわねえ。聞いたけど、貴重な本だからって図書館が狙ってるんだってね。奪わせないから安心してね」
「うん、エミリーさん頼りにしてる」
なんたって私は長い棒持たせたら敵なしですもの。
――――――――――――――――――
花屋から、木箱が届きました。
贈り物といった風情とは程遠い届き方だなと思っておりましたら、依頼主はシャルル様でした。
いわゆる「ご自宅配送」というやつですね。
「シャルル様、花屋からの荷物はどちらに……?」
「やっと来たんだ……僕の部屋に入れておいてもらえる?」
「……お部屋に、でございますか?」
「うん。よろしくオルトラン」
……ええ、運ばせていただきました。
私では抱えきれない大きさでしたので、庭師の皆さんがやってくださいましたが。
庭師の1人が「今度は花屋……あれはいったい何にお使いなのでしょう?」とつぶやいたのは何だったのかと……。
――――――――――――――――――
さて。
クロードから針金で特訓を受けたし、いいタイミングで蔓バラも届いた。
本も修理完了との連絡があったから、クロードが王家直轄領の薬剤師館に用があるモーガンと一緒に受け取りに行った。
よし、作るぞ……蔓バラの花冠。
……しかし痛いなあ、蔓バラで作ると。
手が傷だらけになってしまった。
けど。
できた。
教わりはしたけど、手助けは受けてない。
あんなになるまで大事に持っていた理由が……僕が名前を書き込んだから、だったら嬉しいな。
クロードが本を持って帰って来た時、もう花冠ができていて驚かれた。
そして
「編む前にトゲ全部とるんだよ!」
……僕の手の傷の原因は、トゲだった。
お互いがお互いを見つめているのに
各々が左右に5度ずつズレて見つめてるため
互いを想いあっているのに想いがぶつからないという……厄介な状況です。
しかしまあ……わかってた事とはいえ。
幼少時のモーガンは、野生児ですねえw




