7. 華麗なる逆襲
華やかな(はずの)夜会。
上品な(はずの)出席者。
国王陛下の巡幸の折に行われる、恒例の王太子殿下夫妻主催の夜会。
これは普段王都にいない貴族家の次男三男や遠方の領主一家などにとっては親交を深めるイベント的なもの。
そして王太子殿下にとっては国王陛下の助けのない状態での夜会主催の練習のため(王妃殿下のお目付けはあるけど)。
ここへ……ハマー伯爵家はもうちょっとで遅参するところだったのよね、領で留守番するはずの息子達が急きょ巡幸の御列に加わったから。
間に合ったからいいけど。
伯爵家の17歳の長女と15歳の次女をお披露目するのに7歳の三女は年齢的に連れていけない、上の4人だけなら全員連れていけるのだけど……末娘は、あの子だけは王都にもまだ連れていけないとアリアドネが言うものだから。
だからとてあの子だけ残すと侍女達の安寧が保てないから、以前お披露目した息子2人を留守番という名のお目付け役として置いて来なくちゃならなかったのよ。
アリアドネが言うと伯爵様も大きくうなづくし娘達も「お兄さま達じゃないとあの子は止められない」……確かにそうよね。
私でさえ伯爵邸でエリーザ&カエルさんにお出迎えされなかった時は皆無ですもの(さすがに蛇さんとのお出迎えはなかったけど……あの子ならやりかねない)。
「大伯母さま!」
可憐な伯爵令嬢2人に呼ばれて喜ぶ未婚の大年増が私です。
「あらあらまあ、やはりあなた達は色違いのお揃いがよくお似合いね」
今回はパステルピンクとパステルイエローにしてあります。
「ありがとうございます大伯母さま、仕立ててくださって。さすがにお母さまのはお揃いじゃなかったのですね」
「今回のアリアドネの衣装は、完全に大人の服よ。よく見ればパートナーが誰かがわかるようにもなってるし」
少し凝りすぎましたけど。
「お父さまとお母さまの指輪みたいなあれかしら?」
え、何なのその指輪みたいなあれって。
「お父さまの指輪にはエメラルドが、お母さまの指輪にはサファイアがついているんです。お母さまの瞳が緑、お父さまは青ですから……」
あらまあそういう意匠の指輪なのね!伯爵様ったらもう!
「だから、でしたのね……伯爵様からアリアドネの衣装は絶対にサファイアブルーでって念押しされたの」
「……お父さまの衣装の色に困りませんでした?」
「チャコールグレーのジュストコールにしたわ」
Simple is the BESTよ。
「歩いただけで風もないのに裾がめくれるよう細工してくれると言うから、ヒラヒラはためく上衣の裏地をアリアドネのドレスの布地にしてもらってあるの」
門外漢だからどうなっているのかは詳しく知らないけど、ドレスメーカーがそういう風にできると太鼓判を押したからお任せしたわ。
「まあ!……でもお父さま気がつくかしら?」
「言われるまで気がつかないと思うわ、きっと。お父さまはお母さましか見ませんから」
……さすが超スピード婚をごり押しなさっただけの事はあるわね。
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御列へ派遣した4人の内アルフレッド君以外は大急ぎで戻ってきてくれた(アルフレッド君は負傷馬を王都に連れていく任務に就いたそうだ)。
3人と4頭という変則編成にもかかわらず、御列がゆっくりと10日かけた行程を2日半で帰って来た。
本来なら護衛が何人かつくはずだが、モーガン君がいれば充分と判断されたらしく(どうやら薬剤師以外の能力を発揮してしまったようだね)、身軽な移動が可能になったと。
3人が戻るのとほぼ同時で、私はアリアドネとマーサとハンナを伴って出発した。
強行軍にはなったが、王都には予想より早く到着できた。
アリアドネのルチア伯母さまに夜会用の衣装類全てをお願いしておいたので荷物が若干少なめだったのも遅参阻止につながったと思う。
アリアドネのドレスは、私が頼んでおいたとおりのサファイアブルー。
娘達はパステル系らしいが……今ここに娘達はいない。
ルチア伯母さまの所に行ってもらっている。
と言うのも。
王太子殿下夫妻の補佐役としてはりきっていた国王陛下の従兄にあたる公爵が……今朝ぎっくり腰になったとかで車椅子移動になってしまわれた。
補佐役の補佐を頼むと言われれば、断る事はできない……私はこの公爵にいろいろと便宜を図っていただいたのだ、婚礼の際のあれやこれやいろいろを。
なので、娘達をルチア伯母さまにお願いして王太子殿下夫妻の側で待機中なのだ。
「突然お願いして申し訳ない……」
「……いったい朝から何をなさってたんですか」
「強いて言うなら、何もしていない……寝ていて起き上がっただけなのだ……」
怖い。私も気をつけよう。
王太子殿下夫妻お出ましの前に、会場がざわついている事に気がついた。
「……よくあのお2人の前に顔を出せたものね」
「……あのお歳で恥ずかしいって言葉をご存じないのかしら」
「……これまで一切手助けしてこなかったのですって?」
「……そのくせ今さら?」
「……なにさまのおつもりかしら」
誰かを責めるご婦人達の声が漏れ聞こえる。
場内で、何かあったらしい……。
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お姉さまと一緒に、お祖父さまの名代の大伯母さまの側にいたら……あの人が来た。
あの人・ブリーデン男爵。
私を生んで亡くなったという実母の父親。
世間一般的には祖父とか言うそうだけど……私のお祖父さまは、お母さまのお父さまネルソン・ガリーニ将軍だけよ。
お忙しいはずなのに月に何度も会いに来て遊んでくださって、エリーザのカエルや蛇攻勢も余裕でかわした上「毒蛇の知識はつけておきなさい」と諭してくださって。
実母の父親というだけで祖父づらされたくないわ……特に私は馴染みがないもの。
この馴染みのないオジサンは、私達の前に現れてこう言ったわ。
「美しく育ったな、我が孫娘達」。
大伯母さまが一瞬でぶちギレておしまいになられた。
「……ネルソンがあちら担当だからと、ここへ来てよいとお思いでしたらお引き取りを。私はガリーニ家の代理でこちらへ参っております。そして伯爵家令嬢は私の姪の夫の娘達。急きょご公務が発生した伯爵様から直々に託されております。伯爵前夫人のお父君とて、気軽にお話しになるのはお控えくださいませ」
丁寧な言葉遣いなだけに……怖さが増すのだけれど、これってお母さまが本気で怒っておられる時と同じだわ。
「私の娘の子供達が良縁に巡りあえないのは癪でね」
大伯母さまのおっしゃった事を聞いていないような物言いですね。顔の横に何を付けているのやら。
「そのようなご心配は皆無でございます、ご安心くださいませ男爵様。伯爵ご夫妻がきちんとまとめてくださいますから」
大伯母さまも負けてない。
「祖父が孫の心配をして何が悪い。シャルルと、マーサと……ええと」
ぶち。
普段はおっとりしているお姉さまから、何かが切れた音がしたような。
大伯母さまも誰かを殺しそうな目で見てます。
たぶん私も似たような目をしているかと。
何か言いたそうな大伯母さまとお姉さまを押さえて、私……このオジサンに向かいました。
確か、男爵さまでしたわね。
たぶん私、はじめましてだと思います。
お祖父さまだと自称していらっしゃいますけど、私これまでお目見えした覚えが全くございません。
私の顔を見て名前の一部も出てこないような方に、祖父だと名乗り出ていただきたくはございません。
なに男爵さまか存じませんが、
少なくとも私の名を思い出すまで私ども一家の前に姿を現さないでくださいませ。
不快でございますので。
「ハンナちゃん、あなたったらもう!」
ぷりぷり怒りながら立ち去ったオジサンを見やりながら、大伯母さまが大笑いです。
「こんな衆人環視のもとであんな事言って……証人だらけだわ!」
「名も知らぬ実の孫から『なに男爵さまか存じませんが、不快です』なんて、痛快ね!」
近くにいらした貴婦人がたにも、おおむね好評でした。
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ブリーデン男爵が、マーサとハンナに声をかけていたなんて。
伯爵邸での婚礼の日に騒ぎを起こしておいて謝罪のひとつもしてこなかったくせに、父さんとエドモンドがいない隙をつくように声をかけるなんて卑怯だわ……
え。
ハンナが撃退しちゃったの?
男爵が名前を呼ばなかったから?
あの人、ハンナの名前を知ろうともしなかったから教えていないって聞いてるんだけど。
急襲に対して、見事なお返しでございましたw




