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アルヴィノーラの森で  作者: ありかわつぐみ
第5章 16年
34/81

5. その身を護れ(手段は問わない)


身を護る術と書いて「護身術」。

どこまでを「護身術」とよぶべきなのか……



(少し文章がおかしい部分を修正しました)




国内巡幸での事故発生から10日で、依頼していた補充の人馬が到着した。

王宮厩舎の装蹄師が4人。

儀礼用軍馬が4頭。

騎馬儀丈兵が6人……これは近衛師団長が独断で2人増員していた。

薬品運搬免許保持者が2人……これは随行医師がテイラー薬剤師からの提案で追加要請したもの。

そして、捕縛吏が2人。解任して送還する自意識過剰な無能装蹄師トーレスを護送するためだ。

荷馬車に擬装した護送馬車も来ていた。


「よかったな、人間用の馬車で王都に帰れるぞ」

私は馬運車で拘束されていたトーレスに声をかけた。




――――――――――――――――――




今後の行程の関係で大至急引き継ぎをしなきゃならないと言われ、オレのもとに旅装のままの装蹄師4人が来た……けど。

「あのバカが事故起こした後始末を将軍が見つけてきた若いのがやってるって話をきいてちょっと不安だったけど……なんだよー、ホイットニーじゃねーか!不安になって損したぜ。将軍と知り合いとか知らなかったぞ!」

来た4人は知り合いだったりする……というか、みんな元同僚(先輩)。

「将軍のお孫さんが、オレの小さい頃からの友達なんです。その縁で呼ばれたんですよ」

「……まて。将軍のお孫さんって、確か伯爵家のご令息……」

「お前そんな人脈持ちだったのか」

「人脈って事になるんですかねえ?うちにフラッと来た乗馬上手な親子連れの子供のほうと友達になって、その子の友達も一緒に3人で遊んでるうちに……友達のお母さんが伯爵様の奥方になっちゃったって顛末ですけど」

いまだにクロードが伯爵家の子供になったっていうのが信じられない時あるもんな……エリーザお嬢さまが生まれてても。


「ところで。なんであんなヘボが随行団にもぐり込んでたんです?」

「トーレスか。あいつな、お前の契約満了の後に入ってきたんだが……自分の腕を過信しすぎでな。何をどうかいくぐったのか、いつの間にやら随行員としてもぐり込んで16頭位1人で充分とぬかした」

要は、なぜ随行できたのかはわからんというわけか。

まあいいや、あとは軍のほうでシメあげるなり何なりしてもらおう。

「なあホイットニー、このまま装蹄師でついて来ないのか?」

「オレは3頭の負傷馬を連れて帰還部隊について行かなきゃ。帰還部隊の中にも重種馬扱える人いなかったし、この馬運車オレの家のだから最後持って帰らなきゃならないし」

「そうかー。また一緒に仕事できるかと思ってたけど、残念だな」


めちゃくちゃ残念がられながら、それでも装蹄作業に関する引き継ぎは完了した。




――――――――――――――――――




薬剤師殿が「今後の道中のためになるから」と薬品運搬免許保持者とかいう人を呼ぶよう依頼してきていた。

「この免許持ってる人のほとんどは薬品運搬業の人……行商人ですが、最近はフリーで免許とる人が増えてんですよ。特級医師やSクラス薬剤師と同じ位の身元照会が必要になったから、身分証として取得するらしいです。男所帯の行軍の際にこの免許持ちを帯同させてると、薬剤師を女性だからという理由で連れられない時など何かと便利ですよ」

要は薬品運搬免許保持者を使う事に慣れて欲しいという事だった。


そして、その薬品運搬免許保持者と顔合わせしている時……外が急にざわつきだした。

「どこ行きやがった!」

「遠くには行ってないはずだ!」

「探せ!」

「逃がすな!」

きれぎれに聞こえる会話から、何者かが逃げて追っ手が出たようd……。


突然、部屋のドアが開いた。


「先生あぶねえ、どけ!」


私は薬剤師殿に、にわかには信じがたい言葉づかいの警告とほぼ同時に座っていた椅子ごと蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。

しかし吹っ飛んだ事で……装蹄用のハンマーが頭にめり込む事は避けられたようだった。


私がいた場所に、ハンマーを握りしめたトーレスがいたのだ。

ただ……トーレスはすでに崩れ落ちていた。

そしてトーレスの後ろには、布を巻いた棒状の物を握っている薬剤師殿が。

そして倒れているトーレスの頭と右肩を足で素早く押さえ込んでつぶやいた……「()()()()」と。

薬剤師のつぶやくセリフじゃない気がするのは、決して私だけではないと思う。



「先生、いきなり蹴飛ばしてすみませんでした。コイツがやる事見えたもんで、つい。おケガはないですか?」

床に男を足で押さえ込んでいる薬剤師から謝罪されつつケガはないかと訊ねられるという、なんとも言えない状況。

「大丈夫。なんともない……が、コイツは何を?」

「部屋に入ってきて、先生を後ろからハンマーでぶん殴ろうとしたんです。お手数おかけしますが先生、外に侵入者確保と伝えてきていただけませんか。オレ今動けませんので」

あ……動けないね、取り押さえてるから。

「くそーっ、一番襲撃しやすい部屋を選んだはずなのに!」

いつの間にか意識を復活させていたトーレスが薬剤師殿の足の下でほえ出した。

「残念だったな。今、薬剤師業界では護身術が大流行してんだよ」

……先刻の彼を見る限りでは、護身術の範疇を超えている気がしないでもないが。



トーレスは、急ぎかけつけた捕縛吏の手によって殺人未遂の現行犯として完全に拘束された。

一応事情聴取ということで、薬剤師殿も同行して行ってしまった。

「……にしても。テイラーさんの動きはすごかったですよね」

「うん、本当にすごかった」

事件の目撃者である薬品運搬業の2人が口々に言う。

「ドアが開いてからアイツをのすまで1分以内でしたもんね」

「先生を()()()()させながら自分の荷物にさしてあったあの布巻き棒を抜いて、抜いた勢いのままアイツを一振りで()()()()

「どこに当てたんでしょう?」

「……おそらく、首筋ですね。圧迫し過ぎると意識がとぶ箇所が首にはあるんで、そこを叩いたんだと」

説明を加えておこう。

「あ、体術の急所!」

「それだ!……にしても一瞬だったよな」

「護身術がどうとか言ってたけど」

「あれは護身術というより捕縛術では」

「言えてる」




――――――――――――――――――




オレの目の前には、捕縛吏2人とガリーニ将軍と副宰相と騎馬部隊長。

「……えーと、オレ何かマズい事やらかしました?」

一応、訊いておこう。

「いや、取り押さえた時の状況を知りたいだけだ。何か覚えでも?」

将軍が答えてくれる。

「椅子ごと随行医師を吹っ飛ぶ勢いで蹴飛ばしたのはマズかったのかなと思いまして」

「……蹴ったのか。ま、非常事態だからな。緊急時には陛下でさえ()()()()ご移動願う事もある位だから、ハンマー握ったバカの前にいた医師を蹴った位は不問だよ」

不問か、よかった。

「一応、その布巻きの中を確認させてもらっても……?」

騎馬部隊長に言われた。そりゃそうだ、何を使って取り押さえたのか知りたいだろう。

「いいですよ」

オレは布を解いた……中は、鞘つきの剣。国王陛下にお目見えする以上、すぐには抜けないようにしておいたわけで。

「ええと、これは」

「子供が訓練で使う剣です。刃はついてないので切れません」

「……これが子供用だと?」

手に取った騎馬部隊長が呆然としてる。

「5歳の誕生日に父からもらったんで子供用なんだと思ってましたが、違うんですか?」

「柄の部分こそ子供が握れるようになっているが……それ以外はどう見てもブロードソード……とても子供用だと言える品じゃない」

「え……オレ5歳から14年これ振り回してたんですけど」

オレを含めたその場の全員が唖然としてしまった。


やはり、うちの父さんは普通の親じゃない……。



「それにしても……その身のこなしはどこで身につけられました?」

捕縛吏が(たぶん)興味本意で訊いてくる。

そりゃそうだろうな。

普通の薬剤師は、椅子ごと人を蹴飛ばしたり護身用の武器でくせ者をぶん殴ったり、ましてや倒した奴を制圧したりしない。

「家で」

「へっ?」

「ですから、家で」

「……薬剤師さんが、ご家庭で?」

「父に仕込まれました」

「はぁ?」

将軍がこらえきれなくなって笑い出した。

「だから言っただろう、彼は小さい頃から薬剤師をやっているわけではないと」

「あの、せめて薬剤師になろうと思い立つまでは野生のワルガキだったとか言っていただけませんか」


言ってしまってから気がついた……オレ、自虐かよ。


オレ自身の事はともかく。

近年増加してる薬剤師業界の懸念をこの機会に話しておくのはいい手だと思った。

何しろこの部屋にいる面々のうちの1人は副宰相……国の中枢にいる人だからな。





ここんとこ派遣要請される薬剤師が襲われる事が増えてるんです。

いろんな方面からはたいした事ないと思われてるみたいですが、いやらしい目で見られて抗議したら「いいじゃないか減るもんじゃなし」だの「目の保養」だのと言われたというレベルのものから派遣先の助平爺に部屋へ連れ込まれた・()()()()寸前で逃げ出せた等という報告があった性的被害も数多く……報告のない被害まで含めたらどれほどになるやら。

オレが行ったら明らかに残念な顔をする派遣先だらけですから推して知るべしってとこでしょうが、何の目的で薬剤師を呼んだんだよとシメ上げたくなります。

そこで、薬剤師組合では薬剤師本人がある程度身を守るため簡単な護身術を薬剤師に学ばせる事にしました。

どんなものを学ばせたらいいか、まずうちで検討する事に……そういう事できるのってうち位しかないですから。

そこで父が考えたのは、棒術を女性向けにしたものです。

なぜ棒術かというと、女性は雨の日以外でも傘を持つからだそうで……ああこれは母からの受け売りです。

連日傘を持っていても不自然じゃないから、その傘を有効に使えるのが棒術だと。

皆順調に「日傘術」を習得していますし、評判をきいた他の薬剤師館からも受講希望者がきているそうです。

オレも日傘か?と思ってたんですけど、父が「お前は普通に鍛え直してやる」って事で……みっちり仕込まれました。

下地は5歳から地味に鍛えられてましたけど、ここ数年は……それはもう剣術道場並みに厳しく。


その結果がさっきのアレです。





「装蹄師くずれの襲撃犯程度なら一撃ですか」

「逆手で握ってしまったので、左手を添えて薙ぎ払いました。順手で握れていたら肩口からバッサリだったんですけど」

「まって、バッサリとか言わないでください。何か怖いです」

「先ほどトーレスを拘束した際に確認しましたら首筋の青アザ以外に外傷がなかったのですが、あれがもし本物の剣だったら……」

「首が体と泣き別れ、ですかね。でもオレ、対人用の切れる刃物は持った事ないです」

「対人用じゃないのなら持った事あるって事ですよね……」

「薬草採取すんのに使いますからね、鎌や鉈や斧。それに薬剤師はベテラン母ちゃんが多いんで包丁さばきも凄い人がいっぱいです。対人用じゃない刃物持つ人ゴロゴロいますよ」

そういう話じゃない、って顔をされた。




――――――――――――――――――




元装蹄師ペドロ・トーレスは、殺人未遂罪で投獄された。


みずからの仕事の不手際から起きた事故の後始末を2人組の若造にとってかわられ拘束され、挙げ句馬運車の馬房で移送させられた事を逆恨み。

若造のうち1人にでも一矢報いてやりたくてハンマーを持って馬房を脱走し、まずは体力仕事じゃないほうを……と医者と一緒にいる薬剤師を襲いに行き、ドアを開けた1分後には床にキスしていたと。



「何とも間抜けな顛末ですよね」

いや、侵入者を一撃で倒せる薬剤師モーガン君がいたからだと思うのだが。






身のほどを知れ、という事ですかね。

文字通り「命拾い」しましたね……。

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