3. お約束
お約束。
子供に守らせる約束ごと。
この人ならこうするだろうというお約束。
「お祖父さまのお手伝いしに行くお兄さまたち、かっこよかったなあ。正装してお馬かぁ……」
エリーザ様のお口から、シャルル様とクロード様の勇姿の感想が漏れ聞こえているのはいつもの事でございますけれども。
「エリーザ様は、まだお1人で大きな馬に乗ってはなりませんよ?」
この方には……この方にだけは、しっかりと釘をさしておかねばなりません。
「乗りませんっ……」
「さあどうでしょうか。エリーザ様のお約束が3日ともったためしが今までございましたか?」
お父さまに飛びかかってはなりません→即日再実行。
お兄さま達をくすぐってはなりません→即日再実行。
お母さまやお姉さま達の服や装飾品を持ち出してはなりません→即日再実行。
厨房に忍び込んではなりません→翌日また侵入。
お部屋に蛙を連れ込んではなりません→翌日倍増、その2日後には更に倍。
お屋敷に蛇を連れ帰ってはなりません……蛇……なぜそんなものを素手でぶらさげてお戻りになる……そもそもなぜそんなものを素手でつかめるんですかエリーザ様……とにかくお外から蛇と一緒にお戻りにならないでくださぁーーい!
我々侍女一同、蛇とのご対面は嫌でございますぅぅーー!
……あ。レベッカさんは平気でしたね蛇。
「平気なのではありません、慣れただけです。ガリーニ家に初めて参ったその日に蛇とご対面でした……サイラス達が捕まえたとかで」
エリーザ様のいたずら好きは、そちらのお血筋ですか……。
――――――――――――――――――
臨時随行員2日め。
いよいよ出発。
アルフの家から借りた馬運車が、荷馬車群の列に加わった。
技術随行員の中に重種馬を扱える人がいないため、アルフが3頭だての馬運車の御者台に座っている。
オレはサンダーボルトに乗って随行医師の馬車のそば。
医師には一緒に馬車でと言われたんだけど、サンダーボルトは知らない人を絶対に乗せないし知らない人に曳かせもしないからオレが乗るしかない。
「大丈夫ですか?」
騎馬部隊長が何かと気にかけてくれる……自分の黒歴史えぐるだろうに。
「サンダーならまだまだ大丈夫ですよ」
「いえ……サンダーボルト号じゃなく、あなたの事です」
ああ、薬剤師だから体力ないと思われてるのかな。
「父に似て、体はやたら丈夫です。こう見えてケガ絡み以外で薬の世話になった事ないんですよ」
6歳位の時の真冬だっけ、長い棒1本での川渡りに失敗してずぶ濡れのまま家まで歩いて帰っても熱ひとつ出なかったからな。
「……ケガはしたんですね」
「むしろケガしかしてないです」
あきれられてるな、きっと。
「痛いと泣けば『自業自得だバカ』と言われ、骨折熱が出てても与えられる薬は催眠作用の少ない鎮痛剤だけ。日光浴しながらえげつない味のグリーンドリンクを飲まされるんです。傍から見ればスパルタですよね」
完全にあきれ顔になってるぞ。
「いろいろ知識を得た今になって思えば、全部オレのためだったわけなのがわかるんですけど」
「……バカ発言もですか」
「そうですね。だいたいオレが骨折してたのって、木から落ちたとか崖で滑落とか川の岩場で転んだとかのその気になりゃ防げるケガばっかりですから」
うちの親は……いわゆる普通の親とはちょっと違うと思ってる。特に父さん。
騎馬部隊長には「自業自得だバカ」までしか言わなかったけど、そのあと「大丈夫、これ位じゃ死なねえ」ってのが続く……比較的重傷の息子に向かって言うセリフかどうかは別として。
本当に死ぬようなケガを見てきたんだろうなと思う。
たぶん、森番やる前の若い頃は相当血なまぐさい職場にいたんだろうな。
――――――――――――――――――
私は、補充人員が到着するまでの間ペドロ・トーレスをどうするかの判断に迫られた。
拘束しておきたいが、荷馬車の空きはない。
どうしようか……
「馬運車の中にでも突っ込んどきます?」
厩舎員殿が、事もなげに。
「この馬運車は4頭運べるんで、1頭分空いてる馬房に置いとけば。のぞきこまない限り外からは見えませんから、ちょうどいいでしょう」
……厩舎員殿、すでにトーレスを人間扱いしていない。
「生き物を丁寧に運ぶための馬車ですから、荷馬車より乗り心地いいはずですよ……臭い以外は。あ、臭いがつく関係上寝具は入れられないので敷き藁集めて寝てもらわないといけませんね、本来馬用しか用意する気ないのですけれど。今が初夏手前でよかったですね、この地域の厳冬期なら寝具なしだと確実に凍えます」
なんだかそら恐ろしい話をされているような気がする……。
「……凍死?」
「油断したバカなら確実に死にます。だから初夏手前でよかったと」
こんなやり取りの末、トーレスは簡易拘束の上馬運車の空き馬房にいれてあるのだが。
薬剤師殿といいこの厩舎員殿といい……普通の青年と同じ感覚で対応してはいけないタイプの人なのかも知れない……。
――――――――――――――――――
ガリーニ将軍が大至急連れて来た4人の青年達。
1人は実孫、1人は義孫。
あとの2人は孫達の友人だという。
将軍令嬢の実子と、令嬢の夫君たる伯爵の実子。
生年月日が3週間ほどしか違わないというこの2人は、全く同じ後継教育や乗馬訓練を双子のごとく同時に受けてきたのだそうだ。
よくありがちな「長男に何かあった時のための次男教育」みたいなものではなく、彼らいわく「2人一緒に習うと覚えが早い」なのだとか。
「成長されたご子息をお父上の片腕という言い方がなされる事が多いが……ハマー伯爵家の場合は片腕が2本もおありになるというわけか」
「片腕が2本なら、もはやそれは両腕と言うのでは?」
「ちがいない」
随行の高官のうち伯爵夫人令息クロード殿に好意的な者はこう言うが。
「将軍の実孫で夫人の息子だとはいえ、そもそも庶民が王位継承順位をもつ伯爵令息を呼び捨てするとはあり得ない」
表だっては口をつぐんでいるようだが、連れている従僕に漏らしている者もいるときく。
「いまだにそれ言う人いるんですよね」
伯爵令息シャルル殿がため息まじりで言う。
「僕ら共通の妹が生まれた時に約束させたんですよ、あの子が混乱するから敬称をつけて呼ばないようにと」
ハマー伯爵夫妻はとても仲むつまじいときく。とてもご結婚後8年ほどとは思えない位むつまじいのだと。
「それにクロードは父と、僕と上の妹2人は母と養子縁組しておりますから、3週間ちがいの義弟から敬称つきで呼ばれるのはおかしな話ですよね」
法的にもきちんとしておられるのに、邪推して騒ぐなど無粋にもほどがある。
「シャルル殿……では、無粋な高官どもの前でのあれは、わざとですね?」
陛下の御前以外ではガリーニ将軍に向かって「お祖父さま」と呼びかけ続けているのだ。
「ええ。養母の父親なのですから祖父と呼んで何が悪いというあれです」
シャルル殿は、ニヤリと貴族の青年としては若干あり得ない笑顔を浮かべた。
――――――――――――――――――
日程も少し進んだ頃。
私は、シャルルとクロードから相談を受けていた。
「王太子殿下ご夫妻主催の夜会に遅参するかもしれない……のか」
「本当なら、僕らが領で留守番するからマーサとハンナを連れて王都へ行く事になってたんです。ですが今、僕らはここにいる。あのエリーザを1人置いては父上もお母さまも領を離れられないでしょう」
「……無理、だな」
「侍女達の阿鼻叫喚が容易に想像できるよね」
「私の目にもそれが浮かんだよ」
「そこでお祖父さまにお願いが。王都へ遅参するかもしれない事情を説明するお手紙を1通お願いします」
「……エリーザの行状はなるべく明かさない形でお願いします、さすがに少々恥ずかしいので」
いや……王太子殿下には少しバレているよ。
うずまきアメの絵のついた報告書は、殿下もご覧になっているからね。
お約束……ええ、お約束w
こうなるお約束までwww




