3. 業界の噂(謎の人物と優秀な人材)
サン・トリスタン王国の薬剤師事情です。
ちょいと特殊な薬剤師が誕生しています。
「先生。いつものあの行商の方から、日持ちのしない物の大量購入注文が入りました」
「もうそんなシーズンか……ちゃんと揃えとくんだよ。入国が年4回になっちまったんだから、足りないと向こうの薬剤師が困るからね」
「はい……にしても、勇者ですよねー向こうの薬剤師さん。外国人をあれだけ嫌ってる国に隠れ住んで処方してるなんて」
「だから特例として『T.R.L.』っていうイニシャル署名を認めてもらえるよう資格協会にかけあったんだよ」
そう。初めてあの「購入指示書」を見た時は驚いた。
本来は違法である匿名での薬剤購入を疑った……けど。
指示書に付けられた手紙に「どうしても名前は明かせない」「帝国上層部にばれると自分の命が危ない」「自分を保護している人の一族郎党にまで危害が及ぶ」と書かれていたから。
そして、名を明かしてはいない以上確定的な事は言えないけど、おそらくこの「T.R.L.」さんは私も知っている人なんじゃないかと思ってる……この「T.R.L.」さんの購入指示書を持って来た、行商人ローウェルさんの娘。
Aクラス薬剤師だった亡きお母さんの代わりに、お父さんお兄さんと薬の売れる行商人になったSクラス薬剤師。
怒られそうだけど、ファーストネームは覚えてない……というか知らなかった。
私が師事した薬剤師館では、同姓の人がいる場合と特例以外は姓で呼ぶ慣例だったから、ローウェルとしか呼んでなかったからね。
ローウェルさんが定期顧客になった時にやっとファーストネームをきいたんだ……ローウェルさん親子と娘さんの話をするのに「ローウェル」じゃ失礼だから、と半ばむりやり。
だけどもお父さん……アーネストさんは不思議な事を言った。
「彼女の名前は、私達親子とこうして信用できる建物の中で話す時だけしか口にしないで欲しい」と。
うちの場所が国境の橋から遠くない事と帝国人民の出国は禁じられていない事から、もしかすると帝国の人に彼女の名前がばれて彼女を保護しているという人にまで害が及ぶ可能性がないとは言いきれないという理由だった。
ローウェルさん親子は、注文通りの物と購入指示書外の一般薬を大量に買い込んで橋を渡っていった。
――――――――――――――――――
残念だけど、とても残念だけど、あなたにSクラスの受験資格をあげる事はできません。
本っっっっっっ当に残念だけど、薬剤師は国家資格だから規則をまげる事はできないの。
本っっっっっっっっっっに残念なんだけど。
資格協会の協会長にめちゃくちゃ残念がられたけど、私は7歳でサン・トリスタン王国に生まれた人間だから仕方ないですよとお答えするしかできなくて。
それでも(約)19歳の今、Aクラス薬剤師として腕をふるわせてもらってる。
アリアドネさんが伯爵夫人になられたあと、親子で住んでおられた家は薬剤師の女子寮として使われることになった。
私はそっちに移動して、遠方から学びに来た若い薬剤師や身寄りのない見習いと一緒に生活してる。
なんでそんな事になったかというと。
まず、テイラー家の建物じたいがそもそも「森番小屋」で、そこに半ばむりやり「薬剤師館」をねじ込んでいたのだそう。
そして隣国ルブラン帝国が外国人排斥の意向を強めたため、警備体制強化のため森番小屋のランクが2つ上がり、その結果家に出入りする男の人が増えた。
泊まり込む必要のある男の人も増えたため、私を含め住み込み修行の女子は空いた隣家へ移ったというわけ。
そしてなぜわざわざ女子寮と呼んでいるかというと……その原因は、テイラー家長男モーガン。
16の誕生日が過ぎてすぐの資格試験に合格して、サン・トリスタン王国初のBクラス男性薬剤師になったんだけど。
前年Cクラスを受ける際は「初の男性薬剤師か!」と話題になって大変だった。
普通男の子なら医師をめざすでしょ?とか言われたらしいけど。
特例2例めだったため(1例めは私)、受験前に資格協会の偉い人と面談させられて志願理由を訊かれ……
「医師の世話になるまでもないけど体調悪い時に『全身の状態見ますねー』って言われながらいきなり異性の人に全身剥かれたいですか?全身ですよ全身。できれば隠しときたいアレまで全部ですよ?体調悪くてもアレってお構いなしでオハヨウゴザイマスするじゃないですか……あ、女の人にはわかんないか。とにかくオハヨウゴザイマスしちゃうんですよ。体調悪い上にめっちゃくちゃ恥ずかしい状態で、まともに受診できます?少なくともオレは無理です。女の人だって嫌でしょ?診てる患者のアレが目の前でオハヨウゴザイマスしていく過程なんか見たくないでしょ。男側だってわざわざ見せたくないですよそんなもん。見せたいやつは変態だし捕まるやつですし。だから、世の男の患者のためにも薬剤師の男っての要ると思うんですよ」
モーガンのこの答えが、そう言われればそうだという事になり、資格条項が「15歳以上であれば」から「15歳以上の男女であれば」と変更され。
その結果モーガンはサン・トリスタン王国の薬剤師制度始まって以来の男性薬剤師第1号に。
再来年にはちゃんとSクラスになれるでしょう。
何しろ生まれる前からSクラス薬剤師と暮らしてきてたんですもんね。
――――――――――――――――――
バリバリ働く大人に人気の即効性の滋養強壮剤。
休まず働く勤労戦士に、ここぞという時に飲めば更に働けます!なんていうとんでもねえ触れ込みで売られてたけど。
連用ならびに過剰摂取で死にかけた人が出たという症例報告が行商のおじさん経由で母さんのところにこっそりと届いたので、今後販売見合わせになるのかどうか薬剤師組合で検討に入ったらしい。
実はオレ、一度だけあれを飲んだ事あるけど……あれは、もういいや。
飲んだ事あるって言ったらオレ、薬剤師組合の会合に呼ばれた。
事実上の臨床実験って言われたな……報告者がBクラス薬剤師だから信用できる、らしい。
その時の報告内容は……
飲んだ直後は、疲れがとれる気はする。体の内側からリフレッシュ!って感じ。
でも、内臓が必要以上にずっと活動してる感覚があった。
強壮剤が効いてる間は内臓が活発だったけど、薬効が切れた途端どっと疲れがぶり返した。
こりゃダメだと思って、オレは腹一杯めし食ってがっつり寝たけど……寝るひまのないような人なら、もう一度飲んじまうんだろう。で、疲れがぶり返してまた飲むの繰り返しになるんだろうな……って。
そんな事してたら最終的には内臓に負担がかかりすぎて、多臓器不全を起こすかもしれないって組合長やらSクラス薬剤師やらが話してた。
多臓器不全っつったら、死ぬやつじゃん。
オレあれ飲み続けてたらやばかったのか。
「食事と睡眠に移行したから大丈夫だったんだね」
なぜか組合長に偉かったねとほめられた。
だけど母さんにはあとでめちゃくちゃ怒られた。
なんでそんなもん飲んだんだって。
しょうがねえじゃんよぅ、シャルル様とクロードとアルフが勉強お疲れさま!っつって買ってきてくれたやつだったんだから!
謎の匿名薬剤師の正体に薄々気づいているマリリンさんです。
そして、モーガンw
念願の(?)薬剤師免許取得!
ただ……志願理由!
アレがオハヨウゴザイマスwww
言い方wwwwww




